第七十五話 演者勇者の結婚行進曲8
「はっ、はっ……くそっ、何だってんだよ……!」
コリケットに響き渡った爆発音、そして赤に染まる景色。当然宿で待機、エカテリス達の報告を待っていたライト騎士団にもその音は光景は響き渡り、演技だの何だの言っている暇もなく、全員で走って現場へ向かっていた。
「ライト様、私は先行して情報を得てきます。先に付近の町人が集まっているでしょうから」
「頼んだ!」
ハルがガッ、と速度を上げて走り出す。気功術を織り交ぜているのか、到底ライトが追い付ける速度ではなかった。
「レナ殿、現場に着いたら我のフォローをお願いしたい」
「ニロフの? 魔法で消すってこと? ニロフならソロで余裕じゃないの?」
「そうなのですが……嫌な予感がするのです。というよりも、可能性としてはそれが一番高いというか」
「……あー、そういうこと。何となくわかったわ」
「何にせよ、あれを消さない限り話は進みませんからな」
ニロフとレナの会話。ライトにしてみれば「?」なのだが、今はそれを追求している余裕はなかった。
徐々に近づいてくる目的地。近付けば近付くほど感じる熱。
「っ……これは……!」
そしてハッキリと目的地を視界が捉える頃には、目を背けたくなるような勢いの炎が社の建物達を包んでいた。
(火の勢いが強過ぎる……! 嘘だろ、さっき俺達爆発音聞いたばっかだぞ……!?)
まるで随分と火事の発生に気付くのが遅れたかの如く。違和感だらけだが――まずは、それ所ではない。
「下がって下さい! 危ないです、下がって!」
「野次馬根性だけなら家に帰ってろ! アタシらの指示に大人しく従わねえなら容赦しねえぞ!」
マークと狂人化ソフィが周囲の町人達を下がらせる。無策の町人達を近くに置いておくのはあまりにも危険な状況だった。
「ライト様!」
「ハル! どうだった?」
「火事爆発の原因は不明、付近の町人も突然だったので何もわからないと。それから――誰も、ミコトさんの姿を確認していません。恐らくは」
「っ……社の、中か……!」
せめてミコトが避難していてくれたら、また対処も変わってきた。だが残念ながらそれが確認出来ない以上、中を調べなくてはならない。
「天の豪雨に打たれよ! メテオ・ウォーターフォール!」
その時既にニロフは詠唱に入っていた。滝と呼ぶにも生温い、激しい水の塊が勢いよく社の炎に襲い掛かる。――パァン!
「ニロフの魔法が……弾かれた……!?」
それはライトの目には、ニロフの魔法で生み出された水が、火の勢いに負けたというよりも、まるで受け付けないが如く弾かれたかの様に見えた。
「馬鹿な……多重の、神創結界ですと……!?」
「ニロフ、駄目なのか!?」
「普通の魔導士はおろか、最上位の魔導士が一枚作るのですら難しい結界が数枚重ねてあります。我なら解除は可能ですが……時間が、かかる」
歴史的大魔導士ガルゼフと肩を並べる実力者であるニロフに解除は可能であるが時間を要するレベルの結界。最早ニロフでなかったらお手上げの話なのだろう。
「っ……頼んだ、何とかしてくれ!」
それでも逆に言えば解除が可能なニロフがいる。大丈夫なのか、具体的にどの位時間を要するのか、などと細かい事を訊く余裕などなかった。ニロフに頼るしかない。
「承知! ライト殿、レナ殿をお借りしますぞ! レナ殿!」
「了解。具体的な希望があったらその都度言ってね、出来る限り何とかするから」
ニロフの嫌な予感は残念な方向で的中していた。魔法で消火するにあたって、何かしらの障害がある。それを解除するのに、炎魔法が得意なレナの力を借りたかったのだ。
レナが手をかざし、魔力を集中。少しでも火事の炎のコントロールを試みる。
「ソフィ様、町人は私が応対します、ソフィ様は周囲の建造物を!」
「わかった!」
ハルの指示にソフィが従い、ソフィが斧に魔力を込め、まだ燃え移ってこそいないものの時間の問題であろう建造物の破壊に出る。被害を最小限に抑える為の、止むを得ない方法であった。
「ライト! 一体どうなってますの!?」
「エカテリス、リバール!」
そこでモドクを捕えに行っていたエカテリスとリバールが合流。直ぐにライトを見つけ駆け寄ってくる。
「はっきり言って最悪だ。ニロフ曰く結界が張られていて時間がかかるみたいだし、何よりミコトさんがまだ中に」
「そんな……!」
「ライト様、事件の真相はライト様の推理通りでした。彼女はきっと」
「でも、それもこれも今助けなきゃ何の意味もない……!」
全てを飲み込もうとする目の前の炎。社はおろか、今まさにミコトの命、ミコトの想いも全てを飲み込もうとしていた。
「私はニロフさんとレナさんの援護に」
「私はソフィの援護に入りますわ!」
ダッ、と二人は走り出し、それぞれの場所へ。――パリン!
