第五十二話 演者勇者と偽勇者7
「麻、薬……!?」
英雄ストアへ来ているレナ、ハル、サラフォンの三人。レナの仮説に、ハル、サラフォン――特にサラフォンは、驚きを隠せない。
「ま、麻薬ってあれだよね……? 心が可笑しくなる、駄目な薬の、あの麻薬……?」
「うん。私も詳しくないから細かい種類はわからないけど、サラフォンが考えてるので合ってるよ。使って気持ちが楽になる代償に、体や本来の心を壊して、最終的に再起不能にする。でも中毒性があって止められなくなるあれよ。――ハル、ハインハウルスで麻薬って」
「勿論禁止されています。一部研究用に栽培されている箇所はありますが、本国管理の数か所に限られてます。――ここモンテローで許可が下りたという話は聞いたことがありません」
「じゃあもしここで扱ってたら大問題ってわけね」
うんうん、とレナは頷く。サラフォンは改めて周囲を見渡すが、視界に入るのは整った総合商店であり、客であり、とてもそんな事をする為の施設には見えない。
「で、でもレナさん、作ったら駄目な物って他にも色々ないですか? それこそボクが持ってるようなハンドキャノンの改良型とかも場合によってはだし、どうしてその……麻薬?」
「団長君が、真実の指輪で見ちゃったのよ。あのソフィとマーク君が見つけた女の子の母親の感情で、楽しい、気持ちいい、って。あの状況下でその感情は可笑しいでしょ。更に団長君はそれに混じって謎の映像をあの母親の中に見てるみたい。つまり」
「壊れた心、それでも高揚する心。――該当するのに真っ先に思い当たるのは、確かに私もその手の薬ですね」
ハルの同意。――サラフォンとしてもレナを疑うわけではないが、それでもハルの同意はその言葉を信じざるを得なくなる。
「でしょ? そして頻発している行方不明事件。無理矢理か何だかは知らないけど、裏で中毒者を増やしてるって考えていいでしょ。中毒者が増えれば勿論儲かるし、協力者が増えても勿論儲かる。――この街の人間のどれだけがもう染まったかはわからないけどさ、広がりを止めきれない所まではきてるんだろうね」
「そんな……じゃあ、急いでみんなに伝えないと! レナさん、ハル、直ぐに戻ろう!」
「そだね、そろそろ団長君も落ち着いた頃だろうし。――まあでも、直ぐに帰るにはこの盛大なお見送りをどうにかしないといけないかなー」
「……!」
話をしながら入口へ向かって歩いていた三人、さて入口を出て――と思った瞬間、入口に大勢の人間。明らかにこちらを見ている。一部は確実に武装をしていた。
「中々、面白そうな話をしていますね」
その中心にいて、一歩前に出てそう切り出してきたのは――偽勇者、マーティン。
「別に面白くともなんともないよ。こういうのはさ、物語で読んだり演劇で見たりするからドキドキするものであって、実際体験しても面倒なだけ。どうしろってのよ、麻薬の密造も、それから――偽勇者も」
「…………」
レナとマーティンの視線がぶつかり合う。お互い理由は違えど、表情は変わらない。
「担がされてやってるのか自分の意思でやってるのか知らないけど、そんなんで勇者演じて周囲を誤魔化してやっちゃ駄目な事をカモフラージュして、いつまでも上手くいくわけないじゃん。甘いよ」
「私も覚悟を決めてますよ。その上で私は勇者なのです。これまでも、これからも」
「成程、「まだ」続ける気でいるんだね、勇者を。……覚悟、か」
ふーっ、と大きく息を吹くレナ。――頭の中に、一人の顔が浮かぶ。
「私の知り合いにさ、事情があって物凄い大きな嘘を抱えて今生きてる人がいるんだ」
そのレナの言葉に、ハル、サラフォンも直ぐに一人の人間の顔が思い浮かぶ。
「正直その人、その嘘を抱えるには足りない部分があるわけ。どうやったって自分一人じゃ抱えきれない嘘だから、周りに支えて貰わないと無理なの自分だってわかってるはずなのに、自分一人で抱えられるように少しでもなれる様に、一生懸命頑張ってる。無理なんだから手を抜いて諦めなよ、って私言ったことあるんだけどさ、逆に言い包められちゃったよ。追い付けるとは思ってないけど、努力を止めるつもりはない、って。そういうのって、暑苦しいな、面倒だな、ウザいな、って私思う質なんだけど――その人の事は、どうも今の所嫌いになれなくてさ。まあ手伝ってあげようって今は思ってる」
「……私に何が言いたいんです?」
マーティンのその返事に、もう一度、ふーっ、とレナは軽く下を向いて溜め息。そして、再び顔を上げた時、
「仮にも勇者名乗ろうって言うんだからさ、同じ位の覚悟があるんだよね、って話。軽々しい覚悟なんて――許されるわけ、ないでしょ」
「――っ!?」
ビリビリ、と電気が走るように、冷たく鋭いレナの威圧が突き刺さる。マーティンは勿論、周囲にいた人間にもかなりの動揺が走る。
「おじさん、本当は何か理由があるんじゃないの!?」
と、割って入るように声を出したのはサラフォン。
「ボク達を助けてくれたおじさんは、確かに弱かったけど、でもいい人だったよ! あの時本気でボク達を助けようとしてくれてたなら、今こんな事したら駄目だよ! 今からでも遅くないよ、何かしちゃったなら、正直に――」
「マーティンさん、相手は女三人、しかも武器持ちは一人だ、やっちまおうぜ!」
「そうだ、今黙らせればどうにかなるって!」
だがサラフォンの呼びかけを遮るように、周囲がマーティンに焦りの言葉を投げかける。
「待って下さい、力での解決は最後の手段だと言われて――」
「躊躇してる場合かよ! 何か相手にされたらこっちがやばいだろ!?」
「やられる前にやっちまわないと! おい、行くぞ!」
躊躇いを見せるマーティンに痺れを切らした数人が、勢いのまま飛び掛かってくる。ターゲットとなったのはサラフォン。見た目、一番反応が弱そうと思ったのだろう。――ドカドカドカッ!
