第五十六話 演者勇者と偽勇者11
「ここに、総合商業施設を作りたい」
街の中央にある大きな空き地を前に、青年はそう語り始めた。
「総合商業施設……?」
「ああ。今までに見た事が無いような店だ。アイデアはもう大部分練り上がっている。これは皆驚くぞ」
大きな空き地、勿論その名の通り何もない。だが彼は、既に自分の構想した建物がそこにあるかの如く、ゆっくりと上を見上げ、力強くそう告げてきた。
「ツガリゴは凄いな。そうやって色々考えて、この街の発展に貢献して、街の皆に認められて。僕も楽しみにしているよ」
「何言ってるんだマーティン、君にも協力して貰うつもりだ」
「僕にも?」
「ああ。――マーティン、君には勇者になって貰いたい」
「勇者……?」
そう告げられた方のもう一人の青年は、驚きを隠せない。自分が戦力として数えられている事もそうだが、何より依頼の内容がぶっ飛んでいた。――勇者になって欲しいだって?
「俺が考えている商業施設には、大きなシンボルが必要なんだ。大勢の人間を導くような圧倒的存在が。それが勇者。それが――君さ」
「冗談は止めてくれよ。確かにこんな平和な街に本物の勇者様が来るわけないけど、でも僕なんかがやれるわけないだろう」
「何を言ってるんだ、それこそ君の優しさは街の皆が認めてる。もう既に、この街では君は立派な勇者だよ」
事実、もう一人の青年は街の皆に慕われていた。老若男女誰にでも優しく、嫌な顔一つせず街の為に走った。街の人の笑顔を見るのが好きだった。それに、
「ずっと憧れてただろう、勇者に。勇者になれる、チャンスだ」
憧れていた。伝説の勇者に。世界を救う、世界の人から慕われる勇者に。――もしも、自分も勇者になれるのならば。
「俺はこの街だけで終わるつもりなんてないんだ。この商業施設を切欠に、世界に羽ばたいてみせる。勿論勇者になった君と一緒にだ。俺が君を、本物の勇者にしてみせる」
そして、その力強い言葉には、心惹かれる何かがあった。昔から彼を知っていると、本当に導いてくれそうな、そんな気がしてしまっていた。それだけの力を、彼は秘めている気がしていたのだ。
「わかったよ、ツガリゴ。僕に何処まで出来るかはわからないけど、君に協力しよう」
「ありがとう。――今日、今この時が、俺達の栄光の始まりだ」
そう言って、二人で笑い合った。――それが、始まり。
一つの悲しい物語の――始まりだった。
横たわるベッドから見える窓から外の景色は、見慣れた自分が住む街並みと、青い空。もうしばらくしたら、この景色も当分の間見られなくなる。そう思うと、何の変哲もないその景色も、愛おしさが余計に増してくる。――コンコン。
「どうぞ」
ノックに返事をすると、入ってくる一人の青年。
「目を覚まされたと聞きまして。お加減はどうですか?」
「大丈夫です、見た目通り丈夫なんですよ。――二日目を覚まさなかった人間が言える事じゃないかもですが」
マーティンはあの後気を失い治療を受けたが、当たり所が悪かったか思っていた以上にダメージが深く、丸二日目を覚まさなかった。そしてやっと今日、目を覚ました、という所である。
「それじゃ、あらためて自己紹介させて貰いますね。――ハインハウルス軍所属ライト騎士団団長、ライトです」
「ハインハウルス軍……そうでしたか、それじゃ最初から」
「この街の調査に来てました。申し訳ないですけど、騙してた形です」
マーティンは驚きの表情を見せたが、直ぐに安堵の表情に変わり、ふーっ、と息を吹く。
「落ち着いたら貴方には色々訊く事になり、然るべき処置を施すことになると思いますが、まずは体を休めて回復させて下さい。それからです」
「お気遣いありがとうございます。――この街は、どうなりますか?」
「本国から軍の増援は到着しています。各々への調査、治療が必要な方向けへの診療所の設立などが開始してます。時間はかかると思いますし、これからは本国の人間が配置されて形はある程度変わってはしまいますが、復興の準備は始まっていますよ」
アロの母親との対面後、エカテリスからの指示を受けていたマークが、そのまま馬車役で待機していた兵士を使い本国に増援を依頼。エカテリスからの依頼というのもあり、ヨゼルドがかなり多方面に対応可能な人員を多めに派遣してくれたおかげで、作業は迅速かつ安定して行われていた。
