第七十九話 死神が駆ける銀の夜1
ハインハウルス王国第一王女・エカテリスの専属使用人、リバールの朝は早い。
当然主であるエカテリスよりも早く起き、身支度を整え、今日のスケジュールを確認。他の使用人とは違い、エカテリス専属である為、エカテリスの予定に合わせて仕事内容は大幅に変化する。
朝食を終え、主であるエカテリスの起床の時間を迎える。速足でエカテリスの部屋へ。――コンコン。
「姫様、リバールです」
「起きてますわ、どうぞ」
「失礼致します」
ガチャッ。――部屋に入ると、寝間着だがカーテンを開け、朝の日差しを浴びるエカテリスがいた。
「お早うございます。しっかりお目覚めですね」
「お早う。そんなに寝坊なんてしませんわよ」
苦笑するエカテリス。エカテリスは朝が弱くはない――が、時折勇者関連の本に夢中になり夜更かしをして寝坊する時がある。その為、しっかりと部屋を訪ね、目覚めを確認するのが習慣になっていた。
「直ぐに着替えて食堂へ行きますわ。次の仕事に入っていて頂戴」
「いえ、私の次の仕事は姫様の着替えを見届ける事ですので」
カッ、と力強い目でリバールは断言する。――エカテリスは溜め息。
「何度も言いますけれど、着替えは別に見ていなくていいから」
「いけません。寧ろお手伝い致しましょう。さあこのリバールにお任せあれ。ハァハァ」
「ああっもういいから廊下に出てなさい!」
下心が抑えきれず表情に出ていたのがまずかったか(!)、リバールは部屋から追い出された。
「……残念」
ふぅ、と直ぐに表情を戻し、仕事に戻ろうとすると、
「また懲りずに王女様に締め出されたんですか、先輩」
呆れ顔で見ていたのは、同僚で後輩のハルだった。
「お早うございます、ハルさん」
「お早うございます。――先輩が優秀じゃなかったら、とっくの昔に解雇されてますからね、本当に」
事実、時折の暴走を覗けば、リバールは王国使用人としてはハルと並んで圧倒的ツートップの実力の持ち主であった。エカテリスに出会った頃、突然の指名で専属使用人になった当初こそ妬み恨みの声もあったが、彼女は努力で使用人としての実力を身に付け、今や彼女を尊敬の眼差しで見る同僚こそいれど邪魔者扱いする使用人は一人もいない。
それでいて、元々の忍者としての能力を生かし、エカテリスをいざという時に護衛する事が可能。多少エカテリスへの愛情が膨れ上がっていたとしても、十分お釣りが来る人材である。
「最近は枕を投げて追い出すことも止めてしまわれたんですよ。あれをあえて顔面で受け止めて姫様の朝の匂いを嗅ぐのも好きだったんですが」
「すみませんちょっと何を言ってるか理解に苦しみます」
呆れ顔のままのハル。――これさえなければ完璧な人なんだけど。まあ人間完璧な人はいないし……って、言い聞かせるしかないかしら。
「先輩、今日は何か特別な予定は?」
「ライト様と三人で城下町の視察の予定です」
気付けば定期的にエカテリスが自主的に行く城下町の視察は必ずライトも一緒に行く様になっていた。当たり前の様にエカテリスがライトを連れて誘い出している。
「ああ、例のやつですね。――またヨゼルド様が羨ましそうな目で外を眺める事になりそうです」
ヨゼルドとしては愛する娘と共に視察でもお出かけをしたいが、スケジュールもあり、またエカテリス自身が拒むのもあり、中々実現しない。結果としていつも出掛ける背中を寂しそうに見る羽目になる。
「今度、それとなく姫様に偶には国王様も一緒に行くように促しておきます」
「甘やかさなくていいですよ。そうでなくても時折変装して抜け出してるんですから」
安全(ライトとレナに着いてアルファスの店に行く等)かつ内容に問題ない抜け出しは、ハルも多少は許容して目を瞑っている所もあったりする。
「ハルさんは本当に国王様の母親みたいですね」
「勘弁して下さい。私はヴァネッサ様直々の指令で、しっかりと見張っているだけです」
不満気なハルを見て、リバールはつい笑みが零れる。――国王様といい、サラフォンさんといい、本当にハルさんは面倒見が良く責任感が強い。
「それじゃ、今日もお互い一日頑張りましょう」
「はい、それじゃ」
こうしてお互い、それぞれの業務に入っていく。
午前中はエカテリスは勉学、鍛錬。その間にリバールは清掃等の仕事。そして正午にライトと待ち合わせして、三人で城下町へ。――丁度昼時なのは、どうせあれやこれや食べ歩くから、いっその事それを昼食にしようという事である。
「あ、あれが噂の新店ですわね! 良い匂い、行って来ますわ!」
ダッ、と小走りで移動するエカテリス。――いっその事というよりも、最早食べ歩きが目的で出てきている様な状態でもある。
「生き生きしてるよな、本当に。見てるこっちも元気になる」
「はい。――ライト様、いつもいつもお付き合い頂き、ありがとうございます」
「お礼言われる様な事じゃないよ。俺も楽しんでるし」
「そう言って頂けると。――ライト様、ライト様は演者勇者の任務が終わったらどう、とか考えていらっしゃいますか?」
突然の問い。――うーん、とライトは考えてはみるが、
「いや、まだ何も。今は毎日頑張るだけで精一杯だよ。慣れてきた気がしても色々慣れてない所もあるし」
というのが本音だった。演者勇者になる前に何もしない生活を送っていたわけではないが、その頃に比べて色々な出来事が日々舞い込んできており、その事を考える、行動するで精一杯なのだ。
「もし、任務が終わっても――姫様の、対等な仲間として、友達として、接しては頂けますか?」
