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第四十七話 演者勇者と偽勇者2

 ブウォン、ザクッ!――大きな掛け声と共に現れたその男は、持っていた剣をスライムに向けて振り下ろし、外し……地面に刺した。

「くうっ、やるな怪物! この剣技を避けるとは!」

 急いで剣を抜き、ザッ、と数歩分下がり、スライムと間合いを取る。……スライムは、最初に発見した位置からまったくもって動いていない。

 要は、男の独り相撲だったのである。

「ごめんレナ、俺やっぱまだまだだわ。今の剣、俺にはスライムが避けたんじゃなくて最初から剣の軌道が逸れてたように見えたもん」

「甘いねえ団長君。私は見えてたよ、最初の数センチは軌道合ってた。逸れたのはそこから」

「す、凄い、匠の世界なんだね、ボクも見習わないと……!」

「サラ、本気にしないのよ」

 そもそも緊張感はなかったが、余計に緊張感が薄れるライト騎士団の面々。――そんな会話をしていると、男がバッ、とこちらに振り返り、

「大丈夫ですか旅の方! 怖かったでしょう、でも私が来たからにはもう大丈夫! そこで待っていて下さい!」

 そう声をかけて、再びスライムに向かって剣を握って突貫を開始する。至って男は真剣であった。

 そこで改めて男を見てみる。あまり運動に適しているとは思えないふくよかな体系、厳しく言えばだらしない身体つき。見た目からすると年齢は四十代半ば位か。

「あれ? あれって、ライトくんが普段装備してる鎧の色違いじゃないかな」

 サラフォンの指摘で見て見ると、確かに男はライトが普段装備している鎧の色違い――つまり、「勇者の鎧」の一般販売カラーを装備していた。……嫌な、予感がした。

 その間にも男はスライムと死闘(?)を繰り広げていた。剣を振るい、外し、当たっても筋力が足りないのかスライムを真っ二つにする事は出来ず、流石に痺れを切らしたスライムの反撃タックルを喰らい、引きはがそうとしている間に他の二匹からもタックルを喰らい、転倒し、スライム三匹から結果ストンピングを喰らう派目になり、

「逃げてくれ、旅の方々よ……! 私は、私の事は気にせず、今の内に逃げてくれ……っ!」

 大ピンチに陥りつつそれでもライト達を逃がそうと一人必死であった。ただ茫然とその様子を見る羽目になるライト騎士団。

「……そろそろ助けた方が良くない?」

「そんな優しい団長君の為に、実際あのオジサンがどの程度ピンチなのか証明してあげよう」

 そう言うとレナは立ち上がり、ソフィの腕を掴むと、そのままライトの隣に座らせた。

「? え?」

「レナ? 私を団長の横に座らせて、どうしたんです?」

「わからない? ソフィが、狂人化バーサークしてない」

「……あ」

 言われて気付く。軽い戦闘の気配、それこそ訓練やアームレスリングで狂人化してしまうソフィが、目の前の死闘を前に淑女をキープしている。

「つまり、その程度、って事よ」

「そうやって直ぐに人を何かの計測器みたいに……」

「ごめんごめん。でも、実際見ててどうよ?」

 促され、ソフィがうーん、と改めて目の前の死闘を注意深く見る。

「まあ、その……驚く程「アタシ」が反応しないというか」

 そう言いつつ、ソフィも苦笑。結果として、微塵も狂人化バーサーク出来そうにないらしい。何せ、この会話中も男とスライムの死闘は続いているのだ。それでも狂人化バーサークしないということは、特に何かしなくても大丈夫、という事なのだろう。

