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第六十二話 演者勇者と老占い師5

「ガルゼフ……」

「ほっほっほ、そんな顔をするでない若。若が色々施してくれたお陰で全盛期……とは言えぬが今の儂での可能な限りの所までは引き出す事が出来そうじゃ。礼を言うぞ」

「そうか……ああ、でも」

「何じゃ?」

「私はもう「若」と呼ばれる年齢でもないぞ。いい中年、そして父の後を継いでハインハウルスの国王なのだからな」

 ガルゼフは最初ポカン、としたが、合点がいったようで、申し訳なさそうにでも笑う。

「すまんの。儂の中ではまだまだ若君のお主しか思い出にない」

「いや、構わんさ。そう呼ばれるのも懐かしくて悪い気はしない」

 実際に悪い気はしていないのだろう、ヨゼルドは笑顔でそう応えた。

「あの、国王様、これは……」

「ああ、すまんなライト君。順番に説明していこう。まずガルゼフの為にフラワーガーデンのチケットを使った理由。それはセイロ空洞のクラスターの封印にはガルゼフが大きく関わっている。その封印がそう遠くない間に解かれてしまう可能性があったので、当事者の一人であるガルゼフに、可能ならば再び覚醒して貰い、処理に参加して欲しかったのだ。一種の賭けではあったが」

「ほっほっほ、あれが全てとは言わんが、良いエネルギー補給になったのは事実じゃ。やはりいくつになっても可愛い女の子に囲まれてチヤホヤされるのはたまらん」

「フフフ、ガルゼフならそう言って覚醒してくれると信じていたぞ……!」

 グッ、と親指を立てるヨゼルド。それに応えるようにガルゼフも親指を立てた。――ああ成程、同系色なんだこの人達。確かに覚醒に繋がる可能性はあったかもしれない。

「ちなみにガルゼフはどの子が好みだったかな?」

「そうじゃの、甲乙つけがたいが、儂としては――」

「お・と・う・さ・ま? そのお話、長くなりますの?」

 そして登場する薄笑いエカテリス。――娘に愛されたいならどうしてこの手の話題を控えることを覚えないのだろうか、というのがここにいる面々全員の感想だったりする。

「……娘? はて、ヴァネッサ嬢かと思ったが」

 と、今度はエカテリスを不思議そうな目でガルゼフが見た。

「ヴァネッサは母です。私はそこにいるヨゼルドとヴァネッサの娘でエカテリスといいます。お噂は耳にしたことがございますわ、ガルゼフ様」

 エカテリスは礼儀正しくガルゼフに挨拶。流石、ガルゼフの事は知識にはあった様子。

「おお、そうじゃったのか……若とヴァネッサ嬢が……そうじゃったか」

 ハルがエカテリスは母親似、と言っていたのをライトは思い出した。――見間違える程なのか。

「ヴァネッサと婚姻した時には……その、ガルゼフは……挨拶はしたんだが」

 と、ヨゼルドが申し訳なさそうな表情で言葉を濁した。既にその時には曖昧な状態になってしまっていたのだろう。

「よいよい、悪いのは儂じゃよ。――ヴァネッサ嬢にも一目会いたかったが」

「彼女は今は軍の最高責任者でな。最前線で今でも剣を振るっているんだ」

「そうかそうか。ヴァネッサ嬢らしいのう、元気なら安心じゃ」

 うんうん、と満足気に頷くガルゼフ。まるで本当の自分の娘の活躍を耳にするように嬉しそうにしていた。

「さて、本筋に戻そう。――ガルゼフ、その様子だと、彼らと一緒にセイロ空洞に行けそうなのか?」

「うむ。駄目と言われても行くぞい。あの封印は儂と、儂の「友」が施した物。最後まで見届けなければならぬ」

 ガルゼフはやる気に満ちていた。墓参り時よりも更に年齢を感じさせない口調、足取り。彼が年齢を超えてここまで元気な事、復活した切欠等、不可思議な事だらけだが、彼を目の前にしていると、それは事実であり、同行も問題がないと感じざるを得ない。――と、ライトは一つ気になる事が。

