第八十四話 死神が駆ける銀の夜6
「ソフィさん」
「何だ?」
「死ぬ覚悟は――出来てますか?」
落ち着いた目で、その奥で真剣な想いで、リバールはソフィを見る。
「随分つまらねえ質問してくんなぁ、お前」
「そうでしょうか? 大事な話なのですが」
「大事な話なんてこたぁわかってるよ。――アタシは、死ぬ覚悟無しで戦いに出る奴なんざ子供と同じだと思ってる。覚悟なんて、あって当たり前だろ。それに、仲間の為なら命なんざいくらだって賭けてやるさ。その上で――戦いを、楽しむんだよ、アタシは。そういう人間だって、理解してんだろ?」
ニヤリ、と笑うソフィ。――リバールは溜め息。
「そこまで仰るのなら仕方ないですね。誰にも気付かれなかったら私一人で処理するつもりだったんですが――皆様に、協力を仰ぐ事にします」
「アタシ一人じゃ足りないってか?」
「違いますよ。――やるなら徹底的に、です」
「貴様、軍の人間か……! 俺達の作戦がバレてたのか……!?」
動揺が走る陽動チームその一の面々。ワルサーロの計画では、既に新たな仲間の手引きがあるから城までの道のりなど何の問題もないはずだったのだが、一人の女騎士が立ち塞がっていた。
それに、万が一バレていたとしても、はいそうですかで見つかるような移動の仕方はしていない。気配も音も限りなく消して移動していたはずなのに、相手は殺気で気付いたと言う。――只者ではなかった。
「ああ、一応警告な。ここで諦めるんなら命の保証だけはしてやるぞ。アタシとしてはここまで来たんだから戦いたくて仕方ねえが、戦う気のない人間と戦っても仕方ねえしな」
ソフィは愛用の両刃斧を持ち直し、五人に睨みを効かせる。五人にジリジリと迫る、ソフィの圧倒的威圧感。その空気は、真正面から戦った時の勝ち目など、微塵も計算させてくれない程。――と、次の瞬間、
「!」
ソフィの視界にいた五人は「四人」に減り、減った一人がソフィの横で短剣を振るっており、
「ぐぎゃあ!」
バシュゥン!――その短剣を振り切る前に、何処からか飛んできた細く鋭い魔法波動を頭に喰らい、吹き飛ばされた。そのまま倒れ、ピクリとも動かなくなる。
「相変わらずいい腕してるぜ。ホントに普段からは信じられねえよな」
ソフィは片手を軽く上げ、賞賛の合図。当然見えているだろう。
「な……魔法……何処からだ……!?」
一方の忍者四人は意味がわからない。今の攻撃は確実にソフィを捉えられる物だったが、謎の攻撃で一撃で戦闘不能。しかも、どう見てもソフィの攻撃ではない。
「どうよウチの魔具工具師の腕は。――別にアタシ一人でお前等全員ぶっ飛ばしてもいいんだが、まあ念の為ってな。それにあいつはあいつで団長が狙われてるって言って怒ってた、そりゃまあ当然だけど。だから一人二人ぶっ飛ばさせてやらねえと気が済まねえだろ。そういう奴にはちゃんとアタシだって少しは譲ってやるんだよ」
「は……?」
「ああ、こっちの事情はどうでもいいか。お前等じゃどうにもならねえだろうからネタばらしすっと、ウチの魔具工具師が、城から狙撃してんだよ。アタシのフォローでな」
「狙……撃……!? 馬鹿な、城からここまでどれだけの距離があると思ってる……!? しかも魔具工具師……!?」
確かに城は見えるが、肉眼で何処に誰がいるなんてとてもじゃないが見えない。しかも深夜である。
「アタシだって無理だと思うけど、あいつは出来るんだから仕方ねえ。ただそれだけの話だ」
つまり、全体のフォローとして、サラフォンが城の見晴らしのいい所で、狙撃銃を持って待機しているのである。ソフィの箇所も勿論、その他の箇所も全て見渡せ、フォロー出来るように待機中。サラフォンの狙撃の腕があってこその役割であった。
「さて、と。色々説明したが――テメエらが戦う気満々だってのはわかった。そうだな、アイツの言葉を借りるなら……死ぬ覚悟は、出来てるな?」
「……! チッ!」
その瞬間、残った四人が消える様に移動を開始。最早後には引けない、他の箇所がどうなってるかわからない以上、自分達だけ撤退するわけにもいかないのだ。
「よっしゃあ、行くぜ!」
合わせてソフィも移動。流石に純粋な移動速度は忍者の方が上であったが――ガキィン!
