第七十話 演者勇者の結婚行進曲3
「痛ってえ……」
「いやー、見事なビンタだったねえ」
宿(貸し切り)へ移動した勇者一行――もとい、ライト騎士団。人払いをした所で、とりあえず素に戻ったライトが放った第一声がそれであった。
「俺、親父にもぶたれた事ないのに……」
「はいはい君が一番勇者君を上手く演じられるんだ、ってね」
「レナ、ふざけてないで。――団長、痕になるといけません、私の魔法で治療しましょう、見せて下さい」
「ソフィ様、こちらの治療用の道具も良ければお使い下さい」
真剣な面持ちでソフィ、ハルがライトの頬を心配する。実際ビンタ一発でそこまで酷い事にはならないだろう、ライトとしてはちょっとくすぐったくもあったり。
「でもあの巫女、許せません。団長に手を上げるなんて」
「いやあのシチュエーションは仕方ないよ……ソフィも我慢してくれて良かった。あれって狂人化なの?」
「両方、ですね、私も「アタシ」もハッキリしてました」
あれ、もしかしてそれって勇者君の為なら色々克服出来るんじゃ、とふとレナは思った。
「ハベラ~ホベラ~ヘニャナナ~ブボラ~」
「ニロフもその怪しい呪文もう一旦いいから」
「怪しくはありませんぞ。古代魔族語で「あの巫女服可愛い、超萌える」と言っています」
「何そのどうでもいい豆知識!?」
というわけで、あらためてチャラい勇者を演じたライト、その勇者の専属メイドを演じたハル、左右で抱き寄せられてた美人騎士を演じたレナ、ソフィ、怪しい祈祷師を演じたニロフ、事務官を――
「マーク君だけ面白味ないわー」
「面白味いらないですから!」
――事務官のままだったマーク、である。
この日の為に、ライト達は――というより、ライトは一生懸命練習を重ねた。チャラいとは何か。チャラい人間は何をするのか。そして今回の勇者のキャラとは。色々考慮し、頭に入れ行動に移した結果が、今回である。
髪の毛はカツラ、アクセサリーは借り物。ふぅ、といった感じでライトは外す。
「ま、でも勇者君頑張ったお陰でファーストインプレッションとしては良かったんじゃない? 「あの勇者、駄目だ!」じゃなくて「あの勇者、何者!?」にはなったでしょ」
向こうに断らせるのは簡単。だが勇者とハインハウルス軍の評判を出来る限り落とさない為には、悩んだ末に……という形に持っていきたい所なのである。その為の若干のらしくない趣味を持つ勇者、怪しい祈祷師などを用意したのだ。
「その点は私もレナ様に同意です……が、一つ気になる所が」
「我もですなあ。恐らくハル殿の疑問と我の疑問は同じなのでは。――ミコト殿が、あの勇者を見てビンタをしても、結婚すると断言したこと」
そう。他の町人が結婚するしないの前に困惑だけが広がった中、ミコトは迷いなく結婚します、と断言した。あれだけ嫌悪感を表に出しておいて、普通はあり得ない。
「……確かに、芯の通った目をしていました。いい加減な目つきだったら、あのまま斧で首を跳ねても良かったのですが」
「サラリと怖いこと言わないで……」
ミコト、一命を取り留める。――は兎も角。
「僕とリバールさんの調査では事故で家族を亡くしており、街の人を大事にしている、というのはわかってはいましたが、もっと深い事情があるのかもしれませんね」
ペラ、ペラ、とマークが資料に目を通しながら発言。
「それは知っておく必要がありそうだねー。――勇者君、出番」
「よし」
ライトは服を着替え、ハインハウルス軍兵士の格好に。――作戦である。強烈なインパクトを登場で与えておけば、普通の兵士の格好をしているライトが同一人物だとはわからない。更に「兵士として、勇者に不満を持っている」という設定を加えて、上手く街の人、更にはミコトと話をするのだ。……のだが。
「――念の為に訊きたいんだけど、この街に危険な物ってないよな? 俺、この格好だとレナも一緒に来てくれないし勇者グッツも真実の指輪以外は持っていけないし」
何だかんだで頼りになる護衛、そして緊急用アイテムがない。演者勇者になってあるのが当たり前になっていたので、若干の不安になるライトである。
「では我の魔術でライト殿をサポート致しましょう」
ニロフが指をパチン、と鳴らすと、ボワッ、と魔法陣が生まれ、
「ハァイ」
その魔法陣から一体のスケルトンが誕生し、爽やかに挨拶を――
「――ってスケルトン連れて歩けと!? 俺の安全が保障する代わりに任務遂行出来なくなるよ!?」
怪し過ぎる。何がハァイだ。挨拶だけ爽やかでも一体どうしろと。
「まあまあ、まだ終わりではありませぬ。これに自然素材を纏わせ、甲冑を装備させれば、使役ゴーレムの完成」
と、最初から用意していたのか、土、岩などの素材を置くと、スケルトンはそれを吸収するように身に纏い、更にその上から甲冑を装備した。
「いや、でもこれで人間ですって誤魔化すのは無理がないか? 明らかに自然素材が見えてるし」
「いえ違いますぞライト殿。ちゃんと正式にゴーレムと認識されてよいのです。勇者が持っている自動式ゴーレムが、街の状態を把握する為に地形等を調査中……と言えば、筋が通るでしょう」
「成程……」
