第七十三話 演者勇者の結婚行進曲6
コリケットの街に勇者がやって来た。田舎町と称されるこの街でも、各々が、各々の想いを抱いてしまう。――それ程の、大きな出来事なのである。
そして、街外れに集まる、数人のグループ。彼らもまた然り、であった。
「ミコトちゃんには、なんとしてでも結婚して貰わないと」
だが――彼らの思惑は、少々大勢の意見とは、ずれていた。
「ああ。もしミコトちゃんが結婚しなかったら、結局何も変わらないままだ。ミコトちゃんがいる限り――あの「社」を無くすことは出来ないからな」
「あの社が無くならない限り、俺達は認められないんだ」
「ああ。千載一遇のチャンスなんだぞ、これは」
流石に他の人の耳に入れたらまずい、という自覚はあるらしい。その男達は声を抑え気味に話し合いを続ける。
「――お前達、覚えてるか? 言われたよな、最悪の場合、巫女を消してしまえばいいって」
「おい止めろ! ミコトちゃんに手を出すつもりか!」
「さ、流石にそれは俺も……」
「わかってる、俺だってそれは避けたい。街の空気もおかしくなるからな。――そうお願いしたら、これをくれた」
男が、ポケットから一つの玉を取り出した。握り拳より少し小さめ程度のその玉は、赤く、魔力を漂わせる独特の光を帯びていた。
「それは……」
「勿論、最後の手段だよ。……とりあえずは、ミコトちゃんが結婚してくれることを祈ろう」
ザワザワ。――ざわつく町人、否応でも集まる視線。
「勇者様ぁ、わざわざこっちから行ってあげる必要、なくない?」
「そう言うなよ。お前だって迎えに来てくれた方が嬉しいだろ?」
「そうなんだけどぉ、ソフィ程じゃないけどなんかあの人、私好きになれなくてぇ」
ライトがライトとして(!)ミコトと話をした翌日。ライトは再び勇者の格好で、今度はレナを引き連れ、ミコトのいる社を目指していた。当然前述通り周囲からは注目の的である。
二人は勿論演技中。レナはライトの腕にしがみ付くように自分の腕を絡ませて歩いている。
「嫌なら待っててもいいんだぜ? 俺一人で迎えに行くから」
「意地悪言わないでよぉ。折角なんだから一緒に行くし、それにもう足痺れさせたくないし」
「…………」
最後の一言だけ素である。――余程堪えたのか。ありがとうハル、とライトは心の中で感謝。これからも頼ろう。
「あー、また違う女の事考えてるぅ」
「仕方ないだろ? 皆俺の事好きなんだし? 俺も皆の事好きだし?」
「私の事ももっと見て欲しいなぁ。いっつも守ってあげてるし。ハルよりも大事だし」
訳・勇者君の命を守る大事なポジションにいるのは私なので私の事は色々大目に見るべき。
「ちゃんと見てるぜ。見てるから、こうして今日だって連れて来てるんだろ?」
訳・ちょっと甘やかすと直ぐ調子に乗るじゃないか。今日だって連れて来なかったらサボってただけだろ。
「もー、勇者様ぁ」
「あっはっは」
心理戦と駆け引きをするライトとレナだが、勿論何も知らない町人からしたらイチャイチャを振りかざして歩くとんでもな二人組である。
やがて見えてくる社へと続く道。比較的朝早めに出てきたので、周囲に人の気配が無くなる。
「勇者君ごめん、ちょっと休憩」
「俺も……」
そしてここぞとばかりに素に戻る二人であった。お互いの事が嫌いなわけではないのでくっつくのが嫌、というわけではないのだが、兎に角オーバーな演技は普段の自分と二人共離れているので疲れるだけである。
「もうさ、私が裏で脅迫して結婚させないってのでいいんじゃない?」
「俺だって出来ればそうしたいけどそれが通用する様な相手じゃないんだよ……実際会えば何となくわかる」
