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第四十五話 幕間~いつか君が友達になる日まで

「あ、そだ。ねえ勇者君、訓練中の間ちょっと席外していい? 買いたい物あったんだ」

 キリアルム家騒動から数日たったある日の午後。今日もアルファスの所での稽古を始めたライトにレナがそんなお願いをしてきた。

 ちなみに特別アルファスに用事がない人間がいない限りは、開始当初からレナがしっかりと護衛として付いて来ているのだが、訓練中レナは何もせず暇である。凄い時はアルファスの店の奥を借りて寝ている。「お前偶には訓練に協力したらどうだ」というアルファスの言葉に耳を貸すようなレナではなかった。

「ああ、別にいいよ。いつも位の時間に戻って来てくれれば」

「オッケー。ついでに何か買ってくる物とかあれば買ってくるけど」

「それは大丈夫かな。ありがとう」

 生活に必要な品は揃っているし、軽い娯楽に必要な品は聞いてみると使用人が当たり前の様に用意してくれるので、ライトは演者勇者を始めてからほぼ買い物に必要性を感じていない。――任務終わったら違うギャップに悩みそうだ、というのは常々考えないようにはしているライトである。

 ライトの返事を確認し、レナは一旦アルファスの店を後にし、街へ。本、小物、衣類、必要な店で必要な物をテキパキと購入。満足して戻ろうとすると、目に入ったのは大通りにある流行りのカフェ。

「……偶には、今時女子っぽいことでもしてみますか」

 あまり積極的ではないものの、レナも若い女性、流行りの品や食べ物に興味がないわけではない。時間もまだあったので、そこでおやつを堪能していく事に。人気のスイーツとコーヒーのセットを注文、テラス席へ。

 運ばれてきたスイーツを一口大に切って口へ。――うん、美味しいじゃん、と普通に堪能していると。

「え、それこの店の人気スイーツ? 美味しそうやん! ウチも興味あったんよね」

 そんな声が聞こえた。その声は迷わずレナの正面の席に座り、

「お姉さん、ウチもこれと同じの! お願いしまーす」

 通りがかったウェイトレスに注文し、満足気な表情になる。

「…………」

 一方のレナは、流石に手にしていたフォークが止まる。呆気に取られるとは正にこの事か、と言わんばかりのリアクションをせざるを得ない。

「ん? ウチの顔になんかついとる?」

「いやさ、私がそんな理由で固まってるとでも本気で思ってる?」

「あ、やっぱり流石にそうやね」

 強引に相席してきたのは、雷鳴の翼と呼ばれた怪盗、その人であった。



「お待たせ致しました」

 人気店、予め回転数を早くしてあるのだろう。雷鳴の翼が注文したスイーツとコーヒーのセットは直ぐに運ばれてきた。

「おおきにー。ではいただきまーす」

「いただきまーす、じゃないよ……何堂々と姿見せてんのよアンタ」

「見た感じそっち一人やったし、自然な感じで行けば普通に許して貰えるかと。後ウチもスイーツ食べたかった」

「私じゃなかったら今頃兵士呼んでの大騒ぎだよ……」

「何でアンタはせえへんの?」

「スイーツ代弁償して貰える保証がないから取り敢えずは完食する」

 止まっていたレナのフォークは既に動き出していた。この辺りはレナの独特のぶれない精神が関係している。

「まあ、それに、アンタとちゃんと話してみたいってのもあったんよ。他の人やったら流石に行かへんかったわ」

「私と?」

「うん。――あの時、酷い事言うてごめんな」

 思い出されるキリアルム家でのぶつかり合い。目が死んでる、生きてて楽しいか、と罵倒された。――だが。

「敵同士なんだから罵倒して当たり前でしょ。それでぶれた私の負けだし」

 自分とて、戦闘中にそんな所まで相手に気を使う保証は何処にもない。命の取り合いなのだから。それでも、

「それでも、そっちに対して触れたらアカン事やったってのはわかるわ。それにアンタらが悪やったらまだしも、あの場で客観的に見て悪はウチの方やし。――兎にも角にも、ウチが謝りたかったねん」

