第四百三十一話 演者勇者とそれからの事8
ダダダダダダダッ、ガチャッ、バタン!
「はあっ、はあっ、はあっ……」
「レナ!?」
とある日。昼食を終え、部屋に戻ったライト。――直後、真剣な面持ちで息をきらして勢いよくレナが部屋に入ってきた。
「ライト君、お願い! 私を匿って!」
「いいけど、何があったんだ!?」
「聞いてよ! 私、炎翼騎士の称号持ちでしょ? 称号持ちだからってその弱みに付け込んで私に特別な依頼をしてこようとしてくる人達がいるんだよ!」
「何だって!? それは……それ、は……?」
…………。
「……いや、至極真っ当な話な気がするけど」
「ええー」
客観的に見れば称号持ち、つまりレナは城内ではヴァネッサ、フウラ、リンレイと同格。レナの事を詳しく知らない人、それでいて困ったら頼りたくはなるかもしれない。
「御存知の通り、私そういうのの為に称号持ちになったんじゃないし。基本ライト君の為、まあおまけで騎士団の皆の為なら動いてもいいかな位だもん。――というわけでアルファスさんの店行くまでここで匿って」
「もしも駄目って言ったら?」
「んー」
少し考えると、レナは服を上下それぞれ半分位ずつ脱ぎ始めた。――って、
「ちょっ何してんだよ!?」
「この位の状態でライト君の部屋のドアを開けて手を伸ばして倒れる」
「止めろー! 俺をどうしたいんだよ!?」
完全に傍からみたらライトが悪の構図の出来上がりである。
「最初に言ったじゃん、匿って欲しいって」
「ああもうわかったわかった、時間まで居ていいから」
「わーい」
そう言うと、レナは当たり前の様にライトの部屋のベッドへダイブ。
「後匿ってあげるから服を戻しなさい」
「もう少し見てていいよ。匿ってくれるお礼」
「そういうのでお礼をしようとするのは止めなさい!」
あまり見てると本当に我慢出来なくなる……じゃなくて。――レナも大人しく服を戻した。
「そうだライト君。いい機会だから言っておきたい事があるんだ」
「何だ?」
「大好き。世界で一番」
「ぶふほぉ!」
ライト、むせる。レナは特に動揺している様子も無く。
「何だよ急に!?」
「そんなに急な話でもないんだけどなー、知らなかったわけでもないでしょ? 炎翼騎士になった時に遠回しに前伝えてるし」
「そ、それはそうなんだけど、でもだな」
「で、誤解しないで欲しいわけよ。私としてはライト君だからこうしてベッドに平気でダイブするし、色々見られても平気だし。決して露出狂なわけではないのです。ライト君がどうしても裸で歩けって言うなら泣く泣くやるけど」
「やらないよ!?」
そんな事やりだしたら今までの話が全てパーになるじゃないかよ。
「でもま、最初の頃からしたら私自身も信じられないや。こんな風にライト君とこんな話するなんて」
「まあ、それに関しては俺だってそうだよ。一番最初の頃なんて結構傍にいない時あったよな?」
「だねー。今じゃ考えられないもん。目を離した隙に何が起きるか」
「いや何も育児をする母親みたいにまでならなくても」
「いや小さい子供は性欲に負けて突然女の人襲ったりしないでしょ」
「何の心配をしてるんだよ!? 普通の人は見張らなくてもそんな事しないだろ!? 百歩譲って襲いたくなったら日々の距離的にまずレナを襲ってるわい!」
「やったー、私最初にライト君に襲われる女」
「そこ喜ぶ箇所なの!?」
そんないつもの夫婦漫才。本当に「いつもの」になった。それに気付くと、何となく二人で笑ってしまう。
「でも、ここだけの話実際これからどうする?」
「どうする、って?」
「ライト君、誰か一人に絞れるの?」
「…………」
そう言われると反論が出来なくなる。絞れば幸せなのか、絞らなければ幸せなのか。皆がどう幸せになるのか。
「俺は皆の事、本当に大切に想ってる」
「うんうん」
「だから、どんな道を選んでも、誰かしらが傷付きそうで、そう思うと何が正解かわからない」
そう。あからさまな好意を感じたり、大切に想ったり、その全てが綺麗に収まるなんて都合の良い話。現実を考えればどうしても躊躇してしまう。
「私はさ、ライト君」
「うん」
「ライト君が間違えたり、私を選んでくれなくたって、ライト君の傍にいてあげるから。だから、私に嘘はつかないでね。どんなライト君の本音も、ちゃんと受け止めるからさ」
「……レナ」
ベッドの上で穏やかに笑うその姿。――本当に、本当にずっと隣にいてくれた。支えてくれた。守ってくれた。大切な人。
「俺はさ、例え俺自身が間違えて、誰かを傷付けても」
「うん」
「選ぶ、選ばないの二択しかないんだったら、レナを選ばないっていう選択肢は、俺の中には……無いから」
今更いないなんて考えられない。そんな彼女が、自分の近くにいて、幸せになってくれるのなら。
「そっか」
素っ気ない返事。でもその表情から、幸せが溢れていた。
「まあ、ボチボチ遠回しだけど、理解はしたから。レナさんは謙虚古風な女なのでとりあえずはそれだけで満足です」
「俺が悪いのは認めるけど後半はないだろ」
謙虚さの「け」の字も無い。
「私みたいな女がベッドの上で謙虚になったら興奮しない?」
「何の話だよ!?」
――本当に謙虚さの「け」の字も無かった。
「兎に角、そろそろアルファスさんの店に行く支度しないと遅れるぞ。レナも着替えてこないと」
「はーい」
促され、レナはベッドから立ち上がり、ドアへ――
「ほいっと」
「!?」
――行くかと思いきや、いきなりライトに後ろから抱き着いた。そして、
「どりゃあ」
「うおっ!?」
どしん、とライトの体制を崩し、抱き着いたままベッドに二人で転がる。レナが背中から抱き着いた形だったのが、ベッドで横になって二人で間近で見つめ合う体制に。
「ライト君。今日一日だけ、稽古サボらない?」
「え」
そして、そんな提案。
「悩む位なら、踏ん切りつけよう。普段稽古に使う時間、ここで私の事、好きにしていいよ。切欠が大事よ」
「な」
言っている意味はわかる。わかるがライトは混乱してしまう。
目の前にあるレナの顔。少し視線を下げれば体のラインが良くわかるスタイル。――踏ん切りをつける為に、好きにしていいって?