そして引き続きリバールの問いかけ。表情は穏やかだが、真面目な問いだった。――それに関してはライトの答えは直ぐに出る。
「寧ろ逆だなあ。任務終わったら俺何もなくなるのに、そんな俺で良かったら、だよ」
実際、任務が終わったらどうなるんだろう、と思う事がないわけではない。明日突然、本物の勇者が見つかって、お役御免になる可能性だってあるのだ。
本来だったら、自分などそこではいおさらば、と言われて当然の立場。エカテリスを始めとした仲間達を疑うつもりはないが、何処かで覚悟しなくてはいけないかな、というのも思わないでもないライトである。
だからこそ、相手が望んでくれるのなら。その想いは、嘘偽りない本音であった。
「リバールは、本当にエカテリスの事を大切に想ってるよね」
重ね重ねになるが、時折の暴走を覗けば、全ての行動はエカテリスの為を想っての事である事が十分に察せられた。
「はい。生涯仕える主、と決めていますから」
そう穏やかに返すリバールを見て、ライトはふとこの二人は何が切欠でこうなったんだろう、と思った。エカテリスはまあ王女であるのはわかっているが、リバールはそもそもが忍者の家系。闇に生き、裏稼業で仕える先を支える人種のはずだ。それが王女の専属使用人という、堂々とした役職。
今度誰かにこっそり聞いてみようかな、でも聞いていい話なのかな、と思っていると。
「お待たせ、これが二人の分ですわよ。――何の話をしていたの?」
エカテリスが戻ってきた。
「ん? ああ、別に大した話じゃないよ」
任務終わっても仲良くしてくれますかとか、本当に大切に想ってるねとか、本人を前には少々恥ずかしくて説明し辛い。
「集約しますと、姫様は今日も輝いています、ということです」
「本当に二人で何の話をしてましたの!?」
リバールに集約させたら大体そうなるんじゃないか、とライトは苦笑。
そんなこんなで、三人で視察という名の食べ歩き。会話も弾み、楽しく歩いていると――
「――久しぶりだな、リバール」
ふとそんな声が。リバールはサッ、と振り返るが、
「…………」
そこには誰もいない。気のせいだろうか。でも、気のせいにしては聞き覚えのある声だった。――そう、あれは……
「リバール? どうかした?」
「ああ、いえ、何でもありません。――参りましょう」
こうしてその日はそのまま、何事もなく城に帰るのであった。
当然だが、ハインハウルス城の城下町は広い。
国の中で最も発展している街であるし、城を中心に東西南北それぞれに商店街、住宅街、施設街等が広がっている。
また、これも当然であるが他の街からの来訪者も多く、そんな人達の為に各所に案内板、地図が立てられているのだが。
「……流石にもうこれ取り替えないと駄目だろうなあ」
その中の一角にある一つの地図が、年月が積み重なり随分と見辛い状態になっていた。
「地図の中身自体も結構変わっちまってるからな」
「看板屋に頼んで綺麗なの作って貰おう。――国から資金って出るかな」
「どうなんだろうなあ」
その区域の組合員二人が、地図を見上げて交換の相談をしていた。
「こんにちは。どうかしたんですか?」
「ああ、セッテちゃん」
と、そこに通りかかったのはセッテ。――余談だがアルファスの店に入り浸るセッテは当然周囲に存在を認識されているし、その性格もあり区域の人気者である。
「実はさ」
組合員の内一人がセッテに事情を大まかに説明。――ふむ、とセッテは考えると、
「私の方から国の方に訊いてみましょうか?」
というのが一番手っ取り早い、という答えが出てきた。
「え、国の方、って」
「知り合いにいるんです。お願いしてみますよ」
定期的に来るライト、レナ。時折来るエカテリス。国へのコネクションが強いセッテである。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「任せて下さい。話が通ったら、報告しますね」
そんな約束をしてその場は解散。さて今日はライトとレナは店に来るかな、と考えながら店に行こうとすると。
「……?」
そんな組合員とセッテのやり取りを、少し離れた所で見ていた一人の女が。――いや、組合員とセッテのやり取りというよりも、
「何処かお探しですか? 看板、見辛いですよね」
「あ……」
区域の案内図、地図が見たかった、という風に受け取れた。何となく気になったセッテは、声をかけてみることに。――多少小柄で、長い黒髪を二つに束ね、黒いコートを着てる、不思議なオーラを纏った女だった。
「――腕のいい武器鍛冶を探してる。デイモンド商会の様な大衆向けじゃない、本格的な所だ。多少高くてもいい」
女も少し驚いた様だが、直ぐに落ち着き、折角だから、という気持ちでセッテに尋ねた。
「武器鍛冶……! 玄人向けの、武器鍛冶ですね!」
「あ……あ、ああ」
そしてその質問にセッテの目が光った。相手からすれば、え、何のキーワードでこうなったんだ、という状態である。
「案内しますよ! この街……いえ、この国一番の腕の持ち主の所へ!」
「いや、場所さえ教えてくれれば自分で」
「大丈夫です、私も今から行く所ですから! さ、行きましょう!」
断る暇もない。笑顔で先導を開始するセッテに、女はとりあえずついていくことに。――大丈夫だろうか、という不安も若干あったが。とても目の前のご機嫌女は武器鍛冶に関係している様に見えない。
「さ、ここです。――アルファスさん、お客様ですよ!」
意気揚々とドアを開けるセッテ。――こうして、偶然か運命か、不思議な出会いが始まるのであった。




