第六十一話 演者勇者と老占い師4
「どうだったかね、ガルゼフとフラワーガーデンは」
ガルゼフの妻の墓参り翌日。一応結果報告という形であらためてライト、レナ、ハルの三人はヨゼルドと話をする事に。
「そうですね、あくまで俺目線での感想ですけど、お墓では流石に元気無かったですけど、お店行ってからは終始ご機嫌でしたよ」
実際、数時間店にいたが、帰る時までガルゼフはずっと笑顔で、店の女の子にも「お爺ちゃん可愛い」と気に入られていた。墓参り時、悲しそうな表情を見ただけに、純粋に楽しんでくれたのなら良かったとライトは思っている。
「フフ、そうだろう。あのチケットを使ったんだ、気分を悪くする人間などいるはずもない。――それはガルゼフに限ったことではない。君達も楽しめただろう?」
「まあ、彼女達もプロとしてあの場にいる、というのは認識させて頂きました」
最初にそう感想を告げたのはハル。実際彼女は酒の勢いもあったか随分と会話が弾んでいた。羽目を外す、とかとはまた違うが、気持ち良くお酒が飲めたのだろう。仕事としての実力を認識している辺りがハルらしい。
「んー、私は素直にご馳走様でした、って所です」
次いでレナ。彼女は単純に食べたい物飲みたい物を注文し、普通に楽しい夕食を満喫した形である。
「そうですね、俺もご馳走様でした」
次いでライト。彼も――
「おーっと勇者君、君は私が見る限り私とは違って特定の女の子とより親密にエンジョイしてたぞー」
「何っ!」
と、何処まで見ていたのかレナがニヤニヤしながらそう指摘。物凄い速度で反応するヨゼルド。――指摘されたライトよりも反応が速かったりする。
「いや、普通に話し相手になって貰ってただけだって」
「そなの? 名刺貰ってたじゃん」
「何ぃぃ!?」
よく見てるねレナ、とライトが思うよりも早く信じられない速度で反応するヨゼルド。椅子から立ち上がり、ガッ、とライトの両肩を両手で勢いよく掴んできた。――痛いです国王様。
「あのお店で名詞を貰うというのは、社交辞令ではなく本気の親密の証なのだぞ……それを初日からとは……流石ライト君、私が見込んだ男なだけある!」
「違うでしょ俺は演者勇者として見込まれたんですよね!?」
今の立場の根底が怪しくなってくるライトであった。
「ちなみに、ちなみに相手は誰かね?」
「アジサイさんです」
「何……だと……」
そしてその返事を聞くと、今度はライトの肩から手を離し、ゆっくりと椅子に座り直した。何処かの演劇の舞台を見ている様なオーバーな動きだった。
「ライト君……アジサイちゃん狙いは……リアルで怖い……あの子は庶民的で親しみ易くて、人気の子の中ライト君に合うならアジサイちゃんかななんて思ってたけど……本当に行っちゃうなんて……」
「俺は今国王様のオーバーリアクションが怖くて仕方ないですけど。というか狙うとかそういうの俺ないですから」
ただ実際の所話し易くていい子だとは思った。つい普通に名詞貰った。こういう場合どうしたらいいんだろ、とふとライトが思っていると、
「ライト君……まさかのコンプリート狙いか……流石に初日から嵌り過ぎでは」
「話が悪化してる!? 勝手に想像して勝手に引かないで貰えます!?」
若干遠い目でヨゼルドはライトを見ていた。――自分の物差しだけで俺を見るのは普通に勘弁して欲しい。
「まあしかし、何だかんだで全員楽しんで貰えたようで何よりだ。チケットを渡した甲斐があったというものだ。可能なら私も一緒に参加したかったぞ。うん、出来る事なら一緒に行きたかった。うん、公務さえ無ければ、うん……」
…………。
「……行きたかったなあ、やっぱり……無理矢理にでも行けばよかったかなあ……折角手に入れたチケットだったのにな……」
「うわー……」
そして今度は落ち込むヨゼルド。コロコロ表情を変え過ぎである。――まあ、一年も懸けて手に入れたチケット、当然本人としては自分が行きたかったに決まっているだろう。……って、
「そうだ国王様、それです、俺気になってたんですよ。どうしてそこまで無理に昨日、ガルゼフ様と俺達に使わせたんですか?」
それは昨日ライトがふと辿り着いた疑問。いくらガルゼフの為とはいえ、本当に貴重なチケット、どうしてもガルゼフの妻の命日に合わせる必要はなかったわけで、合わせなければヨゼルド本人だって行けたわけで。ここまでのリアクションを見ても、やはり何かしらの意味がある様に思えて仕方が無かったのだ。
「ああ、そういう事か。確かに意味はあるんだ。――そうだな、君達には説明せねばなるまい。実は」
「申し上げます!」
と、そこでヨゼルドの言葉を遮る様に、騎士が一人、その言葉と共に部屋に姿を見せた。
「どうした、個人面談中、勇者ライト騎士団の前だぞ。礼儀を弁えんか」
「申し訳ございません、ですが急を要するお話で」
実際騎士は若干息を切らしていた。走って来た様子。
「何があった?」
「はっ、セイロ空洞の封印に動きあり、急ぎご判断を、とのことです」
「っ! そうか……思っていた以上に早かったか……」
と、今までと同一人物とは思えない程、ヨゼルドが真面目な表情に変わった。
「……国王様?」
「ライト君、今ここにいないメンバーも全員集めて、玉座の間へ来てくれ。頼みたい事がある。――今回、ガルゼフにあのチケットを使って貰ったのも、これが関連しているのだ」
「ごめんなさい、私達が最後みたいですわね。遅くなりましたわ」