「あの、先程からガルゼフ様の「友」が……というのがありますけど、具体的にはどういう封印で、どういう危険があるんですか?」

 素朴な疑問だった。――ライトとガルゼフの目が合う。

「君は……」

「ライトと言います。勇者の……その、代役を。一応ガルゼフ様の占いでも出たらしくて」

 ガルゼフが無言でライトの目を見る。僅か一秒足らずの時間だが、不思議な長さを感じる時間であった。

「そうかそうか、儂の占いでか。――おっと、セイロの封印の話じゃったの」

 ガルゼフは直ぐに話題を戻す。一瞬ライトを無言で見た違和感は、誰も違和感と口にしない程度の僅かな物、そのまま話に集中する。

「儂がまだ前線で占い師ではなく魔導士として戦っていた頃、一体のモンスターを使役したんじゃ。種類はキングリッチ」

「ええっ!? す、凄い! キングリッチ……!」

 と、過剰反応を見せたのは意外にもサラフォン。

「……サラフォン? 俺、初耳なんだけどそんなに凄いモンスターなの?」

「凄いなんてものじゃないよ! そもそもリッチがアンデット系統のモンスターでは最上位なのに、それの進化版だよ! 言うなれば幻、伝説の類だよ! 竜で言えばバハムート、獣で言えばベヒーモス、メイドで言えばハルだよ!」

「ハル、伝説のメイドだったのか……」

「違います……サラはこの手の話も好きなので興奮して説明が下手になっているだけです……」

 伝説のモンスターにもサラフォンは浪漫を覚えるらしく、目を輝かせていた。――伝説になりかけたハルは溜め息。

「モンスターなのに、まるで人間の様な感情を持ち、自分が存在する事に物足りなさを覚えていたようでの。興味が湧いた儂は一緒に来ないかと誘った。そしたら自分に勝てたら付いていくと言うんでな、魔法で真っ向から勝負して儂は勝ったんじゃ。その時、初めて奴は満足気な顔を見せたよ。そして儂に付いていくと決めてくれた。――儂はその場で奴にニロフという名前も与えたんじゃ」

「ニロフは見た目こそモンスターだったが、中身は本当に人間だったぞ。若き日の私の師匠でもある」

「国王様、若い時は魔法使いを志していたんですか?」

「いや、ニロフは私のスケベの師匠だ」

 その答えにライト騎士団の面々は大小あれどガクッ、とズッコケそうになる。

「若き日の私はスケベのイロハをニロフから教わったのだ……ニロフは誰よりも、紳士なスケベだったよ……私はまだまだだ……」

 ヨゼルドのスケベは人間の心を持つ伝説のアンデットモンスターから伝授された物らしい。しかも紳士なスケベとの事。新しい情報があり過ぎて(無駄な情報でもあるが)わけがわからなくなる。――ああそういえば以前スケベの師匠がいるって言ってたな。まさかモンスターだとは思ってなかったけど。

「儂とニロフは最高のパートナーとして前線を駆け回ったよ。儂が引退した後も一緒に魔法や占いの研究をしていた。――そんな時じゃった、セイロ空洞でクラスターが発生してしまったのは」

「クラスターを、ガルゼフ様とニロフ……さん、が封印したんですか?」

「臨時で呼ばれ、駆け付けた時にはもう手遅れじゃった。ハインハウルスにアンデットの大群が押し寄せるのも時間の問題。そんな時――ニロフが、自らを犠牲に封印しようと言い出したんじゃよ」

 ガルゼフが一瞬、悔しそうな表情を見せる。――その時の光景を鮮明に思い出しているのだろう。

「ニロフはキングリッチ、一緒に封印すれば出続ける周囲の負の力を吸収し続ける事が出来、それでクラスターも落ち着く。確かに最善の方法じゃった。――儂はそんな事をしたくはなかった。ニロフは儂にとって使役するモンスターではなく、友であり、相棒じゃった。そんなニロフを一人犠牲にするなど……な。そう、若もヴァネッサ嬢も反対してくれたの。でも……時間も、選択肢も、無さ過ぎた。――封印は成功した。同時に、儂は自らの衰えを憎んだよ。儂がもっとしっかりしていれば、ニロフは自らを犠牲にする必要はなかったかもしれん」

「ガルゼフ、自らを責めるのはやめてくれ。軍に力がなかったんだ。ガルゼフとニロフに頼ってしまった我々に責任がある」

「ほっほっほ、若はあの時もそう言ってくれたの。ありがとう」

 今見ても辛そうな二人、当時はどれだけ辛かっただろう。考えると、胸が痛んだ。

「クラスターはニロフのお陰で治まった。じゃが――今でもあそこには、ニロフの魂が封印されたまま。負の力を許容量を超えて吸収してしまったニロフの魂が、封印に何らかの影響を及ぼし、結果として封印が解かれようとしておるのじゃろう。そのけじめは儂が、儂自身が施さねばならんのじゃよ」