 雷鳴の翼は謝ることを止めるつもりはなさそうだった。レナは軽く溜め息。

「そんなんで気ぃ使ってたら早死にするよ?」

「そこは実力でカバーするわ。ウチのポリシーってことで、受け取っといて」

 レナは自分とぶつかり合った時の感覚、更には後にソフィとリバールから聞いた話もあり、確かにカバーする実力を持っているのは納得がいった。……ポリシー、ねえ。

「そもそもは、ウチのオトン側のじいちゃんが初代の雷鳴の翼やったんよ」

 城で最初に雷鳴の翼の話が出た時に、五十年前に活動していた、という話をレナは思い出す。――成程、孫なのね。

「ウチ、じいちゃんっ子でなあ。じいちゃんの活躍した話聞くの、物凄い好きやったんよ。――ウチのじいちゃん、悪者からしか盗みをせえへんかったんやで? 弱者は傷付けないって自慢しとった。ばあちゃんも、悪い所に騙されてた所を連れ出してそのまま結婚したんやと。ドラマよなあ」

「アンタ速攻で悪者じゃない所から悪者じゃない人攫おうとしてたけど」

「本気で失踪させる気はなかったで。イセリーちゃん可愛いからデートして、ウチに好印象持って貰って無事に帰すのが計画やった。それで雷鳴の翼の復活譚の始まりにしたかったんや。じいちゃんもそういうシャレ的な事してたしなあ。ホント格好ええんよ、じいちゃん。――でも」

 そこで、それまで明るかった雷鳴の翼の表情が一瞬曇る。

「でも、オトンも、オトンと結婚したオカンも、雷鳴の翼としてのじいちゃんを、本当に嫌ってた」

「……あー」

 どれだけ弱者を傷付けなくても、どれだけ悪人だけを相手にしていたとしても、言ってしまえば泥棒であり、犯罪者である事に違いはない。そこに嫌悪感を持ってしまうというのは、当然と言えば当然であった。ましてや自分の親が……となれば、尚更かもしれない。

「オトンもオカンも、ウチがじいちゃんに会う事すら嫌がってた。オトンにじいちゃんの才能はなかったけど、孫のウチがじいちゃんの才能受け継いじゃって余計にやねん。オトンもオカンもウチを賢い淑女に育てたかったみたいやけど、ウチはじいちゃんに憧れてたからアグレッシブに生きたいって言って喧嘩して、勘当されてもーた」

「それでいっそのこと二代目雷鳴の翼を襲名してやろうって?」

「肩書に思う所があるのはええ。オトンとオカンの考えもわからんでもない。でもな、だからと言ってウチの生き方限定されるのは嫌や。肩書に怯えて生きてくなんて、肩書に負けて生きるなんて、ウチは絶対に嫌やねん。ウチは、雷鳴の翼を轟かして、その名に相応しい人間になってやるねん。――で、最初に繋がるんやけど」

「え?」

「ウチも、そういうごちゃごちゃの中で、生きてても楽しくない時期あったのに、アンタのその部分に付け込んでもーた。それが自分自身で許せへんねん。だから、どうしても謝りたかったんや」

「――随分自分勝手な話だよそれ。それで謝られて、私が嬉しいとでも、救われるとでも?」

「…………」

 空気が重くなる。実際目の前の雷鳴の翼は、深く申し訳なさそうな表情で。――まったく、私にどうしろってのよ、もう。

「おごり」

「え?」

「ここ、アンタが私の分もおごってくれたらそれでいいよもう。ぐだぐだ引っ張るの面倒。――それにさ」

 雷鳴の翼は、これがポリシーだと言った。――レナにも、レナなりのポリシーがあった。

「私は……アンタみたいに、割り切っては生きていけない。でも、その事自身を割り切って生きていく。――そう、決めてるから。だから、うだうだ言っても言われても仕方ないんだよね」

 自分の秘めたる想いが、解き放たれる日が来るとは思っていないし、来ることを願ってもいない。でもそれでいい。それで何かあったら、その時考えればいい。――そうやっていることで自分が保てるなら、それでいいじゃない。