「一段解除!」
「ふー、ニロフ、残りは?」
「残り……二段……!」
「マジですか……ねえ、結界ってことは魔力プラス物理、私が直接剣で叩いた方がいいんじゃないの?」
「普通の結界ならそうでしょうな。ですが今回は神創結界、無属性の魔力が乗らないと破壊は厳しい。炎の魔力が乗るレナ殿の攻撃では解除は不可」
「ニロフに頼るしかないってことね……あーもう!」
「ニロフさん、レナさん、援護します」
「助かります、全面的にレナ殿の援護をお願いしたい」
「んじゃ、こっからこっち私、そっちリバールで」
「了解しました」
忍術で攻撃魔法も扱うリバールがレナの援護に入った。
「くっそ、流石に建物は堅えな……!」
「ソフィ、援護するわ! 初動で私が動くから、それに合わせて」
「姫様来てたんですね、助かります!」
そしてエカテリスもソフィの援護に入る。一方で引き続き町人達を宥め、抑え続けるハルとマーク。
「……っ」
気付けば、何も出来ていないライトがいた。燃え上がる社を見上げ、仲間の活躍を祈り、ミコトの生存を願う「だけの」ライトがいた。
(何してんだよ俺……動け、動けよ……!)
そう思うと同時に、何処へ援護に入っても足手纏いにしかならない自分に気付いていた。邪魔になる事を恐れ、足が上手く動かない。
そんなライトを咎める人間もいない。それ所ではない、だけではない。全員何処か無意識に、ライトは指示を出すだけ、という意識が何処かにあったのかもしれない。それで今までやってこれたし、これからだってやっていける。……でも。
(そんなんじゃ……駄目だろ……何の為に俺はここにいて、こうしてるんだよ……! 努力しろ、足掻け、最後まで、勇者を演じてみせろ……! 最後まで、可能性を探せよ……! 諦めないって決めたのは、俺自身だろ……! 後悔するのは、本当に全部終わってからだ……!)
「あの日」失って、演者勇者になってからもう一度生まれた「勇気」を振り絞る。燃え盛る社に近付き、
「っうおおおおおおお!」
腰のエクスカリバーを抜こうと――ビリビリビリビリ!
