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第五十九話 演者勇者と老占い師2

「いい天気じゃのう。こう天気がいいと思い出すわい」

「何をです?」

「あの日もいい天気での。儂は思ったんじゃ。こう天気がいいと思い出すのう、と」

 エンドレスじゃねーか。――ライトとレナは同時に心の中でツッコミを入れた。

 さて、ガルゼフの妻の墓参りに行く為の旅、現在は馬車に揺られ移動中。見晴らしのいい草原を移動中だが、街の姿は徐々に小さくなっていく。成程距離はそれなりに遠く、そういう意味ではレナの護衛は必須かもしれない。

 外の景色を眺めながら、あれこれ語るガルゼフ。笑顔で相槌を打つハル。その様子を眺めるライトとレナ、という形になっていた。

「にしても、百歳を余裕で越えてるとは思えないよな」

「だねー。ボケちゃってるけど口調はしっかりしてるし、ゆっくりなら自力で歩いてるし。世界一の魔導士は伊達じゃないってことでしょ。――まあでも、申し訳ないけど私はこれは嫌だな」

「レナは長生きしたくないってこと?」

「んー、長生きが嫌とかじゃなくて、長生きした結果付いてくる物が嫌かな」

「付いてくる物……?」

 ライトがそれって長生きが嫌と何が違うの、と尋ねようと思った時、馬車が止まった。

「ここからは少しだけ徒歩になります。行きましょう」

 ハルに促され、先にライトとレナは馬車を降りる。次いでハルが降り、そのハルに手を引かれながらガルゼフが降りた。

「あちらの森を少し歩いた先です」

 そのまま一行はガルゼフの歩調に合わせ、ゆっくりと歩き始めた。

 森と言っても生い茂ってるとか密林とかそんな感じではなく、程よく日の光も差し、しっかりと道もある。ピクニック、森林浴に近い感覚で歩く事が出来た。――そしてそのまま歩く事十分近く。

「うわ……」

 ライトはつい感嘆の声を漏らした。歩いた結果、バッ、と急に開けたその場所は、見晴らしのいい丘になっていた。正面を見れば今まで移動して来た草原、左を見れば川、右やや遠目にハインハウルス城と城下町。

「成程ねー、これは気持ちいいや。私もモンスターの危険が無ければちょっと寝ていきたくなる位」

「ほっほっほ、儂も若い頃は婆さんと外でもほっほっほ」

「レナ……そういう人だったのか……」

「何か寝るの意味を勘違いされてる!? 勇者君まで!? わかるでしょ違うの!?」

 勿論ライトとしてはわかってはいたが、普段のお返しが若干含まれている。

「ったく、調子狂うわー。……で? ここにお墓があるってわけ?」

「はい。ガルゼフ様の奥様のお気に入りの場所だったそうで、ここにお墓を立てたそうです。――ガルゼフ様」

 ハルに促され、ガルゼフが一歩前に出て、改めて景色を眺める。

「この景色……おお、ここは確か婆さんのお気に入りの場所じゃないか。よく皆知っとるのう」

 思い出したか、ガルゼフが嬉しそうな笑顔になる。

「はい。それで、あちらが奥様の」

 更にハルが促す先。小さく、でも綺麗な墓が、まるでライト達を出迎えてくれるかの如く日の光に射されていた。

「……婆さん?」

「はい、そうです。――お掃除して、お祈り致しましょう」

 だが、その墓を目に捉えた瞬間、ゆっくりとガルゼフの笑顔が消え、その笑顔が消える速度と同様の速度で、ゆっくりと一人、その墓に向かって歩いていく。

「婆さん……そうか」

 一人先行して墓の前に辿り着くと、ガルゼフはゆっくりとしゃがみ、

「……そうじゃったな……婆さん、儂を置いて、先に逝ってしまったんじゃったな」

 そう、寂しそうに呟いた。元々大きい物ではなかったが、その背中が酷く小さく見えた。

「忘れてる間はいい。でも……ああやって、思い出す度に、初めてのショックを受けるんだよ。大事な人がいない悲しみをあらためて感じ取るんだよ。……私は、耐えられないかな。そんなんだったら思い出せない方がマシ」