確かに、勇者の周囲ならばこの程度の品があっても可笑しくはないかもしれない。――事実、演者とは言え勇者ライトの仲間が作った品でもあるわけで。
「わかった、これを連れてとりあえず街を探索してみる」
「ちなみに名前はクッキー君と言いますぞ」
「無駄に可愛い……」
かくして、演者勇者……もとい、演者兵士ライトと自動式ゴーレム・クッキー君は街の探索へ出るのであった。
「……まあ別に、街の風景が怪しいわけじゃないからなあ」
宿を出て数分、ライトは街の中を移動中。印象としては古き良き田舎町、といった所。
さて何処から情報を集めようか。片っ端から声を掛けてみるか、それとも思い切ってミコトの所へ行くか。
『ライト殿ライト殿』
「うおっ」
と、そこでクッキー君から突然ニロフの声がした。
『驚かせて申し訳ない。クッキー君に魔力を通じさせることで交信が出来るようにしてあるのですよ。クッキー君の視界も一応こちらでチェック可能ですぞ』
「凄いな……」
ゴーレムの使役ですらレベルが高いのに、通信、視界確認が可能。リッチキング、そして大魔導士ガルゼフの相棒は伊達ではなかった。ライトはニロフの実力をあらためて思い知る。
『また、基本は自動で動きますが、いざという時はこちらで操作が可能』
『へえ、面白そう。ねえニロフ、それって私でも動かせるの?』
近くで見ているのだろう、レナの声も聞こえてきた。
『ちょっと動かしてみますか? これを握って、こちらで――』
「あー、何か変な鎧が動いてるー!」
と、街の子供達がクッキー君の不自然さ(?)に気付いたのか、こちらへ駆け寄ってきた。どうやら興味津々の様子。
「これは自動で動くゴーレムで、俺と一緒に街の警備をしてるんだよ」
「へー、格好良い!」
「勇者様の兵隊は凄いなあ!」
「触ってみてもいい?」
「ああ、いいよ」
ワイワイキャアキャア。――クッキー君は一気に人気者に。子供心を擽る様子。……あ、そうだ。
「ねえ、君達、訊いてもいい? ミコトさん……ってどんな人?」
ここぞとばかりにライトは子供達に質問をぶつけた。子供ならではの純粋な意見は案外参考になるかもしれない。
「凄く優しいよ! いつも私達と遊んでくれるの」
「皆お姉ちゃんの事は大好きだよ。僕らも、お父さんもお母さんも大好きって言ってた」
「ねえ兵士さん、お姉ちゃん本当に勇者様と結婚しちゃうの? この街からいなくなっちゃうの?」
「うーん……君達は、やっぱりいなくなるのは嫌?」
「絶対嫌! いくら勇者様のお嫁さんになれるからって……」
「お姉ちゃん、この街嫌いになったのかな」
「そんなわけないだろ、適当な事言うなよ!」
「でも、言ってたんだ……勇者様と結婚が決まった時、これでやっと終われる、って」
「…………」
これでやっと終われる。――それはまるで、勇者と結婚し、社の巫女という職務から離れることを望んていた様な言葉。以前から、早く社の巫女を辞めたがっていた様な言葉に聞こえる。子供が嘘を言っている様には見えない。本当に気が抜けて呟いてしまったのだろう。つまり、本音である可能性は高い。
つまり、ミコトは、この街とこの街の人を愛する巫女は、この街を離れたがっていた……?
(これは……本人に、話を訊いてみたい所だな)
やはり駄目元で本人の元へ直撃してみるか。――ライトがその決断を迫られていた時だった。
『ねえニロフ、このボタンは何?』
『やはりゴーレムならでは、ゴーレムだからこそ出来るアクションを盛り込みたいと思いましてな。押すと特殊ギミックが』
『どれどれ(ポチッ)』
『あ』
ガッ、パッ、ピシッ!
「ロケットパァァァンチ!」
「え」『え』
バシュゥン!――ズゴォォォォン!
「…………」
レナが勢いでボタンを押したと思われた直後、クッキー君は格好良くポーズを決め、叫びながら右腕を噴射、勢いよく射出。近くにあった納屋を直撃、その場で爆発。全壊にした。
「っておいいいい! 何だよこれ何してくれちゃってんの!? レナ!? ニロフ!?」
『えーと……そうだ、私の魔法でいっそ跡形を無くす?』
「どんな解決方法だよ!?」
『あ、安心して下されライト殿、腕は自然素材で復活』
「そんな心配してないよ!」
技術が凄いのはわかったが、無意味に街の建造物を破壊してしまった。勇者とは一体。――いやこれホントどうしたらいいんだ。まあでもとりあえず。
「ハル、そこで聞こえてる!? とりあえずそっちは任せた! 意味わかる?」
『畏まりました。お任せ下さい。――レナ様、ニロフ様、少しお話が。そこに正座して下さい』
『ご、ごめんハル、私も別に壊したくて壊したわけじゃ』
『わ、我も決して納屋を破壊する為にあの装置を作ったわけでは』
『正座』
『はい』『はい』
これであの二人は反省するだろう。ありがとうハル。恐るべしハル。――それは兎も角こちらを何とかしなければ……
「こらーっ、何の騒ぎ!? また何か悪戯を――」
と、駆け付けながら声を上げる人影。ハッとして見れば、
「――ってええええ!? 納屋吹き飛んでる!? 何したの!?」
ミコトが驚愕の表情でそこに立っていた。
「メンゴ☆」
自動に戻ったクッキー君の爽やかな謝罪が、虚しく響くのであった。




