第六十六話 演者勇者と老占い師9
「……それで? 我を従えて、何をさせたいのです?」
とある洞窟の奥深くにいた、伝説のモンスター、リッチキング。存在が発覚し、対処の会議を開こうか……という前に、魔導士ガルゼフは単身特攻、一騎打ちの末勝利。
勝利したら、自分に従え。――その約束だったので、リッチキングは彼に従う事にしたのだが。
「軍運用ですか、それとも魔王軍との仲介ですか」
「ほっほっほ、焦るでないわ。儂とて、お主を従えると決めたのはお主を見て急に決めた事じゃから、特に何も考えておらんのじゃよ」
「…………」
行き当たりばったりで決めた。――そんな流れで、我は負けたのか、この翁に。
「何て言うかのう……お主、つまらなそうな顔をしてたんじゃよ」
「我は骸骨、表情などありますまい」
「骸骨とて表情はあるじゃろ。というか、儂としては表情よりオーラじゃな」
「オーラ?」
「それだけの気品、それだけの魔力を持ちながら、つまらなそうな気配を持っている。――勿体ない」
「我は別に目的も何もない、ただここで静かにしていたいだけだった」
「つまらん事を言うでない。――世界はの、面白いことで溢れておるぞ。生きてる間、一つでも多くのことを体験しないと、勿体ないわい」
事実、翁は楽しそうな表情をしていた。――そういえば、戦闘中も随分楽しそうだった。
彼に従うと決めたのは、勿論約束を反故にしない誇りもあったが、その楽しそうな所に無意識に魅力を感じていたからかもしれない。
「安心せい。儂が、みっちり教えてやるからの。この世界の、面白さ。この儂が死ぬその日まで、しっかりとついて来い」
「……まあ、従うと約束した以上は従いますが」
しかし、とりあえずは先が思いやられた。――この先、我はどうなってしまうのだろう。
「さてそれじゃとりあえず儂の家に帰ろうか。婆さんが飯を作って待ってるからの。――そうじゃ、お主名前は?」
「そんなものは持ち合わせておりません。我は我、死霊の王、リッチキング」
「それじゃ儂が付けてやろう。――うーん、そうじゃな……うん、今日からお主の名前はニロフじゃ。ニロフと名乗るがいい」
「我の……名前……ニロフ……」
「さあ行くぞニロフ、今日から儂の相棒じゃからな。世界をじっくり堪能するがよいぞ!」
そう意気揚々と告げるガルゼフ。その背中は、何よりも輝いて見えたのだった。
そして、それから、幾何の時が過ぎて――
ガルゼフが亡くなったのは、何も戦闘をしたせいとかではない。――死因は、老衰。帰還し、就寝し……そのまま、目を覚ますことはなかった。
要は、寿命だったのだ。百歳を遥かに超える年齢、言い方は悪いが、いつそうなってもおかしくはなかったのだろう。
それでも現世に留まり続けたのは、自我を失ってまで最後の余力を温存していたのは、親愛なる友を救う為。
その目的を達成する為に、全ての力を使い切り――そして、天へと召されたのだった。
「これでよし、っと。こんなもんじゃないか?」
「ですわね。――お父様、花を」
「うむ」
ガルゼフは歴史的大魔導士、国を挙げての葬儀も視野に入れるべき人物だったのだが、本人の希望らしく、以前ライト達が訪れたガルゼフの妻の隣に、並ぶように寄り添うように墓石が立てられた。
人数も限定されており、ライト騎士団の面々にヨゼルド、そして、
「…………」
ニロフ。――以上の極限られた人間で、埋葬、葬儀をこうして行っていた。
ガルゼフが亡くなってから、やはり思う所があるのだろう、ニロフはほとんど口を開いていない。静かに、ただ寂しそうに、今日も一緒について来ていた。
花を添え、全員で祈る。――穏やかな風が、静かに吹いていた。
「……そういえば国王様、お尋ねしたい事があるんですけど」
「ついに可愛い女の子との会話術にライト君も目覚めたのか」
「この場で訊きたいのがそんな事だったら俺は俺に失望ですよ!」
場を和ませるジョークだったと信じたいライト。――え、信じていいよね?
