第六十八話 演者勇者の結婚行進曲1
「…………」
静かな本堂で、静かに祈りを捧げる。私の朝の日課の一つ。
歴代の人達は、何を祈っていたのだろう、と思うことはある。世界の平和だろうか。人類の幸せだろうか。
正直、私はそんな大層な事は祈っていない。実の所、本当に神様がいてくれるかどうかすらわからないと思っている。――ばれたら怒られるだろうか。
それでも私は、祈る。――どうかいつまでも、この街の人が幸せであるように。大切な人が、幸せであるように。――私は別に構いません。私は、私が不幸でも、皆が幸せなら、幸せです。
祈りを終えると、境内の掃除へ。――うん、今日もいい天気。
「お姉ちゃーん!」
私がこの時間に掃除に出てくることを知っているのだろう、近所の子供達がわっ、と駆け寄ってくる。
「みんな、お早う」
「お姉ちゃん、本当なの? ――に、選ばれたって」
ああ、耳が早いなあ。そう広い街ではないとはいえ、昨日の今日でもう子供達にまで届いたか。
「うん、本当だよ」
騙せそうにないので、私は正直に認めた。
「えーっ!」
「そんなー!」
「嫌だよ、お姉ちゃんこの街からいなくなっちゃうんでしょ?」
ああ、私、この子達に慕われてるんだな。――嬉しくて泣きそうになるのを、ぐっと堪える。
「こらこら、名誉な事なんだから、もっとお姉ちゃんを称えて欲しいな」
「でも……」
「それに、超絶イケメンの白馬の王子様かもしれないでしょ。そしたら私、世界一のヒロインだし」
それは、子供達に言い聞かせてるようで、実の所自分に言い聞かせている言葉。――せめて、格好良くて、優しくて素敵な人がいいなあ。
「ほらほら、お掃除終わったら、みんなで遊ぼう」
そんなに悲しそうな顔をしないでみんな。大丈夫、私は大丈夫だよ。
みんなが笑ってくれるなら、幸せでいてくれるなら、私は――
「まずいことになった」
玉座の間に集められたライト騎士団を前に、開口一番、ヨゼルドはそう言い放った。――表情は真剣そのもの。
「……何があったんです?」
「まず弁明しておくが、ハインハウルス王国は、現在も勇者を捜索中である。見つからないのは手を抜いているからではない。伝承、資料云々を元に、各地に専門の部隊を派遣し、調査を続けている」
「いえ別に俺ももう取って代わって勇者になってやるとか言いませんよ?」
慣れては来たが、本物になれるとは流石にライトも思っていない。
「ああ違う、そういう事ではない。――兎に角、今現在も各地で捜査中だ。事実、エクスカリバー、真実の指輪といった本物の勇者の装備が見つかっているのはそのお陰だ。そして今回、新たな勇者に関する物が発見された」
「へえ、良かったじゃないですか」
「それが全然良くないのだ。――今回発見されたのは、「勇者の花嫁」だ」
はぁ、と深い溜め息と共にヨゼルドはそう告げる。
「神聖そうな名前ですけど、どういう物なんですか?」
「物も何も、そのままで、勇者の結婚相手だ。勇者の血を後世に残すのに相応しい相手として選ばれている」
「へえ……」
凄いな勇者様。結婚相手まで伝承云々で決まるのか。……あれ?
「……ちょっと待って下さい、何か凄い嫌な予感がするんですが」
勇者の結婚相手が見つかった。でも勇者は見つかっていない。しかし表向きの勇者は――
「いやー身近な人が結婚するって感慨深いわー、おめでと勇者君。――あれ、そうなると私は奥さんも守らなきゃいけないのかな?」
「ライト殿、仲人はぜひ我に。一度やってみたかったのです」
「だああやっぱりそういう事かー!」
――現在勇者は演者のライトしかいないので、必然的にそうなってしまう。
「いやどう考えても駄目でしょう!? 流石に俺がその人と結婚するわけにはいかないでしょう!」
「まー、結婚して嘘がばれたら刺されるよねえ。スケール大きいし。――あ、私の出番じゃん。勇者君守らなきゃ」
「ライト殿、離婚調停の証人でしたら我に。一度やってみたかったのです」
「そこ二人真面目に考えて!? あとニロフは人間生活に変な夢抱いてない!?」
レナがふざけるのはわかっていたが、ニロフも実に楽しそうであった。
「実際ライト君に結婚して貰うわけにはいかん。だが向こうは結婚する気満々だ。何せ勇者の妻となれば富も名誉も思い通りになる様な物だ。街を上げての大騒ぎだろう。――発覚しても伝えるな知らせるなと指示を出しておいたはずなんだが、系統が甘かったか……」
はぁ、と溜め息をつくヨゼルド。冗談を言う隙間もない辺り、真剣に悩んでいるのが伺えた。
「こちらから断るわけには」
「理由がないだろう。怪しんでくれと言っているようなものだ」
こちらから見つけておいて駄目です、では筋が通らないだろう。ライトという演者勇者の存在が危うくなる。
「――最悪の場合、「消す」のも致し方ないかと」
「駄目よリバール、貴女はもう私の使用人なのだから、不必要な仕事は心配しなくていいの。無理はしないで」
「姫様……! 勿体なきお言葉、でもこのリバール、姫様の為なら花嫁の十人や二十人」
「待て待て桁がおかしい大虐殺になってる!」
「あ、あの、リバールさんが駄目だったら、ボクが結婚指輪に細工をして、爆発するようにすれば」
「とりあえずサラフォンも野蛮な考えは止めて!?」
放っておくと本当にやりかねない人達なのが怖いライトである。
