第七十四話 演者勇者の結婚行進曲7
カッポカッポカッポ。――平原を進む数機の騎兵。
「フフフ……」
その先頭を行くのは、ハインハウルス王国第一王女・エカテリスである。鎧を身に纏い、背中に愛用の槍。――笑みが零れるのは、
「さあ、目的地は間も無くですわ! 我々はハインハウルス軍の名に懸けて勇者様の為に剣を振るうのです!」
「オーッ!」
単純に今回の作戦に出番がやって来て、ご機嫌だから、というのが大きかった。連れてきた数名の兵士を鼓舞する。
「部屋で悶々としていた自分が恥ずかしいですわ。ごめんなさいリバール、皆を、貴女を信じていないわけではなかったのだけれど」
当然だが隣にはリバール。今回は一応演技も含まれてはいるので、珍しい軽装鎧姿で馬に跨っていた。
「お気持ちはわかります。私とて、やはり他の皆様に任せて自分は何もしない、というのは心苦しい物でしたから」
寧ろリバールとしては悶えながらベッドで転がるエカテリスが見れて良かった、あれはいいものだ、という想いがあったりもする。
「しかし、予想外の所もあります。ここまであからさまな攻撃作戦の為とは」
ニロフの魔術とライトが所持していた勇者グッツ「勇者の矢文」で、この世界観ではあり得ない速度で連絡を受けたエカテリス達。依頼内容は、王女として登場、威厳を見せる……ではなく、王女なのは構わないが、コリケットへの出陣依頼。
コリケットに、違法な人身売買組織が存在している。出来る限りの前調査はしておくので、確定次第攻撃、確たる証拠を掴んで欲しい。――その為に、エカテリスは軍として兵士を数名引き連れ、こうしてコリケットへ向かっていた。
「にしても……そんな地方の街に、違法の人身売買組織があるなんて」
「逆です姫様。地方だから、今まで見つかることなく存在出来たのです。完全に街に馴染んでしまえば、ハインハウルス城下町よりも遥かにカモフラージュがし易い」
連絡によれば、随分古くから根付いている可能性があるとのこと。
「そもそも私、奴隷制度自体が反対ですわ。確かに厳しい審査を通った、本当にちゃんとした所は国で許可しているけれど、それでも金銭で人を売り買いするのはどうしても気持ちのいい物じゃありませんもの」
エカテリスの言う通り、ハインハウルス王国でも奴隷制度は一応法律で許可されている。あくまで人間を人間としてしっかりと扱う、ケア等をしっかり行う設備・財力・組織力等、厳しい審査を潜り抜けた一部の商人が、奴隷商として商売を許可されている。
「お察しします。ですが……現状、必要とされている人がいる事も事実です」
魔王軍との戦いは優勢に傾いているとはいえ、今だ戦時中、そして一時期の苦戦していた頃の被害が全て修復されているわけではない。どうしても、その手の物に頼らざるを得ない人間が存在してしまっているのだ。
「私とて、あの日姫様に出会わなければ、そういった所に流れていた可能性は否定出来ません。――あの頃の私は、きっとそれでもいいと思っていたでしょうし」
「……リバール」
思い起こされる、未来の見えない日。――そして、未来が生まれた日。
「でも、でもいつか、そんな物が必要なくなる国に私はしてみせますわ。綺麗事かもしれないけれど」
「綺麗事、構わないと思います。ライト様と同じ、綺麗事を貫いて下さい。姫様の為ならこのリバール、尽力を惜しみません」
「ありがとう。……ライトと同じ、ね」
彼は勇者ではない。情に弱く、人間味溢れる、実力は平凡な、勇者として色々欠けている部分がある人間。――それでも。
「私、最近思うことがありますの。勇者も、完璧じゃなくてもいいんじゃないか、って」
夢見ていた勇者様は、完璧無双、まさに英雄、まさに憧れ。勿論その憧れが消えたわけではない。でも、ライトみたいな完璧とは違う魅力を持った人間が勇者でも、構わないんじゃないか。その想いが、エカテリスの中に生まれるようになった。
「その言葉、ライト騎士団結成前の姫様に御聞かせしたいですね」
「……リバール、最近少し意地が悪くないかしら?」
「申し訳ございません。でも私はこうして沢山の姫様が見れるのが、嬉しいだけです」
「もう……」
そんな会話をしていると、次第に街のシルエットがハッキリと見えてくる。街の入口で出迎えてくれたのは、
