第七十六話 演者勇者の結婚行進曲9
「ミコトさーん! いますかー!」
炎まみれの社の中をミコトを探して進むライト。
「勇者君、ちょ、待って、ストップ!」
そのライトを追いかけて社の中へ入って来たレナ。
「ミコトさーん! 返事が無理なら、何か合図だけでも!」
ミコトを助けたい一心で社を駆けるライト。
「とりあえずストップ! まずはストップ勇者君!」
とりあえずライトを落ち着かせたいレナ。
「ミコトさーん! 大丈夫です、絶対に助けますから!」
炎も、そして呪縛からもミコトを救いたい一心のライト。
「ええい止まれって言ってるんだよこのアンポンタン!」
バシッ。
「痛え!」
面倒になって実力行為に出るレナ。何とか追い付いてライトの頭を引っ叩く。
「君がミコトを助けたいのはわかるけど落ち着きな。この状況下で辿り着いても君ごと巻き込まれてアウトになっちゃ意味ないでしょ。守る私の立場にもなってっての」
叩かれてそう言われて冷静さが戻ってくる。――確かに、危険極まりない状況だった。
「ごめん、迂闊だった」
「わかったなら宜しい。――本堂の位置とかわかる? まずはそこから当たろう」
「無理矢理撤退させる……んじゃ、ないのか?」
そのライトの問いに、はぁ、とレナは溜め息。
「ここまで来たら探した方が速いよ。ニロフも消火に入れるだろうからそこまで時間喰わないだろうし。何より――探したい、んでしょ?」
「……レナ」
「付き合ってあげるよ。君の事守るって約束したのは私だし」
レナが手をかざすと、ライトとレナを薄い光が包み込んだ。炎から身を守る為の魔法のバリアらしい。
「ありがとう。――行こう!」
お礼を言うと、再び走り出す。やがて見えてくる一際大きな扉。バタン、と勢いよく開けると。
「ミコトさん!」
「え……勇者様……?」
ミコトはいた。何とか体を支え座って、祈りを捧げていた。
「大丈夫ですか! 無事で良かった」
「……どうして」
「動けますか? 仲間がもう直ぐ消火作業に入りますが、出来れば脱出した方がいい。無理なら掴まって――」
「どうして助けに来ちゃうんですか……!? どうしてまた私だけ助かっちゃうんですか……!? 今度こそ、今度こそ助からないと思ったのに……! やっと、終われると思ったのに……!」
ライトの言葉を遮り、涙を流しながらミコトは叫ぶ。――そう、俺は助けに来たんだ。貴女を、助けに来たんです。
「ミコトさん。――貴女は、事故で亡くなったコリケット神官夫婦の本当の娘さんじゃ、ありませんね?」
「!」
ライトはゆっくりとしゃがみ、ミコトを目線を合わせる。
「仲間が裏を取りました。事故があった馬車は、神官夫婦、娘さん、その馬車の操舵士の他にも数名、搭乗していた。搭乗していたのは――売られていく、奴隷数名。この街の馬車屋が非合法の奴隷商人と繋がっていたみたいです」
「…………」
「証拠が出てきたのは、その馬車に奴隷が乗っていた、という事だけ。なのでここから先は推測になります。――貴女は、その馬車に搭乗していた、奴隷の一人だった。そして売られていく途中で事故に合う。唯一奇跡的に軽傷で済んだ貴女は、神官夫婦にここの事を託され、ミコト、という名前を授かったのではないですか?」
降りしきる雨。
冷たい、あまりにも冷たいその雨は、容易に体温を奪っていく。
『……そっちは……どう……?』
『駄目だ……全員……それに……ミコトも……』
『っ……! そんな……そんな……っ!』
息も絶え絶えに辺りを調べる神官夫婦。その様子を――ただ、立ちすくみ、見つめるだけの一人の少女。やがて神官夫婦と目が合う。
『……おいで』
優しく促され、ゆっくりと近付く。
『怪我も軽そうだね……大丈夫だよ、直ぐに助けが来るから……君は、助かるよ……』
逆に言えば、彼らは助からない。当時の少女には、そんな事はわからないが、神官夫婦は自分達の命もあと僅かだと察していた。
『お嬢ちゃん……お名前は……?』
その問いに、少女はゆっくりと首を振る。――少女に、名前はなかった。いやあったのかもしれない。でも物心ついた時にはただ商品として扱われるだけの日々。自分の名前を、知る機会もなかった。
『名前が無い? まさか……』
『あなた……?』
『奴隷か……! モドク……そんなものに、手を……出してたなんて……』
全てを察するが、最早どうする事も出来ない。――ならば、今出来る事は。
『お嬢ちゃん、よく聞くんだ……君は、今この瞬間から、僕らの娘……ミコトだ』
『! そうね、そうすれば……この子だけは……助かる……』
夫婦の娘で、本当のミコトは、この事故で亡くなった。生き残るのが奴隷の少女一人なら、今この瞬間から、立場をすり替えてしまえば、少女は奴隷という立場から解放され、人権を得て生きていける。偶然か必須か、顔と背格好も似ていた。人見知りだった本当のミコトは、あまり他の町人に顔を見せるタイプではなく、そうだと言い切ってしまえば街の人も騙せる可能性が高い。――条件は、揃った。
普通ならばいくら死んでしまうとはいえ、自分の娘を犠牲にはしないだろう。だが夫婦の博愛と、極限の状況が、その答えを呼び寄せていたのだ。
