第五十五話 演者勇者と偽勇者10
「はあああああ!」
「オオオオオオ!」
移動しつつ、全力で両刃斧を振り下ろすソフィ、ツガリゴはその振り下ろされた斧に向かってパンチ。――ガキィン!
「!?」
大よそ刃物が人間の拳にぶつかったとは思えない音、衝撃で、二人の間合いが開く。
「嘘だろ……ソフィの斧、むき出しの拳で打ち返した……!?」
「野郎、ついに人間辞めちまったか」
当然、普通の人間の拳なら、例え斧を振るったのがソフィでなかったとしても、タダでは済まないだろう。だがツガリゴは血を流す所か、大したダメージにもなっていない様子。
「グフフ……ハハハ、素晴ラシイ、私ガ、私コソガ最強ナノデス! 私ハ人類ヲ越エタ!」
そしてツガリゴ本人も、手に入れた状態に驚き、歓喜している様子だった。
「人間じゃねえってことは、最早モンスターだな、ならどんな形で討伐されても文句はねえなあ!」
勿論その程度で怯むソフィではない。バッ、と地を蹴り、低い体勢から今度は両刃斧を振り上げる。そこから始まる、激しい斧と拳のぶつかり合い。
(威力重視じゃねえと大したダメージにならねえ程度の堅さ……速度もアタシの動きに基本は付いてこれるレベル……)
お互い一歩も譲らない攻防の中、ソフィは冷静に分析。
(聖刃双生を使うか……? いや、あれは短期決戦、最終決戦用、まだ何か隠し持ってたら面倒だ……)
激しい力と力のぶつかり合いは、一撃一撃が衝撃波となり部屋に響き渡る。自分の攻撃力を相殺してくる、つまり一発を喰らってしまえばかなりのダメージは必死。しかし自分の攻撃は今の所ダメージが今一歩通っていない。
「ま、だからと言って、テメエみたいのに負ける要素は一ミリもねえんだけどな!」
「ハハハ、強ガッテイラレルノモ今ノ内! 喰ラエ!」
再び開いた間合い、それを利用してツガリゴは勢いを乗せた高速ストレートパンチを繰り出す。――ザザッ!
「馬鹿だな、根拠もあるんだぜ。――テメエは戦いはど素人なんだよ!」
間合いを開ければ調子に乗って、勢いある攻撃を直線的に仕掛けてくる。そう読んだソフィ、そしてまさにそのままの攻撃を仕掛けたツガリゴ。ソフィはパンチの軌道すら前もって読み切り、体をうねらせ、紙一重でかわし、
「オラァ!」
まだこちらへ向かってくる激しい勢いのあるツガリゴの腹部に、カウンター攻撃。隙だらけの腹部、反発する勢いでの全力カウンター攻撃に、
「グボォ!」
ズバシュッ!――強化されたツガリゴの肉体も耐えきれない。斬撃が綺麗に入り、再び勢いのまま吹き飛ばされる。
「テメエは戦いってのを何も知らねえ」
そのまま激しく壁にぶつかり、ソフィから受けたダメージに苦しむツガリゴに、ソフィは言い放つ。
「店の経営が薬の密造がどんだけ大変かは知らねえが、誰かとこうして直接戦う事は初めてだろ? ただ強ければ勝てるモンじゃねえんだよ」
「グ……何……ダト……」
「命の削り合いをしたこともねえ、本気で誰かの為に戦った事もねえ、その戦いの残り香を感じたこともねえ、それから――死にかけて、命がけで生き残る力を望んだこともねえ。そんな奴にアタシは……アタシと「私」は負けない」
「ホザケエェェ! 私ハ、コノ力ハ最強ダァァ!」
ガバッ、と起き上がり再び拳を振るうツガリゴ。再びソフィとのぶつかり合いが始まる。だが。
「オラオラぁ! どんどん勢いが無くなってんぞ!」
「クソッ……クソッ……ガハァ!」