「くっ――!」
「まあ当てなきゃアタシは殺せないしな、殺すには致命傷一発が当然だしな!」
相手の動きを読んでいたソフィが、まずは敵の一人の攻撃を防ぐ。両刃斧を地面に立てるように置き、ガード。
「っらあ!」
「ぐぼぉ!」
更にその立てた両刃斧を支えに、反対側から来たもう一人の腹に蹴りを入れる。ハルの様に気功術があるわけではないが、それでもその勢いのある蹴りは、確実に大きなダメージとなる。
「くそっ!」
接近戦は不利、瞬時にそう思った一人が間合いを取り、忍術を使う為に印を組むが――
「っ! 馬鹿野郎、足を止めるな!」
「え?――ぐわああ!」
バシュゥン!――その動きが止まる一瞬を、サラフォンが見逃さない。見事なクリーンヒットで、二人目のノックアウト。
「クソッ!」
足を止めたが最後とわかった以上、兎に角接近戦、まずは目の前のソフィを倒さなければならない。その結論に達した三人は、再びコンビネーションで一気にソフィに迫る。
(あんまりぐだぐだすっとサラフォンに全部持ってかれそうだな……それじゃアタシがつまんねえってな!)
その特攻に対し、ソフィは両刃斧を持ち直し、ターゲットを一人に絞り、思いっきり振り抜く。
「ぎゃあああ!」
その思い切ったソフィの攻撃の速さに、狙われた一人は避けきれない。斬撃を喰らい、戦闘不能になる。
「喰らえ!」
しかし攻撃自体は大振り、ソフィに隙が生まれる。残った二人が仲間の犠牲を無駄にせんとソフィの後ろに回り込むように攻撃を仕掛けるが――ビィィン!
「!?」
「防壁魔法……聖魔法だと……!?」
「悪ぃな。これでも元神官なんだよ」
当然その展開も読んでいたソフィが、自らの背中を魔法でガード。
(ちょっと前のアタシじゃ、出来なかったかもな)
以前の狂人化ソフィでは、攻撃魔法は使えても、補助魔法は使えなかった。補助魔法が使えるのは淑女状態のみだった。しかし、ここ最近――ライト騎士団に入団、もう一人の自分と向き合うようになってからは、少しずつもう片方の自分の分野も扱えるようになってきていたのだ。
(団長のおかげ……だから、団長の為にこの力は使う!)
