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第五十四話 演者勇者と偽勇者9

「ソフィ、頼む、しっかりしてくれ、ソフィ!」

 ライトを助ける為、自ら犠牲となり、倒れたソフィ。ライトはパニックになりつつも、必死に頭の中を巡らせる。――何か、何かないか。勇者グッツで何か回復出来ないか。他にも何か方法はないのか。

「大丈夫です、死ぬわけじゃありません。直ぐ目を覚ましますよ。――勿論、体が薬の味を覚えた状態でね」

 一方で、あくまでも落ち着いて穏やかにそう告げてくるツガリゴ。――広がる視界に、ライトも現実を認めざるを得ない。

 ソフィは、自分の代わりに、倒れた。相手の罪悪感の欠片もない悪の手により、倒れた。次第に落ち着く脳内のパニック。引き換えに湧き上がるのは――怒り。

 自分がもっとしっかりしていれば。あの時自分がこいつについていくと判断しなければ。人の心を壊すことを何とも思わない様な人間が、こんな浅はかな事をしなければ。

 ごちゃまぜの感情が収束し、弾けるような怒りとなり、ライトの手を動かす。――ゆっくりと、ライトは剣を抜いていた。

「――穏やかではありませんね」

「五月蠅い……黙れよ……」

「彼女だけが侵食されてしまったのが辛いのですか? なら話は簡単だ。――貴方も一緒に楽しめばいいじゃないですか」

「ほざいてろ……その減らない口、叩き切ってやるよ……!」

 剣を握り直すライト。一方のツガリゴはやれやれ、といった感じであくまで落ち着いてライトを見ている。

「ほら、彼女、目が覚めた様ですよ」

 そして、ライトの後方をそう促してきた。ハッとして振り返ってみれば、

「ソフィ!」

 ソフィがふらつきながらゆっくりと立ち上がっていた。

「大丈夫か!? 無理するな、まずは――」

 まずは体を休めて落ち着こう、と言おうとしてライトは言葉に詰まった。――ソフィの目は、ライトを捉えていない。何処か虚ろで、明後日を見ている。おぼつかない様子でゆっくりと顔も上げるが、ライトの声が届いている様にはとても見えない。

「ソフィ……!?」

 ライトの背中を、嫌な汗が流れる。――まさか、まさか本当に……!?

「どうでしたか? 初めての感覚は。最初は苦しいかもしれませんが最後は……気持ちがふわーっ、と楽になったでしょう」

「…………」

 ツガリゴの問いかけにも、ソフィは答えない。ただただ、虚ろな目で立っていた。

「ふむ……予想以上に効き目が良かったのでしょうか。ではこういうのはどうでしょう。――こちらに来て下さい。追加の薬を差し上げましょう」

「な……!」

 ポケットから包みを取り出し、ツガリゴはソフィにチラつかせた。

「…………」

 虚ろなままのソフィの目が、その包みを捉える。――すると、ゆっくりとツガリゴの方へ歩き始めた。

「駄目だ、ソフィ! 止まれ! 止まってくれ! 行ったら駄目だ!」

 ガシッ、とソフィの体を掴み、力尽くでライトはソフィを止めようとする。

「…………」

「ソフィ……駄目だ、止めろ……うわっ!」

 だがソフィは無言のままそのライトをゆっくりと、でも力強く振り解く。そして一歩一歩、確実にツガリゴに近付いて行く。

「そう、それでいいんです、これで貴女も我々の仲間だ。さあ一緒に新しい世界へ行きましょう!」

 やがて手が届く範囲にソフィが来ると、そう言いながらツガリゴが包みを差し出した。ゆっくりと頭を動かし、ソフィはその包みを改めて視界に捉える。

「ソフィーーーっ!」

 縋るように響くライトの叫び。そして――



 白。広がる白。ただ何もない、真っ白いだけの世界に、気付けば立っていた。

「ここ……何処、かしら」

 勿論真っ白い世界など来た事がないし、そもそも前後の記憶が曖昧で何をしていたか思い出せない。さてどうしたものか、と考えていると、

「まさかこうして、直接話をすることになるとはな」

 突然背中越しにそんな声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。いや聞き覚えがあるというより、明らかに「自分の声」だ。でも口調が違う。まさか、これは……

