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第六十九話 演者勇者の結婚行進曲2

「うーっ」

 バタバタ。

「あーっ」

 ゴロゴロ。

「むーっ」

 ジタバタ。――以上、全てエカテリスが自室のベッドの上で唸りながら転がっている様子である。

「姫様、観念してもう諦めて下さい」

 部屋には専属使用人であるリバールの姿も。――実を言えば、この状態が始まって既に三十分は経過していた。

「だって、皆が行く大事な任務に、私だけ留守番なんて」

「留守番ではありません。最後の切り札、という事で団の話し合いでの結果です」

 というわけで、エカテリスとリバールは、勇者の花嫁結婚断念計画の為に現地に向かうライト達と別れ、ハインハウルス城で待機中。いざ、という時に後から姿を見せ、王女として色々なシチュエーションに対応して貰おう……というのが表向きの理由で、実の所勇者関連で見境が無くなるので念の為に留守番してて貰おう、というのが理由である(当然本人には言えない)。

 余談だが、サラフォンも城で待機中。こちらは焦って口が滑るから駄目、とストレートにハルに言われて素直に従った結果である。

「私も私なりに色々考えてましたのに。勇者の花嫁に選ばれし者に課し二十の試練とか」

「お察しします」

 いやもう花嫁って認定されてるんですから止めて下さい姑ですか、という言葉が頭の中で過ぎるリバールである。勿論口にも表情にも微塵も見せない。

「それに、調査の結果、本人に付け入る隙はあまりなさそうでした」

 マークと合同して調査し、皆に伝えた結果を今一度思い出す。

 名前はミコト。田舎町コリケットに古くからある社の巫女を務めている。家族は幼い頃に事故で亡くしている。性格は良く、街の人気者。

 本人に付け入る隙が無いとなると、付け入るべきは周囲。そう思い、街の調査、そしてその結果を出発する団員にリバールは渡してあった。

「ねえリバール、私詳しくないからわからないのだけど、社の巫女、って何かしら? 教会のシスターと何が違うの?」

「細かい違いはあるかもしれませんが、大きな違いはありません。そこに御勤め、信仰をする女性を差します。ただ、この国の一般的な教会が各宗教、宗派に関わっているのに対し、あの街ではあの街のみの、伝統ある建物で、独特の文化だそうです。建物や服装も、特徴あるものだとか」

「そうなの……街や地方によって、色々あるものなのね」

 寧ろ街や地方だけの物ではなく、全国的な宗教絡みだったら付け入る隙もあっただろうか、とリバールはつい考えてしまう。

(本当に……いざとなったら、自分が動くべき、か)

 心の奥底のもっと奥に仕舞っている「ファディス」の血。普段見せる片鱗など、そのほんの一欠けらに過ぎない。幼い頃に叩き込まれた冷たい技術も心も、隠す事は出来ても、消える事はない。そして消すつもりもない。――いざという時、本当に大切な人を守れるのなら、いつでも「あの頃」の自分に戻れる様に。

