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第七十二話 演者勇者の結婚行進曲5

 降りしきる雨。

 冷たい、あまりにも冷たいその雨は、容易に体温を奪っていく。

 生も死もわからなかったが、それでもこれで全てが終わってしまうのか。それを感じさせるのは十分だった。

「……ミコト……」

 静かに名前を呼ぶ声。

「大丈夫……大丈夫だから……私達の、代わりに……」

 抱きしめられた。勿論相手もずぶ濡れで、抱き合った所で暖かさなど望めない。

 それでも――感じるこの気持ちは、何だろう。これは「暖かさ」と呼べる物ではないだろうか。

 この人達は、私の事を、本当に助けたいと思っていてくれている。

 親として、人として、私の幸せを願ってくれている。

「…………」

 だから私は頷いた。あの日の私は、頷く事が正解だと、それ以外の選択肢など、思いもしなかった。

 今思えば、それが始まり。

 私の、今回の結婚行進曲の、始まりだったんだ……



「ミコトちゃんには、幸せになって貰いたいんです」

 その第一声に、周囲もうんうん、と頷く。――経緯、願望云々あれど、そこは流石に一致する様子。

「だから、相手がどんな女たらしでも、ミコトちゃんが幸せなら」

「幸せになるならまともな相手が必要に決まってらあ。だから、今回は」

「女の幸せを男が語らないでよね。つまりはね」

「結局、ミコトちゃんが巫女ってのが駄目なんだからそこは」

 ズドン!――再び終わらない討論が始まりかけたその時、地面を思いっきり踏みつける音、波動。

「…………」

 ソフィである。ジロリ、と全員を睨みつけ、「次はねえぞ」と言わんばかり。再びピタリ、と討論が止まる。――当初こそこの強引な方法で大丈夫か、と思ったらライトであったが、ある意味ソフィがいないと話にならなかったかもしれない。

「――俺、先程ミコトさんと少しお話する機会がありました」

 落ち着いた所で、再びライトが口を開く。

「まだ少ししかお話していない俺が断言してはいけないとは思いますが、皆さんに好かれているのがよくわかる、素敵な方でした。幸せになって貰いたい、というのは俺でも思います」

 冷静で優しいライトの言葉に、町人も耳を傾ける。話がわかる人間がいる、というのがわかっただけでもプラスなのだろう。

「彼女は、勇者様に会って直ぐ、結婚すると断言しました。――でも、俺が先程一対一でお話した時、結婚する気は変わりませんが、本音に躊躇いが見えました。つまり、彼女は自分の意思で結婚するのではなく、何か他の理由、誰か他人の為に結婚を決意してると思います」

 ライト達に任務はあくまで「ミコトに結婚を後腐れなく断らせる事」だが、ライト個人としてはあのミコトの姿を見てしまうと、それ以上の何か、彼女が救われる道を見つけてあげたいと思ってしまった。――またレナ辺りに呆れられそうだけど。

「なので、彼女のその悩みを解決してあげられたら、彼女なりの本音の答えが出せるんじゃないでしょうか。その結果が結婚であれお断りであれ、それなら皆さん納得がいくんじゃないですか?」

「…………」

 綺麗事だが真っ当な意見に、町人達はお互いの顔を見つつも、反論の機会を失う。自分達の意見ばかり、というのも冷静になって考えてみたらちゃんと気付けたのかもしれない。

「ミコトさんには大きな悩みがある気がしました。それが何かわかればまた違うかもしれない。――彼女の事、より深く知っている方、いませんか?」

 そのライトの呼びかけにゆっくりと手を上げる若い女が一人。

「貴女は?」

「ナナノといいます。ミコトとは親友のつもりです」

 その発言に、周囲の認識も間違っていない様子。ライトとソフィは落ち着いて話をする為、ナナノを連れて違う場所へ移動した。

「――ミコトとは同い年で、事故であの子の両親が亡くなった時からの仲です」

 狂人化バーサークが切れたソフィが一旦宿へ戻り、ハーブティーを用意しナナノに提供。気持ちを落ち着かせた所で、ゆっくりと口を開いた。

「私の父親がこの街で医者をしています。事故が起きたのは私達がまだ四歳の頃。彼女だけが生き残って、怪我の治療後、身寄りの無かった彼女をしばらく家で面倒を見てあげる形に自然となりました」

 マークの資料を思い出す。馬車での移動中、突然の天候悪化で馬が暴走し崖から落下。本当に不幸な事故だった様子。

「最初は塞ぎがちだったミコトも、少しずつ元気になって、私とも仲良くなりました。一人っ子だった私は姉妹が出来たみたいで嬉しかったし、私の両親も分け隔てなく接してくれてました。このままずっと大きくなっていく。そんな風にあの時は思ってました」

「……その言い方だと、違ったんですね」

「事故から四年後、私達が八歳の時。あの子、社に戻るって言い出したんです」

 社に戻る。その一言だと色々な意味合いになるが、問題提起として挙げているということは。

「ナナノさんの家族の元を離れて、一人で社で暮らす、と……?」

 ライトの問いにナナノが頷く。――普通の八歳の子供の考えではない。

「自分はあの社の伝統ある家系の娘、いつまでも放っておくわけにはいかない。死んだ両親に顔向け出来ないって。勿論私の両親も私も止めました。単純に私は一緒に暮らすのが当たり前になっていたから離れるのが嫌だったし、両親からすればその歳の子供が一人暮らしなんて到底無理ですし、面倒を見てきた子なら尚更心配です。社に戻りたい気持ちは理解出来ましたから、もっと成長してからでもいいんじゃないか、と説得しました。……でも、ミコトは頑なに意見を曲げなかった」

