第五十話 演者勇者と偽勇者5
ガシッ!
「団長君、大丈夫!? しっかりして、団長君!」
崩れ落ち、あやうくその場で倒れそうになるライトを、隣にいたレナが抱き寄せて支える。――倒れた主な原因は元々少ない魔力を絞り出すように使い切った急速な疲労からだが、視界に入った真実の指輪からの得体のしれない映像の気持ち悪さも拍車をかけていた。
「……レ……ナ……」
目が回る。吐き気がする。何も考えたくない。でも――伝えなくてはいけない。見た物を。見えてしまった物を。ライトは辛うじて意識を留め、必死に口を開こうとする。
「無理は駄目だよ団長君、話は後で聞いてあげるから、今は――」
「指、輪……使……今じゃ、ないと……」
「ライト様、失礼致します」
「ライトくん、冷たい飲み物持って来たよ、飲める!?」
ハルとサラフォンが、それぞれライトの為に濡らしたタオル、冷たい飲み物を持ってくる。普段のライトなら二人への感謝を忘れないが、今はそれより何より、自分が見た物を誰かに伝えたくて必死であり、何とか体を動かそうとする。
「――わかったよ、団長君。聞いてあげるから。ゆっくり、落ち着いて」
その必死さに、レナは根負けした。寧ろ今話をさせてスッキリさせた方がこの後直ぐ休んでくれるだろうという判断からである。同時にそこでやっとライトはハルとサラフォンの救護に気付き、心の中で感謝しつつ、軽く顔を拭いて貰い、ストローで少し水分補給。
「団長君は真実の指輪であの母親を見たんだよね? 何が見えたの?」
疲労の原因は真実の指輪の使用である事を直ぐに見抜いていたレナが、出来る限り早く話を終わらせる為に、単刀直入にライトにそう尋ねる。
「頭の中に……気味の悪い映像が……流れて……その後……二言、「たのしい きもちいい」って……」
「…………」
ライトを支えつつ、レナは必死に頭の中で情報を整理する。――真実の指輪は、今のライトが使うと対象の名前や、分かり易い感情の状態、二つ名等までがわかる。その結果ライトが見た物は、気味の悪い映像と、「たのしい きもちいい」の二言。
楽しい、気持ちいいもこの状況下では不自然極まりないが、更にその前に見えている「映像」。これもあくまで感情の一種だと仮定すると、レナの中で一つの答えが導き出される。
「リバール!」
「聞こえていました。――確認の必要がありそうですね」
レナはその場でライトを支えたままリバールを呼ぶと、二人の会話を聞いていたリバールも同じ結論に達したらしい。スッ、と礼儀正しくアロの母親に向き合い、
「申し訳ありません、もう少しお話宜しいでしょうか? 伺いたいことがあるのですが」
そう切り出す。
「ごめんなさい、疲れたのでもう家に戻りたいのですけど。アロにも心配かけたみたいですし」
一方の相手は、表情は笑顔のままだが、既に逃げの一手に入り始めていた。アロの手を取り、その場を強引に離れようとする。
「時間は取らせません。大事な事なんです」
「もしかして報酬の話とかを持ち出そうとしていますか? アロが依頼して、正式に受諾されているならわかりますが、でもまだ話を聞いてみただけの段階ですよね? でしたら無かったことにさせて下さい。勿論申し訳ないとは思いますが」
「そういう話ではありません。でも、貴女にもアロさんにとっても大事な話になります」
「そんな事を言われても困ります。出会ったばかりの方々に何かを言われる筋合いもないですよね?」
そんなアロ達を逃がすまいと詰め寄るリバール、脇を固めるエカテリス、ソフィ、マーク。そしてライトの応急処置をするハル、サラフォン、ライトを支えるレナもライトの傍でその様子を伺い、当のライトも朦朧とする中でその様子を見ていた。
更に踏み込んで強引に行くか、今は諦めて泳がせて様子を伺うか、判断を迫られていた――その時だった。
「もういいじゃねぇかよ、本人が大丈夫って言ってるんだからよ」
七、八人の男達が、そんなリバール達を取り囲むように姿を見せた。
「……貴方達は?」
「アロに相談されてて、やっぱ気になって見に来たんだよ」