「そう考えると、相手側に今からでも断らせる、という事になりますが……断る理由を作らないと駄目ですね……「アタシ」を倒さないと結婚出来ませんとか……?」
「それ俺と結婚していい人でも条件厳しくないっすかソフィさん」
流石のソフィも難しいのが、よくわからない案を持ち出してくる。
「――単純に、断らせる理由を作るのはそこまで難しくないと思います。ですが、簡単な理由を作ってしまった場合、勇者様、及びハインハウルス軍の評価が一気に下がってしまう可能性があるかと」
「マーク君の言う通りだ。下手な悪評はこちらから断るよりも酷い結果を招きかねん。――つまり我々は、公式に勇者との結婚相手に選ばれていて尚且つ勇者との結婚を喜んで前向きに考えている相手を、向こうから、勇者の評判を落とさずに、断らせるように仕向けなければならないのだ」
…………。
「――無理ですよね?」
「だから困っているのだよ……」
こうしてライト騎士団、そしてライトに、あらたな難題が降りかかるのであった。
「こういう問題は、まとめて考えないで、一つ一つを解決していって、最後にまとめてみると案外解決するかもしれません」
「成程な、ちょっとやってみようか」
場所は移り、ライト騎士団団室。議論は当然勇者の花嫁問題。全員で落ち着いて話し合うことにした所で、ハルからそんな提案が。
「まず、相手に断って貰うには。――勇者、という前提を抜きにして、結婚相手として考えていた相手が嫌になる項目を考えましょう」
「そりゃー女たらしでしょ。始めて会う結婚相手が右にも左にも女はべらかして登場したら流石の私でもドン引きだよ」
レナの発言に、他女性陣が揃ってうんうん、と頷く。
「ライト殿。――前途多難ですな」
「どういう意味合いかは聞かないでおくよ……」
ニロフは俺をどうしたいんだろう。魔法を教わる予定だが知らない間に違う物を教わったりしてないだろうか、とライトは不安になる。
「それでは、そこに「勇者」という要素を加えてみましょう」
『私は勇者、私の正式な血筋を後世に残す為に私の妻になってくれないか。――周りの女性陣? 気にしないでくれ、体だけが目的だ。勇者となるとストレスもあって色々大変でな』
「うわー……」
各々想像したが、全員良い想像には至らなかったようで、頭を抱える。
「……それでは、その想像した勇者に、女性関係にだらしない以外の良い所を付けてみましょう。イメージが一気に上がる感じで」
『私は女性が好きだ。だがそれ以上に平和が好きだ。世界が平和になるその時まで私は戦い、世界が平和になったら、世界中の美女を愛そう』
「駄目だ女たらしがこびり付いて離れない……」
やはり各々想像したが、良い結果には至らなかったようで――
「……ふぅ、これで一件落着ですわ」
「? エカテリスは何かいい案が見えたの?」
「その勇者は勇者に相応しくありません。断罪しておきましたわ」
「想像の中で自分が断罪の為に出陣してる!?」
――良い結果には至らなかったようで、やはり頭を抱える結果となった。
「皆さん、女性関係にだらしない以外の欠点を付けてみましょう。それで女性関係の色を薄くするんです」
新たなハルの提案。若干焦り気味の様子。――他の欠点か……
『私は勇者。世界の為に今日も修行をしている。今裸で彼女達に縄で縛って貰っているのも修行だ。そして妻である君には鞭を渡そう。これで私を叩いてくれ! 世界の平和の為に!』
「……いやいや、いやいやいや」
欠点を増やしたら単純に悪化するだけで終わってしまった。――ああ、いや、俺の考えた欠点が良くないんだけど。
「勇者君。――やっぱり鞭は革かな?」
「知らないよっていうか同じこと想像してる!?」
冷静に考えたら、欠点を増やしたらそれは単純にマイナスポイントが増えるだけで、全然改善されなかった。やはり各々渋い表情に。
「……それでは……その、そうですね……えっと……諦めましょう」
「ハルの心が折れた!?」
はぁ、と溜め息をつきながらハルが着席。珍しい光景ではあった。
「しかし現実問題厳しいですな。例えば我の様に中身が実は、みたいなのがあれば良いのでしょうけど、分かり易い欠点など罠には使えますがシンプルに使うのは非常に難しい」
「欠点を使う、か……」
ニロフが言っている事が最もであり、これだけ優秀なライト騎士団を持ってしても、解決案が見つからず――
「……ああ、そうだ、相手の欠点って何かないのかな」
「ライトさん、恐らく勇者の花嫁として認定する時に調査する人間がし切ってしまっているかと。僕らが改めて調べても――」
「それはあくまで「勇者の花嫁」として、だろ? 向こうが断るような、もしくは断る事に繋がるような、そういう欠点があるかもしれない」
「――そうか、一見どうでもいい点まで調査隊は報告してこない」
「うん、そしてそれは今回の件で何か使える情報があるかもしれない」
「僕、調査団の報告書を読み直してきます」
ガタッ、とマークが立ち上がる。こういった事務仕事で相変わらず頼りになる男である。
「それでしたら私もあらためて何かないか、情報を探ってみましょう」
次いでリバール。こちらもこの手の話ではやはり頼りになる。
「俺達ももう一回、色々考えなおしてみよう。そしてマークとリバールが情報を持ってきてくれてからが本番だ」
そして、それから一週間後。ついに、「勇者」と「勇者の花嫁」の初対面の日がやって来たのであった。