第四十八話 演者勇者と偽勇者3
「一体何なんですのあれはっ! ふざけてるにも程がありますわ!」
モンテローに到着、マーティンとエリスに別れを告げ、宿を二人部屋四室取り、荷物を置いて一旦ライトとマークの部屋に全員集合して第一声はエカテリスのその怒りだった。――勿論彼女の怒りは偽勇者・マーティンに向けてである。
「あれで勇者を名乗ってしまえという神経が大よそ人間の物と思えませんわ! 全てが、全てが全てがっ!」
その言葉を聞く限り、最早表現し切れない怒りが込み上げている様子。
「エリー落ち着いて、俺達だってあれは駄目だってわかってるから……落ち着いて行動しないと後が」
「わかってますわ、わかってますけど……ああもうっ!」
バサッ、と怒りのままにエカテリスはベッドにダイブ。――あれは俺のベッドとマークのベッド、どっちだっけか。
「リバールは大丈夫? 落ち着いた?」
「はい。暗殺者たる者、暗殺時に冷静を失っては駄目ですから」
「オーケー、まだ若干落ち着いてないのね」
初めてエリスが偽王女と発覚した時の様な怒り駄々洩れは落ち着いたが、まだ殺す気満々であった。――冷静な方がある意味危険かもしれない。
「まーでも、副団長とリバールじゃないけど、あれは駄目でしょ。クオリティ低すぎ。宴会の一発ギャグレベルだよ。私がもしあれで偽者やるんだけどって相談されたら間違いなくリアクションに困ってる」
レナのその感想は、ライトを含む残りのメンバーも大よそ同意の所であった。妥協点がある意味ない、全てが酷い偽者だった。――俺、体系とかそういうの気を付けよう、とライトはつい思ってしまった。……そこはまあ兎も角。
「でも問題は、その程度の偽者が、どうして噂としてわざわざハインハウルス王国まで届いてるか、って事なんだよな」
「? ライトくん、どういう事?」
「サラ、例えば今回前もって偽者がいるっていう事を知らないであの二人に会って、ライト様とエリー様が敵の魔法で呪いにかけられた、って言われて、直ぐに信用する?」
「うーん……ハルに相談するかな。ボクそういうの自信ないから、ハルなら安心だし」
「そう、普通はいきなり言われても信じられず、誰かに相談したり、疑って調査したりする。あのクオリティなら尚更。そしてすぐにバレるでしょうね、偽者だって。そして街の憲兵に捕まってお終い。――今回はその自体を通り過ぎて、本国である私達の耳に届いた。つまり、少なくともこの街ではあの二人は勇者と王女としてちゃんと認識されてるのよ」
「そんなのおかしい……そっか、そのおかしな事態がこの街で発生してるんだ!」
「そう。その異常な事態の原因が何かわからない限り、油断出来ない。ライト様はそう仰りたいのですよね?」
「うん」
ハルのサラフォンに対する説明通りの危惧をライトも直ぐに抱えていた。――ここモンテローはハインハウルス本城から若干離れているとはいえ、中規模のしっかりとした街。各施設もしっかりあるし、それだけ人口もある。その街であのクオリティの偽者が処理されず、噂になってハインハウルス本国まで届くレベルで浸透しまっているのだ。はっきり言って異常な事態である。
「団長、早急な調査を始めましょう。この街全てが騙されているのか、この街ぐるみで私達を騙しているのか。――はっきり言ってどちらも危険です。最悪、今こうしている一分一秒も危険かもしれません」
「ソフィ、戻ってくれたんだね……! 良かった」
意見を述べるソフィは、非戦闘時、淑女状態だった。時間経過で狂人化も一旦切れたらしい。――エカテリス、リバールが若干戻り切らない中、元に戻ってくれた事についライトは感動してしまう。
「ご迷惑をおかけしました。――でも団長」
「うん?」
「私とて、団長の偽者は許し難いです。いざという時は、私も「アタシ」も、容赦しませんから」
そう力強い目で宣言された。――ソフィ、違うぞ、俺も偽者なんだぞ、とは言えない雰囲気だった。
「皆さん、まずは情報収集しませんか? 万が一危険と感じたら直ぐに引いて、無理のない範囲で」
「……エリーとリバール、本当に大丈夫かな」