「エリスは……どうなります?」
「……あー」
その質問に、ライトは思わず苦笑。ここへ来る前に、チラッと様子を見て来た時の事を思い出す。
『いいですか? エカテリス様こそ真の姫君、ハインハウルス国だけではない、世界の絶世なる姫君なのです。唯一無二、似てるとか近いとか、ましてや偽者など絶対に在りえない存在なのです』
『は、はい』
『今日は貴女に、特別に、本当に特別に、姫様がどれだけ素晴らしいお方か、貴女が真似ようとしていた方がどれだけ身も心もお美しい方なのか、徹底的に教えてあげます』
『わ……わかりました……』
『リバール、程々になさい……私達もやる事は色々ありますのよ……彼女に訊かなくてはいけない事も沢山あるのだし……』
『いいえ姫様、妥協は許されません。私はこの者を殺さない代わりに姫様を侮辱するような結果になった罪の重さをより深く、より重く認識させるのです。その為にはまず姫様の事を知って貰わないといけません』
『私は別に、もう自分の中で収束しましたから、構わないのだけれど』
『いけません姫様。その姫様の慈悲の心の始まりも教え込まないと駄目です。――本日、座学を十時間程予定しています』
『ひいいいい!』
『辛い時は姫様の笑顔を思い浮かべなさい! それ一つで何でも出来るようになるのです!』
『リバール……貴女の方が余程何かの薬に手を出しているように聞こえてくるのだけど……』
「……マーティンさんと同じで、然るべき処罰と、取り調べを受けてますよ。幸い怪我とかはないのでその辺りはご安心下さい」
「そうですか。……彼女も、根は悪い人間ではないんです。しっかりと罪を償ってくれると思います」
こちらも安堵した表情を見せるマーティン。その表情を見ると、然るべき処罰の具体的な内容などとても語れないライトであった。――再会した時に可笑しな事にならなければいいけど。
そのまま二人、ほんの少し無言の時が流れる。その無言、ライトは察する。マーティンが、これから尋ねることに対しての、覚悟を決める時間なのだと。
「ライトさん。……ツガリゴは、どうなりましたか?」
意を決したか、マーティンは尋ねてくる。――どちらが正しいかは別として、マーティン・ツガリゴ両者からすれば、裏切り、裏切られた相手の事。そしてその裏切りが、決着をつける大きな切欠になったのだ。訊くのに覚悟が必要なのは無理もない話である。
「一命は取り留めました。――取り留めは、しましたが」
ライトはソフィ、マーティンと共にツガリゴに決定打を与えた後の事を思い起こす。
人間の姿に戻り、ピクリともしなくなったツガリゴだったが、死んではいなかった。だがあくまで「死んでいなかった」だけ。最重要参考人なので、一旦の治療を施されたのだが、何かを語る所か、目を覚ます様子もなかった。回復の兆しは二日経った今でもまったくもって見られない。
当然、彼自身が大量に使った薬のせいなのだろう。結局ツガリゴは、自分自身が作り上げた薬で、自分自身を壊してしまったのだ。
「……そうですか」
続きを言い淀んだライトの言葉に、マーティンは全てを察した。覚悟はしていたのか、驚く様子もなかった。
「彼――ツガリゴとは、若い頃からの友人でした」
そして、ライトに聞かせるよりも、まるで自分に再確認させるかの様に語り始めた。
「英雄ストアも、彼の発案です。彼が運営、そして私がシンボルキャラクターとして勇者を演じることになりました。深い考えがあったわけじゃありません。あくまでマスコットとして、ストアが、街が盛り上がれば。――最初は、それだけでした」
その説明、ライトとしても合点がいった。店で普通に働く勇者。何も知らない側からすれば勇者が店で働いている、に違和感を覚えるが、この街では随分前からで、当たり前の光景と化していたのだ。
「今思えばその時点で勇者様の肩書を使うという行為が浅はかだと思いますが……それでも、私はなってしまった。昔から、勇者様に憧れていたんです。沢山の人に愛される、世界のシンボルに。自分もそんな存在になりたい。夢物語が、少し、ほんの少しだけ手に入ったんです。その快感に、溺れていました」