「お疲れ様です、王女様、リバールさん」
マークであった。
「お疲れ様、マーク」
「お疲れ様です、マークさん。……そちらは」
「ハァイ、ワタシクッキー。今貴女ノ前ニ居ルノ」
クッキー君であった。
「ニロフさんが作った自動式のゴーレムです。手動で動かして操縦、通信、映像確認とかも出来るみたいで」
「へえ、流石ですわね」
「映像……!」
普通に感心するエカテリスに対し、リバールは勢いが違った。目が光った。
「ニロフさん、そこにいらっしゃいますか? この人形の作り方を教えて下さい。ぜひ姫様の部屋に。お礼の品は弾みます」
『ふむ、リバール殿なら練習次第で作れるかもですな。しかし、お礼の品とは』
「それはもう、ニロフさんが喜ぶような……とか……とか」
『引き受けましょう。寧ろ我が作ってプレゼントしましょう』
『おいいいい密談を堂々としてるんじゃないよそこ!』
それは最早密談ではない。
「その声、ライトね? 成程、そちらに全員集合してますのね?」
『あ、うん。お疲れ様二人共。――堂々と素を見せられないから、クッキー君には助けられてる。事情は』
「ライトとニロフの手紙で把握していますわ。任せて」
『ありがとう、出来る限り迅速にお願い』
「? 何か問題でも起きたのかしら?」
『なあ団長、どうしてもアタシ出ちゃ駄目か? ちょっと、ちょっとだけでいいからさあ』
『戦いの気配を感じてるらしくて、ソフィが我慢出来そうにないから。――今度、今度ちゃんと見せ場作るから、今は我慢してくれ、な?』
エカテリス側から映像は見れないので確認出来ないが、今ライトは狂人化したソフィに母親に物をねだる子供の様に後ろから抱き着かれて体を揺らされていた。
「わかりましたわ。ソフィが我慢出来る間に、遂行してきます」
それなりに音声だけでライト達の光景が想像出来るエカテリス達は、つい笑ってしまう。
「お待たせしました」
と、そこに現れたのはハル。隣には、コリケットの町長・ヌドの姿も。ハルが呼んで連れてきた形である。
「あの……」
「突然お呼びだてしてごめんなさい。私はエカテリス=ハインハウルス。ハインハウルス王国の第一王女ですわ」
「!? お、王女様!?」
ヌドは勇者は予告があったから驚きはないものの、流石の王女のサプライズ登場には驚きを隠せない。
「あ、あの、勇者様への対応で、何か不手際でも……!?」
「いいえ、今回私が来ているのは勇者様とは別件です。――この街に、馬車による移動、護送を商売としている店があるでしょう? 案内して頂ける?」
「は、はい!」
そこで一旦マークとハルとは別れ、エカテリス、リバール、兵士数名はヌドの案内で「馬車 モドク」と書かれた看板のある店へ。成程運賃を支払うことで馬車での移動、輸送を承る店の様で、裏手には馬小屋と思われる建物も見られた。
「あれ、町長どうした……って、そちらの方々は」
「モドク、この方達は」
ヌドは簡潔にエカテリス達の事を説明。
「お、王女様!? それに軍が……一体、何の御用で」
「単刀直入にお伺いしますわね。――このお店、不法な人身売買に関わってませんこと?」
「っ!?」
「な……モドク、本当なのか?」
あまりにもストレートな質問に、明らかに動揺するモドク、驚きを隠せないヌド。――ヌドからしたら、モドクは本当に普通の町人なのだろう。そんな事を疑った事もなかった。
「ば、馬鹿な事を言わないで下さい、ウチはただの馬車業ですよ」
「貴方一人、この店だけでやっているとは思っていませんわ。恐らく他の街の奴隷商と繋がっているはず。街がそれぞれ離れていれば、疑いもかけ辛くなりますものね」
「と、突然何を……落ち着きましょう、色々」
「貴方は私が――ハインハウルス王国王女が落ち着きもなく勢いだけでここに足を運んでいると言いたいのですか?」
「……っ」
鋭いエカテリスの言葉。その圧倒的存在感、威圧にモドクの額から汗が流れ落ちる。
「……証拠」
「え?」
「ならば、証拠は何かあるんですか? 私が奴隷商と関わったという証拠が」
顔色は悪く、旗色が悪い事を隠せないモドクだったが、引くわけにはいかないと、その問いをエカテリスに投げ掛ける。……が。
「いいえ、ありませんわ」
「……はい?」
返って来た返事は明後日の物だった。……え、ないの? 即答でないの?