「ぎゃあ!」
「ぐへぇ!」
「ぐわっ!」
だが、先行して飛び掛かった三人が、見事に演舞の様に綺麗に吹き飛ばされる。順番に、掌打、ミドルキック、回転飛び蹴り。
「これからは、武器を持ってない人も警戒した方がいいですよ。――手遅れにしてあげますけれど」
勿論ハルである。素早くサラフォンを守る為に前に立ちはだかり、迷いのない高速での気功を織り交ぜた格闘術。レナもこの結果が分かり切っていたのでその場からまったく動いていない。
「あーあ、これで本格的にやり合う大義名分が一応出来ちゃったじゃん。面倒だなぁ」
「そうでしょうか? ここでまとめて叩いた方が早く終わりませんか? レナ様も、向かってくる敵をレナ様の実力でしたら適当にあしらうだけで片が付くでしょう?」
「言うねえハルも。――ま、仕方ないか」
そんな会話をしつつ、やっとレナも剣を抜いた、その時だった。――ドゴォン!
「!?」
「は……?」
突然の瓦礫音と共に店の壁が一か所崩れ、中から筋肉質の男が三人、ドシ、ドシと力強く姿を見せた。上半身は裸、息も荒く、気温的に暑くもない状態なのに顔を赤くし、やたらと汗をかいている。
「……ヨコセ……」
「ハル、サラフォン。――あれは、多分やばい」
「ですね。――サラ、絶対に気を抜かないで。いい?」
「う、うん、ボクでもわかるよ、あの人達は普通じゃない……!」
「薬ヲ……ヨコセェェェェ!」
短い会話で三人が状況を確認し合った直後、まるで獣の雄たけびの様な叫びと共に、その筋肉質の男達は突貫を開始する。勢いのままでの突貫。動き自体はシンプルだったので、移動するルートを見定め、しっかりと迎撃を――
「! 危ない!」
「サラ!? 駄目!」
――迎撃をしようとしたのだが、一人が方向性を最初から見失っていたか、遠巻きに様子を伺っていた一般客数人の所へ向かって行ってしまう。咄嗟に反応して庇いに行くサラフォン、更にそのサラフォンに反応して庇おうとするハル。――ガシッ!
「っ!?」
最後に反応したのはハルだったが、それでもアクションが一番早いのはハルだった。地を蹴り宙を舞い、牽制の飛び蹴りを相手の首元へ放り込む。しかし牽制の為に速度重視にしたのが裏目に出てしまい、相手にガードされ、更にはそのまま足を掴まれ、
「邪魔ヲスルナァ!」
「ぐ……っ」
床に一度叩き付けられた後、明後日の方向に放り投げ飛ばされ、棚を倒しながら吹き飛ばされる。結果、ドカドカドカ、と激しい衝突音と共にハルの姿が見えなくなる。
「ハル!……お前ええええ!」
それに逆上したのがサラフォン。銃を取り出し、直ぐに散弾式――つまり接近戦用に切り替え、魔力を込め、相手の腹部に連射。
「グ……オッ!?」
ハルの先制時とは違い、威力重視の為、流石にダメージが通り、怯ませることに成功。勿論サラフォンの銃の威力、魔力の高さあっての結果でもある。
「ハル、大丈夫!? ハル!」
その隙を狙い、サラフォンがハルの救出へ走る。倒れた棚と崩れた商品の山から、ハルが多少のあざを作って姿を見せた。
「ごめんね、浅かったわ。もっと深く入れておけば」
「ボクの方こそごめん、先走っちゃって……」
「痛イ痛イ痛イィィ! 許サナイ!」
「っ!」「あっ!」
その僅かな間に、筋肉質は勢いを取り戻し、再び二人に向かって突貫してくる。――ドガガガッ!
「ふーっ……サラ、大丈夫?」
「う、うん、落ち着いて見ればボクでもなんとか」
二人はそのままサッ、と左右に別れてその突貫を回避。筋肉質が先程までハルが埋もれていた棚と商品の山を更に散らかす形に。勢い余って転ぶものの、直ぐに起き上がり振り返り二人と対峙。二対一の体制が出来上がる。――二対一……?