「大丈夫、皆もさっき来たばっかだよ」
エカテリスがリバールを引き連れて玉座の間へ入ってくる。先日とは違い、ライト騎士団全員がここ玉座の間に召集された。
「では説明しよう。城から北北東の方角に、セイロ空洞という古い空洞があるのは知っているかね?」
「一般人立ち入り禁止に指定されてる空洞ですね。交代で軍から見張りの部隊も派遣されています。でも理由は確か公開されてはいない」
直ぐに反応を見せたのはマーク。その辺りの知識を用いた反応は流石の一言である。
「うむ。関係者と一部の観察者以外には理由を公開していない。発端も随分前だし、下手な公開は混乱を招く」
「観察者、ですか。私の様な人間からすると、対象の観察が必要な物がある、即ち危険もしくは処分必須に聞こえます」
観察者、の言葉に反応したのはリバール。この辺りは忍者として感じる物があるのだろう。
「リバール君の言う通り。あの空洞が一般人立ち入り禁止、観察が必要なのは、あの空洞の奥に過去最大級のアンデット・クラスターを封印した封印石があるからなのだ」
「アンデット・クラスター……?」
ライトにはまったくもって馴染みのない言葉であった。さて何だろう、と思っていると、
「団長が耳にしたことがないのは仕方がありません。アンデット・クラスターはあくまで軍人、傭兵等で使用されている用語ですから」
ソフィから補足が入った。――成程、俺名目上騎士勇者になって日が浅いから知らないのか。
「ごめんソフィ、簡単に説明ってして貰える?」
「アンデットもいくつか種類があります。怨念、思念が力を持って具現化してしまったゴーストタイプ、腐乱した死体が外部からの力によって再び動き出すゾンビ・グールタイプ、更に昔、既に遺骨となった物が利用されるスケルトンタイプ等、形は様々ですが、共通点が一つ。元は、人間、もしくは動物の死んだ魂、ということであり、理由な何であれ、負の力によって生まれる物であるということです」
一度死んでしまった魂を無理矢理に呼び起こすというのは故意ならば最早人間業ではないし、自然現象なら超常現象である。また、悔いなく成仏した人間の魂など現世に残っているはずもなく、結果としてアンデット=負の力、なのである。
「同系統の物、というのは連鎖が起き易い物です。例えば進軍中、前後左右の部隊の指揮が高揚していれば、自ずと自軍の指揮も上がるというもの。それと同じで、負の力もやはり連鎖が起き易い部類になります」
「つまり、アンデットの生成による負の力が周囲に広がっていって、どんどんアンデットが生まれていった?」
「はい。例え切欠が些細でも、大きく広がってしまい、爆発してしまう事がある。それをアンデット・クラスターと呼んでいます」
「成程ね……」
ソフィの説明でライトも納得、理解が出来た。そして大規模なアンデット・クラスターが発生してしまったら迂闊に公には出来ないし、封印で抑え込んでいるのも納得がいった。
「ライト君の理解が進んだ所で話に戻させて貰おう。今回、セイロ空洞にある封印石に、動きが見られた。今回君達にはその箇所まで応援に出向いて貰い、調査、場合によっては再封印、殲滅等、しかるべき処置を行って欲しいのだ。どうしても内陸部で動ける戦力として確実なのが君達ライト騎士団だからな。――ライト君には若干厳しい任務になる。君に無理を強要するつもりはないが、他メンバーの力はどうしても必要だ。その辺りは上手く――」
「大丈夫です、行きます。――勇者として、名声も上がるでしょうし」
ライトとしては名声は建前だった。――自分が非力なのは重々承知しているが、それでも仲間のつもりだ。仲間が赴くのに自分だけ何もしないのは嫌だった。ならせめて現場に行くだけでも。
「そうか。――いい結果を期待しているぞ、勇者ライトよ」
「大丈夫です。何かあってもレナが守ってくれますし」
「さーて、勇者君を部屋に監禁してくるか」
「足手纏いなのはわかってるけどあからさま過ぎない!?」
「安心して、私も一緒に部屋に居てあげるから」
「自分が行きたくないだけだった!」
ある意味安定したやり取りに、メンバーが笑い、部屋の空気が軽くなる。レナは軽く溜め息。――私としては本当に行かなくていいなら行かないんだけどなあ。
「まあ、アンデット相手ならソフィがいつもの倍の力が発揮出来るから安心かなー」
「任せて下さい、団長。私の聖属性に「アタシ」が入れば、効果は抜群ですから」
「うん、頼りにしてるよ。――ソフィだけじゃない、皆も頼むね」
そしてライト達は、早速準備に取り掛かり――
「――あ、国王様、一つ確認したい事が」
――取り掛かる前に、尋ねて起きたい事があった。
「何かね?」
「今回の件、ガルゼフ様にフラワーガーデンの例のチケットをあげた事に関連してるって言いましたよね? 今の所繋がりがまったく見えてこないんですが」
「そうか、その説明がまだだったな。――実は、あそこの封印は」
「儂の「友」が施したからじゃよ」
そのヨゼルドの声を遮り答えを述べる声。聞き覚えがあったが、雰囲気がまるで違う、しっかりとした声に、ライトは一瞬耳を疑う。いやライトだけではなく、レナ、ハルも耳を疑った。――声のした方を見て見れば、
「随分と迷惑をかけたようじゃの、若、それに勇者の騎士団。――間に合ったようで、何よりじゃよ」
老占い師・ガルゼフが、しっかりとした足取り、面持ちで、立っていたのであった。