 コンコン。――と、不意に響くノックの音。

「どうぞ、開いてますわ」

「し、失礼します」

 ガチャッ。――入って来たのは居残り組の一人、サラフォン。

「あらサラフォン、どうしたの?」

「その、皆が頑張ってるのに留守番なので、何となく落ち着かなくて……王女様は、こういう時どうしてるのかな、って」

「姫様は、行けない事への鬱憤で先程可愛らしくベッドの上でジタバタしていました」

「リバール! もう……」

 顔を赤くしている辺り、本当である事がサラフォンには伺えた。その微笑ましい光景についサラフォンも笑顔になる。

「王女様もボクと同じですね、ちょっと安心しました」

「そうだ、サラフォン良かったら一緒にお茶でもどうかしら? あまり貴女とはお話する機会なかったから丁度いいわ」

「ボ、ボクで良かったら喜んで!」

「ついでに作戦会議もしましょう。私達、切り札なんですから。――リバール、支度をお願い。勿論貴女も一緒に参加よ?」

「承知致しました、直ぐに準備致します」

 こうして、作戦会議という名のお茶会が始まるのであった。



「もう直ぐ……もう直ぐいらっしゃるぞ! 皆、準備はいいか!」

「大丈夫です町長、抜かりありません!」

 田舎町コリケットの入口は、大勢の町人で溢れていた。大きく「歓迎 勇者様御一行」と書かれた旗も何本も立っている。――要は、大歓迎ムード満載なのだ。

「町長の奴、張り切ってるな」

「無理もないわ。この街最初で最後のビックイベントだもの」

「主役はミコトちゃんなのになあ」

「でもミコトちゃんも幸せになれて良かったな。何たって勇者様のお嫁さんだもんな」

「あの子はいい子だもの。その位幸せになってくれなきゃ」

 ワイワイガヤガヤ、皆が今か今かと勇者の到着を待ち侘びていた――その時だった。

「! 馬車だ、馬車が見えたぞ! 立派な馬車……あ、ハインハウルス軍の旗もある!」

「いらっしゃったぞ! 整列!」

 別に並ぶ必要性はないのだが、誰かのその掛け声に何故か皆従い、整列。緊張の表れであった。

 徐々に大きくなる馬車のシルエット、見えてくる人影。

「ふぃー、やっと着いたか」

 解放感溢れる大きな馬車の奥、勇者と思われる男は大きく座っていた。髪は半分黒髪、半分金髪の明らかにファッションで染めてパーマも当ててあり、大きな宝石が入っている指輪を両手指にして、白いシャツで胸元は開け、耳にイヤリング、首に存在感を全面に出すネックレス。

(あれが……勇者様……か?)

(何て言うか……チャラくないか……?)

 そう、町人のほぼ全てが心の中で思った。――チャラい。想像していた勇者とは真逆の格好、オーラ。

「勇者様、到着致しました」

「うぃー」

 近くでは、すまし顔の美人メイドが、大きな扇で勇者を扇ぎながらそう告げる。

「勇者様ぁ、こんな田舎に何しに来たのー?」

「あー? 言っただろ、俺のお嫁さんがこの街にいるんだって」

「えー、勇者様結婚しちゃうのー?」

「私達、勇者様の寵愛をもう受けられなくなるのでしょうか?」

「心配すんなって。俺がお前達を見捨てるわけないだろ? ちゃんと可愛がってやるって」

「やーん、嬉しー」

「ありがとうございます。私、精一杯ご奉仕させて頂きます」

 そして勇者の左右にそれぞれ赤髪、金髪の美人騎士。勇者はドヤ顔でそれぞれの手で肩を抱き寄せている状態。

「ハベラ~ホベラ~ヘニャナナ~ブボラ~」

 そして怪しい仮面を付けた魔導士風の何かが、怪しい踊りを舞い、怪しい呪文を唱えながら祈祷していた。勇者が特に反応しない辺り、勇者の布陣の一人の様子。

(ちょ、ちょっと待って、え、あれが勇者様なのか!?)

(結婚相手に会いに来てるのに両肩に女はべらかせてるぞ! 羨ま――いやおかしいだろ!)

(あの仮面の人は何!? ずっと変な呪文唱えながら踊ってる……! 呪われるの……!?)

(おい、本物なんだろうなあの勇者! 誰か確かめて来いよ!)

 疑惑の目――というより、最早疑惑しかない状態で、町人に困惑が広がる中、やはり勇者の近くにいた真面目そうな青年が一歩前に出る。

「街の代表の方はいらっしゃいますか! 我々はハインハウルス軍、こちらは勇者様になります! 国王ヨゼルド様直筆の証明書もあります!」

 ガバッ、と一枚の書類を開き、青年は身分をアピール。よく見れば確かに国王ヨゼルドのサインと判子が押してあり、彼の言っている事が本当――つまり、後ろのチャラい男も勇者である事の証明となってしまっていた。

