第四十一話 演者勇者と魔具工具師11
「最終確認な。俺は飯食って直ぐに剣をブンブン振って運動したいとは思わねえ。てなわけで、お前が今剣を納めてくれれば、それで終わり……いや終わりじゃないけど、落ち着く話ではあるんだが」
至って落ち着いた表情、口調でアルファスは語り掛ける。
「というかだ。――お前、何がしたいんだ?」
「な――僕は」
「剣士なんだろ? 誇りがあるんだろ? 剣士が剣を抜くってのは、それなりの事情があるもんだろ。俺に水をぶっかけられたのが腹が立つなら、違うやり方があったはずだ。お前が「剣士として」この場にいる全員に怒りを向ける理由は何だ?」
「剣士……誇り……僕は……剣士と、して……!?」
ヤンカガの表情に動揺が走る。先程までの自分の暴走の意味が、自分でもわかっていない。そう、その表情が語っていた。……だが。
「っ!? ぐ……お……おおお」
「……あ」
急に胸の辺りを抑え、苦しそうな呻き声をあげたと思ったら、
「ぉぉぉぉおおおおお!」
ガキィン!――勢いのままアルファスに突貫。大きく剣を振るう。アルファスは剣でガード。
「許さない! 許さない! 正しい、正しいのは僕だっ!」
キィン、カキィン、キィン!――そのまま連続かつ高速の斬撃を振るうヤンカガ、冷静にガードを続けるアルファス。
「はぁ、やっぱりか。――誰にテコ入れされた、お前」
間近で剣を受けて思うこと。――ヤンカガは、自らの意思をほとんど失っていた。第三者による洗脳、強化、呪いがかけられている。結果としての暴走であることをアルファスは感じ取った。
「強引に強化されてるからお前自身が持つ剣術と肉体の動きが嚙み合ってねえよ。そんなアンバランスな事続けてみろ、再起不能になるぞ。戻るなら今の内だ」
ヤンカガ自身の本心が多少残っている可能性にかけ、アルファスは語り掛けてみる。事実、魔法による強引な限界突破は肉体を滅ぼしかねない危険な技である。それが元の能力と差が開けば開く程に。アルファス自身ヤンカガの実力は知る由もないが、それでも今の剣捌きを見る限りでは相当な強化が施されているのがわかったのである。
しかしそんなアルファスの言葉もヤンカガには届かない。
「戻る? 戻って何になる、また僕を馬鹿にするつもりだな! 見ろ、僕は強くなった、神様が僕に強くなれという天命を下した証だ!」
「!? チッ」
その言葉の直後、ヤンカガの速度が更に上がる。常人が目で追える速度の限界を超えそうな剣捌きの速度に、防戦一方のアルファス。
「ヤンカガさん、一体何が……!?」
特別親しくはなかったものの、面識があったユリアの目からしても、ヤンカガの今が異常である事は感じ取れた。不安を隠しきれず、戦いを見守る状態。
「大丈夫です。アルファスさんは、負けません。アルファスさんは、強いんです。――絶対に、負けません」
同じく戦いを見守るセッテだが、こちらは強い眼差しでアルファスの姿を追う。ユリアの目からしても、本当に、心からアルファスの勝利を信じて止まない目をしていた。口には出せないが、心の中でセッテは精一杯の応援をする。――頑張れ、アルファスさん、負けないで、アルファスさん。私を「あの日」助けてくれたアルファスさんは、強いんですから、こんな所で、こんな相手に負けないで。
「あああ! うおわあああ!」
最早悲鳴とも叫びともわからぬ声と共に、ヤンカガは剣を振るう。紅潮する表情、にじみ出る汗、浮き出る血管。
「…………」
一方のアルファスは無言でひたすらガード。汗一つかかない冷静な表情。――戦術剣術がわからない人間から見たら一見押しているのはヤンカガなのに、精神的にも肉体的にも落ち着いているのは圧倒的にアルファスであった。
ガキィン!――やがて大きな音と共に、一旦二人の間合いが開く。
「ふーっ……」
大きく息を吹くアルファス。表情は冷静、普段と変わらず。放っておいたら普通に面倒だとか言いそうで――というより、実際に思っていた。……ホントに面倒だなおい。何で俺こんな事してんだろ。
「まあでも、こうなった以上仕方ねえ、無理矢理にでもお前には「納得」してもらうぜ」
「納得? 納得するのは貴様らの方だ、僕は――」
「五割だ」
ヤンカガの再び始まりそうな自己アピールを遮り、アルファスは言い切る。――五割?
