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第八十話 死神が駆ける銀の夜2

「ご紹介します! この方がこの国で一番、世界でもトップの武器鍛冶職人のアルファスさんです!」

 店のドアが開き、セッテは入ってくる早々、そう後ろにいた女に紹介。

「…………」

 突然の事に当然一瞬固まるアルファス。そして――バタン。

「え、ちょ、何で私を閉め出すんですか! アルファスさん、私です、セッテです! 本物です!」

 とりあえずセッテを店の外に閉め出すアルファスがいたり。

「おう、第一声でどう考えても本物のお前だと確信した。だから閉め出した。お前は俺をどうしたいんだ。初対面の人にどういう紹介するんだ。寧ろお前街で無い事無い事言い触らしてんだろその様子だと」

「本当の事しか喋ってませんよ!」

「お前の中の本当は俺の中で嘘なんだよ。反省しろ」

 ギャーギャードア越しに騒ぐセッテを抑えるアルファス。――と、その間にも連れて来ていた黒髪の女は店の中にある武器を数本、手に取って眺めていた。

「店主、ここにある武器は全て店主が作った物か?」

「ん? ああ、まあそうだけど」

「成程、この国で一番、というのはあながち嘘ではないかもしれないな。いい腕をしている」

 その言葉で、アルファスの意識がセッテから黒髪の女の方へ移る。――へえ、それで俺の腕を見抜くか。

「武器作成依頼か? オーダーメイドは色々条件出すぞ?」

「いや、修繕の依頼だ。――これのメンテナンスを頼みたい」

 女は、アルファスに自らの腰に着けていた一振りの剣を、鞘ごと手渡す。シャリン、という音をたててアルファスが鞘からその剣を抜く。

「珍しい。太刀か」

「太刀って何です?」

 アルファスの意識が女へ移った為、店の中に入ってこれたセッテが質問をした。

「大体この位の長さ……八十センチ前後か、で細身でしなりのある片刃の剣をそういう呼び方する事があるんだよ。お前が思う普通の剣とは大分違うイメージだろ」

「そういえば……普通は細くても両刃で、こんなにしなってないです」

「使い手、使い方を選ぶが、使いこなすと独特の動きが出来る、特殊な代物だよ」

 ふむ、といった感じでアルファスは渡された太刀を眺める。

「近々、大きい仕事をしそうだから、この武器の特性がちゃんとわかる鍛冶師に見て貰いたかったんだ。店主なら出来るか?」

「まあ、出来るけど……随分と使い込んでるなこいつ。生半可な物じゃとっくに折れてるぞこんなの。そういう意味じゃいい剣だけどな」

「応急処置は施してたつもりなんだが」

「まあ、それも壊れなかったのを助けてただろうな。ギリギリだよこんなの。――時間かかるぞ。根っ子から色々施した方がいい」

 アルファスの中で修繕の段取りが組まれ始めると――何故か女の方が少々困った表情になる。

「待ってくれ、さっきも言ったが大きい仕事が入るんだ。時間って、どの位かかるんだ?」

 理由は直ぐにその口から出てきた。――時間が無いのか。

「あー、やってみないとわからねえな。場合によっては何日か貰うかもしれない」

「そう……か」

 女は残念そうな表情を見せると、アルファスから太刀を引き取り、

「修理は諦める。いざという時これがないと私は話にならないからな。――邪魔をした」

 そう言って、店を出ようとする。

「言っておくが、次本格的に使ったらいつ壊れるかもわからねえし、他の職人当たっても似たような答え返ってくるだろうし、直ぐ出来ますなんて言う奴はそいつの事をわかってない鈍らだぞ?」

「大丈夫だ、店主の腕が確かなのは並んでいる武器を見ればわかるからな、店主の言葉を疑ってはいない。――壊れたら壊れたで、それまでさ」

 その言葉を聞いて、アルファスは溜め息。――まあ、武器に愛着があって代用品で戦いたくないってのはわからないでもないわな、うん。

「わかった、ちょっと待て。俺が応急処置だけしてやる」

「それでどう変わる?」

「お前さんの次の仕事がどれだけか知らないけど、場合によってはギリギリ耐えきれる位にはなる」

「本当か? 時間がかからないならお願いしたい」

「流石に三十分から一時間位なら構わないだろ? ちょっと待ってろ」

 女は再びアルファスに太刀を預けると、アルファスはその太刀を持って裏へ。

「よかったら、どうぞ」

 そのまま店で立って待つつもりだった女に、セッテは椅子と飲物を用意。

「ありがとう」

 断る理由もない。女は素直にセッテの好意を受け取る。

「不思議な店主だな。あれだけの腕を持ちながら、こんな小さな個人工房で。もっと名が知れててもいいだろうに」

「アルファスさん本人が有名になるのを望んでないのもあると思います。私としてはもっと有名になっても構わないと思うんですけど、アルファスさんが嫌がる事はしたくありませんから」

