第六十話 演者勇者と老占い師3
「あの……当店がどういったお店かご存じですか?」
「はい。女性の方のおもてなしで、お酒を飲んだり楽しく会話したりするんですよね?」
「ええ、まあそうなんですが……」
店の入り口で、男性店員が訝し気にその四人の客を見ていた。とてもこの店の客層とは思えない。
一人は青年。まあ彼は問題ない。問題は次から。
二人目は若い女性。冷静な面持ちで、何故かメイド服。仕事なのか趣味なのかわからないがどちらにしろそれを着て来るような店ではない。
三人目も若い女性。こちらは二人目の女性に腕を掴まれ、表情も落胆している。――え、来たくないのに来てるのかな。
四人目は男性老人。笑顔で立っている。――以上の四名である。何の組み合わせかもわからないが、どう考えてもこの店に来るような組み合わせではない。
どうしよう。――男性店員は困っていた。店長を呼ぶべきか。でも店の中身も知ってるっぽいしな……
「ハルー、わかったから、もう逃げないから、手離して……痛い……」
「そう言って先程逃げようとした人を信じる程私は優しくありません」
「レナ大丈夫だ、俺も初めてなんだ、一緒に乗り越えよう。きっと怖くない」
「最早ツッコミを入れる気も起きないよ勇者君……」
と、いうわけで、時刻は夕暮れ時。「フラワーガーデン」にやって来たライト一行である。――実際、店員側からしたら訝し気になるのはよくわかるライト、ハル、レナの三人である。
「ライト様、あのチケットを見せた方が」
「ああそっか。――えっと、これってどう使えます?」
ライトは鞄から『フラワーガーデン 超特別招待券』を取り出し、店員に渡す。
「!? し、少々お待ち下さい!」
そしてその直後、店員の顔色が変わった。直ぐに店の奥へ一旦消えた。え、何、と思っていると、
「お待たせ致しました! ご案内致します、こちらへどうぞ!」
先程までの訝し気な表情は何処へやら、凄い真面目な表情で、ライト達を店内に案内してくれた。
「……あのチケット、そんなに凄いのかな」
「そうなのでしょうね。それを持っていたということは……ヨゼルド様がどれだけ贔屓にしているのか良くわかりました」
はぁ、とハルが溜め息。――これは後日ヨゼルドはますますピンチになるのではないだろうか。
「こちらでお待ち下さいませ」
ライト達はそのまま店内へ、更に奥の個室へ案内された。個室と言っても広く、高級な照明、テーブル、ソファーなど、正に特別招待と言わんばかりの部屋であった。
「私お腹空いたよ。食べ物もあるのかな?」
「開き直り早いなおい!」
「どうせ帰れないんだもん。だったら国王様にご馳走になるよ」
ボスッ、とレナが勢いよくソファーに座る。若干緊張しているライトとしてはその神経が羨ましくもあったり。
「私達も座りましょう。ここで立っていても」
「そう……だな」
促され、ライトも座る。ハルはガルゼフを座らせた後、自分も座った。
「失礼致します」
それから数分後。ドアが開き、カートに飲み物と食べ物を乗せて運んでくる男性従業員と、
「いらっしゃいませ、ようこそフラワーガーデンへ。私店長のスダスと申します」
名をスダス、店の店長と名乗る男性従業員が部屋に入って来た。
「本日はヨゼルド様のご紹介ということで特別案内させて頂きます。当店自慢の女の子を揃えさせて頂きました。ご堪能下さいませ。それでは」
そう礼儀正しく挨拶する。わざわざ責任者の挨拶は、特別である事を再確認させられる。――そのままスダスと男性従業員は部屋を後に。
「いらっしゃいませー、フラワーガーデンへようこそ!」
そして入れ替わりに、煌びやかな若い女性が六人、部屋に入ってくる。要は接待してくれる女の子、なのだろう。直ぐにカートの上から飲み物、コップ、食べ物云々を取り、テーブルに並べ始める。
「遅れて申し訳ありません。――ようこそ、フラワーガーデンへ」
そして更に部屋にもう一人、女性が入ってくる。――瞬間、ライトは目を奪われた。いやライトだけではない。レナも、ハルも、ガルゼフもその女性に目を奪われる。それは初めてソフィと会った時と似た感覚。言うなれば、その美しさ、華やかさに圧倒されてしまったのだ。
「へえ……あのオーラ出せるのソフィだけかと思ってたけど、いるんだね他にも……」
「ですね……同性の我々をも見惚れさせる、というのは見習うべき尊敬すべき点です」
簡単に状況に流され難いレナとハルも、すっかり周囲を忘れ見惚れていた。
「サクラと申します。本日は精一杯、おもてなしさせて頂きますね」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
サクラと名乗り、優しい笑顔でそう告げてくるその女性にライトはそう礼儀正しく返事した。我ながらつい情けない返事をしているなと思った。――いやだってこういう所初めてだししかもこんだけ綺麗な人だし俺だってどうしたら……あ、そうだ!