「今から、五割だけ本気を出してやる。――自分が選ばれし者なら、俺の「五割」を、切り開いてみせろ」
ヤンカガの思考が一瞬止まる。――こいつは何を言っているんだ? 五割? つまり、今までは五割にも満たない状態で戦ってると言うのか? 今からやっと五割にして、この僕と戦おうって言うのか?
「ふ、ふははは、ハッタリか、そんなので僕は」
「ハッタリかどうかは自分のその目で体で確かめてみるんだな。――行くぞ」
アルファスがゆっくりと身構える。――そういえばこいつ、構えも何もなしにただ僕の剣をギリギリの所で防いでたな、やっと構える気になったのか……などとヤンカガが思った瞬間。
「!?」
ヤンカガの視界が、周囲が、静寂に包まれる。部屋には沢山の人間がいるはずなのに、まるで目の前のアルファスと二人だけ、それ以外は物すら何もない空間に飛ばされたような感覚に陥る。
ハッとしてアルファスを見れば、静かに身構えたまま微動だにせず、ヤンカガを見ている。先程までの緊張感の無さは何処へやら、整った空気が彼の周りを包んでいた。余計な物が何も考えられなくなり、ただその圧倒的存在に、吸い込まれそうになる。
剣を、交えてみたい。勝ち負けはどうでもいい。今持っている自分の実力を、ありのままの自分の剣をぶつけたい。――ヤンカガの心に最後に残った感情は、それであった。
先程までの咆哮もなくなり、静かにヤンカガも剣を構える。そのままお互い動かず十数秒。
「はあっ!」
先に動いたのはヤンカガ。いつしか強引な強化は消え、純粋な自らの力だけで地を蹴り、全力で剣を振るう。――スパシュッ!
「最後に自分を取り戻したみてえだから、殺しはしないでおく。この先どうしていくか、よく考えて生きていくんだな」
アルファスがそう言い切ると、直後ヤンカガはその場に倒れた。常人には何が起きたかわからない速度ではあったが、少なくとも圧倒的実力差でアルファスが勝ったことはわかった。
「アルファスさん!」
直後、周囲の緊張の糸も切れ、セッテがアルファスに駆け寄る。
「大丈夫ですか、怪我とか!」
「特にない、大丈夫だ。――お前等は?」
「私達も大丈夫です。全部、アルファスさんのおかげです」
事実、初動でヤンカガが召喚したモンスターもアルファスが全て倒していた為、会場にいた人間に怪我はなさそうだった。
「あ。――悪い、勢いでこの剣、使っちまった」
と、セッテに一歩遅れて近付いてきたユリアに、勝手に高級品の剣を使ってしまった事に対する謝罪をアルファスはした。――弁償って言われたらそっくりな剣を今度工房で作って誤魔化そうかな。
「とんでもない、お礼を言うのはこちらの方です。守って頂いたのですから。――キリアルム家を代表して、お礼を申し上げます」
ゆっくりと、ユリアがアルファスに頭を下げる。――弁償の心配の他にも、ユリアも気をしっかり持てていることにアルファスは安心する。
「ああ、こいつ軍に突き出すなり医者呼んで応急処置するなりしてやってくれ。――色々理由がありそうだ」
アルファスが促すのは当然倒れているヤンカガ。致命傷はあえて避けたとは言え、放っておいたら勿論まずい。――ハッキリ言って誰の目からしても異常な状況ではあった。事情を確認しなくてはいけない。
「わかりました。イセリー、貴女も一緒に……イセリー?」
ハッとしてユリアが辺りを見回してみると、イセリーの姿がなかった。緊張感と一緒にいるのが当たり前、という感覚があったのだろう。ユリアは今いない事に気付いた様だった。セッテを見るとこちらも首を横に振る。同じく今気付いたらしい。
「……そういや、こいつが部屋で暴走始めた時、「お嬢様、ここは危険です」って誰か逃がしてなかったか? 声の雰囲気だけだから、それが妹さんかどうかまでハッキリとは覚えてねえけど」