「この話は色々他の事を私の仲間が調べた結果、出てきた推測に過ぎません。なので証拠は今一切ありませんわ」
「馬鹿な! 証拠もないのに何故そんな話を! いくら王女様でも」
「なので、間もなく見つけさせて頂きますわ。――リバール」
「お待たせ致しました」
ガチャッ。――エカテリスがリバールの名前を呼ぶと、店の奥からリバールが普通に戻ってくる。……って、
「ちょ、この人いつの間に店の奥に!?」
「姫様がこの店に足を踏み入れた直後ですが。貴方が姫様の魅力に惹かれ、私の存在を認識出来なかったのでしょう」
勿論嘘である。気付かれずに踏み込めたのはリバールの技術あってこそである。……リバールのエカテリスの魅力説は半ば本気の意見である。
「奥の部屋の隠し金庫に、裏帳簿がありました。――他の人間と提携するということは、何かあった時の為に確実に帳簿が必要ですからね。しっかりと存在していると思いました」
「この国では奴隷商として活動するには厳しい審査と資格が必要ですわ。勿論提携するにも。――無許可は違法行為です。観念なさい」
「ぐ……」
ガクッ、と膝を床に付き、項垂れるモドク。まさに絶望――
「――っあああああ!」
と思わせておいての最後の足掻き。懐に隠してあったか、短剣を取り出し、エカテリスに襲い掛かった。――ガシャガシャン!
「!」
更に窓から顔を頭巾で隠した男が二名、剣を持って急襲。いつでも何かの為に待機しているのだろう。合計、三名が一気にエカテリスへ――
「――誰に剣を振るおうとしているのか、承知の上ですね? それ相応の覚悟とお見受けしました」
「がはぁ!」
――辿り着けない。モドクの前にはリバールが立ち塞がり、愛用の短剣二刀流を取り出し、右でモドクの短剣を弾き飛ばし、左でモドクに斬撃を加えて壁に叩き付けるように追い詰める。
「ソフィが狂人化してしまうのもわかりますわ。殺意が先程から駄々洩れですもの。――甘く見て貰っては困ります」
残り二名はエカテリスが応対。実力の差が圧倒的であり、愛用の槍で一閃。得意の風魔法も加わり、一撃で二名とも吹き飛ばされ、呆気なく戦闘不能になる。
「リバール、気絶させたり殺したりしたら駄目よ。本題はここからなのですから」
「承知しております」
リバールが抑え込んでいるモドクに、エカテリスが近付く。
「本題、だって……!? 確かに、奴隷商と繋がってたのは隠してたが、これ以上隠してる事なんて――」
「この街の巫女、ミコトさんのご両親が亡くなった事故、貴方が関わっていますわよね? 「奴隷商と繋がる立場」として」
「!」
「表向きは天候悪化による馬車の暴走による事故。ミコトさんのご両親、他数名乗っていた方は亡くなり、ミコトさんだけが奇跡的に生存。でも可笑しい点がありますの。我が軍の優秀な事務員調査員が調べても、ミコトさんのご両親以外の亡くなった方の詳細があやふやでまったく詳細が掴めない。――つまり、貴方が裏で斡旋していた奴隷の可能性が高い。そして悪天候にも関わらず馬車を強行させたのは、その奴隷を扱っているという事実が時間をかけてしまうとばれてしまう可能性があったから。違うかしら?」
事故が起きる程の悪天候なら、余程の急ぎでなければ馬車の強行はしない。馬の暴走の可能性も高まり、事故の可能性が非常に高くなるからだった。――事実、当時事故は起きてしまっていた。不運と言えばそれまでだが、不運の可能性を確実に高めてしまった理由があるなら話は別である。
「よって、あの事故は貴方が起こしてしまったと言っても過言ではない。――言い訳はありますかしら」
「っ……もう、時効だろ……!」
「姫様は時効云々の話はしていません。素直に質問にだけ答えなさい」
「があああっ……!」
リバールが更に厳しく壁に押し込む。勿論手加減はしているのだろうが(しないと確実に殺してしまう)、それでもかなり苦しそうな表情を見せた。
「そう……だよ……! 俺だって、社の神官夫婦を死なせたくなんてなかったよ……! でも、あの日はどうしても急ぎでって促されて……仕方なく……!」
モドクは古くからの町人、という顔も持っていた。神官夫婦を死なせたくなかった、という言葉も一応嘘ではないのだろう。
「でも、どうして今更あの事故の事を……!」
「必要だったからですわ、あの事故の真実が。それがわかれば――」
今回の話も全て上手く行く様になる。そう、エカテリスが言いかけた時だった。――ドカァァァン!
「!?」
「何の音……!? リバール!」
「はっ!」
外から激しい程の爆発音。はっきり言ってただ事ではない音だった。エカテリスはリバールを促し、確認をさせる。
「姫様、火事です! 遠方の建物が激しく燃えています!――町長さん、あちらには何が」
「! そ、そんな……! あれは、社だ……! ミコトちゃんがいる、社が……燃えてる……!?」
「な……!?」
事態は、落ち着いた収束など待ってはくれず、最悪の局面を迎えようとしていた。