徐々に、確実に、ソフィが優勢になっていくのが、ライトにも分かり易く見て取れた。
原因は当初ソフィが語っていた様に、やはり「経験の差」にある。どれだけ基礎能力が上がり、人間離れしたとしても、圧倒的戦闘センスと経験を持つソフィからすれば、シンプルで分かり易い攻撃ばかり。更にはソフィにはダメージを与えられないのに対し、ツガリゴはカウンターで腹部にダメージを喰らって以降、確実にダメージが蓄積し、肝心の身体能力自体も落ち始める。
「ギャアアア!」
ドガガッ、と再び斬撃と共に吹き飛ばされ、壁に衝突、ツガリゴは崩れ落ちる。
「勝負ありだ。この先一生罪を償い続けるか、この場であがいてモンスター扱いで殺されるか。好きな方を選ばせてやる」
見れば、膨れ上がった筋肉も、赤く染まった肌も、徐々に元の人間の物に戻り始めていた。限界を迎え、実際に勝負あり、なのだろう。――ライトとしては出来れば殺すのではなく、捕まえて尋問すべきだ、その為にはソフィを説得しなければ、とその考えが過ぎり始めていた……その時だった。
「私は……私の野望は……こんな所で……終わりは、しない……!」
「!? おいよせ!」
ツガリゴは再びポケットから包みを取り出し、薬を飲み干す。――しかも、先程の倍の量を。
「あ……ぐあ……グゲガゴォォォォ!」
止める暇もない。飲み干したツガリゴは最初の変身時とは違い、狂ったように苦しみ、奇声をあげ――異形の物へと、変化していった。
「馬鹿ヤローが……本気で人間辞める奴が何処にいるんだよ……!」
先程の変身はまだ人間の面影があった。だが今は最早二足歩行の巨大モンスター。ツガリゴを知っている人間にこれが彼だと説明しても、もう誰も信じないだろう。そのレベルでの変化であった。
「ガアアアアア!」
既に理性も消えたか、雄たけびと共にソフィに襲い掛かる。――ドガガガッ!
「っ!? チッ!」
先程十分に与えたダメージは何処へ、増した速度と威力で縦横無尽に拳を振り回すツガリゴ。それは最早戦闘経験の無さ、戦闘センスの高さなど皆無にする程の勢いで、一気にソフィを防戦一方に追い込む。
「ソフィ!」
「大丈夫だ団長、何かあるなら無駄使いするな! 大丈夫だ、団長の方へは行かせねえ!」
ライトは援護に使えそうな勇者グッツをいくつか見繕ったが、ソフィに制止させられる。ライトの実力では一歩の間違いが命取りであり、またそれとは別にこの戦い自体にチャンスは少なく、予想外の品がありそうな勇者グッツの使用はソフィとしても見極めたい所だった。
そして実際にライトの所までは手を出させない。ソフィは一瞬でも自分から目を離せば叩き切る準備は出来ていた。ツガリゴもそれを察しているのか、ソフィへの攻撃に集中する。
(クソッ……ソフィ、頼むぞ……!)
一方で行動を制止させられたライトは歯痒さしか残らなかった。――情けなかった。でも今下手に何かをしてしまえば何の切欠でソフィの邪魔になるかわからない。なら状況を見極めて、ソフィの言う通り、本当に自分の出番になった時に備えるべきだ。そう冷静に言い聞かせ、必死に心の中でソフィを応援する。
「ギャオオオオオ!」
そしてツガリゴの猛攻は続く。疲れ知らず痛み知らず、兎に角攻撃が止まない。ソフィも要所要所で反撃しているが、効いているのか効いていないのかまったくわからない状態。
(チッ、流石にこっちがスタミナ切れする……出し惜しみも限界か)
ソフィが奥の手として残しておいた聖刃双生を使う覚悟を決めたその時だった。――バァン!