「貴女……私の中の「アタシ」なのね」

 振り返って視界に捉える事は出来ない。体がそれ以上は動かないのだ。でも温もりを、存在を確実に感じ取れていた。

「ったく、無茶しやがって。アタシが出る、って言ってるのに無理矢理抑え込みやがってよ」

 その言葉で、徐々に状況を思い出す。そう、あの時――

「あそこで暴れたら、黒幕に逃げられるか証拠を隠されるか。完全に後手に回ることになったでしょう?」

 ツガリゴに案内されている途中、ライトが見た少し苦しそうなソフィは、狂人化バーサーク状態を無理矢理抑え込んでいたからであった。

「それに、まだ相手が何をしてくるか予測が出来なかった。聖魔法で麻薬の侵食は抑えられても、現にこうして意識を失うレベルに追い込まれたわけだし。暴れるには、暴れるなりのタイミングがあります。貴女はもう少し我慢を覚えて下さい」

 ソフィは具体的な方法は兎も角、危険を予測していた。もしも自分が駄目になっても、もう一人の自分が無事ならば。その想いからの、今なのである。

「チェッ、お前はアタシの母親か何かかよ。お前だってアタシだってのに」

 そしてそう言って拗ねる「アタシ」。不思議な感覚だが、何となく可笑しくなってしまい、笑みが零れた。

「何にせよ、こっからはアタシの出番でいいんだよな?」

「ええ。流石に少し休まないと私は出れそうにないですし」

「任せろ任せろ。この街に来てから我慢ばっかりだ、いい加減本格的に暴れたかった所なんだよ」

 やる気満々の「アタシ」を背中の感じ、ソフィは安心する。そして、意識が再び途切れ――

「…………」

 ――途切れない。白い世界から元に戻らない。話は纏まったはずなのに。

「ねえ、もしかして……まだ、話したいことが、あるの?」

 考えられるのは、背中越しの「アタシ」。結局二人で一人なのだ、そこが納得しないとこの白い世界は終わらないと考えると、可能性はそこしかない。

「……なあ」

「何?」

「お前、アタシの事……やっぱ、嫌いか?」

 先程とは違い、少し真面目なトーンで、そう尋ねてきた。――「アタシ」の事、好きか、嫌いか。

「……正直、昔は嫌いで嫌いで仕方なかったわ」

 思い起こされる、狂人化バーサークに目覚めてからの、数々の思い出。

「私の知らない所で戦いを楽しんで、大雑把に暴れて、他人の目も気にしないで。何とかしてコントロールしたくても出来なくて、でも敵を倒すには貴女に頼るしかなくて、というか勝手に出てきて。悔しくて仕方なかった」

「…………」

「でも、団長は言ってくれたわ。私達は、根っ子で繋がってる、同じなんだ、って」

 ライトと初任務、ウガムへ同行した時。ライトは言ってくれた。どっちもちゃんとソフィで、一つなんだと。

「目を背けてたわ。貴女も貴女なりに悩んでいたのに。悩んでる貴女は――私だったのに。それに、やっと気が付いた」

「…………」

「それに気付いた時、信じてみようって思った。団長の言葉を、貴女の存在を。貴女の事を理解すれば、私の事も、理解してくれる。そうして、私達は一つになって、前を向いていけるって」