マークの提案で、ライト騎士団は四手に別れて、情報収集を開始する事に。無理のないチーム編成をした結果、エカテリスとリバールでペア、ソフィとマークでペア、ハルとサラフォンでペア、そしてこちら、お馴染みライトとレナのペアである。ライトは会議中も若干気持ちの整理がついていないエカテリスとリバールを心配していた。――何かの切欠で本当に暴走したらどうしよう。
「んー、まあ大丈夫でしょ。リバールも副団長も結局の所ちゃんとこれが大事な任務だってわかってるって」
「俺もそう思ってはいるんだけどさ」
「それにあれよ。何かあってもリバールに証拠隠蔽されたら見つけられない可能性大」
「だからそうやって俺の不安煽るの止めてくれない!?」
あっはっは、とレナは楽しそうに笑う。――やっぱり団長権限で二人組じゃなくて三人組にすべきだったかも。
「さて情報収集か。俺達は何処へ行ってみる?」
「他の三組と被ったら意味ないもんねえ。――性格からして、副団長とリバールは憲兵所、ソフィとマークがギルド、ハルとサラフォンが酒場とかそういう街の賑わい所に行ってそう」
「あ、何となくわかるかもそれ」
「というわけでそこ以外になるんだけど……え、その三つ抑えたら他とりあえずいらなくない? 宿に戻る?」
「直ぐにサボる事を考えるんじゃありません!」
冗談なのにぃ、とぼやくレナを引き連れ、ライトはとりあえず街を移動。街の様子を伺ってみるが、特に不自然な所はない。本当に普通の街並みだった。特別珍しい物も――
「……ん? ねえ団長君、あれ何だろ」
――珍しい物もないかと思った矢先、レナが促す先、ひと際大きな建物が視界に入ってくる。
「看板が出てるな。……「英雄ストア モンテロー支店」……?」
そのひと際大きな建物は、更にひと際大きな看板で一番目立つ位置に、大きくそう書かれていた。
「ストア、ってことはお店なんだ。何のお店……の前に、とりあえず名前がダサいね」
容赦のないレナの感想。相変わらずではある。
「オブラートに包みなよ……でもさ」
「案外アリ、とか言う気? 芸術家君に名前変える?」
「いやそうじゃなくて。……結構賑わってるよな?」
「……そういえば」
ライトに促され、レナももう一度店の入り口を見てみると、確かに結構の人の行き来が確認出来る。客層も様々で、またその客も普通にこの街の住人の様子。
「団長君、これもしかして事件なんじゃない? センスのない名前のお店で賑わう住人。ちょっと行ってみようよ」
そのギャップにレナの心の好奇心が疼いてしまったらしく、新しい玩具を見つけた子供の様に目を輝かせ始めた。――ライトは溜め息。
「お店の名前がちょっと変わってるだけで事件にするなっての、レナが興味出来ただけだろ!? 油売ってる暇ないの、真面目に調査しないと駄目だろ! 他の皆にも怒られるぞ!」
「いいじゃんー、ちょっとだけ、ね? ぶっちゃけ団長君も気にはなるでしょ?」
「あのなあ、俺は……」
「英雄ストア、お客一杯。英雄ストアだよ? 何売ってるのよ、何買いに来てるのよ」
「だから、その……あれだ」
…………。
「――ちょっと覗くだけだぞ」
「イェイ、流石、話わかるぅ」
ライトとしても、正直気にはなる所であった。――ああ情けない、流されてしまった。偽勇者の方がこれでは立派ではなかろうか。
興味深々で進むレナ、後ろめたさを残しつつ後に続くライト。二人で店の門を潜る。
「うわー」
「へえ……」
そして二人揃って感嘆の声が漏れた。――中々の広さを持つ敷地には、生の食材、調理済みの食料品、雑貨小物、洋服、etc……と、生活に必要な品が種類豊富に幅広く揃えられていた。要は、現代で言う「スーパーマーケット」である。
「えっ、凄い凄い、このお店一つで何でも揃うじゃん、便利! 嘘、どんだけ種類あるの?」
そしてこの世界にはスーパーマーケットの概念はなく、ライトにもレナにも初めての感覚であった。特にレナはお気に召した様で、面倒臭がりな部分がある彼女としては、一つのお店で大抵の品が揃うというのは非常に興味深い様子。目の輝きを更に増し、ライトを置いていく勢いでどんどん奥へ行ってしまう。
「ちょっ、レナ待てって、ちょっと覗くだけって――」
「うわ、結構遅くまで営業してるじゃん、気合入ってるねー」
「レナ、このお店の謎はもう解けたんだから――」
「見て見て団長君、値段も悪くないよ。ほら、安売りコーナーだとこんな」
「いやだから俺は――え、マジで、こんな安いの?」