 ここで話が繋がった。セイロ空洞の封印のアクシデントにガルゼフが必要な理由が。必死にヨゼルドがガルゼフの再度の覚醒を試みていた理由が。――モンスターと人間という垣根を超えた、大切な仲間の為だったのだ。どの様な結果で終わりになったとしても、ニロフの為に、ガルゼフの手で。それがガルゼフの為であり――ニロフの為なのだ。

「頼む。この老いぼれに、そなた等の力を貸してくれ。長生きしてきた爺の、最後の我が侭じゃ」

 その頼むを拒む者は、この場にはいない。――代表して、ライトが口を開く。

「大丈夫です、俺達はそもそも頼まれなくても行くつもりでしたから。一緒にニロフさんを救いましょう」

 こうして、ライト騎士団のガルゼフのセイロ空洞への同行が決定したのであった。



「――あの、俺に話って」

 覚醒したガルゼフとの同行が決定し、各々が準備に入ると、ライトはガルゼフに呼ばれ、城の裏庭に来ていた。狙ったか偶然か、他に人はおらず、ライトとガルゼフ二人だけの状態となる。

「ライト君、じゃったの。儂が占いで選出したとか」

「と、国王様は仰ってました」

 ジッ、とガルゼフがライトを見る。――そういえば玉座の間でも一瞬こうやって見られた気がする。

「すまんのう、儂が選んだばかりに、苦労しておるじゃろ」

「いえ、俺が自分で選んだんです。断る道もちゃんとありましたし。大変ですけど、充実はしてますよ」

「ほっほっほ、まああれだけ周囲を美女に囲まれておったらやりがいもあるか。最初見た時は全てお主を引き留める為のお付きの女なのかと思ったわい」

「そういう意味での充実じゃなくてですね!?」

 まあ確かに嬉しくないと言ったら嘘になる……いやいやそうじゃなくて。

「さてライト君。――お主は、勇者ではない。わかっておるかの?」

「え? え、ええ、勿論です。あくまで俺は勇者様を演じているだけです」

「そう、お主は勇者を演じているだけ。――どれだけ努力しても、勇者にはなれぬ」

 そんなことはわかっています。――その言葉が、何故か出てこない。不思議な空気に、言葉が飲み込まれた。

「正直、お主は平凡じゃ。努力して努力して、沢山努力すればする程、自分の無力さを痛感する事になるじゃろう。奇跡はそんな簡単には起こってはくれぬ。立派な仲間に囲まれて慕われているのは素晴らしいことじゃが、お主自身に直接的な力が無いことは、必ず何処かで足を引っ張る。君が「再び」大きな挫折をしてしまうのも、そう遠い未来ではなかろうて」

「っ!」

 何も知らないはずのガルゼフが、「再び」という言葉を使った。ああ、この人は本当に凄い人だ、見抜いているんだな――と思うと同時に、ライトの背中を緊張の汗が襲う。

 俺は、結局無力のまま。――もう一度、挫折をしたら、俺はどうなってしまうんだろう。

「今努力を止めてしまえば、何か起きても多少は心のダメージも少なくて済むじゃろ。――それでも、努力をしていくつもりかの?」

 ドクン、ドクン、ドクン。――心臓の鼓動が、やけに大きく響く。この人は、俺の為に、最後の逃げ道を今、用意してくれているんだ。この人なりの、優しさなんだ。

 だったら、俺は――

「……はい。俺は、諦めるつもりは、ありません」

 重さはあったが、口は動いてくれた。目を反らさずに言えた。――もう逃げないって決めたんだ。逃げ道なんて、いらない。

「ほっほっほ、そうかそうか」

 その想いを汲み取ったかどうかはわからないが、ガルゼフは笑顔で、それ以上は追及して来なかった。

「なら、儂からのちょっとしたお節介じゃ」

 そしてそう言うと、ライトの肩にポン、と手を置き、

「ふっ」

 少しだけ気合を入れるように念じると、そのまま手を離した。――え?

「あの……? 今、何かしたんですか?」

「ほっほっほ。そうじゃの、今回の作戦が無事成功したら説明してやるぞい。――さあ儂らも支度じゃ。頼りにしてるぞ、ライト君」

 そうはぐらかすと、ガルゼフはその場を後にする。――ライトは何となく、その背中を見送る形となるのであった。

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