第四十九話 演者勇者と偽勇者4
「この辺りならいいでしょう。――さ、落ち着いて、詳しい話を聞かせてくれる?」
ギルドを視察中、突然少女に話しかけられたソフィとマーク。念の為にギルドを出て、少し人目の付き難い裏路地へ移動して話を聞くことにした。
「はい。私、アロと言います。一昨日から、母が家に帰ってこないんです」
ソフィとマークの雰囲気に安心したか、それとも切羽詰まっているのかはわからないが、アロと名乗る少女は大人しく付いて来て、そのソフィの促しに直ぐに口を開いた。
「貴女には何も告げずに?」
「何も言わないで……というより、母は近所のお店で普段は働いているので、そこへ一昨日も出勤する為に家を出たんです。普通に私は見送りました。でも夕方、いつも帰ってくる時間になっても帰ってこなくて、次の日になっても……」
そこでアロの目にブワッ、と涙が浮かぶ。――説明している間にやはり色々過ぎり、不安になったのだろう。無理もない話である。
「その日、実際に仕事に行っていたかどうかはわかるかしら」
「職場にも行ってみたんですが、来てはいませんでした」
つまり、家を出てから職場に着くまでの間に失踪、ということの様子。
「私達の前に、誰かに相談は?」
「家は母と私の二人だけなので家族はいません。近所の方は良くしてくれているのでその人達に相談してみたんですが、皆大丈夫、直ぐ帰ってくるよの一点張りで」
ここへ来て話が妙な事になっている。――近所の親しい家の一人の行方がわからない、とその娘から相談を受けて、誰一人として心配していない。直ぐ帰ってくるよで普通済む話ではないはず。
つまり、失踪が心配する様な出来事ではない、日常茶飯事になりつつある。その仮説はギルドの失踪捜索の依頼数を見ても筋が通る。――明らかなる、異常事態であった。
「ギルドに頼もうにも、お金はそんなになくて……だから、冒険者の方に直接交渉して、お金の相談もしたくて」
「そこで僕らがいたので、駄目元で話をしてみた、と……」
「お願いします、今すぐまとまったお金は無理でも、ちゃんと後でお支払いします! なので、どうか母を……!」
ガバッ、とアロが頭を下げる。――ソフィとマークは顔を見合わせる。意見は言わずもがなで一致した。
「アロさん、頭を上げて下さい。そして落ち着いて僕らの話を聞いて下さい。――まず、僕らにはリーダーがいるので、その方に話を通さないといけないので、今一存で依頼を受けるわけにはいきません。……でも」
「それでも、きっと私達は貴女の力になれると思います。――だから、私達からもお願いがあります」
「お願い……ですか?」
「ええ。まず、私達に会った事は誰にも言わない事。そして、リーダーを含む、私達の仲間達に、もっと詳しい話を聞かせて欲しいの」
「それでは、各々調査してきた様子をまずは報告し合いましょう」
夜。夕食後、再びライトとマークの部屋に集合したライト騎士団の面々。マークの司会進行により、本日の報告会が始まった。
「まずは皆、軽いおつまみでもどーぞ。冷やしてある飲み物もあるからねー」
と、レナがそれぞれに飲み物を配り、更にいくつか摘まめる物をガバッ、と出す。
「すみませんレナ様、わざわざご用意頂いて」
「いいのいいの、団長君の言葉を借りたら別にハルはウチらのメイドさんじゃないんだから。それに安かったし」
当然だが、レナのこれはあそこまで行くと記念に何か買いたくなる→じゃあ皆に会議の時にお菓子でも、という流れである。
「ではまず、私とリバールからですわね」
第一ペア、エカテリスとリバール。――二人の暴走はとりあえず落ち着いた様子。ライトも一安心である。
「私達はまず憲兵所へ行きましたわ。身分を明かせないので深くは調べられませんでしたけど、憲兵所としてはしっかりと機能している様子でしたわ」
「ただ、もう長いことハインハウルス本国から人材が派遣されている様子はなさそうです。つまり、この街に「染まってしまっている」と言っても過言ではないかと」
「街に染まってる、か」
取り締まる側が染まっていては何かあってもどうする事も出来ないだろう。あくまで仮定ではあるものの、危険視せざるを得ない。
