第五十一話 演者勇者と偽勇者6
「ありがとう。もう大丈夫だと思う」
エカテリス、ソフィと共に一度宿に戻ったライトは、再度ソフィに治癒魔法を施されていた。その前にも現場でかけて貰ったのもあり、すっかり体も元通りになっていた。
「無理は禁物ですわよ。直ぐにまた真実の指輪を使うのは控える様にして」
「うん。――でも、もうあまりのんびりもしてられないよな」
小規模だったとはいえ、地元住民と亀裂を生む騒ぎを起こしてしまった。知れ渡ってしまうのも時間の問題であろう。
「リバール、レナ達の調査報告を待ちましょう、団長。のんびりしていられないのは同意ですが、焦りも禁物です」
宿に戻り、再びソフィは狂人化が解除されていた。持参していたか、ハーブティーを淹れ、エカテリスとライトに手渡す。心を落ち着かせてくれる、優しい味だった。――コンコン。
「!」
そんな時、部屋に響くノックの音。団員ならノックの後直ぐに部屋に入ってくるがそうではなかった。つまり、来客、ということである。――三人は顔を見合わせ、軽く頷き合う。
「開いていますわ、どうぞ」
拒んだり躊躇したら逆に怪しい。腹を括るべきだ。その意見に達した三人は、代表してエカテリスが声を出し、来客を招き入れる。――ガチャッ。
「失礼します」
ドアが開き、姿を見せたのは、
「……エリスさん」
偽勇者・マーティンとほぼ同時に出会った、偽王女・エリスであった。そのまま部屋へ通し、ソフィがハーブティーを淹れ、持て成す。
「ありがとうございます。――美味しいですね」
一口飲むと、笑顔でソフィにお礼を言った。
「お茶菓子も用意出来たら良かったんですが」
「お気遣いなく。お茶会に来たわけではありませんもの」
それはそうであろう。そんな事は「お互い」分かり切っている。――余談だが出そうと思えばレナが買ってきたお菓子の残りがあったりもする。
「それで、一体何の要件です?」
「ワタクシ、憲兵所にも顔を出しております。そこで知ったのですが、先程街の住人とトラブルを起こされたとか」
耳が早い。誰かからの報告か通報があったか。
「事実です。お騒がせしてしまったこと、代表としてお詫びします」
ライトが頭を下げると、エカテリス、ソフィも続いて頭を下げる。――まずは下手に出てみよう、というライトの意図を二人が汲んだ形となった。
「頭を上げて下さい。――ワタクシは双方からしっかりと事情を伺いたいと思ってこちらに足を運びました。説明して貰えますか」
「わかりました」
ライトはこちらがハインハウルス軍であること、公認演者勇者であること、真実の指輪を使ったことを隠しつつ、残りの事情を説明。――結果として、偶々立ち寄った街で、資金稼ぎにギルドを覗いてみたら……という流れとなった。
「成程……そちらの言い分も筋が通りますね。では今回の事は両成敗という事で、今後気を付けて頂ければそれでよしといたしましょう」
「ありがとうございます」
下手な言い分をつけられてこの街から出て行ってくれ、というのも覚悟していたが、出してきた提案は実に普通、公平で穏便な内容だった。――もし、裏があるとするならば。
(騒ぎ立てられて……必要以上に、この街の事、この街の今の事を広げられたら困る……のか)
現段階ではライト達はレナやリバールの「仮説」は聞かされていない為、抽象的に「何か裏で悪い事をしているのではないか」で止まっているが、それでもその案件をやはり無駄に広げたく、疑われたくない、というのが筋が通る考え方だった。
確かに、リバールやレナの報告を待つのも手ではある。だが向こうの行動が速いのも、今回こうしてエリスが直接足を運び、忠告に来ていることでわかってしまった。つまり、時間の遅れが、後手になり、手遅れになる可能性が示された。……だったら、もうやるしかないのかも。
「でも、この街で行方不明者が多いのは事実なんですよね?」
「それは……そうですけれど、でも、ちゃんと見つかっていますからご心配なく」