『さあ……「ミコト」……おいで』
静かに名前を呼ぶ声。
『大丈夫……大丈夫だから……私達の、代わりに……社を……守って、いってね……』
『…………』
夫婦は少女を抱き締める。少女は頷いていた。それは初めて少女が感じる、人の優しさ、暖かさ、温もりだった。
そして、時は流れ――
「あ……ああ……ああっ……!」
ミコトの涙が一層濃くなる。それはライトの推測が当たっている事を物語るには十分の光景だった。
「貴女は神官夫婦との約束を守る為、幼くしてこの社に戻った。それが神官夫婦に対する感謝とお礼だと信じて。でも……大人になるにつれ、徐々に、自分だけが名前を偽って幸せになっていることに、罪悪感を感じる様になった」
「チャラ勇者との結婚を拒まなかったのは、結婚する事でこの街に名誉が与えられる事でミコトとして受け入れてくれた街の人へのお礼、そして自分が幸せになっていた事に対しての罪悪感から、いつ不幸になっても構わないって思ってたからか。――まあ、今更偽者でしたなんて口が裂けても言えないもんねえ。神官夫婦の狙いは、上手く行き過ぎた、ってことか」
流石のレナも、多少の同情の余地がある様子。当時彼女はまだ四歳。良し悪しを判断出来る年齢ではない。
「ずっと……ずっと、本物のミコトさんに、申し訳なくて……! 身元不明として、神官夫婦とは無関係として終わりにされて……! 私なんかが、私なんかがいつまでも演じてたらいけないのに……!」
「演じる、か。……演じるって、大変ですよね」
「……え?」
「舞台観客を入れてのお芝居じゃないですからね。いつでも、嘘をつき続けなきゃいけない。勿論、貴女程の重みはわかりませんが、演じる事の大変さ、そして大切さ、わからないでもないですよ――痛っ」
「…………」
レナが無言でライトを軽く蹴った。――まーた君は感情に負けて余計な事を口走る、という顔をしていた。ごめん、と表情だけでライトは詫びる。
「でも、ここで大きな訂正が一つ。――ミコトさん、貴女はもう演じてなんていない」
「どういう……意味ですか?」
ライトはスッ、と自分の指に嵌めている真実の指輪を見せる。
「勇者の装備で、真実の指輪、と言います。魔力を込めると、相手の名前、仕事・役職や通り名、簡単な感情などを読み取る事が出来る。――以前、貴女に会った時に使わせて貰ったんですが、「ミコト コリケット殿巫女」と見えました」
「それは……だって、私は名前を知らないから、自然とミコトっていう名前に」
「名前の方じゃない、役職の方です。この指輪でコリケット殿巫女、と見えたという事は、貴女は自他共に認める、この社の巫女さんなんです。神官夫婦にお願いされたからじゃなく、この街に、この街の人達に認められた、立派な巫女さんだ、っていう事なんですよ。偽者じゃない、もう今は本物の、コリケット殿の巫女さんなんです。――神官夫婦に託された願いを、貴女はちゃんと叶えたんですよ」
「……!」
「辛い言い方になりますが、神官夫婦と彼らの娘さんの方のミコトさんがどちらにしろ亡くなる運命だったとしたら、その代わりに貴女は十分過ぎる程この社を守って来たんです。誰にでも出来ることじゃない。立派な事じゃないですか。それに関して、後ろめたく思う事はないはずです。――神官夫婦が不幸になってしまったからといって、そこまで頑張った貴女が、不幸にならなきゃいけない理由なんてないでしょう。幸せに暮らしたって、いいじゃないですか。胸を張って生きたって、いいじゃないですか。――もっと自分に素直に、なって下さい。神官夫婦も、それから……「ミコトさん」も、きっとそう願っていると思いますよ」
ミコトの気持ちはわからないでもない。でも、彼女が決して大きな罪を犯したわけでも、望んだわけでもないのだ。そんな彼女が、いつまでも罪悪感に苦しむ必要性なんて――何処にも、ないのだ。
「勇者様……私、私っ……!」
「それに……まあ、これは俺の更なる推測ですけど、街の人だって……きっ……と……」
バタン。その言葉の途中で、ライトは倒れた。――って、
「ちょおおおいい! 無理矢理エクスカリバー引っこ抜いたから反動か、今か、今かーい!」
レナは頭を抱えながらツッコミ。本来ならばエクスカリバーを抜き、あの一撃を放った時点で魔力が枯渇して気絶だったのだろう。ここまで無事で来れたのは、火事場の馬鹿力、という奴だろうか。――ああもう本当に世話の焼ける!
「ミコト、あんた自分で歩ける? 流石に私は人二人抱えてここから脱出出来ない」
よいしょ、よいしょ、とレナは何とかライトを支え、再び立ち上がる。――ライトの意識もまるっきりゼロではないらしく、何とか肩を借りてギリギリ動ける状態ではあった。
「あ……はい、何とか……」
「じゃあ行くよ。あんたも脱出出来たら好きなだけ倒れていいから。後――もうこの件で死のうだなんて思わないでよね。この人が目を覚ました時、絶望の顔なんて見たくないから。死のうとしたら殺すよ?」
「……矛盾してません?」
「その位今の私の苦労を無駄にしないでってことよ」
こうして、色々な意味でそれぞれフラフラになりながら、社を脱出するのであった。