「というわけで団長君、あのオジサンの言葉に甘えて、逃げようよ」

「いやいや、一応俺達を助ける為にああなったんだから、放っておくわけにもいかないだろ……」

「旅の方々! もし私が死んだら、私の遺骨は故郷の湖の近くに埋めて下さい……!」

「お、おじさん、故郷は何処なの!? 湖が何個もあったらボク達迷うよ!?」

「サラ、ツッコミ所そこじゃないから……」

 そして男は意地でも助けは求めないらしい。――馬車から何人もの溜め息が漏れた。結局何なんだあれは。

「キリが無いですわね。彼を助けましょう」

 エカテリスの一声で、それぞれ馬車から降り始めた――その時だった。

「マーティン! 今、今助けるわ!」

 ズダダダダ、と一人の女性が、砂埃を上げながら激走。こちらへやって来た。

「エリス……!? 駄目だ、危険だ来てはいけない! 私は君を巻き込みたくない! 旅の方々と一緒に逃げてくれ!」

「何を言っているの!? 貴方が死んでしまったら、この世界はどうなってしまうと言うの!? ワタクシの魔法なら貴方を助けられるわ!」

 女は背中から杖を取り出し、身構える。

「風の精霊よ空の精霊よ大地の精霊よ、ワタクシに力を与えたまえ!」

 改めて今度は女を見てみる。――こちらもあまり運動に適しているとは言い難いふくよかな体系、厳しく言えばだらしない身体つき。

「唸れ、流れろ、受け止めろ、今ワタクシの全ての力を、願いを、想いをこの手に!」

 年齢もやはり見た目からすると四十代半ば位か。――要は、スライムに遊ばれている男の性別を変えただけのような見た目。

「駄目だエリス、君こそ何かあったらこの国はどうなると言うんだ……! 君には、君は本当は……!」

 性別以外の違いと言えば、男が剣士風に対し、こちらは魔法使い風と言った所か。

「今よ、彼を助ける奇跡よ、巻き起これ! ウインドストォォォォム!」

 長い詠唱、同時に繰り広げられた大げさな動作を終え――終えた割りには杖から出てきたのは握り拳位の風の塊一つだけ。一応本当に魔法使いではあるらしい。――バサッ。

「な……!?」

「そ、そんな……ワタクシの最大魔法が……!」

 そしてその風の塊はあまりにも遅く、スライムに当たり前の様にかわされ、儚く空気と混じって消えた。ガクリ、と女がその場に両膝を付く。まるで絶望のワンシーンを見ている様だったが、

「うぜええええええ! 何なんだよその長ったらしい茶番はぁ! テメエらスライムも人間もまとめてぶっ飛ばす!」

「のわー! ソフィがキレた!? 全員止めて、ソフィを止めてー!」

 違う切欠でソフィが狂人化バーサーク、斧を振り上げ突貫するのを全員で阻止する羽目に。ライト騎士団は男の救出所では無くなってしまうのだった。



「いやあ助かりました、旅の傭兵団の方々! あなた方は命の恩人だ!」

 結局レナを除いた団員でソフィを抑えつつ、そのレナがスライムを駆除。男は無事(?)助かった。

「まあ何事もなくて良かったですよ。――団長のライトといいます」

「おお、恩人に先に名乗らせてしまうとは申し訳ない。私はマーティンといいます。日課のパトロールをしておりました」

 日課だった。日課。あれを毎日。――よく今まで生きてこられましたね、という言葉をライトは寸での所で飲み込んだ。

「パトロール……そういえばモンテローが近くですね。そこの警備兵か何かを?」

 パトロールをしている、勇者の鎧を着ている等、何か今回の調査の件で関わりがある気がしたので、ライトは探りを入れてみる。――すると、マーティンの表情が急に真剣な物に変わる。

「……命の恩人に、隠し事は出来ません……」

「マーティンさん?」

「実は……私は、勇者なのです……!」

 …………。

「……冗談でしょう?」

「疑いたくなるのはわかります。しかしこれを見て下さい! これは勇者の鎧と言って、伝説の勇者だけが装備出来る鎧なのです……!」

 ばばーん、と胸を張って鎧をアピール。ふくよかな体系には少々きつそうだった。――いえ、それハインハウルス王国直営武器防具ショップで数量限定で販売してますけど、という言葉も寸での所でライトは飲み込む。