「レナ……」

 その言葉で、ライトは先程馬車でのレナの発言の意味を察する。確かにこれは長生きが嫌、というわけではない。

 実際ガルゼフが普段どの程度の感覚でいるのかはわからないが、それでも今の姿を見る限り、とてもダメージが小さいとは思えなかった。それこそレナの様にこんな感覚を何度も味わうなら長生きなんて嫌、と思っていてもおかしくないかもしれないと思う程。

「よく言うじゃん? 人は死んだら思い出の中でしか生きられないって。――思い出の中でも、本当に生きていてくれたらどれだけ嬉しいか。死んだ人が死んだっていう事実が覆ることは……どう足掻いたって、ないんだよ」

 ガルゼフの背中を見ながらそう語るレナ。それはまるで、自分が死んでしまった人のお墓参りに来て悲しんでいる人の様で。ライトとしてもレナの意見に言いたいことがないわけでもなかったが、何を言っても傷付けてしまいそうで、言葉に詰まる。

「……かも、しれない。かもしれないけど」

「……勇者君?」

 それでも、何も言わないで終わりにしたくなかった。出来る限りの想いを、ライトは口にする事にする。

「ならせめて、傍にいてあげて、少しでも気持ちを楽にしてあげたい。消すことは出来なくても、ほんの一欠けらでも楽になれるなら、寄り添ってあげたい。そう思うのは?」

「寄り添ってくれる人によるでしょ」

 即答だった。レナらしさに、ライトは少し笑みが零れる。

「なら俺は寄り添うよ。――寄り添って、楽になってくれる様な人間になるよ。……行こう」

 そしてはぐらかしも意味が無いと知っているので、本音を告げた。――俺はレナ相手でも、君が拒まない限り寄り添うからな。

 そのままライトはハルとレナを促し、ガルゼフの所へ。ハルも続く。

「困るなあ。――今の君に寄り添われたら、拒めないじゃん」

 レナは他に聞こえないように小さくそう呟くと、二人の後を追った。

 そのままライト、ハル、レナの三人でガルゼフの妻の墓石、そして周囲の清掃を開始。墓石を洗い、周囲の雑草を抜き、徐々に綺麗になっていく様子を、ガルゼフはただボーっと眺めていた。

 前述通り大きな墓石ではない。三人で、それ程時間もかからずに終わる。ハルが花束を供えた。

「さあ、お祈りしましょう。ガルゼフ様、こちらへ」

 そしてハルに促され、ガルゼフが墓石の前に。そのまま並んで四人で祈った。

「……婆さん、すまんの……もう少し、もう少し……儂、死ぬわけにはいかんのじゃ……」

 その時だった。小さい呟きだったが、でもそのガルゼフの言葉は三人の耳にはっきりと届く。――死ねない、理由がある……?

「……それでは、遅くなる前に帰りましょうか」

 長い様で短い祈りを終え、ハルはそう切り出した。ライトが目を開けると、既にガルゼフも祈りを止めて、明後日の方向を向いていた。

「そういえば腹も減ったのう。婆さん晩飯はなんじゃろうか?」

 そしてそう笑顔でハルに尋ねるガルゼフ。先程の真剣な面持ちで祈っていた彼は何処へ、そこにはまた最初に見た「ボケたお爺ちゃん」しかいなかった。今先程の事を尋ねても、きっと答えは返ってこないだろう。ライトとしても気にはなったがどうしようもなかった。――今度、国王様にでも訊いてみようかな。