「ねー、これは人来るよ。ここだけに来ればいいんだもん。買い物楽だよー。ハインハウルスにも欲しいなー。……いや、これホントにちょっと何処かに提案して作って貰おうよハインハウルス支店」
「ハインハウルスの城下町にそんな敷地あったっけ?」
「んー……多少面積狭くてもさ、二階建て、三階建てとかにしたらフォロー出来そうじゃない?」
「後は商品を若干絞ればいいのか」
「そうだね、これだけ種類あれば多少絞れるでしょ」
いつの間にか止める立場だったライトも引き込まれ、そんな相談で盛り上がり始めた――その時だった。
「いらっしゃいませー!……おお、ライトさんじゃないですか」
聞き覚えのある声で接客されたので振り向いてみると、
「な……」
偽勇者ことマーティンが、勇者の鎧の上から店のエプロンをしていた。――どういうことよ。
「驚くのも無理はない、この店の品揃えは凄いでしょう!」
「いや、確かに驚きましたけどそれだけじゃなくて……その、勇者、ですよね? 何してるんですか?」
「普段はこの店で働いているんですよ、地域交流も兼ねてね!」
とんでもない回答だった。スーパーで普段働いてるとかどんな勇者だ。普段やる事他にあるだろ。そんな勇者が本物でたまるか。――更なるリアクションにライトとレナは困っていると、
「勇者さん、レジ応援お願いします!」
「はーい、今行きます!」
「勇者様、またバイトに連絡がつかない! シフトの調整お願い!」
「わかりました、ちょっと確認してみます!――ライトさん、それではごゆっくり!」
色々頼まれ、そう言い残し、マーティンは足早に去って行った。最早名前が勇者というだけの忙しい従業員にしか見えない。――何となくその去って行く背中を見送るライトとレナ。
「ほら団長君、調査になったじゃん」
「偶然なだけじゃん! しかもほぼ成果になってないし!」
本来の目的を思い出したライトは、レナを引き連れて、英雄ストアを後にするのだった。
「……至って普通の冒険者ギルドね」
さてこちら、ソフィとマークのペア。レナの予想通り、ギルドに足を運んでいた。――冒険者ギルド。フリーの傭兵、冒険者、騎士団等に仕事を依頼するのを円滑に進める為に仲介をする施設である。
「ソフィさん、受付で軽く話を聞いてきました。――怪しまれない様にする為に、深入りは出来ませんでしたが」
その言葉通り、受付で少し話をしていたマークが足早にソフィの元へ。少し小声で話を始める。
「どうでした?」
「あくまで僕の印象ですけど、ここのギルドに変わった様子はないですね。運営状況も普通。トラブルもなさそうです。――念の為に聞いてみましたが、勇者……マーティンさんに仕事を依頼は流石に出来ないようです。やはり勇者として認識されていますね」
「逆に言えば、そこが一番大きな違和感というわけですね……依頼内容も……っ!?」
そこで不意にソフィの表情が厳しい物に変わる。
「どうしました?」
「……これを見て下さい」
ソフィが促すのは、依頼掲示板。ギルドが仲介を承諾、仕事として依頼する物を掲示する所である。マークも細かく見て見ると、
「山間部の薬草採取の手伝い、行方不明の父の捜索、巨大猪討伐依頼、家出兄の捜索、失踪弟の捜索、消息不明の母の捜索……って、これは……!?」
「依頼内容の偏りが異常です。――人の失踪が、多過ぎる」
そう。普通の内容もいくつかはあるものの、張り出されている仕事依頼の大半が、誰かが失踪した、行方不明になった、見つけて欲しい、という物ばかりだったのである。その数ざっと見ても十件以上。
「偶然では……片付けられないですよね」
「ええ。――この街で、やはり何かが起きている。戻って報告しましょう。他の皆も戻る頃でしょうし」
あまり余所者がジロジロと見ているのも怪しまれるかもしれないと、その場を後にしようとした……その時だった。
「あの……冒険者の方、ですか?」
一人の少女――十二、三歳位だろうか――が、二人に話しかけてきた。遠目に見て、普通に何か依頼を探している冒険者に見えたのか。
「何か御用かしら?」
警戒心を与えない様、優しい笑顔でソフィは返事。――だが、少女の表情は険しく、思い詰めている様子が隠し切れない。
「お願いです。――母を、探して貰えませんか」
そして二人に、そう切り出してきたのであった。