意を決して、ライトが一歩踏み込んだ。エリスは返事をするが――少し、目を泳がせた。
「ちゃんと見つかってる? それなのにまだあれだけ……ってことは、入れ代わり立ち代わりで行方不明者が出ているって事ですか? それこそおかしいでしょう」
「…………」
「その辺りの調査は何かしていますか? 一度乗りかかった船だ、あれなら俺達が――」
「ワタクシの直属の部下が調べていますわ。その、極秘で国から連れてきている優秀な部下がいますので、その辺りもご心配なく」
ライトの提案をまるで遮る様に説明するエリス。若干の焦りも見られた。
「そちらの実力を疑っているわけではありません、この街は色々特殊ですから、こちらで手を回した方が効率が良いのです、それだけですよ」
そして間髪入れずの補足。「これ以上踏み込んでくるな」――そう言っている様にしか見えなくなっていた。
ライトはエカテリスをチラリ、と見る。小さく、でも確実に、彼女はライトを見て頷いた。――賛同は、得た。
「そうですか。……というか、前々から気にはなっていたんですが」
俺達の任務は、その踏み込んで欲しくない所に足を踏み入れる事なんだよ。――ライトはその想いと共に、
「エリスさん、本当にハインハウルスのエカテリス王女ですか?」
ついに一つ目の触れてはいけない質問をする。――これでもう、戻れない。
「……勇者マーティンも認めるワタクシを、疑うのですか?」
「ハインハウルスにいる友人に聞いた人物像と、離れているんですよ」
エリスとライトの視線が鋭くぶつかり合う。理由は違えど、ここで引いたら終わり、という気迫が生まれていた。
「俺が耳にしたエカテリス王女は、まだ若く、気品溢れ、誰もが目を奪われる絶世の美少女だと。この先百年はもう産まれることのない、天が与えし美貌を持つと。彼女の美しさは、世界を平和に導く力であると!」
「ソフィごめんなさい、ハーブティーおかわり貰えるかしら。ちょっと気持ちが落ち着かなくて」
「はい」
ソフィにおかわりのハーブティーを貰うエカテリスは、ライトの怒涛の褒め言葉に気恥ずかしさが止まらないらしく、顔を背けていた。――流石に褒め過ぎたかな。エリスさんとの違いを俺は言いたかっただけなんだけど。
「貴女が不細工とかそんな事を言うつもりはありませんが、申し訳ないが貴女は決して美少女ではない。特に年齢的に美「少女」ではないでしょう」
「随分とストレートに言いますね」
「問題提起を話し合う上で外せない点ですし。それに、貴女は魔法使いみたいですが、俺は王女は飛竜騎士の称号を持つ、槍使いだと聞きました。その点でも貴女とは真逆だ」
「所詮噂、実際に貴方が目にしたわけではないのでしょう? 噂はよく独り歩きしますよ」
弁解出来ないのか、論点をずらされる。――いやあ俺実際目にしてるし、貴女も今目にしてるんですがね。
「その噂と随分と離れた人物像の貴女が、ハインハウルスから離れたこの場所で、謎の行方不明が勃発しているこの街に王女を名乗って存在している。――疑うな、という方が無理があるのでは」
言い切った。相手はどう出るか。ライトはソフィをチラリ、と見ると軽く首を振る。――狂人化の気配はないらしい。つまり、強引にこの場をねじ伏せようというつもりはない様子。
「……わかりました。お話があります。ここではあれなので、裏手へ来て貰えますか」
少しの沈黙の後、諦めたようにエリスはそう口を開く。その提案を呑み、ライト、エカテリス、ソフィは宿の裏手の小道へ。
「待っていて下さい。今、ワタクシがエカテリスである本当の証拠をお見せします」
次いで出た提案はそれだった。――え、認めて謝罪するんじゃなくて証拠持ってくるのか。
ついにこの裏道で強引な手段に出るのか、と緊張の面持ちで待っていると、エリスが一人の男性を連れてきた。年齢は五、六十代といった所。普通の気の良さそうな初老の男性であった。