「まー、流石にそんな簡単な人間なら勇者の花嫁なんかに選ばれないか」
「ほら、見えてきた。また演技するぞ」
「げぇ……」
はぁ、と溜め息をつき、二、三度咳払いをし声を整えると、レナは再びライトの腕に自分の腕を絡ませた。
「うぇーい、ミコトちゃんいる?」
ノックもそこそこに、ライトは社の宿舎のドアを開ける。
「……勇者様」
「遊びに来たぜ。ミコトちゃんの顔見たいし、ミコトちゃんどんなライフ送ってるのか知りたいし」
「そうですか。……そちらは?」
「付いてくるって言って聞かなくてさあ。まー俺としても、これから一緒になるんだから仲良くして欲しいし?」
「そうですか。……今、お茶入れますね」
「サンキュー」
少しすると、お茶とお茶菓子を用意してミコトが戻ってくる。
「安物ですが」
「いーんだよ、ミコトちゃんが淹れてくれるのがいいんだって。なあレナ?」
「私だってお茶位淹れるし」
「ごめんねミコトちゃん、こいつ嫉妬してんのよ。俺がミコトちゃんに会いに行くって言ったらさあ」
あっはっは、と笑うライト。無表情なミコトとレナ。――演技じゃなかったらやってられない素のライト。今このお茶に胃の薬を入れたい素のライト。
「ていうかさあ、アンタ本当に勇者様と結婚すんの?」
「昨日もう一人の女性の方にも同じ事を訊かれましたけど、私の答えは同じです。結婚します」
「正直さあ、そんな感じで勇者様の周りをウロウロされると苛々すんだよねー。私はさあ、勇者様が楽しそうにしてくれなきゃ嫌だからさ。嫌いなら結婚しないでくれない?」
「そういうこと言うなよレナ、ミコトちゃん可哀想じゃんか」
「だって」
「まあでも、俺もミコトちゃんには笑って欲しいな。無愛想なミコトちゃんも可愛いけど、きっと笑ってるミコトちゃんも可愛いし? そうだ、これ飲んだらデートしようぜデート。俺が何処でも楽しませてあげること見せてあげるよ」
「ご心配なく。貴方と結婚しても、貴方に反抗したりはしません」
昨日素のライトに見せた人間らしい表情をまるで見せないミコト。まるで別人の様。これはまるで、嫌というよりも。
「ミコトちゃん、俺の奥さんになる以上、何の我慢もいらないんだぜ?」
全てを押し隠して、全てを無にしようとしている。――そういう風に見えた。
「オーケー、腹割って話そうぜ。ミコトちゃんは、俺にどうして欲しい?」
「……別に、私は」
「最初に会った時ミコトちゃん俺に言ったべ? この街の人家族みたいに想ってくれますかって。俺はさ、家族の様に想えないけど、それ以上にこの街を幸せに出来るぜ? 町長にチケットあげるし、国王にお願いしたっていい。それはミコトちゃんのおかげじゃん? 偶にならこの街に遊びに帰ったっていいぜ。それでオッケーじゃん」
「……っ」
苦虫を噛み潰したような表情をミコトは一瞬見せた。言いたい事はあるが、何を言えばいいのかわからないといった所か。
「あー、わかったー」
と、レナが悪そうな(!)笑顔を見せて口を開く。
「ミコトって、本当はこの街の人のこと、そんなに好きじゃないんでしょ?」
「な――」
「でも、今まで皆大好き素敵なミコトちゃん、で来たから、今更そのレッテルを外されるのは癪に障る。だからギリギリまで素敵なミコトちゃんを演じてるんだよ。ホントはこんな田舎臭い街離れられて万々歳――」
「何も知らない癖にわかったような口を利かないで!」
バァン!、と大きな音を立ててテーブルを叩きながらミコトが立ち上がる。目に涙を浮かべ、唇は震えていた。
「――そうだよ、何も知らないよ私は。勇者様だって何も知らない。だから「訊いてる」んじゃん」