「本人の希望で、ってことでこの人数でここにガルゼフ様のお墓、用意してますけど……ということは、国王様はガルゼフ様がこうなってしまう事を、知っていたんですか?」
「…………」
ヨゼルド自身も、先日より以前にちゃんとしたガルゼフに会っているのは、本当にまだ若い頃。となれば、この作戦の結果、ガルゼフが亡くなってしまう事、そしてその事を「本人の希望」として託されるには、作戦前に本人から話を聞いている必要性がある。そう思って、ライトは思い切って訪ねてみた。
「……君達には申し訳ないとは思った。だが、ガルゼフ本人が、君達の指揮を下げたくないと。すまなかった」
ヨゼルドも思う所があったのだろう。素直に認めて、謝罪をした。
ガルゼフは自身の体の事を予言出来ていて、ヨゼルドに託していた。確かに、前もってこの事実を知っていたら、同じ様にあの戦いが出来たかどうかは定かではない。――誰もヨゼルドを責める事など、到底出来なかった。
「ニロフ。私はガルゼフではないし、ニロフではないから、二人の気持ちを理解はしたいが、理解し切れるものではない。私の慰めの言葉など、今の君には気休めにもならんだろう」
「……そんな、ことは」
「無理をするな。――ガルゼフ本人も、その事は重々承知していた。だから、「これからの事」は、ガルゼフ本人の言葉を聞いてから決めて欲しい」
「!」
ヨゼルドが、一封の封筒を取り出す。――それは、ガルゼフから託された、ニロフへの手紙だった。
「これからの事」。――ニロフはどれだけ人間臭いと言っても、種族で言えばモンスター、しかも実際の所ほぼ違ったとは言え、始まりはガルゼフに使役された事から。つまり、その主を失った今、どうなってしまうのかどうすればいいのか、それは誰からにしても未知数だったのだ。
ニロフがゆっくりと封筒を受け取り、封を切り、中の手紙を取り出した。
『我が親愛なる友 ニロフへ
今お主がこの手紙を読んでいるという事は、儂はもうこの世にはいないのだろう。
黙って先に逝ってしまう事、本当に申し訳ない。許して欲しい。
まずはお礼じゃな。儂と一緒に、長い間歩いてきてくれて本当にありがとう。
儂は変わり者じゃったからのう。儂と仲良くしてくれる者は少しはおっても、儂に付いてきてくれる者はそうおらんかった。
そんな中、お主は最後まで儂に付いて来てくれたの。
辛くはなかったかの? つまらなくはなかったかの?
だがこれだけははっきり言える。儂は、お主と出会えて、本当に楽しかった。
今までの人生が、倍になる程に楽しくなったぞ。
願わくば、少しでもお主が儂と同じ気持ちでいてくれることを想うばかりじゃよ。
だからこそ、セイロ空洞でお主にしてしまった事、後悔以外の何物でもない。
八方手を尽くしたが、結局全体の力が弱まるのを待つしか無かった。
だから儂は、そこまで生きると決めた。どんなに時が過ぎても、そこまでは生きると決めた。
儂自身の手で、お主を迎えに行くと決めていたんじゃ。
お主が戻った時、直接何も言えないのは辛い。
きっとお主も、戻った時に儂が既に居ないのは辛いじゃろう。
お主を救えて良かった。本当に良かった。儂はそれで、安心してこの世を去れる。
そして、これからの事。
お主はきっと、この手紙が無かったら、直ぐにでも儂に直接会いに来るつもりでいるじゃろ。
それも悪くない。悪くはない……が、もう少し、世界を生きてみてはどうかの?
まだまだ、お主には見て来て欲しいこと楽しんで欲しいこと、沢山あるんじゃよ。
儂と天国で暴れるのは、それからでも遅くはあるまいて。
なぁに、儂は大丈夫。それまでは婆さんと久々に夫婦水入らずでのんびりしておるよ。
それに、お主一人になるわけでもない。
今、お主の周りに、儂とお主を助けてくれた者達がおるじゃろ?
彼らはきっと、お主の良い友に、新しい友になれる。
まずは、儂とお主を助けてくれたお礼を兼ねて、彼らに手を貸してみるのはどうかの?