 レナのその言葉と、表情を見て、雷鳴の翼も安心した表情になる。

「わかった、それならここはウチが精一杯おごらせてもらうわ。――おみやげ分もウチが用意するで。例の勇者君とか、仲間とかおるやろ? 持っていき。――すみませーん!」

 有無を言わさず、雷鳴の翼は通りがかったウェイトレスを呼び止め、おみやげ分を注文する。

「そんな事までしてくれても何も出てこないよ?」

「気にせんといて、ケチ臭いの嫌いやねん。――なあ、アンタ名前確かレナ、って呼ばれてたよな?」

「そうだけど」

「名前で呼んでええ? ウチも名前で呼んでええで。ウチ、フュルネいうねん」

「いやどうせ偽名でしょうよ」

「本名やで。変装する時は偽名しか使わんし、本名ばれても構へん」

 割り切った考え方である。――それは兎も角。

「で? 仮に本名だとして、私とアンタが名前で呼び合う理由は?」

「友達にならへん?」

「……はい?」

 レナは耳を疑う。――友達? トモダチ?

「友達ってさ、私の出身地だと仲良くなって、一緒に遊んだり食事したり出かけたりするっていう間柄を差すんだけど」

「いやウチの出身地でもそうやし世間一般ではそうに決まっとるやん。それよ。――何となくやけど、レナとな仲良くなれる気がするねん。いざこざ抜きに、友達にならへん?」

「え、普通に嫌だけど」

「即答!? もうちょっと考える余地とかないん!?」

 確かに突然の申し出ではあったが、流れ的に迷うことなく断られるとは流石に思っていなかった雷鳴の翼ことフュルネであった。

「ちゃうねん、雷鳴の翼抜きで、ウチはフュルネとして普通に仲良くなりたくなったんよ。だからお互いの立場とか一回無しにして」

「ここで会ったことも無しにして、何もかも無しにして。――おやどなた?」

「そんなにアカンの……?」

 流石のフュルネも凹みそうになる。だが同時に湧き上がる闘争心。――ここまで言われたら、絶対に友達になったる。ちゃんと友達になれば、きっとその分友情に熱いはずや。

「つーか何でそんなに私と友達になりたいのよ。しかも立場抜いたら最早何もないけど」

「そんなことあらへん、レナは絶対色々な物持っとる。そういうちゃんとした芯のある奴だから友達になりたいねん」

「芯のある奴ねえ……」

 意固地なだけなんだけどなー、とレナは溜め息。……自分に負けず劣らず、目の前の女は変わり者なのかもしれない。そう思うと、少しだけ親近感が沸いた。

「兎に角、ウチは諦めへんからな。――何か困った事があったら、コッソリ呼んでくれてええで。内緒でお互い助け合うってのも格好ええやん? んじゃ、今日の所は退散するわ。長居するとバレるかもしれんし。ほな、またな」

 そう言いながら笑顔を残し、フュルネは席を後にする。レナは何となくその背中を、見えなくなるまで見送っていたのだった。



「太っ腹じゃん、皆の分のお土産なんて」

 そして時間は過ぎ、夕刻。ライトの本日の稽古も終わり、城へと帰る途中。騎士団全員へのお土産を半分持っているライトからレナへそんなツッコミが入った。ちなみに結構な量だったのでアルファスとセッテにも渡している。

「んー、まあ色々あってさ。――私はあの店当分行かないけど」

「え、味が好みじゃなかったの?」

「いや美味しかったよ。人気なだけあると思った」

「値段が高かったの?」

「結構お手頃。でなきゃこんなにお土産用意出来ないでしょ」

 用意したのは自分ではないのだがそれは黙っておくレナである。

「え、じゃあ何で?」

「友達候補が出来たから」

「へえ」

 成程、友達候補出来たからか。そりゃしばらく行けない――

「――いやいやおかしいだろ。何で友達候補出来たら店行けないんだよ。というか候補って何その中途半端な感じ」

「実際まだ友達じゃないもん。でももしかしたら友達になるかも、とは思った」

 心底は嫌いになれなかった。好感が持てる部分が正直あったのだ。――いつか、友達と呼べる日がくるかも、ね。

「というわけでしばらく行けない」

「いやだからどういうわけで!? 全然理解が追い付かないよ!?」

 そんな会話が城に到着するまで続く、二人の帰り道なのであった。

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