 その割にいきなり店閉め出されるレベルで嫌がられてたのは何だろう、とは何となく口に出せない黒髪の女だった。

「それでも、今回みたいに尋ねられたら答えますよ! アルファスさんが一番だ、って」

「随分惚れ込んでるんだな」

「はい。私を助けてくれた恩人ですから。――あ、剣士としても多分物凄い人ですよ! きっと貴女でも勝てないです」

「そうか。そこまで断言されると清々しい」

 本気の目で告げてくるセッテに、女は苦笑。――私でも勝てない、か。

 もし……もし、本当に勝てない相手がいるなら、私は……私も……

「――待たせたな」

 そんな会話をしてしばらくして、アルファスが戻ってくる。

「本当に応急処置だ、何処まで持つかはわからねえぞ。そのデカイ仕事? が終わったらちゃんと本格的に見て貰え。俺でもいい」

 そのまま手に預かっていた太刀を女に手渡す。シャリン、と抜いて、女は太刀を確認。

「ありがとう、助かった。――私が今度の仕事で生きて帰れたら、店主にお願いする事にするよ」

 そう言うと、女は応急処置の代金を置き、店を後にした。

「不思議な人でしたね」

 見送った後、ポツリとセッテが感想を呟く。

「まあ、そうだな。それなりに修羅場も掻い潜って来てると思う。そういう武器の使い方をしてた」

 相変わらず武器の使われ方だけで色々見抜けるアルファスである。――修羅場。言葉にすれば一言だが、中身は……

「でも……何だか、寂しそうな目をしてました。これからお仕事なのに。……やりたくない、仕事なんでしょうか」

「仕事なんて楽しくない物ばっかに決まってんだろ。やり甲斐のある仕事なんてそう都合よくは見付からねえよ」

「そうなんですけど」

 アルファスはそれで答えをはぐらかす。――あの手で修羅場を掻い潜るってのは、疲れるはず。人の死だって、数え切れない位見てきたはずだ。仕方ねえんだよ。お前は知らなくていい世界だぞ、セッテ。

「……ん?」

「どうしました?」

「ああ、いや、ちょっとな」

 それ程までの女が、近日中に大きい仕事をするという。このハインハウルスで。勿論本国、軍がしっかりしている以上、あの女程の使い手が抱えるような大きな仕事は早々出てくるものじゃない。

 あの女――この街で、何をしようとしてるんだ……?