そのまま振り向き様に両刃斧を横に振り抜き、二人に攻撃。
「がはっ」「ぐはあ」
ドサドサッ。――その一振りで、二人も戦闘不能になる。
「終わりか。――結局大したことなかったな」
説明をすると、決してここにいた忍者五人は弱くはなかった。相手が悪かっただけである。――ソフィはもう一度手を挙げ、サラフォンに合図。
「さて、暴れ足りねえけど……流石に総大将をアタシがやったら今回は駄目だな」
我慢強くなったのかなアタシ。――そんな事を思いながら、ソフィは一旦帰還するのであった。
「くそっ……くそおっ……!」
シュババババ!――激しい肉弾戦、一瞬の気も抜けない圧倒的速度での拳の出し合い。ワルサーロ側、陽動チームその二の忍者の一人は、苦戦を強いられていた。
彼は忍者、速度には自信があったし、実際忍者として生きている以上、一般人は勿論、剣士戦士を越える速度は持ち合わせていた。だが、今回その速度勝負の肉弾戦で、ジリジリと追い詰められていく。
「ふっ!」
「ぐっ……!」
これが自分を追い詰めてきているのが同じ忍者だとか、圧倒的格上の剣士とかならまだ納得がいった。しかし、今回彼を追い詰めているのは、何故か若い女性メイド。メイド服のまま、自分を越える速度、威力、センスで格闘戦を仕掛けてきていた。――理解が追い付かない。いつからメイドは戦闘職になったのか。
「遅いっ!」
「ぐはぁ!」
渾身のストレートを避けられ、カウンターで顔面にストレート。その細い腕から繰り出されたパンチは信じられない重みで、忍者を戦闘不能に追い込む。
要は――気功術を使いこなす、ハルを相手にしていたのである。ハルが倒したのはこれで二人目。残る三人と言えば、
「ふむふむ、忍術というのも中々面白いですな。詠唱の代わりに両手で印を組み、独特の魔法を放つ。研究してもいいかもしれませぬな」
「くそっ、なんだこいつ……!」
「俺達三人同時に攻撃してるのに!」
「歯が立たない……! しかも余裕なのか……!?」
ニロフが一人で対応。魔法勝負で敵うわけもなく、ニロフはいい機会と言わんばかりに、忍術の仕組みに興味を持ち始めていた。
「さて、と。――趣味の時間は終わりとさせていただきましょう」
「――!? ぐわああ!」
ニロフが魔力の質を上げる。魔力での真っ向勝負でニロフが負けるわけがなく、忍者の一人がノックアウト。
「――死ねっ!」
その時、残り二人は既に魔法勝負を諦め、動いていた。速度で攪乱、一気にニロフに接近戦を挑む。相手は魔導士、接近戦に持ち込めば一気に逆転出来る。――そう思ったのも束の間。
「ほいっと」
「ぐへえ!」
ニロフは放っていた魔力を一気に杖の先に凝縮、そのまま杖で打撃。見事なカウンターとなる。――密かに訓練していたバトルメイジとしての技、そしてアルファス作成の杖が光る結果である。
「こいつ、魔法使いの癖に……!」
「偏見は良くないですぞ。我は魔導士ですが、今の我が目指す魔導士が、接近戦が出来るだけの話」
ドガッ、バキッ、ドガッ!――そこから残った一人と激しい接近戦の連続。
「良い事をお教えしましょう。我は、魔法の研究は好きですが、勝負は勝てれば良いと考えるタイプです」
「知るか! お前の志向など――」
「わかりませぬか? つまり――二対一でも、全然構わないのですよ」
「!? ぐああ!」
バキッ!――ニロフだけに気を取られていた所で、既に手が空いていたハルが後ろから飛び蹴り。気を配るのを失念していた様で、無防備な箇所にダメージを喰らい、そのまま戦闘不能。
「ふむ、以上ですかな」
「ですね。お疲れ様でした」
以上、ニロフ、ハルの勝利となった。
「大丈夫、とは言われてましたが……こうして忍者という人と戦ってみると、先輩が飛び抜けているのがよくわかります」
「ですな。彼らを相手にするよりもリバール殿一人を相手にする方が厳しいでしょう。向こうの主犯格の強さは知りませぬが、リバール殿なら早々負けはない。……ただ」
「? 何か気になる事でも」
「ああ、いや。――ハル殿は一度城に戻りサラフォン殿と合流、状況確認するのが宜しいかと。我は念の為に辺りを少し警戒しておきます」
「了解しました。お気をつけて」
バッ、とハルが駆け出す。その背中を見送った後、ニロフは集中し、周辺の気配を探る。
「この気配は……アルファス殿……押されている……?」
微かに感じ取れる、戦いの気配。一人はアルファス。もう一人は何者かわからないが――今し方自分とハルが戦った相手とは別格。
「あのアルファス殿を手こずらせる相手がいるとなると……少々厄介ですな……」
直ぐに援護に行くべきなのか、それとも。――ニロフは、大きな判断を迫られるのであった。