(っ! レナ様!)
ハッとしてハルがレナを見る。そう、ここでハルとサラフォンが二人で一体相手にしていては、残りの二体はレナが対応しなくてはいけなくなる。本来ならばハルはこの一体をサラフォンに任せて直ぐにレナの前の内一体を引き受けるべきなのだが、先程の簡単な交戦で、自分、それからレナならば落ち着けば一体なら一人で対応が出来ると踏んだが、援護向きの能力であるサラフォンは対応出来る保証はないと判断。
「レナ様、申し訳ございません、少しの間、持ちこたえて下さい! サラ、フォローをお願い!」
「う、うん!」
ならば、この一体をサラフォンと二人掛りで素早く倒し、三対二の状況を作るべきだ。そう決断し、再び地を蹴り、宙を舞った。
「言ってくれるねえ。――まあ、頑張ってみるよ」
レナもその案を直ぐに理解し、呑む。――直後、残った二体がレナに向かって突貫を開始してきた。
「オ前ヲ倒シテ、薬ヲ貰ウゥゥゥ!」
「僅かに残った理性感情がそれか。そこまで薬は楽しかった?――そんな余生しかないなら、もし私なら消えてなくなりたいよ」
ブォン、ドカッ、バキッ!――空を切る音、その辺の棚にぶつかる音が連続して響く。二体相手とは言え、パンチキックの単純な攻撃方法、まったく取れない連携も重なり、レナは紙一重で対応出来ていた。
「ははっ、いいぞ、「店長」の兵隊に勝てる奴なんていない! やれやれ!」
そしてそんな戦いを見て、声援を送る先程までレナ達を取り囲んでいた男達。
「――燃えて刻まれ、塵となれ」
だがレナはその「声援」すらも許さない。隙を突いて、炎の斬撃を近い一体に撃ち込み、
「っ!? 熱い、熱い熱い! 誰か!」
その飛び火が声援の主に届く様にコントロール。服が燃え始めた男は急いで自分の体を叩き、転げ回る。
「ホントどうかしてるよあんた達。――こいつらが、あんたらの成れの果てだって本気でわかってないわけ!?」
「っ……!?」
辛うじて聞き取れる三体の敵の言葉からして、相手は薬物中毒になり、肉体強化され、人間としての理性も感情もほぼ失い、最早薬以外の何も考えられない存在になり、薬を餌にただ戦う壊れた人間であることが察せられた。それはつまり、一度薬物に手を出してしまった人間で、いくらでも補充が可能となる、捨て駒の兵器であるということでもあり――目の前で他人事の様に声援を送る人間が、次の犠牲になる可能性は十分にあるのだ。
(にしても「店長」か……長引けば長引く程ここで戦うのはマズイな……)
相手の黒幕の存在が「それ」だとすると、明らかにここは相手の本拠点。不利以外の何物でもない。――退避も考えないと、最悪のパターンもあり得る。
「くそっ!」
と、そんな時だった。――マーティンが、明後日の方向へ走り出す。突然の行動に、一瞬、ほんの一瞬、レナは気を取られる。
「ウガアアアアア!」
「っ! しまっ――」
そして、そのほんの一瞬出来た隙に、筋肉質の内一体の全力での一撃がレナを襲い、
「が……っ」
ドガッ!――鈍い音と共に、レナは吹き飛ばされてしまうのだった。――戦いは、熾烈を極めようとしていた。
「ちょ……何なんだ、これ……!?」
宿の裏手でエリスを気絶させ、各々の行動に出たライト達。エカテリスはリバール、マークを迎えに、そしてライトとソフィは英雄ストアにレナ、ハル、サラフォンを迎えに来たのだが、肝心の英雄ストアの周りに人だかり。店は入場禁止にされてしまっているらしく、人、禁止という二重の壁に動きが取れなくなっていた。
「団長、中から戦いの気配がします」
「! まさか」
「レナ、ハル、サラフォンの三人でしょう。――度合いも大きいです。状況が状況なのでまだ「私」をキープ出来ますが、十分この位置でも「アタシ」になれる規模かと」
「っ、それって」
「相手は相当のやり手かと。強引な突破も止む無しではないかと」
ソフィの狂人化は、戦いの気配、レベルが高くなれば成程、離れていても発動する。前述通り二重の壁で結構な距離があるにも関わらず、発動可能。――かなりの危険を意味していた。当然心配なのは中にいるはずの三人である。
「――行こう。三人が心配だ。狂人化も発動しても構わない」
「了解しました。では――」
「宜しければ、中へ特別にご案内しましょうか?」
その声にハッとして振り返ると、そこには小綺麗な格好をした一人の男。年齢は三十代後半位か。長身で、体格も良い印象。
「……貴方は?」
「私はツガリゴ。英雄ストア、モンテロー支店の店長を務めています」
男は、穏やかな笑みで、そう挨拶するのであった。
 