「許す許されないは別として……気持ちは、わからないでもないですよ」
自分が憧れている存在を真似てみたい。同じことをしてみたい。それは、人間として極あり触れた感情の一つだろう。――というか、俺も偉そうな事は本当は言えないんだけどな……
「最初の頃は良かった。店の売り上げも伸びていき、私も気付けば街の皆に勇者様、と呼ばれるようになっていた。この調子ならもっと上へ、もっと先へ行ける。あの時二人で話をしたことが本当になる。――そう、思っていました。でも」
「そう……上手くはいかない」
「はい。この街でトップになれても、この地方の街から他所へ、特に大規模な街への進出は想像以上に難しく、失敗の連続でした。挑戦もタダじゃない。資金繰りも苦しくなり、私は潮時を感じていました。でも……ツガリゴは、諦めていなかった」
マーティンは、一度目を閉じ、辛そうな表情を見せる。思い起こした瞬間は、今に繋がる、破綻のプロローグなのだろう。
「気付けば麻薬の栽培・販売は私の知らない所で、既に止められない所まで発展していた。ツガリゴも、最初から私に話を持ち出せば反対されることがわかっていたのでしょう。街の有力者も丸め込み、引き下がれない所まで来ていた」
「貴方は……だから、止めることもせず、そのまま続けたんですか、勇者を」
「騒ぎ立てるのは簡単だった。でも私一人が騒いだ所でツガリゴに排除されて終わりでした。ならせめて勇者として残り、街の人のケアをしていこう。この街の人が今の状況に納得してくれるのなら、このままでこの街を守ろう。――そう、思うようになってしまったんです。守ったなんて言える状態じゃなかったのに、それにいつしか満足していたんです」
「マーティンさん……」
「軽蔑するでしょう? 私はある意味ツガリゴよりも罪が重い。――ツガリゴが償えない分の罪も、私は受けるつもりです。どうぞ厳しい罰を」
そのマーティンの言葉に、ライトも言葉を失う。――彼は勇者を演じてきた。その意味の重さをいつしか忘れ、仲間と共に道を踏み外した。勿論ライトとは環境も規模も違う。でも、全てが違うとは言えない。今のマーティンは、もしかしなくても、ライトの未来の一つなのかもしれないのだ。
「……勇者って、何なんでしょうね」
そう思った時、気付けばライトはそう口に出していた。
「勿論勇者様は一人。魔王を倒し、世界を救う勇者様です。でも俺は、だからと言って勇者様になりたくて勇者様を目指すのは決して罪ではないと思っています。結果勇者になれないとしても、その努力は無駄にはならないと思ってます。それから――人それぞれにとっての勇者様は、一人じゃなくてもいいとも思います」
「どういう……ことです?」
「貴方は街の皆に勇者だと認められてた。なら本物の勇者なんですよ。確かにこの街の裏を知っていながら何も出来なかった罪は軽くはならない。でも、だからと言って街の皆が貴方を勇者だと認めていた事実が消えることはない」
「……ライトさん」
「目指して下さい、もう一度。全てを償ったら、この街の勇者に。二度となれない程の罪が課せられても、それでも目指して下さい、この街の為に。俺は、それが貴方の使命だと思います」
「っ……」
マーティンが肩を震わせ、必死に涙を堪える。――彼とツガリゴの悲しい物語は終わった。ここからは、彼の新しい物語の始まりだ。
「あ、いたいた勇者君」
「え?」
「あ、レナ、どうした?」
ひょい、とレナが顔を覗かせる。
「仕事だよ仕事。帰る前に英雄ストア、見ておかないと」
「? あそこにまだ何かあったっけ?」
「言ったじゃん、ハインハウルスにも作ろうって。色々調べなきゃ、手伝ってよ」
「本気だったんだ、そんな時だけやる気満々なんだな! というか二人で調査って時間足りないんじゃ」
「サラフォンもやる気満々だよ。私と勇者君とサラフォンの三人でファイト」
「しれっとサラフォン巻き込んでる!?」
「ほーらー、行くよ」
ぐいぐい。
「あ、ちょ、わかったわかった! それじゃマーティンさん、お元気で! またいつかちゃんと会えるのを楽しみにしてますよ」
レナに引っ張られながらライトは部屋を後にする。――だが、そんな事よりもマーティンは気になる事が。