「……そっか」

 その短い一言には、安堵の気持ちが込められていた。

「さあ、もう行きましょう。種が割れれば、もう相手をぶっ飛ばすだけですから。それに、団長も心配してるわ。何かあったら皆に、特にレナに面目が立たなくなる」

「あいつ何だかんだで団長の事大事にしてるよな」

「ええ。そのレナが、私に任せてるんです。絶対に守らないと」

「ああ。それに――その、何だ。アタシだって、団長の事大事だし」

 照れ臭そうに言う「アタシ」。――そんな風に言われたら、言われてるこっちが恥ずかしくなるじゃない。それに、

「知ってる」

 貴女が大事に想うって事は、私だって大事に想ってるって事だから。私が大事に想うって事は、貴女だって大事に想うって事だから。だから――知ってるのよ、大丈夫。

「それじゃ、少しの間、預けるわ」

「任せろ。とっととぶっ倒して、レナ達の援護に行くぜ」

 その言葉を最後に、ゆっくりと、白い世界は終わりを告げて行った。そして――



「……っ! オラァ!」

 カッ、と突然力強くソフィは目を見開くと、勢いよく拳を振りかざし、

「ぐはあっ!」

 バキッ!――ツガリゴの顔面に、ストレート。まさに思いっきりぶっ飛ばした。

「ふざけんなよこの麻薬ヤローが。心のコントロールの苦労も知らねえ人間が、安易な気持ちで他人の心を薬でどうにかしようなんざ思ってるんじゃねえ!」

「ソフィ……大丈夫、なのか……!?」

「悪ぃ団長、心配懸けたな。薬の方は「私」が魔法で何とか食い止めたから、後はこいつをぶちのめすだけだ。こっからはアタシの……アタシ達の、ターンだ」

 ニッ、と勝ち気な笑みを見せるソフィは、先程までと違い、目に生気がしっかりと伴っていた。

「良かった……そうか、大丈夫だったんだな……良かった……」

 一気に安堵に包まれ、ライトはついガクリ、と膝をついてしまう。ソフィが無事なのは勿論だが、冷静になって思えば自分一人で何がこの状況下で出来るかなどわかったものではなかった。

「気ぃ抜くのはちょいまだだぜ。――あれだけ余裕ぶってたんだ、これで観念とかじゃねえんだろ、ああ!?」

 ソフィに殴られ吹き飛ばされ、棚に背中を預けて座り込んでるツガリゴに、ソフィはそう投げ掛ける。

「ふふ……はは、ははははは! まいったな、試作品だったとはいえ、あれにまったく屈しないとは」

 流石に不意打ちでのソフィの全力パンチは響いているらしく、ふらつきながらツガリゴは何とか立ち上がった。それでも口調に余裕がある。つまり、ソフィの言う通り、観念したわけではなさそうだった。――俺だったら、その前にあのパンチで死んでるかもしれない、とライトが思う程のパンチだったのだが。

「いいでしょういいでしょう、面白い! ますます貴方達を手元に置いておきたくなりましたよ!」

「言っとくけど、ウチのメンバーはまだアタシ以外にもヤバいの残ってるからな。その状況下でどうやってアタシ達を屈服させるつもりだ?」

「決まってるでしょう。――それ以上の力で、抑え込むだけですよ!」

 そう言うと、ツガリゴはポケットから再び薬を取り出す。ソフィにチラつかせたのとは別物か――と思ったのも束の間、それを自分自身で全て飲み干してしまった。

「っ……お……グオオオオオ!」

 そしてまるで獣の雄たけびのような叫びを響かせると、肉体を赤くたぎらせ、全身の筋肉を二倍近くまで膨れ上がらせ、ライトとソフィを見下ろす位まで身長を伸ばし、まるでモンスターの様な風格になった。

 要は、レナ達が戦っている「筋肉質」の、更にパワーアップ版の様な形態になったのである。

「見セテアゲマショウ……私ガ育テタ作リ上ゲタ薬ノ、本当ノ力ヲ!」

「んなもんに頼らねえと戦えない時点でアタシに勝とうなんて百年早え! 思い知れ!」

 ソフィが愛用の両刃斧を振りかざす。ツガリゴが拳を唸らせる。――両者の激突が、始まった。

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