「…………」
ドクン、ドクン。――自分自身の心臓の音が大きくライトの耳に響く。ゆっくりと、自分の手を、レナの、
「痛っ」
ペシン。――おでこに持っていき、軽く叩いた。
「レナ」
「何?」
「レナが、その、色々思ってくれる俺は、この誘いに負けて、流れでレナに手を出す様な人間じゃない。――大切だから、尚更だ」
そしてライトは必死の葛藤の末、その答えに辿り着けた。――これでいい。残念だけど。物凄い残念だけど。そんな理由で稽古サボる俺はもう俺じゃない。
レナはライトの言葉を聞き、呆気に取られるが、直ぐに意味を理解し、穏やかに笑うと、体を起こす。
「じゃ、しょうがないね。今日の所はおあずけで。私も素直に行く支度するか」
そう言うと、着ている服を脱ぎだして――
「って何でここで服を脱ぎだすんだよ!? 頑張った俺の意思を無意味に削ってくるなよ!?」
「いや今言ったじゃん、出掛ける用に着替えるんだって。こういう時の為にこの部屋のタンス一段、私の服入ってるし」
「マジで!? いつから!?」
バッ、と開けてみると本当に入っていた。――どうなってるんだ俺の部屋。俺のセキュリティ。
そのまま二人は背中合わせの状態で着替え。服の擦れる音がライトの耳になまめかしく響く。――やっぱり部屋で着替えて貰えば良かった。俺の意思がもっと削れてく。
「はい終わり。もう振り返っていいよ」
「本当だろうな? 振り返ったら全裸とかじゃないよな?」
「キリが無いからちゃんと着たよ。今日は」
「明日も明後日も!」
で、振り返ればちゃんと服を着たレナがいた。そのまま装備も整える。
「じゃ、本当に遅くならない内に行くぞ」
「はーい」
部屋を出て、レナがライトの手を取って軽く握って、二人は歩いていく。
「うーん、効果てきめん。一人の時はあんなに話しかけられるのに」
「そりゃ俺といるって事は俺の護衛っていう任務があるのは周知の事実だしな。それにこんな風に手を繋いでたら――」
繋いでたら? 手を、繋いで……
「って何で当たり前の様に手を繋いでるんだよ!?」
「気付くのおっそ」
城内を手を繋いで堂々と歩く二人。遠巻きに感じる幾多もの視線は気のせいではないだろう。――ナチュラル過ぎて気付かなかったぞ。いつも手を繋いで歩いてるみたいじゃないか……
「私としては何のリアクションも最初ないから受け入れて貰えたんだと思ってたけど」
「確かにそれに関しては俺が悪いけども! でも普通に自然にしてくるからつい! よく考えたら有り得ないだろ城で手を繋いで歩くとか!」
「新しい風を取り入れたんだよライト君が。それにほら、よく国王様だってハルの足首掴んでそのまま引きずられてるじゃん」
「それとこれを一緒にするんじゃないよ!」
「そうなると自然に見せるには……フォークダンスでもしながら行く?」
「不自然極まりねえええ!」
そんな馬鹿な会話をしていると、気付けば城門に。――手は、気付けば繋いだままだった。
「まあ、今日の所は私はここまで手を繋げただけでも満足だよ」
「そうですか……俺は大分削られましたけれども……」
変な噂になってまた誰かに怒られなければいいけど。
「じゃ、手を離す前に最後に一つだけ、言っておきたい事があるんだけど」
「何だ?」
「大好き。世界で一番」
「っ」
今日二回目のその言葉。それを伝えるレナの顔は本当に嬉しそうで穏やかで、綺麗で。――本当にその想いを伝えてきてくれているのがよくわかって。
「……レナ」
「何?」
「もうちょっとだけ、手を繋いだまま、行こうか」
つい、そんな提案を出してしまう程で。
「うん。――ありがと」
手を握る力が、少しだけ強くなった。心地よい感覚。――傍に、大切な人がいるというこの感覚。
二人はそのまま、アルファスの店まで、手を繋いだまま、いつも通りの会話をしながら向かうのだった。――その手の温もりに、幸せを感じながら。