「それ、どんな方でした?」
「いやだから、声だけだからな……女の声だったと思うけど」
流石のアルファスもうろ覚えである。――ユリアもうーん、と考えるが、
「ならイセリーではないかも。確か、キリアルムの私兵で女性を見かけた事はないですし。――単独で誰かを呼びに行ったのかもしれません。そういう所がある子なので。私、報告ついでに探してきます」
再びユリアはアルファスに頭を下げると、速足で部屋を後にする。
「……うん?」
「どうしましたか? セッテはここです、いつでもアルファスさんの傍に」
「何の話だよお前じゃねえよ。――ちょっと、引っかかっただけだ」
もしも、連れて行かれたのがイセリーで、連れて行った女がキリアルム家の私兵じゃないのだとしたら。――アルファスの思考は、当然そこに辿り着いてしまう。……もしかして、まだ何かあんのか、これ。俺も。
「……「憧れの勇者様」と仲間達ってのは、トラブル気質なのかね」
はぁ、と隠し切れずアルファスは思わず大きな溜め息をつくのであった。
「お嬢様にはこのままこちらで用意しました緊急用の移動用魔法陣から屋敷外に一度避難して頂きます。こうなった以上、屋敷内は危険です」
廊下を速足で動く二つの影。一人目はキリアルム家次女、イセリー。
「姉様は? どうして私だけ?」
「ご安心下さい、別の者がユリア様も今頃保護、移動を開始しております。今回の様な事があった場合、個別で避難をした方が相手に行動を察知され難く安全なのです。それに――」
そして二人目、一旦足を止め、ゆっくりとイセリーの手を両手で握り、優しく笑いかけるのは――
「――それに、移動先でも、私が命を懸けてお守り致します。ご安心下さい」
――キリアルム家私兵、女性騎士……メーラであった。
「貴女、お名前は?」
「メーラです。剣には自信があります」
「ねえメーラ、約束して。もし私の安全を確保出来たら、必ず姉様や他の人を助けに行くって。私だけじゃなく、皆も守って」
自分以外の人間を、この状況下でしっかりと心配する。本気の目をしていた。
「承知致しました。――ですので、まずはお嬢様の安全を」
力強く頷くメーラ。嘘を言っている様には見えなかった。――イセリーはメーラを信じ、再び速足で動き出す。
「へーいストップ、ちょっといいかなー?」
と、そんな緊迫したシーンに似合わぬ緊張感のない台詞で二人を止める声が。見れば進行方向に二人の人影。
「勇者様と、護衛の騎士様!」
ライト騎士団より、団長ライトと護衛のレナであった(当然二人を止める台詞はレナの物である)。
「勇者様でしたか。私はキリアルム家私兵でメーラ。今イセリー様を避難させる為に移動中です。ご協力、感謝します。では」
最低限の挨拶だけ済まし、そのままイセリーを連れて移動を続けようとするカーラを、
「へーいストップ、って言ったよね? とりあえず止まってよ。止まらないと勇者君の命が無いぞ」
「俺の命が無いの!? 俺レナの人質なの!? その言えばいいみたいに適当に言うの止めない!?」
緊張感のないやり取りで――でも、しっかりと通り道を塞いで、二人はガードする。
「申し訳ありません、イセリー様を安全な所まで連れていくのが私の任務、使命なのです。お話が必要なら後ででも――」
「んー、その必要はないんじゃないかなあ。寧ろやっちゃ駄目でしょ」
「? 事態は収束した……とでも?」
「そうじゃなくて。……勇者君、勇者君の推理を披露する時間だよ」
レナに促され、ライトが一歩前へ。メーラと視線を交わす。
「彼女を保護、避難させるなら、寧ろ貴女からなんですよ。――雷鳴の翼、さん」
そしてハッキリと、メーラに向かってそう言い切ったのであった。