「さらに決め手として、あの女――エリス氏が、憲兵所務めでした。万死に値する。王女としてある程度指揮を執れる立場にはいる様です。実際はあまり顔を見せることはないとのことですが」
「ちょっと待って情報は兎も角間に凄いワードが聞こえたけど」
万死がどうとか。サラっと言ったけど。
「ライト様、ご安心下さい。手は出しておりません。不幸に見舞われる呪いをかけておいただけです」
「全然安心出来ませんけど! 怪しまれなかったよね!?」
暴走は全然落ち着いてなどいなかった。――気持ちはわかるけど。
「ボク達は、街の人達に話を聞いたり、酒場に行ってみたりしたよ」
続いて、ハルとサラフォンのペアからの報告。
「街自体は至って普通の街で、住人も特別可笑しな様子は見られませんでした。ただ、話をしてる会話の折々に、私達が他所から来た人間であることを確認しようとする節がありました」
「だから何かをしてくる、態度が一変する、とかじゃなかったけど……でも、酒場にいたおじいさんにはあまり長居はしない方がいい、ってボソッて言われた」
「余所者を警戒する様子あり、か」
こちらも仮定ではあるが、余所者を警戒=街ぐるみで何かを隠蔽しようとしているのなら、危険視すべき事案である。
「次は僕らですね。――僕らのはちょっと深刻でして」
続いてソフィとマークのペア。――二人の口から、ギルドでの異常な数の捜索願の数と、アロとの出会い、依頼についての説明がなされた。
「この街に何かが起きているのは事実だと思います。ですが、行方不明者が多いだけでは何が起きているのかはわかりません。それこそ余所者の私達がその行方不明者の捜索の依頼が受けられるかどうかも怪しいです。――なので団長、アロの話を全員で詳しく聞いてみたい、場合によっては依頼を受けてあげたいと思うのですが」
「その子の話を詳しく聞いてみる価値はありそうだな。――明日、皆で会ってみよう。ソフィ、案内をお願い」
「承知致しました」
これだけ余所者を警戒、謎の事件という案件の中、こちらを警戒せずに接触してくれる存在は必死なアロには申し訳ない感想になるが、ライト達にしてみればチャンスでもある。何か少しでも手がかりがあれば。
「最後は俺達か」
残すはライトとレナのペア。報告する事と言えば、
「私達は英雄ストアなる便利ショップに足を運んだのよ。いやー便利そうだったよ。あれはハインハウルス本国でも見習うべきと私達は結論付けました。以上」
…………。
「ライト……レナ……私達が真面目に調査している間、貴方達は一体何をしていましたの……!?」
一瞬場の空気が固まった後、薄笑いを浮かべて迫るエカテリスがそこにいた。――怖い。薄笑い怖いぞ王女様。
「ちょ、ま、違う違う、終わりじゃない! レナ、誤解を招く説明で終わりにするなよ!?」
「他に何かあったっけ? ああ、明日から特売らしいよあそこ」
「最早それは俺も知らない情報だよ! ちゃんとしたのあったよ! 偽勇者、マーティンがそこで働いてたよ!」
ライトはそのまま急いでまさに普通の従業員としてマーティンが働いていたという違和感と、そこを見ておけばマーティンの動きがある程度把握出来る可能性があることを説明。
「何か普通に従業員として働いていた、っていう印象。例えばこれが街ぐるみで、っていう仮定だとすると、彼はあくまで一員として担がされてる、動いてるだけで、彼だけを抑えても仕方ないかもしれない」
「それでも勇者を用意する理由があると考えると、掴んでおけば分かる事があるかもしれませんわね」
結果として、各々がこの街に「違和感」を感じる要素を得て来ただけで、ハッキリとした事は何もわからない状態。引き続きの調査が必要、というのは言わずもがなで意見として一致していた。
「とりあえずは明日、ソフィとマークが会ったアロ、っていう子に会って話を聞いてみよう。何か突破口が見つかるかもしれない」
「アロ、こちらライト様。私達の騎士団の団長よ」
翌日。朝食を終え、ソフィとマークの案内でアロと合流。顔合わせとなった。
「宜しくお願いします……!」