確かにアロは説明の時に、近所の人に相談した、と言っていた。そして相手にされなかった、とも言っていた。それが今になり、しかもこうしてこちらが真剣に問い詰めるタイミングで割り込んでくる。――疑うな、という方が無理があるシチュエーションになりつつあった。
「あんたら、他所から来たんだろ? 憲兵に目、付けられたら面倒だろ。この辺で退いておいた方がいいんじゃねえか?」
そして続くその言葉。それは男達からしたら軽い忠告のつもりだった。数人は武器替わりか、太めの木の棒を持ち、それをパンパン、と軽く叩きアピール。もしかしたら、以前にも同じような時、これで上手くいったのだろうか。表情にも若干だが自信が見て取れた。
だが――その言葉を聞いて怯むような人間はこの場におらず、寧ろその男達の行為に「スイッチ」が入ってしまう人間が一人。
「……ん?」
つかつかつか、と木の棒を持つ男の一人に歩み寄り、
「ちょ、何を――」
バシッ、と男からその木の棒を奪い取ると、
「うわああっ!?」
ブォン、バキッ!――男の目の前で振り下ろし、男のまさに目と鼻の先ギリギリを通し、地面に叩き付け、粉々に叩き割った。
「そいつは脅しか、それとも喧嘩の押し売りか? アタシはどっちでもいいぞ。――この場でテメエらを今すぐぶっ飛ばせるならな」
無論ソフィである。アロの母親、男達の態度に怒りを覚えたのに加え、木製とはいえ武器を所持してきた、というのは彼女の狂人化のスイッチを入れる理由としては十分であった。
「な、何しやがる!」
「何しやがる、だ? じゃあテメエらは今ここでアタシらにその棒切れで何しようとしてたんだ言ってみろコラァ!」
「ひいっ!」
ビリビリ、と響き渡るソフィの怒号と威圧に、怯む男達。一歩、また一歩と後ろに下がるが、それに合わせてソフィが睨みながら一歩、また一歩と歩を進め、間合いが開かない。正に一触即発、といったその時。
「ソフィ、止まりなさい!」
エカテリスだった。睨むのは止めないが、ソフィの足がそこで一旦止まる。
「聖魔法を使えるのは私達の中では貴女だけですわ。まずはライトの治療を」
ライトの治療もしたいのは事実ではあったが、何よりここでのこれ以上の騒ぎはライト騎士団にとってはマイナスである。エカテリスの冷静な判断であった。
「……チッ」
狂人化状態のままではあったが、その意図がわからないソフィではない。舌打ちし、もう一度だけギン、と男達に睨みを効かせると、後退する。
「レナ、交代だ」
「アンタその状態で回復系統の聖魔法使えるの?」
「五月蠅えどうにかする」
そしてそのままレナからライトの体を預かり、詠唱を開始。ボワッ、と優しい光の魔力がライトを包む。
「団長、大丈夫か? これ掛け終わったら宿で本格的にもう一回やってやるからな」
「ありがとう……ごめん、迷惑かける」
「団長が謝ることじゃねえし、迷惑でもねえ」
事実ソフィの魔法のおかげだろう、ライトの気分は随分楽になり始めていた。――その一方で、
「一言も無しにお帰り、か。ソフィじゃないけど、気持ちのいいもんじゃないねこれは」
その隙を狙ってか、アロ、アロの母、男達はすっかり姿を消していた。呆れ顔のレナの感想は、他のメンバーもほぼ同意であった。
「リバール、念の為にアロの家を特定して頂戴。可能な限りで構わないわ、様子を調査してきて」
「承知致しました」
単純に彼らの位置を把握しておく必要性があるのは勿論だが、一連のやり取り、やはりアロは状況を飲み込むことなど出来ず、怯え、動揺を見せていた。もしもアロがまだこちらに接触をしたがっていたら受けてあげたいし、それを阻止する為に周囲が強引な手段をする様なら助けてあげたい。エカテリスの指示にはその思惑も含まれている。――指示を受けると、リバールはその場にいるメンバー、特にライトに向かって軽く頭を下げ、スッ、と姿を消す。表立った調査ではなく、忍者としての本格的な調査らしい。
「私達は一旦宿に戻りましょう。最も宿もいつまでまともに使えるかこれだとわからないけれど」
「早急にこれからの事も決めなくてはいけませんね。僕は本国に連絡を取れる手段を探してみます」
「馬車役の兵士を使っても構いませんわ。数日なら何かあっても耐えましょう」