「あ、あの」
「はい、何でしょう?」
「今日のメインというか主役というか、そういうのはこの人なので、こちらを中心にお願いしたいのですが」
ライトはサクラにガルゼフを促す。――いかんいかん、俺が楽しむ為に来たんじゃないんだ。
「畏まりました、お任せ下さい。――では、失礼しますね」
ライトの意図を汲んだサクラは笑顔で承諾。ガルゼフの隣に座る。そのまま反対側にも一人座らせた。
こうして、フラワーガーデンでの、ガルゼフお楽しみ会(?)が始まったのだった。
「ほっほっほ、皆可愛いのう。儂も百歳は若返るわい」
「あら、ご冗談を。でも、私達と一緒にいて元気になってくれるなら嬉しいです」
店に来てそれなりに経過し、左右をサクラともう一人女の子に囲まれ、ご満悦なガルゼフがいた。ヨゼルドがここに行かせた意味が良くわかった。彼は本気で楽しんでいた。――まあ、楽しんでくれてるならいい……のかな?
「……にしても」
ライトはチラッ、と残りのメンバーを見る。
「つまり、私はヨゼルド様の為を思って、こうしてるんです。でもあの人はいつまで経っても子供っぽさが抜けなくて! 責任持ってお世話するのも大変なんですよ? この前も――」
「うんうん、わかる。仕事だから、で片付けられない物ってやっぱあるわよね」
「今日はお代の事は気にしなくていいんでしょう? どんどん飲んで、嫌な事忘れましょ?」
左右を女の子に囲まれ、酔いが回ってきたのか仕事の愚痴を零すハル。すっかり立場を忘れおもてなしを受ける形になっていた。一方、
「え、凄い、こういうのって今頼んだら出てくるの? 超高級食材じゃん」
「勿論出てきますよ。中々注文してくれる人はいないけど。私達も食べる機会なんてないし」
「じゃあ注文しちゃおう。どうせ国王様のポケットマネーからだから何の心配もないし。皆で食べようよ」
「やったー!」
「あ、この高級ブランデーもおかわりねー」
やはり左右を女の子に囲まれ、自分の懐がまったく痛まないのをいい事に好き勝手に注文するレナ。こちらもすっかりこの場を楽しんでいた。――君達馴染みすぎじゃないかな。ガルゼフ様と同じ位楽しんでるけど。
「お隣、失礼しますねー」
と、そこでライトの隣にも一人だけだったが、女の子が座ってきた。
「ごめんなさい、お兄さん一人ぼっちにさせちゃって」
「あ、いや、俺は今日ただの付き添いだから別に」
ライトとしては正直な所を言ったのだが、その瞬間、相手は一瞬間を置いて笑う。
「……何か俺、可笑しな事言いました?」
「だって、普通に考えたらお兄さんが一番楽しまなきゃ駄目な感じなのに、一番謙虚なのが可笑しくて。しかも本気で言ってるっぽいし」
確かにライトも言われて気付く。――俺、ちょっと変なのかな。
「お兄さん、お名前訊いていい? 私はアジサイ」
「ライトです」
「ライトさん、折角来てくれたんだから、付き添いとか言わないで、楽しんでいってよ。他の人は皆楽しんでるでしょ? あんな感じでリラックスしてくれた方が私も嬉しいかな」
確かに、ここまで来ておいて「自分付き添いなんで」も何か違うな、と思った。それはそれで相手に失礼になるかもしれない。
「……じゃあ、遠慮なく」
「あ、変に敬語とかも無しね。おもてなしするのはこっちなんだし」
そう言って、あらためて酒を用意するアジサイ。年齢はライトと同じか少し下位か。元気一杯の女の子、という印象をライトは受けた。
ライトも特に酒が弱いとかではない。グラスに注いで貰い、乾杯をする。
「ライトさん、お仕事は?」
「えーっと、ハインハウルス軍で、国王様の直々の指示を受ける部隊にいる」
流石に勇者やってますとここで気軽に言う勇気はライトには無かった。
「えっ、凄いじゃない、ヨゼルド様直々とか! あっ、でもそれならヨゼルド様の招待券持ってるのも頷けるか」
「国王様ってお店ではどんな感じなの?」
「うーん、スケベなおじさん」
そのまんまだった。覚悟はしていたがそのまんまだった。
「でも、不潔とかイヤらしいとか実際に手を出すとかそういうのはないし、優しくて楽しいから、接客するの私は好き。他の皆もそう思ってるんじゃないかな」
「それを聞いて安心したよ……」
一国の王が店の女性に痴漢行為で検挙とか洒落にならない。
「え、逆にお城ではどうなの? キリッとしてて格好いいの?」
そう逆に質問されてライトも考えてみる。――城での国王様。
「うーん、スケベなおじさん」
「えー! 同じなの? 駄目じゃん!」
「だって本当だし」
そう言って笑い合う。――あまり冗談ではないのはご愛敬。
「でも、ちゃんと仕事してるよ。あの人無しではこの国は成り立ってないんだと思う」
「そっか、やっぱり王様なんだね。それなら多少の息抜きは許してあげないと。二十四時間「国王様」じゃ息が詰まっちゃう」
「まあね」
何だかんだで、自分よりもずっと苦労をしているだろう。口を挟める立場ではないが、偶にこの店に来る位許してあげてもいいのかも……うん?