ガバッ、と頭を下げるアロ。あまり眠れてもいないのか、顔色も良いとは言えない。――これを見たら、ますます放ってはおけない、という気持ちになる。
「俺達は、前向きに君の力になれたら、って思ってる。まずは、詳しい話を聞かせてくれるかな」
「はい」
アロが口を開く。――説明の内容は、ソフィとマークから又聞きした物と大差はなかった。行方不明、というだけで大きな手掛かりがない。単純にこの街を探すだけでは無理がある。何かもう一つ欲しい所ではあった。
「俺達も駄目元で職場で話聞いてみようか。――何処で働いてるの?」
それは切欠欲しさのライトの提案だった。――が、
「母は、英雄ストアというお店で働いています」
そのアロの回答に、全員ピクリ、と反応してしまう。
「……ライトくん達が行った所、つまりあの偽勇者のおじさんがいる所だよね?」
「同じ名前の店が二個なければ……ね。――っ、そうだレナ」
「何?」
「昨日マーティンさんとあそこで遭遇した時、言われてなかったっけ」
『勇者様、またバイトに連絡がつかない! シフトの調整お願い!』
「……あー、そういえばそんな事も言ってたね。流石にそうなると偶然じゃ済まないのかも」
ライトの指摘でレナも思い出す。――「また」連絡がつかない。つまり、それが日常茶飯事で、あの店に関わる人間が失踪しているとなれば、まずはあの店にターゲットを絞る必要性がありそうだった。偽勇者・マーティンの存在もそうなると偶然ではないだろう。
「リバール、先行して調査を。私達は万が一を考えて、アロの安全を確保、周辺の調査等をしますわ」
「承知致しました」
斥候、偵察を得意とするリバールに、エカテリスが先行して指示。それを元に本格的な調査に入る。リバールが行っている間に、準備等をしようと思った――その時だった。
「アロ? こんな所で何をしてるの?」
「え……お母さん!?」
その登場と、アロの返事で、今まさに移動をしようとしたリバールの足も止まる。――アロの、お母さん?
「お母さん、何処へ行ってたの!? 連絡もしないで何日も……! 私、お母さんが何か事件に巻き込まれたかも、と思って冒険者の人に捜索をお願いしようと思って……!」
「あらあら、ごめんねアロ。お母さん急に仕事で行かなきゃいけない所が出来ちゃって。言う暇がなかったの」
泣きじゃくるアロを、仕方ない子ねえ、といった感じであやすアロの母。――とてもじゃないが、ライト騎士団としてはああ見つかって良かった、とはとても思えない。
親一人子一人の生活で、何も言わずに何日も家を空けるものだろうか。商店の仕事で、突然何日も家を空けるような仕事があるだろうか。ここまで娘を心配させて、笑って済ませて……いいはずがない。
「アロがお願いした冒険者の方々ですか? ご心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫ですから」
そう笑顔で会釈するアロの母。もうこの話は終わりと言わんばかりだった。
(何考えてるんだ……娘をこんなに心配させて……!)
苛立ちを覚えたライトは、気付けば真実の指輪をアロの母親に向けて使っていた。証拠を掴んで、何か言ってやらないと気が済まなかった。――だが。
「……っ!?」
使った瞬間、言い様のない気持ち悪さが、脳内を駆け巡った。いつもは使えばその人物の頭上に文字が浮かび上がるのだが、今回は文字の様な絵の様な、謎の情景が浮かび上がったのだ。
(な……んだ、これ……っ!)
普通じゃない。このまま使い続けたら気が狂いそうになる。――でも、何かこの先にヒントがある気がする。そう思い、無理をして使い続ける。
「……団長君? どうした?」
隣のレナがライトの異変に気付くが、ライトに返事をする余裕はない。
(後少し、後少しで、何かが……!)
そして、ライトの精神が限界を迎えようとした、その時だった。――アロの母の頭上に、辛うじて文字を読み取る。
『たのしい きもちいい』
「!?……っ……」
「団長君!?」
その文字を脳内に捉えた直後、ライトはガクッ、とその場に崩れ落ちてしまうのだった。