「それで、結局社に戻った?」

 そのライトの問いに、やはりナナノは頷く。

「元々はミコトの両親が、この街の人達に信頼される素敵な夫婦だったと聞いています。その娘が両親の為に何とかしたい。その想いの為なら私の両親は勿論、街の人達も協力を惜しみませんでした。そして本人の頑張りもあって、彼女は一人であの社をやり繰りするようになったんです。――今大人になってあらためて感じる事は、本当に凄い事だと思います。でも私、どうしても引っかかってました。社に戻るって言った時のミコトの、悲壮感漂う表情が」

 ミコトは八歳の時、大きな決意を堅め、社に戻ると決めた。それだけだったら前向きな話なのだろう。だがその時見せた表情は「悲壮」。ライトはその場にいたわけでは当然ないが、今のナナノのそのもどかしさを隠せない表情が、その時のミコトの様子を、彼女の歯痒さを多いに物語っていた。その時から、今の今でも、ずっと引っかかっているのだろう。

「ナナノさんとミコトさんがそれを切欠に疎遠になってしまったわけじゃないんですよね?」

「はい、今でも姉妹の様に仲良しです。でも……時々見せる、悲しそうな表情の理由はわかりません。何度も問いただしました。でも、いつでもはぐらかされてばかりで」

「今回の結婚の事に関しては話をしました?」

「勿論です。実際に勇者様がいらしてからはまだですけど、ミコトに決まったってお知らせが来た時に」

「どんな感じでした?」

「何て言うか……安堵、って言えばいいのかな。今生の別れみたいな話もされました。大げさだよ、って言ったんですけど、何となくはぐらかされて……本気なのかもしれないです」

「…………」

 ライトは落ち着いて、頭の中で整理をしてみる。

 ミコトは四歳で両親を亡くし、その両親の後を継ぐ形で自ら望んで若干八歳で社の巫女となった。だが前向きな気持ちよりも、悲壮感……悲しみ、重い気持ちが表れていた。それは何処か、真実の指輪を使った時に見た罪、後悔に繋がる何かかもしれない。

 しかし彼女は勇者と結婚し、この街を離れる事を望んでいた。安堵、つまり肩の荷がまるで下りたかの如く、だ。例えば巫女を続けることが罪滅ぼしになるのなら、この行動は矛盾が生じている。

 彼女の本音は何処に……? ミコトは一体、何を隠している……?

「――お話してくれてありがとうございます。持ち帰って、直ぐに仲間と話し合います」

「え、あの……でも」

 ナナノからしたらライトはあくまで一兵士。勇者の周囲はあてにならないのだろう。――ライトは苦笑する。俺達の演技力も捨てたもんじゃないな。

「大丈夫です、他に頼りになる仲間がちゃんといますから。――また何かあったら話、聞かせて下さい。それじゃ」

 ナナノに挨拶をし、ライトとソフィは一旦宿に戻る為に移動を開始。

「――解決出来ない悩みから逃げ出したい、という気持ちはわからなくはないです」

 ソフィが不意に呟く。――ソフィ自身、ライトに出会うまでは狂人化バーサークの自分を悩み、捨てようとしていた。共感出来る所があるのだろう。

「私の場合、幸運にも団長に出会い、正面から向き合っていく事を決める事が出来ました。――ミコトさんにはその様な方はいなかったのか。ナナノさんじゃ駄目だったのか。街の人じゃ駄目だったのか。それとも」

「……それとも?」

「根本的に、何か違うのか。――周囲の人の優しさすら、彼女を追い詰めているのかもしれません」

 周囲の優しさが彼女を追い詰める。――それ程までの何かを、抱えているということなのか。

「ニロフ、聞こえてる?」

『ええ。お二人の会話も聞いておりました』

 ライトがクッキー君に語り掛けると、しっかりと反応してくれる。

「マークいるかな? ミコトさんが四歳の時に遭遇した事故、もっと詳しく調べられないかな」

 恐らく始まりはそこであろう。ならまずは、そこを徹底すべきではないか、という結論に達した。――すると。

『マーク殿は既に調査を開始しております。今日明日中には何とかすると仰ってましたぞ』

「……流石」

 ライトがそれを求めるのが予測出来たのか、既にマークは動いていた。まさに縁の下の力持ちである。

『マーク君は本当にそういうの良く出来るよねえ。褒めて褒めて』

「何でレナがドヤ顔なんだよ……」

 いや流石にこちらから向こうの表情は見えないのだが、容易に想像出来た。――あ、そうだ。

「レナ、明日は一緒に来て貰うぞ」

『別に褒めてくれなくていいのでパスで』

「何の基準だよ! 兎に角帰ったら説明するから」

『はーい。……ほらハル、冗談でしょちゃんと返事したでしょ、そんな目で見ないでってば』

 そんな会話をしつつ、ライトとソフィは一旦宿に戻るのであった。

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