「……その人は?」
「彼は……何を隠そう、私の父、ハインハウルス国王・ヨゼルドです!」
…………。
「いやいやいやいやちょっとちょっと」
ついに偽国王まで出てきてしまった。どれだけ嘘を重ねれば気が済むのか。
「父です」
ははは、と愛想笑いする偽ヨゼルド。今までも困った時に登場したことがあったのか、普通に挨拶してきた。
「流石に無理がありませんか……勇者に王女に国王まで身分を隠してここにいるわけないでしょう……」
「国王って案外暇なんですよ。政治なんてちょちょいのちょい。大したことないので。国王は所詮お飾りです。いなくてもどうにでもなるんで」
「あのですね……」
さてどうしてくれようか、もう俺の身分明かすしかないのかな、とライトが困っていると、
「…………」
エカテリスが無言のままつかつかつか、と偽ヨゼルドの前に歩いて行き、
「ふごぉっ」
「え」
バキッ!――止める暇もない。勢いをつけた拳でパンチを顔面に一発、思いっきり偽ヨゼルドを殴り飛ばした。
「確かにお父様はスケベでデリカシーがなくてお母様に頭が上がらない情けない父親ですわ。でも……」
斜め後ろから伺えるエカテリスの表情は、怒りで溢れている。
「……でも、国王として、日々見えない努力を民の為に国の為に施しているのです! 時に矢面に立ち、大きな覚悟と計り知れない責任を背負い、政治行政を行っているのです! 政治なんてちょちょい? 国王はお飾り? どの口がそれを言うか! 何も知らずのうのうと生きているだけの人間が侮辱する資格など到底ないのです! 恥を知りなさい!」
「……エリー」
エカテリスが我を忘れた。あれ程敬愛している勇者を侮辱されてもギリギリの所で耐えたエカテリスが、ヨゼルドへの侮辱で我慢の限界を迎えた。
ちなみに殴られた偽ヨゼルドは、殴られた瞬間か、それともエカテリスの怒りの言葉の途中かはわからないが、既に気を失っていた。――そうなると、残るは。
「さて、エリスさんだったかしら。私、自分の事は何を言われても我慢しますけれど、家族の事を侮辱されて我慢出来る程、人間出来ておりませんの」
「ま、ま、まさか貴女は……!」
「そういえば奇遇ですわ、私も風魔法が得意ですのよ。私のと貴女の風魔法、比べてみませんこと?」
愛用の槍を持ち直し、エカテリスは詠唱。槍に膨大な魔力の風を纏わせ、エリスに一歩ずつ近付いて行く。
「た、た、助けて……!」
エリスは腰を抜かし、それでも一生懸命逃げようと後退り。それをエカテリスが薄笑いで追い詰める。
「その名を肩書を背負う重み、しっかりと味わいなさい!」
「ひゃああああ!」
「エリー!」
そこでやっとライトはまずい、と思いエカテリスを止めようと思うが――エカテリスはしっかりと槍を寸止め。エリスを傷付けることはしなかった。
「――串刺しにしたいのは山々ですけれど、貴女には色々話して貰う必要性がありますわ。全て終わった後、十分に罪を償いなさい」
その言葉はエリスには届かない。――既に気を失っていた。ゆっくりとエカテリスが槍を納める。
「二人共、ごめんなさい。我慢して、手順を踏むべきだったと思うのだけれど」
そのままエカテリスはライトとソフィに謝罪。――そう、これはもう止まれないことへの合図。でも。
「エリー……いや、エカテリスが今ここでやらなかったとしても、もう遅かれ早かれ誰かが何処かで手を出してたよ」
「そうですね。王女様が手を出さなければ、私の中の「アタシ」が我慢してくれなかったと思います。この場にリバールやレナ達がいれば、きっと誰かが手を出しましたよ」
その事をもう後ろめたく思う人間はいなかった。二人の言葉に、エカテリスも嬉しそうに笑う。
「さあ、動こう。時間はない、まずは合流だ」
「私はリバールとマークを連れてきますわ」
「私達はそのままレナ達の所へ。行きましょう、団長!」
「ああ!」
こうして、偽勇者事件の盤面は、大きく動き始めるのであった。