「!? ちょ、勇者君何してんの!? 危ないから――」
――抜こうとして当然電流が流れた。
「五月蠅えええええ畜生おおおおお!」
が、ライトはその行為を止めない。精一杯の力を込め、電流に耐え、エクスカリバーを抜こうとする。
「ハル、マーク君、勇者君止めて!」
「ライトさん、落ち着いて下さい!」
「ライト様、お気持ちは察します、ですが――」
「エクスカリバぁぁぁぁ、よく聞けええええ!」
ハルとマークの制止も聞かず、ライトは続ける。流石に電流が流れるライトには二人とも触れられない。
「お前は伝説の聖剣だろ! 世界を救う勇者の為の一本だろ! こんな時まで偉そうに人選んでるんじゃねえよ! 緊急事態なんだから今位俺に使わせろよ! それともお前も俺と同じで所詮見た目だけの偽者か!? 偉そうに電流流すだけのガラクタか!? 悔しかったら、本物の聖剣なら、俺を使って、この場を打開して見せろおおおお!」
ライトの手元にある巨大な力は、最早エクスカリバーしか思いつかなかった。どんな形でもいい、自分がどうなってもいい、今この時、この剣が抜ければ。その想いと精一杯の叫びで、ライトはエクスカリバーを握り続けた。
そして次の瞬間、ついに奇跡は起きる。――シャラン!
「――な」
「え」
「エクスカリバーを……抜いた……!?」
ライトが、エクスカリバーを抜いた。神々しい光が、神秘的なオーラが、生き物の様に滲み出ていた。正に勇者の剣、伝説の聖剣であることを疑いようのない存在感を出していた。
「うわああああああ!」
ライトはそのままエクスカリバーを両手で握り、大きく振り下ろした。使い方など当然知らない。ただ今はそうしたらいいんじゃないか、そんな気がしただけだった。
ズバァァン!――振り下ろされたエクスカリバーから放たれる、神秘の波動。圧倒的勢いで燃え盛る社に一直線で向かっていき、パパァン、と連続で破裂音を響かせた。
「ニロフ、これでいけるか!?」
先程の音からして、結界を破壊した音だろう。そう思ったライトはニロフに確認。
「十分です! 後は我にお任せあれ!」
「俺はミコトさんを助けに行く! 皆、後は頼んだ!」
そう言うとライトは結界を破っただけなのでまだ激しく燃え盛ったままの社に突入していく。――って、
「ちょ、待、ニロフの魔法待った方がいい――あああああもう! リバール、ニロフのフォロー頼んだから!」
「お任せ下さい、レナさんもライト様を!」
「いきなり聖剣抜いたと思ったら勝手に突っ込んだりとか、世話が焼ける勇者様だよホントにぃ!」
最早追いかけるしかライトを守る手段が無くなったレナが、ヤケクソ気味でライトを追いかけ、社に突入していったのだった。
「ごほっ、げほっ……はぁ、はぁ……」
燃え盛る社の中、ミコトは息も絶え絶えに倒れ込んでいた。
突然の爆発、そして瞬く間に広がった炎。逃げる暇はなかった。煙が建物の中を占拠し始め、体が言う事を利かなくなる。
(ああ……私、死ぬんだ……)
その覚悟は、直ぐに出来た。死ぬのが怖くないわけではない。でも――そういう運命なんだと、受け止めることが出来た。
(ううん、違う)
逃げたかった。偽りの自分から。終わりにしたかった。偽りの自分を。――死ぬしか、なかったんじゃないか。もしかしたら、この光景は、自分が望んだ結果なのかもしれない。
(私……何の為に産まれてきたんだろう)
天国に行ったら、神様に訊いてみようか。私は何の為に産まれ、何の為に……ああ、私天国に行けるかどうかそもそもわからなかった。別に地獄でも仕方ない――
「……っ!」
地獄に行ったら、天国にいるであろう人達に謝れない。自分の為に全てを用意してくれた、あの人達に謝れない。そして何より――「彼女」に、謝れない。
「……祈らなきゃ……最後の、祈りを……!」
重い体を何とか動かし、祭壇へ。――地獄に墜ちる前に、ここからなら、祈りが謝罪が届くかもしれない。
「ごめんなさい……! 社、守れませんでした……その為に、助けてくれたのに……ごめんなさい……!」
おぼろげにでも覚えている優しい笑顔。ミコトは精一杯の想いで、精一杯の謝罪をする。
「それ……から……!」
最後に、「その名前」を口に出そうとした――その時だった。
「ミコトさぁぁぁん!」
扉の奥から、その声が聞こえてきたのだった。