「ツガリゴ! 君と……君と言う奴は、何処まで……!」
こちら側からは開くことがなかったドアが音を立てて勢いよく開く。外側からならちゃんと開くらしい。そして、その扉の先に立っていたのは、
「マーティンさん!? 何でここに!?」
ライト、ソフィの二人こそ知らないが、英雄ストアの騒ぎから一人抜け出してきた偽勇者、マーティンであった。厳しい表情で怪物と化したツガリゴを見据えている。
「ライトさん……我々は許されない事をずっとしてきました……今更何をしても手遅れな事位わかります……でも、せめて、彼は私が止めます!」
「オッサン、格好付けてる状況じゃねえんだ、邪魔すんな! テメエが死にたいだけなら他所でやれ!」
ソフィからすれば、余計な事をして予想外の動きをされる方が困る。その意図からの言葉である。
「安心して下さい、私には秘策があるのです! うおりゃああああ!」
しかしソフィの制止も聞かず、マーティンは突貫。ガシッ、とツガリゴの腕にしがみ付くが、
「うわあああああ!?」
ドガシャーン!――勿論強引に振り払われ、棚に激突、崩れ落ちる。
「マーティンさん、もう貴方が勇者じゃない事位わかってるんです、無茶をしても何の意味も――」
偶然にも吹き飛ばされたのはライトの近く。ライトは駆け寄り、助けようとすると、
「ア……ギャアアア!」
突然ツガリゴが苦しそうな声を上げ始めた。見ればマーティンが一瞬しがみ付いた腕を抱えて、苦しそうにしている。
「ふ……ふふ、良かった……効果、あった……」
「マーティンさん、貴方一体何を……!?」
「強力な抗麻薬剤を彼に打ちました……麻薬の力でああなってしまったのなら、効果があると思って……いざという時の為に、用意……していたんです……」
マーティンはポケットから、数本の注射式になっている筒を取り出し、ライトに見せた。
「彼が助かるかどうかはわかりません……でも……彼を、これで止めることは……出来るはず……」
「マーティンさん……どうして」
「ツガリゴには内緒で作っておいたんですよ……いつか、いつかは終わりにしなくてはいけない……そう、思って……」
棚にぶつかった衝撃でマーティンは激しいダメージを負い、息も絶え絶えだが、それでもしっかりとした表情で、苦しむツガリゴを見据えていた。
「後一本……そうすれば、もう、完全に……ゲホゲホッ!」
体を激しく打ってダメージが大きいのか、マーティンは動こうとしても動けず、代わりに激しく咳き込む。
「――わかりました。俺が、打ちます」
ライトは弱々しく握っていたマーティンの手から、注射を奪う。――覚悟を、受け取る。
「その代わり、最後まで見届けて下さい。彼の最後を、この事件の結末を。逃げずに、全てを受け止めて下さい」
「ライトさん……お願い、します……私に、全てを、背負わせて……下さい……」
息も絶え絶えだったが、マーティンの目は逃げていなかった。ライトはそれを確認すると、素早く頷く。
「ソフィ! 聞こえてたか! これが最後だ、ちょっとでいい、あいつの動きを止めてくれ!」
「任せろ!――聖なる加護よ、今この手に重複せし力を。聖刃双生!」
ソフィの左手に、光の斧が具現化する。そのままソフィは突貫する。
マーティンの一発で手負いになったツガリゴ、ここで全てを出し切るつもりで全力以上の力を出すソフィ。優勢なのは明らかで、
「オラぁぁぁぁ!」
「グギャア!」
ツガリゴはソフィの圧倒的二刀流乱舞でガクリ、と一瞬膝を付く。――隙が、生まれた。
「今だ! 団長、行け!」
「うおおおおお!」
ライトは全力で走り、全力で飛び込み、全力で抱き着き――ツガリゴの首に、注射を打った。
「ガアアァァァァ……」
「うわっ」
直後、再び苦しみの雄たけびをツガリゴは上げるが、直ぐにその声も弱くなり、フェードアウトし、消える。膝を付く体制すらキープ出来ず、ライトは自然とツガリゴから転がり落ちる。
「団長、大丈夫か?」
「俺は大丈夫。ソフィも」
「あの位で駄目になるアタシじゃねえよ」
実際、ソフィには大きなダメージは無さそうで、ライトも一安心だった。ライトも特に怪我もない。そして――
「……終わった、んだな」
「ああ。終わらせてやったんだ、アタシ達の手で、な」
安否を確認後、次いで二人が見たのはツガリゴ。背中を向けて倒れているのでわからないが、少なくとも人間サイズには戻っていた。――動き出す様子は、なかった。
「……ツガリゴ……君は……私は……」
消え入るようなマーティンの呟きが、悲しく響く。――こうして、戦いは決着を迎えたのであった。