「あ、晩御飯で思い出したよ。勇者君あれ、チケットチケット」

「ああそうか、帰りに使うんだもんな」

「? 何の事です?」

「あれ、ハルは聞いてない? 俺国王様から預かってるんだよ。帰り、ガルゼフ様にって。ほら」

 鞄から例の封筒を取り出し、ライトはハルに見せる。

「国王様も何だかんだで気が利くよねえ。何処のレストランの招待券だろ? 開けてみようよ」

 こちらもこちらで先程の真剣な面持ちは何処へやら、ノリノリのレナである。――やれやれ。

「国王様は城下町に入ったらって言ってたぞ。それにレストランのチケットって決まったわけでもないだろ」

「いやこの状況下で食べ物のチケット以外何があるってのよ。演劇云々なら最初に開ければいいんだし。ガルゼフ様が楽しめるのってその位でしょどう考えても」

「まあ、そりゃそうなんだけどさ。期待し過ぎるのも」

「ライト様、私も違う意味で気になります。今開けて頂けませんか?」

「ハルも?――まあ、今開けても城下町で開けても確かに変わらないか」

 ハルにも促され、ライトは中身を確認する事に。――そういえば今ハル、違う意味で気になるって言ったな。どういう意味だろ?

 封を開け、中を取り出すと、確かに高級そうなチケットが入っていた。

「えーと……『フラワーガーデン 超特別招待券』だって」

「? 私聞いたことないよそれ。新しいお店? 穴場?」

 一番真剣に覗き込んできていたレナの頭上に「?」マークが浮かぶ。――まあ確かに俺も聞いたことが無い……あれ?

「……いや待って、何処かで聞いたことあるなこの名前」

「……あれ、私もあります。何処かで聞いたことある気がします」

「え、ハルも?」

「はい。……そんなに前でもない気が……確かこの名前は……」


『ぎゃああ! フラワーガーデンの子は中々名刺くれないのに! サクラちゃんなんて特にガード堅いのに……! サクラちゃん、すまん……っ!』


「あ」「あ」

 と、そこで同時に声を上げ、同時に顔を上げ、目が合うライトとレナ。――二人が覚えていて当然である。何故なら、その店の名前、二人同時にヨゼルドの口から聞いたのだから。

「……え、ちょい待って、何その表情。二人して何で固まってるの。その様子からして思い出したんだよね?」

「そういう事か……成程、ガルゼフ様の言動を考えればわからなくもないかもしれない」

 要所要所にヨゼルドを彷彿させるスケベっぷりが露呈していた。となるとこういうお店も好きなのかもしれない。

「ライト様に預けたというのも頷けます。私では無かったことにする可能性がありますから」

 一方のハルは溜め息。してやられた、こうきたか、といった感じの表情に。

「あのー、そのー、段々怖くなってきたんだけど、そろそろ私にも説明プリーズ」

 そして一向に何も伝わってこないレナ。――何、何だか凄い嫌な予感するんだけど。

「ちょっと待って、って事はさ、このメンバーでここへ行けって事?」

「そういう事でしょう。ガルゼフ様お一人で行かせるわけにはいきませんから」

「いや、いやいやいや、何なの、ねえ何なの二人共」

「……仕方ない。レナ、諦めて行くぞ」

「嫌だ! 何だか結局説明して貰えてないけど凄く行きたくない! 私だけ行かない!」

「そういうわけには参りません。ここまで来たら一蓮托生です」

 ガシッ。――ハルがレナの腕を掴み、引きずっていく。

「離してー! ハル気功術ずるい! 振りほどけない!」

「大丈夫大丈夫、痛くも怖くもないよ」

「あれ偽勇者騒動まだ続いてたの!? 麻薬ですか!? ちょっとー、誰かー!」

 こうして、意味もわからず笑顔のガルゼフ、意味も説明して貰えず嫌がるレナ、そのレナを掴んで離さないハル、諦め顔のライトという状態で、城下町にある「フラワーガーデン」に向かうのであった。

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