悪そうな笑顔だったレナの表情が、冷たく、鋭い物に変わる。時折見せる、あの厳しいレナの表情だった。
「言いたくない事なんて誰にでもある。私だってそう。無理に喋る必要性は何処にもない。ただ、それを貫くなら、周りに悟られないでよ。アンタの態度、あからさま。SOSのサインにしか見えない。それなのに自分一人で抱え込んで終わろうとしてる。何処の悲劇のヒロインよ。――助けて欲しいなら、正直に誰かに言えばいいだけじゃん。アンタが大好きな街の人は、そんなに薄情な人ばっかなの?」
「……さい……るさい……五月蠅いっ! 私はこれ以上、誰かに助けなんて求めちゃいけないの! もう誰にも、助けて貰っちゃいけないの! 私は、私はっ……!」
感情が暴走し、叫びとも涙とも取れる声を上げるミコト。――これ以上は無理。そう思ったライトは、
「ミコトちゃん、また来るよ。俺達、君を泣かせに来たんじゃないんだ」
そう告げ、レナを促し、社の宿舎を後にした。
「……異論は受け付けないよ?」
「わかってる。こうなる事も覚悟の上で俺はレナを連れてきたんだ」
帰り道、二人きりになった所でレナが口を開き、ライトがそう返す。
「まー、でも流石に私も最初は適当に言ったけど、案外刺さる物だったみたいだねえ。彼女、何かを演じてるのかもしれない。それこそ「素敵なミコトちゃん」すら演技なのかも」
ミコトが感情を爆発させたのは、レナの「演じてる」が明らかに引き金だった。でも――
「俺は演技とは思えないんだよな。もっとこう、演技なら完璧な感じがしてもいいのに」
ライトが兵士ライトとして会った時も、演技をしている様には見えなかった。ただただ、彼女は何かに苦しんでいるのだ。
「勇者君はピュアだよねえホント。あの爆発すら演技の一環かもしれないじゃん。――知らないよ将来狡猾な女に騙されても」
「そういう意味じゃ俺はレナみたいなあからさまな人が合ってるのかもな」
「うーわ」
さり気なく口説かれたの? え? 私口説かれた? それとも貶された?……が、ライトはレナの感情には気付かず、ふと別の事に思い当たる。――演じている、か。
そのまま考えながら歩くと、クッキー君が待機していた。ライトは早速通信を開始。
「マーク、戻ってきてるかな? 例の事故の事、わかった?」
『はい。大分詳細がわかりましたよ』
「じゃあさ、――みたいなこと、なかった?」
『! 確かに仰る通りです。あの事故、詳細を説明すると――』
…………。
「……やっぱり」
「どゆこと? それの何が問題なの?」
「レナの仮説も合ってるって言ったら合ってるよ。――ミコトさんは、演じてたんだ」
ライトは自らの仮説を、その場でレナに説明する。
「いや言いたいことはわかったけど、でもそれおかしくない? もし勇者君の仮説の通りだったとしたら、勇者君が見た真実の指輪の結果はどうなるの? 矛盾してるでしょ」
「普通ならね。――でも、それすらを越えてるって事もある」
「は……?」
「一度宿に戻って対策を練ろう。一番の問題は、この事実を突き止めた所で、じゃあミコトさんが幸せになれるか、って言ったらそうじゃないって所なんだよ。彼女がこの事実と過去を乗り越えるには、どうしたらいいか」
「……過去を乗り越える、ねえ」
「綺麗事だって呆れた?」
「何を今更。勇者君がそういう人間だってのはわかってるし、私だって乗り越えられるに越したことはない、位の気持ちはあるよ?」
そう言って二人で軽く笑い合った。ライトが自然に手を出すと、レナがその手を取る。勿論勇者とその勇者お抱えの女騎士という演技の為だったが、行きよりも自然な感じがしたのは、きっと気のせいではなかっただろう。




