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第五十八話 演者勇者と老占い師1

 いつからだろうか。――自分が何を考え、何をしているのか、わからなくなったのは。

「……あー」

 気付けば起きていて、誰かに食事を用意して貰って、でもそれが朝食なのか昼食なのか夕食なのかもよくわからなくて、気付けば見晴らしのいい所で座っていて、気付けばウトウト寝ていて、気付けば――何に気付いているのかもよくわからない。

 ふわふわの、ボーっとした、曖昧な世界。特に何をする義務も理由もない。ただ、生きているだけの世界。

「あ」

「どうしたの?」

「ほら……」

「え? あ」

 周りから聞こえる声も、まるで遠い世界の声の様な、隣にいてくれている様な、不思議な音となり、耳に曖昧に届く。

「どうかしたんですか?」

「あっ、ハル、丁度いい所に! ほら、名前何て言ったっけ……あのお爺ちゃん」

「ガルゼフ様」

「そう、その人!」

「ハル、あの人の扱い上手でしょ? 私達どうも苦手で……あそこに居られると掃除いつまでも終わらないし……」

「いいですよ、少し待っていて下さい。――ガルゼフ様」

 名前を呼ばれる。自分が「ガルゼフ」なのはわかる。見ればよく見かける美人の子。

「おお、婆さんか……どうした、また窓でも壊れたか?」

 婆さんは綺麗だった。自慢の婆さんだった。もうその婆さんの顔も思い出せない。綺麗な女子は皆婆さんに見える。

「違います。ここはお掃除の邪魔になります、さ、あちらへ参りましょう?」

「そうかそうか、今日はいい天気じゃのう」

「そうですね、後私はガルゼフ様の奥様ではありませんよ」

「おお、そうじゃったか。ところで婆さん、晩飯は今日はなんじゃろうか」

「御夕飯まで時間があります、お茶でもお淹れしましょうか。後私は……まあ、いいです」

 杖を付き、ゆっくりと立ち上がる。のんびりならまだ足は動き、自分の力で歩ける。

「ハル、ありがと、助かったわ!」

「? あの娘っ子達は誰じゃったかの? 孫? ひ孫? はて」

「大丈夫です、私の同僚ですから。――お茶菓子もご用意しますね、甘い物でも」

「おお、良いのう。婆さんの淹れてくれるお茶が世界一じゃ」

 こうして、連れられて歩いて行く。そんな、ただ生きているだけの世界。


 それでも、死ねない理由わけがある。

 最後のこの想いを果たすまで――死ぬわけには、いかない。



「ガルゼフ様の奥様のお墓参り?」

「うむ」

 偽勇者騒動も落ち着いたある日。ライトとレナの二人はヨゼルドの私室に呼び出され、その依頼を切り出された。ちなみに二人が部屋に行くと既にハルの姿も。

「毎年私が行っているんだが、今年はどうしても外せない公務が重なってしまってな。代理でエカテリスに……と思ったがこちらも駄目で、なので勇者ということでライト君に行って欲しいのだ。そして遠くもなく危険でもないが念の為護衛ということでレナ君、そしてガルゼフの世話役でハル君」

「俺は構いませんよ、というか勇者としてなら任務、仕事ですし」

「そうか、ありがとう、助かる」

 騎士団の任務というよりかは、個人的お願いに近いらしい。呼ばれたのが私室、レナと自分だけ、という状況にライトはそう推測する。――ガルゼフ様か。

 ライトがガルゼフに対面したのは、初めてこのハインハウルス城にやって来て、ヨゼルドに対面し、自分が選ばれた経緯を説明されている過程で、自分を予言した占い師として紹介された時。……全然信憑性がなく退場していったのである意味インパクトには残っていた。