「わ、私がこの街の町長です。ヌドといいます」

「ヌドさん、ですね。ではまず、説明から入りたいと思います。それでは――」

「おぅマーク、面倒な御託はいいんだよ御託は」

 ガバッ、と勇者が馬車から降り、ぐい、と半ば強引に説明をしようとしていた青年を横に押し退け、町長と対峙する。

「んで? 俺の可愛いお嫁さんは何処よ?」

「い、今は社の方で祈りを捧げています。時間が決まっているので」

「健気だねえ、もうそんな事もしなくていいってのに。――町長さんもわざとらしい歓迎なんてしなくてもいいんだぜ? 欲しいのはこいつだろ?」

 そう言うと、勇者はポケットから一枚の紙幣を取り出す。――勇者チケットだった。

「! そ、それは」

「これさえあれば勇者公認ってわけさ。結婚が正式に決まったら定期的にあげるけど、とりあえずは、はい」

 その一枚を半ば強引に、勇者はヌドに握らせる。

「勇者様、あまり勝手に――」

「いいじゃんケチ臭いこと言うなよ。――町長さん知ってると思うけど、それお金に換えると凄い事になるから、自由に使ってオッケー。自分の懐に入れてもいいけど、この街じーさんばーさんが多いんだろ? そういう人達の為の施設の一つや二つ、簡単に作れるから」

「は、はい、ありがとうございます」

 あれ、案外軽そうに見えてちゃんとしてるのかな、老人の為の施設に使えとか。――町人に更なる困惑が広がる。

「んで? 俺の可愛い花嫁ちゃんはまだ?」

「あの、ですので――」

「お待たせ致しました」

 ヌドの言葉を遮るように静かに響く声。ハッとして見れば、ゆっくりと、落ち着いた面持ちで、ミコトがこちらへ向かって歩いて来ていた。

「ひゅー、可愛いじゃん、その恰好も独特でいけてるし。気に入ったよ」

「ミコトと申します。――勇者様に、お尋ねしたい事があります」

「オッケーオッケー、何でも訊いちゃって。好きな食べ物はステーキ、好きな女の子のタイプは俺に尽くしてくれる可愛い子、趣味は可愛い女の子を抱く事とボランティア――」

「私は幼い頃に事故で家族を亡くしました。だから、今の私の家族は、この街の人達です」

 ミコトは真剣な面持ちで勇者の言葉を遮る……のだが、町人達としては勇者の趣味のボランティアが気になる。――え、趣味可愛い女の子抱くのと同列でボランティアなの? 良い人なの悪い人なのどっちなの?

「勇者様は、私と結婚したら、私がこの街の人達を家族と思う様に、一緒に家族だって思ってくれますか?」

「え、何で? それは無理っしょ」

 そして勇者は即答した。何の迷いもなくそう答える。

「俺は君と結婚しに来たわけであって、この街の人達と仲良くなりに来たわけじゃないし? というかこの街の人達がこんなに喜んでるのって、君の結婚を祝う為じゃなくて、君が俺と結婚するからこの街が有名になって裕福になれるからっしょ」

「……っ!」

「つーか、街の人は街の人で家族がいるんだから、君は家族じゃないし、俺と結婚したら俺と家族だし、もうこの街の人忘れてオッケーだし? だから――」

 パァン!――勇者の言葉の途中で乾いた音が響き渡る。それが、ミコトが勇者の頬を思いっきり叩いた音だと気付いた時には、

「!」

 ブォン!――勇者の右にいた金髪女騎士が斧を振るい、ミコトの首筋直前で寸止めしていた。

「あーいい、ソフィ、大丈夫だから」

 言葉で制止しても、金髪女騎士は斧を下すことなく、ミコトを睨み続ける。

「……勇者様、私は貴方と結婚します」

 対するミコトも、勇者から視線を逸らすことなく、口を開く。

「それでも、どれだけ私が、私の体が貴方の物になっても、私の心は、今の貴方の物にななりません。覚えておいて下さい」

 その言葉を聞いて、勇者は数秒、ジッとミコトを見ると、ニッ、と笑う。

「――いいね、そういう強気な女の子も、俺好きよ」

 そしてスッ、とミコトの頬に手を伸ばし、軽く触れた。

「大丈夫大丈夫。君もその内俺に夢中になるから、安心していーよ」

「勇者様ぁ、私疲れちゃった、早く宿に行こ」

 と、まるで空気を読まない感じで、赤髪の女騎士がそう口を出してくる。

「おぅ、とりあえず荷物置かないと始まらないもんな。マーク」

「はい。――町長さん、案内をお願いします」

「は、はい、畏まりました」

 こうして、不穏な空気のまま、そしてそれを感じない様子のまま、勇者一行は街一番の宿へと案内されて行くのであった。

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