「あのさ、一つ訊いていい? 今回使ったチケットって、貰えるのにどの位かかってるの?」
「頻度とか態度とか、そういうのを積み重ねて……ヨゼルド様は多分一年位かかったかな」
「え、そんなに?」
「だって個室で人気一位から五位の女の子独り占め出来る券だもん、その位かかるよ。トップのサクラさん独り占めするのも大変なのに、五人独り占めしたら他のお客さんから苦情来るレベルだもん。ちなみに私三位」
軽くブイサインを見せるアジサイ。成程、話し易くて明るくて可愛い。人気はありそうだ。
「……って、そうじゃなくて」
ヨゼルドはそのチケットを自分は参加せず、ガルゼフに使わせた。何故だろう? ガルゼフに体験させるのはいいが一緒に自分が行くのは構わないはず、それこそ日をずらせばいい。一年もかかったのだ。泣く泣く譲った形だろう。
何か、このチケットでこのお店に行かせる事に、ヨゼルドの意図が含まれている……?
「何か難しい事考えてる?」
「え? あ、いや」
「ライトさんだって息抜きが必要なんだよ? 私を置いてきぼりで悩むのは感心しません」
「はは、ごめん」
アジサイがグラスにおかわりのお酒を注いでくれる。――そうだな、軍にいる時間じゃないんだ、相手がいるのに一人で考え込むのは相手に失礼だな。
「でも、ライトさんが真面目で、それなりの言えない仕事を持ってるってのはわかっちゃった」
「えーと」
「大丈夫、訊いたり探ったりしないから。私だってほら、「アジサイ」ってのはこのお店だけでの名前で、ちゃんと本名あるし。でも今の私が偽者ってわけじゃない。演じてるけど本物。そういうのが、あったっていいじゃない?」
「演じてるけど、本物……か」
アジサイもわかって言っているわけではなく、偶然であろう。それでも、その言葉は何処かライトの心に残り、不思議な後押しをしてくれる言葉だった。
「ありがとう。何だろう、付き添いだったけど、今日ここに来れて良かったよ」
「どういたしまして。私もライトさんに会えて楽しかった。ライトさん、ここに来るお客様の中では珍しいタイプ。あっ、いい意味でよ?
「はは、そっか」
普通付き添いで来る人間はいないだろうし。そう思うとある意味貴重な体験なのか……な?
「普通にお話してて楽しかった。きっとここに来てくれたのは偶然なんだろうけど、私はその偶然を「神様」に感謝。――はい、これ」
「これって」
アジサイから手渡されたそれにはライトには見覚えがあった。名前が書いてある、手のひらサイズの綺麗な紙。――要は、名刺である。
「ウチの店、簡単にお客様に名詞渡さないっていう暗黙のルールがあるんだ。ちゃんと認められる人じゃないと駄目、っていう。だから、光栄に思ってね? さっきも言ったけど、これでも私このお店で今人気三位なんだから。結構レアだよ?」
「そっか……じゃあ、ありがたく頂いておくよ」
悪い気は勿論しなかった。ライトは笑顔でその名刺を受け取る。
「うん。またそれ持って遊びに来てくれると嬉しいな。お酒飲んで、お話しましょ? 待ってる」
こうして、ひょんなことから、不思議な縁をライトは手に入れたのであった。