 ハインハウルス繁華街、大通り、テラス席があるカフェ。――待ち合わせ場所は、そこだった。

「……もう少し違う場所に出来なかったのか?」

「治安の悪い場所に行けばその手のレベルの人間の耳に入る可能性がある。こんな所で、貴方と私レベルの人間がする会話が繰り広げられるとは誰も思わないでしょう」

 リバールは優雅な仕草で、先に座って紅茶を楽しんでいた。その正面に男が座る。――ウェイトレスが注文を訊きに来る。

「同じ物を」

「畏まりました」

 そして、有無を言わさずリバールがそう注文する。

「……おい」

「どうせメニューを見てもわからないでしょう? 大丈夫よ、変な物じゃない」

 そう言われてしまうと男としても反論出来ない。事実、こんな店に足を運んだことなどなかった。

「さて、と。あらためて――久しぶりだな、リバール」

「ええ。まさか貴方が生きているなんてね、ワルサーロ」

「お互い様だ。俺もお前の噂を耳にした時は、まさかと思ったぜ」

 ワルサーロ。彼はリバールの生家であるファディス家が組んでいた忍の集団の幹部の一人だった。先日、エカテリス、ライトとの視察の時に声をかけたのは彼である。

「もう十年経つか? すっかり大人になったな」

「貴方はすっかり中年になったわ」

「仕方ないだろうそれは」

 憎まれ口を叩いても、生死もわからなかった昔の仲間との再会。当時から別に嫌っていたわけでもない。嫌な気持ちはまったくしなかった。

「で、本当なのか? 今は堂々と城で使用人として働いてるってのは」

「本当よ。姫様――エカテリス様の専属で使用人として勤めてる」

「そうか……昔のお前しか知らない俺としては、どうも信じ切れない。――お前は、俺達の中で誰よりも才能があり、誰よりも冷酷で、誰よりも「忍」だった。お頭よりもだ。あの日、俺達が壊滅しなければ、今はお前が俺達を率いてその名を轟かせてたはずだ」

「十年経てば、人は変われるわ」

 そう言って、リバールは優雅な仕草のまま紅茶を再び口へ運ぶ。その姿は、本当にワルサーロの知らない、別人になってしまったリバールの姿だった。

「貴方は? この十年、何を?」

「各地を転々と。勿論裏稼業でな」

「そう。まあ、貴方の腕があれば、食べていくのに困ることはないでしょうから」

 実際、幹部であっただけあり、ワルサーロの忍者としての実力はかなりの物であった。

「それでも、昔に比べたら寒い時代になったぜ。忍を必要とする時代が、終わりかけてる」

「無理もないわ。魔王軍を覗けば、国力はハインハウルスが断トツで大きい。他の国同士で小競り合いをした所で、弱ったらハインハウルスに吸収されて終わり。そうなれば裏工作をする国なんて減って当然。――人間同士で争う時代は過去。忍を必要とする国、人間は少なくなる」

「……ああ」

 リバールとしても、もし自分がずっと忍者のままだったらどうだっただろう、と思う日が無かったわけではない。それでも、日の光を浴びて、表の世界を生きると決めた彼女に、その「もしも」は不必要であった。

「仕事を探しているなら、紹介出来ない事もないわ。勿論、裏ではないけれど――」

「リバール。もう一度、俺と――俺達と、一緒に行かないか」

 その誘いは、リバールの誘いを遮って、付き付けられた。

「実は、昔の仲間、新しい仲間を集めて、それなりの数になってきているんだ。もう一度、俺達の名前を、歴史に刻もう」

「……気持ちはわかるけど、もう無理よ。時代がそうなっている。さっきそう言ったでしょう」

「なら時代を変えればいい。もう一度、混沌の時代に戻せばいい。その為の計画も用意してある」

「計画?」

「ああ。――勇者暗殺計画だ」

 その言葉に、流石のリバールもピクリ、と反応してしまう。

「随分穏やかじゃない名前ね」

「魔王軍を追い詰めている、圧倒的存在、圧倒的象徴。その首を取ったとなれば、その名は嫌でも轟き、俺達の力を欲する存在が出てくるはずだ」

「引き換えに平和が崩れるけれど?」

「大歓迎だ。俺達は平和な世界では生きられない。――勇者の居所も調べがついてる。最近はハインハウルス城をよく出入りしてるな?」

 ワルサーロの目を見る。――本気の、目をしていた。

「リバール、お頭の……お前の親父さんの、無念を晴らそう。もう一度、ファディスの名を掲げよう。お前なら、俺達とお前なら、出来る。お頭の意思を、継ぐんだ」

「お頭の……意思……」


『父さん!』

『馬鹿……野郎……任務中は……お頭……だろ……』

『喋らないで、直ぐに治療を』

『気休めとはらしくないな……もう無理な事位、わかる……』

『……っ……』

『リバール……よく聞け……お前は……よく出来た忍だ……誰よりも俺よりも、優秀な忍になる……だから……』

『……!』

『わかったな……頭として……父親として……これが、お前に伝える、全てだ……』


 目を閉じれば、思い起こされる風景。――最後の、風景。消えることのない記憶。

 そして胸の奥で疼く、消える事のない「ファディス」の血。誰よりも何よりも強い才能。そして、最後に受け継いだ「意思」。

 それが消えることがないのなら……それを持ち続けていくのなら……答えなど、最初から決まっている。

「……詳しい話を、聞かせて」

 再び目を開いた時、リバールの目は、何よりも冷徹な、忍の目になっていた。

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