きっと彼らはお主を退屈させんじゃろうし、お主を対等の立場で見てくれるぞい。
全てが終わって落ち着いて、本当に何も後腐れが無くなったら、儂の所へ来るといい。
お主の新しい冒険談が聞けるのを、儂も婆さんも楽しみに待っておるよ。
じゃから、儂の事は気にせず、新しい道を歩いてみてくれい』
「っ……ぉぉ……主……主……!」
手紙を読んでいたニロフの手が震え、そして――目から、涙を零し始める。
客観的に見れば、ローブを羽織った骸骨が涙を流しているなど、異常現象だし、ホラーではある。だが――今この場に、ニロフの涙を軽蔑する者など誰もいない。
その涙は、正に純粋で、心からの涙であると、誰もがわかっているからだ。
「あ、あの、ニロフさん、これ……折角のガルゼフ様の手紙が、濡れちゃうと」
サラフォンが近付き、自分のハンカチを差し出した。
「っ、はは、情けない、レディに涙を拭うハンカチを借りる事になるとは。――ありがとうございます。後で、洗って返させて頂きますぞ」
「ううん、気にしないで」
ニロフは素直にハンカチを受け取り、軽く涙を拭う。気持ちが前向きになったか、拭った後は涙は出て来ず、そのまま手紙を封筒に仕舞い、スッ、と礼儀正しくライト達に向き合う。
「皆様方、我はもうしばらくの間、現世を歩いてみたいと考えております。それに伴い、皆様方さえ宜しければ、微力ながら力添えさせて頂ければと考えているのですが、いかがでしょうか」
「それって、ライト騎士団に入ってくれるってこと?」
「我にとって主はガルゼフただ一人、新たに主を持つことはありませぬが、仲間を増やすのは構わないでしょう。勿論、魔法使いとして足手纏いにはなりませぬぞ」
ニロフの実力はこの目で見ている。ガルゼフにも劣らない実力者で、魔法使いとしては世界レベルである。そして何より、そのガルゼフが命を懸けて友と称し救い、救われた彼は人間以上に人間らしく、大粒の涙を流した。そんな心優しき紳士を、例えモンスターだったとしても、拒む理由など何処にもない。
それは満場一致だったようで、チラリ、とライトが全員の顔を見ると、それぞれが優しい顔で頷いた。
「歓迎するよ、ニロフ。ようこそ、ライト騎士団へ」
「ありがとうございます。我が主の分まで全力を尽くすことを誓いましょう」
気付けば自然とライトとニロフは握手を交わしていた。こうして、ライト騎士団に、ニロフという新たな――
「――時にライト殿。ライト殿は、魔法を勉強する気はございませんか?」
「え?」
『追伸
ライト君に、儂秘伝の魔力のツボを押しておいた。
覚えておるかの? 儂とお主で編み出した、人の魔力を一気に向上させる切欠を作る、あれじゃよ。
楽に効果があり過ぎて世の中に知れ渡ったら危険じゃから禁止にしたが、ライト君なら構わんと思い、押しておいた。
ライト君は弱い。きっとこのツボの効果があっても、精一杯努力してやっと人並みになる程度じゃろう。
それでもライト君が本気で演者勇者として努力を止めないのであれば、多少は報われてもいいと思う。
お主から見て、ライト君がこの先相応しいと思ったら、それ相応の手ほどきをしてやってくれ』
『なら、儂からのちょっとしたお節介じゃ。――ふっ』
『あの……? 今、何かしたんですか?』
『ほっほっほ。そうじゃの、今回の作戦が無事成功したら説明してやるぞい』
「我の目からするに、ライト殿でも努力次第ではもう少し魔力の向上、そして魔法が扱えるようになるかと。勿論相応の努力が必要ですが、ライト殿にその気があるのなら我がサポート致しましょう」
「本当に?」
「ええ。重ね重ねになりますがライト殿の努力次第ではあります」
ライトからしたら衝撃の言葉であった。――剣術はまだしも、魔力など大人になってから増えるものではないと思っていたし、実際普通はそうである。それが思いもよらぬ言葉。自分には、まだ伸びしろがある。
気持ちが高揚してくるのがわかった。――少しでも、一歩でも、何か自分自身で出来るようになるのなら、自分に今ない力が、手に入るのなら。
「やってみたい。――宜しくお願いします」
ライトに断る理由はなかった。真剣な眼差しに、ニロフも頷く。
「では、ライト騎士団に加入と共に、ライト殿の魔法の講師としても在籍させて頂きましょう。――皆様方も、宜しくお願い致しますぞ」
こうして、ライト騎士団にニロフという新たな仲間が加わったのであった。
「のう、ニロフ。――お主、儂が死んだらどうするつもりじゃ?」
「また突拍子もない事を訊いてきますなあ」
「儂はお主と違って不死身じゃないからの。いつか死んでしまうわい。そうしたらどうするのかと思ってな」
「ふむ……我は貴公を主としております故、主を無くしたら目的も無くなります。天国か地獄かわかりませぬが、御供するのも悪くありませんな」
「そうか、嬉しい事を言ってくれるの。――じゃが、それはあくまで主と使役された側の関係じゃろ? 儂は友として、それ以外の選択肢も考えてみて欲しいと思っておるんじゃが」
「我を友と呼んでくれるのは主しかおりませぬ。故に結局主がいなくなれば友もいなくなる。同じ事でしょう」
「なら、友が仲間がおれば、考えも多少はかわるかもしれんの。――よしよし」
「?」
「ま、先の話じゃよ。儂はまだまだ死ぬ気は無いしの」