 にしても、国王が無理、代理予定の第一王女も無理で勇者に代理の話が。――これつまり、

「あの、相変わらず無知ですみません、ガルゼフ様って凄い方なんですか?」

 という事にライトは気付く。本人ではなく、その本人の妻の墓参りにわざわざ国王が足を運ぶつもりだったのだ。余程の人間でなければそんな事は普通あり得ない。

「ガルゼフ様は、ここハインハウルス王国の発展に大きく貢献した偉大なる魔導士になります」

 そう説明を開始してくれたのはヨゼルドの隣にいたハル。

「全盛期は世界一とも呼ばれた魔導士であり、第一線を退いた後も占い師として重大政務に適切な助言をし、そちらでも名高い方です。恐らく知る人ぞ知る名前になるかと」

「そんな凄い人だったんだ……」

 ライトとしては正直、失礼な考えになるが歳を重ねてボケちゃったお爺ちゃん、位にしか見えなかった。

「まあライト君が驚くのも無理はない。今やガルゼフの活躍を知る者は少ない、知らない人から見たら何でこのお城にあのお爺ちゃんいるの、みたいな感覚だろう」

「? その口ぶりからするに国王様もあまり知らない?」

「私が物心ついた時には既にあの姿で、まだボケてはいなかったが占い師も引退間近だったからな。正直活躍はあまり目にしていない」

 ヨゼルドが物心ついた時に既にあの姿。――あれ? 国王様が四十代とすると、その物心ついた時だから……

「え、いくつなんですかガルゼフ様って」

「正直私にもわからん。百は越えているとは思うが」

 最早年齢不詳になる位は生きているらしい。

「はー、実際あるんだねえそういうの。魔族とかなら平気で生きそうだけど、人間で余裕で百越えて年齢不詳とか」

「レナも知らなかったんだ?」

「私はそういうの詳しくないからねー。余所から剣の腕だけで軍に入った質だし」

 レナらしいと言えばレナらしい。

「あ、国王様、念の為に訊きますけど、国王様の物心ついたのが去年とかはないですか? それなら私は国王様のスケベが治らないのも納得ですよ」

「普通の平均年齢だよ!? というか全国民にアンケート取ろうよ今度、私の年齢でスケベってそんなに可笑しくないから!」

 ……レナらしいと言えばレナらしい。

 かくして、ライトの次なる任務は、ガルゼフの妻の墓参りの同行、となったのであった。



 そして墓参り当日。墓は城下町を出て少し行った見晴らしのいい高台にあるとのことで、城門で待ち合わせ。先にライトとレナが到着していた。

「? ねえ勇者君、その封筒何? 随分立派な感じするけど」

 鞄を開けて念の為に忘れ物がないか確認しているライトを横目で見ていたレナが気付く。普通の手紙等ではない、見ただけで何となくわかる随分と高級そうな封筒をライトが持っていた。

「何か国王様に持たされた。国王様からガルゼフ様へのプレゼントだって。帰り、城下町に入ったら開けて渡してくれって」

「ふーん……凄いんだね、多分御用達の超高級レストランの券とかだよ。国王様の本気度が伺える。――ん? ちょっと待って、流石にお爺ちゃん一人じゃ行けないよね? という事は私達も一緒?」

「あ、そうか、そうだな」

「やったー、今日晩御飯豪華じゃん。楽しみー」

 レナの機嫌が良くなる。現金だなあ、と思いつつ正直ライトも美味しい晩御飯は嬉しかったり。

「お待たせ致しました」

 と、そこでハルの声が聞こえる。見れば、ガルゼフを連れてこちらへ歩いて来ていた。

「お久しぶりです、ガルゼフ様。あの時勇者役を予言して貰ったライトです。今日は宜しくお願いします」

「ほっほっほ、そうかそうか、勇者に選ばれたのか。宜しくの」

 ライトが挨拶をすると、ガルゼフは笑顔でそう挨拶を返してくれる。覚えてくれてはいないが、悪い印象を持たれた様子もなくライトは一安心。

「私はレナです、普段は勇者君の護衛ですけど、今日はガルゼフ様の護衛も務めさせてもらいますね」

 続いてレナが挨拶。

「ほっほっほ、そうかそうか。良い体、安産型じゃよ、安心せい」

「ぶっ」

 そして返って来た返事は随分とんでもない内容の物だった。――安産型って。

「勇者君、私挨拶しかしてないよね? 私の体に関して何も訊いてないよね?」

「大丈夫、俺もリアクションに困ってる所だから」

 ぐい、とレナがライトに迫りながら確認。――俺が言ったらセクハラで燃やされてるなこれ。

「夜の勇者に安産型の妾か、儂の若い頃を思い出すのう」

「勇者君、私の事は遊びだったんだ……」

「うおおおいいいツッコミ所満載過ぎて何からツッコミ入れたらいいかわからないよ!? 全部違うじゃんよ!?」

 普通の勇者と夜の勇者では全くもって意味が違う。そして側室になるレナと、正妻じゃなくて凹むレナ。最早わけがわからないにも程があった。――何でそうなる。

「儂も若い頃は色々やったものじゃよ。あと五年若ければのう」

 そしてあと五歳若くても申し訳ないが何も違わないのではないか、とライトとレナは同時に思った。

「ガルゼフ様、お話もいいですが、今日は外出ですよ。馬車を待たせてありますから、参りましょう」

「? 何処へ行くんじゃ?」

「ガルゼフ様の奥様のお墓参りですよ」

「婆さんの墓参り? はて、婆さんはいつ墓を買ったんじゃ……?」

「お花も用意してありますから、ゆっくり行きましょう」

「そうかそうか、じゃあ行こうかの」

 そして冷静に優しく対応するハル。ガルゼフもハルの言う事に素直に従う様子。――手慣れていた。

「流石だね、ハル……」

「私も最初の頃は戸惑いましたけど、慣れました。お二人も慣れますよ」

「そんなもんかねえ」

 でも確かに同じことをヨゼルドが言っていたら色々な意味でとんでもない事になっているだろう。ハルの言う通り、慣れしかないか、と思っていると、

「のう婆さん、ところで一緒に行くそこの娘っ子と坊主は何番目のひ孫だったかの?」

「ひ孫さんではないですよ。お二人は夜の勇者と安産型の妾様です」

「違え!?」「ハル!?」

 ――慣れ過ぎるのも嫌だな、と思うライトとレナなのであった。

 そんなこんなで四人は馬車に乗る。ガルゼフの妻の墓参りへのささやかな旅が始まった。

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