『あ、いたいた勇者君』
『私と勇者君とサラフォンの三人でファイト』
「……勇者……? 勇者、様……? もしかして……?」
その仮説を立証出来ぬまま、部屋は再び静寂を迎えるのであった。
「で? あのオジサンは大丈夫そう?」
英雄ストアへの道すがら。レナがそう切り出してきた。
「どうだろう。でも、頑張って欲しいとは思う」
「そっか。まあ、結局この先どうするかはオジサン次第だしねえ。必要以上に手を貸しちゃうと勇者君同情してボロが出そうだし」
「う」
否定出来なかった。事実同情している部分があった。――もしかして、それをレナは心配して見に来てくれたのかな、と不意に思った。まあ英雄ストア調べるってのも本気っぽいけど。
「でも……あの人もあの人なりに、抵抗していたんだと思う」
「? どゆこと?」
「抗麻薬剤をこっそり作ってたのもだけど、そもそも俺達がこの事件に関わる切欠を作ったのはあの人だよ。そもそも俺達、何の為にこの街に来てた?」
「何の為にって、偽勇者の調査……あ」
「うん。俺達はこの街の調査じゃなくて、最初偽勇者の調査に来て、あくまで結果としてこの街の調査になった。つまり、偽勇者がこの街にいる、という噂が流れるようにしないとこの街に調査なんて来なかった。その流れを作れたのは、偽勇者だったあの人しかいない」
本当に街を秘密にしたいのであれば、移動中のライト達に勇者だと名乗って助けようとしたり、街に案内したりはしないだろう。マーティンは、そうやって外部の人間が関わる切欠を積極的に作っていたのだ。
「意図的か無意識かはわからないし、きっとレナからしたら他力本願だー、ってツッコミが入る話ではあるけどさ」
「何か勇者君に私の思考を読まれるのは腹立つなぁ」
「だんだん付き合いも長くなってきたから」
レナも本気で怒っている様子はない。二人で軽く笑い合う。
「何にせよ、一件落着だね。国王様の面目も立つってもの」
「国王様……ああそうだ、国王様にはお土産話もあるし」
「? 何かあったん?」
「丁度レナが居ない時にさ、エカテリスが――」
「ラ・イ・ト?」
エカテリスがエリス相手にヨゼルドを侮辱されてキレた――というエピソードを話そうとした時、力強いアクセントと共にライトを呼ぶ声が。振り返ってみると、
「エカテリス? いつの間にっていうか何でそんな満面の笑みで怒ってるの……?」
エカテリスが笑顔で怒りの気迫をたぎらせてライトを見ていた。――怖い。笑顔で怒るの超怖い。
「今もしかして、あの時の話をしようとしてます?」
「え、駄目なの?」
「駄目ですわ! あれは一時の気の迷い! 無かったことになさい!」
エカテリスとしてはやはりつい本音でヨゼルドへの想いを叫んでしまったのが恥ずかしくて仕方ないらしい。――まあ、普段の態度やお年頃を考えれば当然かな。
「でも、国王様、きっと知ったら泣いて喜ぶよ」
「だから余計に駄目ですわ絶対に! いいですこと、忘れなさい、あの瞬間の出来事を今すぐ忘れなさい!」
「え、ちょ、私そこまで話されると物凄い気になるんだけど。勇者君こっそり教えてよ」
「あ」
ぐいぐい、とレナがライトの右腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せる。
「レナ、聞こえてますわよ! 駄目な物は駄目です!」
「え」
直後、ぐいぐい、とエカテリスがライトの左腕を引っ張り、自分の方へと引き寄せる。
「勇者君、教えてくれたら今度何かお願い聞いてあげるから」
「ちょ」
ぐいぐいぐい。
「ライト、駄目ですわよ、ぜーったい駄目ですわよ、このハインハウルス王国第一王女からのお願いですわ!」
「な」
ぐいぐいぐい。――徐々に両者の引っ張る力が強くなり、
「勇者君!」
「ライト!」
ぐいぐいぐいぐい。――仕舞いには二人共本気になり、
「待……二人共……俺の……腕が……もげる……!」
ぐいぐいぐいぐいぐい。――ライトは最早返事もまともに出来ない勢いで引っ張られる。――いやお願いがあります今。二人共手を離してくれませんか。
こうして、ライトの両手に花(?)状態は、英雄ストアを前にして、しばらくの間続くのであった。