「にしても、流石にスライムに苦戦はないのでは」

「そう仰りたいのもわかります。確かにあのスライムは危険度Aランクですから、勇者である私なら倒せて当然です」

 いやさり気なくスライムの危険度Aにするなよ。レナが蹴っ飛ばして倒してたぞ。剣士なのに剣抜かなかったぞ、という言葉も寸での所で以下省略。

「しかし、本来なら愛用の剣、エクスカリバーがあって私は真の実力が出せるのです! エクスカリバーさえ万全の状態だったら……!」

 聞き覚えのある名前が出てきた。要所要所で一応勇者要素はあるらしい。……しかし。

「……その、エクスカリバーは今何処に?」

「伝説の鍛冶師の所に預けてあります。修復に時間がかかるとの事で」

 修理中だった。伝説の鍛冶師が誰でどれだけか知らないけど、今俺、腰にエクスカリバー持ってますけど、という言葉以下省略。

「おわかり頂けたでしょうか。私が、勇者だと言う事」

「……はあ」

 存分にわかってしまった。彼が勇者ではなく――目的の偽勇者である事に。こんなにあっさりと出会えるとは。……というか、

「……断罪……ですわ……!」

「とりあえず皆、副団長を、エリーを止めておいて」

 今すぐにでも断罪、串刺しにしようと肩を震わすエカテリスが隣にいたりする。当然エカテリスはマーティンを許さない。――気持ちはわかるがここはまだ我慢して貰わないといけない。マーティンの目的がまだ掴めないのだ。万が一、ということがある。

「マーティンが自らの正体を明かした以上、ワタクシも正体を明かさないといけないですね」

 一歩前に出てそう切り出したのは、やたら長い詠唱とは反比例して物凄い弱い風魔法でマーティンを助けようとした女。エリス、とマーティンには呼ばれていたが……

「エリスは世を忍ぶ借りの名前。実はワタクシ……ハインハウルス王国王女、エカテリスなのです!」

 …………。

「えええええええ!?」

 そしてまさかの展開だった。目的地付近で出会った偽勇者の近くに、偽王女までいたのだ。……名前が似てるとは思ったけどそう来るのか。

「いやいや、しかしですね」

「今は身分を隠して勇者マーティンの傍で彼をサポートしているのです。察して下さい……」

 何を察せと言うのか。どちらかと言えばマーティンよりも無理がある。本物のエカテリスは十代後半、見た人全てが心惹かれる気品溢れる美少女。ちょっとヤンチャな所はあるが――それは兎も角、こちらの偽王女は見た目明らかに中年、普通の気の良さそうなおばちゃん、と言った印象。これを王女エカテリスの変装、と言われても、呪いの魔法で見た目が変化しました位言って貰わないと説明にならない。……何より、変装した本物がライトの隣で肩を震わせているわけで。

 そしてそのエカテリス以上に危険になってしまったのが、

「……殺ス……!」

「皆ごめん、リバールも止めて。エリーよりこっちが多分やばい」

 エカテリスを敬愛して止まないリバールである。当然そんなリバールがこの事態を許すわけもなく。隠し切れない殺意が駄々洩れに。

「もう面倒臭えからぶん殴って喋らせようぜ。ボコボコにすりゃ全部吐くだろ」

「誰かソフィにハーブティー持ってきて! お願いソフィ戻って! 止めなきゃいけない人間が増えすぎてどうにもならなくなるから! ソフィこっち側になって!」

 そして先程の余韻が消えないのか、狂人化バーサークのままのソフィのそんな提案。――エカテリス、リバール、ソフィが今同時に動いたらマーティンもエリスも塵すら残らず消えてしまうだろう。

「おおそうだ、宜しければモンテローまでご案内しましょう! 街の人間に顔も利きます、お礼をさせて下さい!」

 はっはっは、とそんなその場の空気を読まないマーティンから提案される。……ある意味凄いなこの人達。

 というわけで、ライト騎士団は必死で数名を宥めつつ、二人の調査の為に、共にモンテローに向かう事になるのであった。

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