「了解しました」
続いてマークがその指示を受け、急ぎ足で一度パーティから外れる。残ったのはエカテリス、レナ、ハル、サラフォン、ソフィ、ライト。
「えーと、副団長、ちょっといいですか? ハルとサラフォンを借りたいんですけど」
と、更にそう提案してきたのはレナだった。
「何か意図があるのね?」
「んー、ちょっと確認したい事が。ホントはリバールも居てくれると確実なんですが、サラフォンとフォローでハルがいれば大よその答えは出るので」
「わかりましたわ。いい報告を期待しています」
「そんなに時間はかからないで戻ります。――んじゃ二人共、ちょっと付いて来て」
「承知しました」「は、はい」
そしてレナがサラフォンとハルを連れて移動。――残ったのは三名のみとなった。
「ソフィは何かない? 大丈夫かしら?」
「暴れたくて仕方ないんですけど、今は仲間を信じて団長の治療を優先させますよ」
「そうね、それがいいですわ。でもあの時貴女が怒ってくれて良かったわ。――でないと、私が同じことをしそうでしたもの」
少しおどけてそう言うエカテリスを見て、ソフィも軽く笑い、少しだけ怒りが治まる。
「さ、ライト、動けるかしら? 宿に戻りましょう」
「ありがとう、大分楽になってきた」
「無理すんな、肩貸してやるぞ」
こうして、少しまだふらつき気味のライトを左右で支えるエカテリス、ソフィという形で、三人は一度宿に戻るのだった。
「というわけで、ここが噂の英雄ストアなのだよ諸君!」
ばばーん、と大げさに、まるで自分の所持品の如くレナはハルとサラフォンに英雄ストアを案内。――レナは、騒ぎの後ハルとサラフォンを連れて英雄ストアに来ていた。
「成程……店、というよりも総合施設、と考えた方がいいですね……」
ハルもその規模、内容に素直に関心している模様。
「す、凄い、何このお店! 便利そう……!」
一方で無邪気に目を光らせたのはサラフォン。当然この規模の商店は初体験なので、興味が溢れ出ている。
「食べ物だけじゃないよ、生活必需品、洋服、簡単な娯楽品等々、何でも手に入るのだよ」
「ま、参りました……!」
ははーっ、と負けを認めるサラフォン、勝ち誇るレナ。――ハルからしたら意味がわからない光景である。何の勝負だったのか。そもそもレナの所持品でもない。
「いいなあ、ハインハウルスにも出来ないかな」
「ね、サラフォンもそう思うでしょ? そこでだ、ハインハウルス支店の設計をサラフォンがするってどうよ」
「そ、その手があった……! ボク、やります!」
いやボクやります、じゃないでしょ、とハルは心の中でツッコミ。
「あっ、でもレナさん、場所は? 土地の広さがないと作れないんじゃ」
「そうそこなのよ。そこは私も団長君も引っかかった。そこでハルよ」
「? 私ですか?」
「国王様を上手く転がして土地を用意させてくれない? ハルなら出来そうじゃん」
「そ、その手があった……! ハル、頑張って!」
いやその手があったでも頑張ってでもないでしょ、とハルは溜め息。
「レナ様、まさかとは思いますがその為だけに私達をここへ連れて来たわけではないのですよね?」
「あ、まあ半分はこれが理由なんだけど」
「レナさんボクは全部本気です! 頑張ります」
「サラちょっと冷静になって。――では残りの半分は?」
埒が明かないので、ハルは強引にレナから話を聞き出そうとする。――ハルは真面目だなあ、と言いたげにレナもふぅ、と軽く息を吹く。
「サラフォン、工具師としての意見が欲しい。――この建物、外観は覚えてる?」
「? まあ、覚えてますけど」
「じゃあ、その外観と、今いる内観、比べてどう思う? 「工具師」として」
工具師、を強調され、サラフォンの表情が引き締まる。一度ゆっくり目を閉じ、再び開いた時、その目は先程の無邪気なサラフォンとは別人の、研ぎ澄まされた目をしていた。
そのままサラフォンは無言で入口へ移動し、更にそこから再び店の中へ。ゆっくり、踏みしめるように店の中を歩く。黙ってついて歩くレナとハル。
「……狭い」
そして、ある程度歩いた所で、サラフォンの口から出た最初の一言はそれだった。――狭い?
「サラ、狭いってどういう事? このお店、十分過ぎる程広いじゃない。現に貴女も感動していた」
「ハル、違うよ。あくまでボクの目測だから、正確な所までは断言出来ないけど、外観に比べて、お客さんが行き来出来るスペースが狭い気がする。つまり、外観と内観を比べた時、内観の見えない部分――裏方のスペースが、広過ぎると思う。商品管理する倉庫や、お店の人がいるスペースを差し引いても、裏の割合が広過ぎるよ」
物作りのエキスパートから見た感想は、流石のハルにも予想がつかない物だった。まさか内装だけが狭いなど考えも付かない。特にそもそもが大きい建物、中に入ってしまえば余計に思わないだろう。――サラフォンの才能を、感じざるを得ない。
「やっぱりそうかー。サラフォン連れてきて正解だったよ」
一方のレナはそのサラフォンの意見を聞いてうんうん、と頷いている。――その様子からするに、
「レナ様は……この結果が、予測出来ていた様ですね」
「まーね。私の仮説を立証したかったのよ」
「その仮説、お伺いしても?」
ハルは勿論、仮説の立証に協力したサラフォンも当然気にはしている。ふむ、といった感じでレナはあらためて二人に向き合う。
「サラフォンのおかげで、この建物に不自然な裏スペースがある可能性が高いことはわかった。その裏スペースで極秘に行われている事が、この街で起きている不自然な出来事に繋がってると考えられる。そこで、私が立てた仮説は三つ。まず一つ目」
ピシッ、と真剣な面持ちでレナは指を一本立て、数字の一、つまり一つ目の仮説、をアピールする。
「まあ私のイメージだと、こういう建物のトップが裏でこっそりやると言えば、従業員やお客の弱みを握ってエッチハレンチスケベの脅迫応酬ですよ」
「ええええええ!? そそ、そうだったんだ……! も、もしかして国王様も……!?」
「安心してサラ、ヨゼルド様は裏じゃなくてオープンスケベだから……じゃなくて! レナ様、サラはこういう話の免疫が弱いんです、真面目にやって下さい!」
「いやー、可能性はゼロじゃないんだけどなぁ」
顔を真っ赤にして狼狽えるサラフォン、怒るハル。特に動揺しないレナ。――緊張感が薄れる。
「仮説その二。――その謎スペース、実は動力源となっていてこの建物自体がゴーレムでいざという時に機動する」
「そ、そうか、それが可能だった……! ボク、魔具工具師としてどうしてそれに気付けなかったんだろ……!」
「……レナ様」
「わかったわかった、そんなに睨まないでよもう。……可能性はあるんだけどなぁ」
こういう時勇者君のツッコミは気持ちがいいなあ、などとつい呑気にレナは考えてしまう。――ハル怖いよ。
「では仮説その三。まあ一応、団長君が倒れた時の様子を考えると、これが本命かな。――簡単な話だよ。裏で、大っぴらに見せられない物を作ってる」
「大っぴらに、見せられない物……」
「そ。例えば、危ない薬、植物。――つまり、麻薬なんて、どうよ」