第四百十八話 演者勇者と導かれし仲間達19
「全て燃え尽きて灰になれっ!」
ゴォォォォォ!――教祖の魔力に対し、真向から魔力勝負をしているのはネレイザ。
彼女の基礎魔力は非常に高く、その結果人よりも攻撃力の高い魔法を連発し、相手の技術や作戦、小細工を魔力で押し潰す。そのスタイルがいつしか彼女を「魔導殲滅姫」とまで呼ばれる様になるまでのし上げた。
勿論技術力も十分あるが、それでも同じ騎士団に所属する魔導士――ニロフとクレーネルに比べれば、どうしてもその魔法のコントロール等といった技術では一歩劣る。特にニロフの才能を初めて目にした時は、ニロフが魔導士として自分よりも格上である事を認めざるを得ないと感じた程だった。
一時はそのせいもあってそちらに磨きをかけようかとも思った。だが直ぐに止めた。その代わり、更なる攻撃力アップの為の鍛錬をこっそりと始める様になった。
自分らしく。自分の土俵で。全力で向き合い、勝負。役に立ちたい。隣に立ちたい。相応しい人間になりたい。彼女は今、その想いを胸に、この戦いに挑んでいたのだ。
「はぁ……」
ライト、再び演者勇者に戻る宣言後。ネレイザは一人、城の景色の良い所で何となく空を見上げていた。――でも、頭が空になる事はない。寧ろ頭を過ぎるのは、ライトの多数の人物との婚約が進んでいるという事実であった。
本人は認めたがらないが、レナの予測通り、ネレイザとしてはライトを「振り向かせたい」。自分の事を見て、自分の魅力に気付き、向こうから来て欲しい。その想いが根底にある。
そんな中今回の騒動。ライトとの仲は基本騎士団団長と事務官、仲間という間柄以上にはまったくなっていない。そんな中放っておいたらライトは婚約してしまうのだ。
例えばエカテリスと婚約したとしたら、ここぞとばかりにレナは動く。団室の様子からしてハルも動く。恐らくフリージア辺りもしっかりと計画を練っているだろう。そんな中出遅れる自分。その姿を想像したら惨めに見えてきた。
「随分と悩んでるのね、溜め息漏らしちゃって」
「そりゃ溜め息だって漏れるわよ……結局、マスターは私の事どう思ってくれてるのか、全然わからないんだもん」
「だったら諦めるの?」
「そんなのヤダ。でも、どうしていいかわからない」
「それなら簡単よ。もっと素直になればいいの」
「あのねえ、他人事だからって簡単に――」
簡単に……簡単に? 簡単にそう言ってくるのは、
「王妃様っ!? えっあのその、ええ!?」
ヴァネッサだった。笑顔でネレイザを見ていた。
「すみま、その、申し訳ありません! 私失礼な口調で!」
「いいのいいの、気付いてなかったんだから仕方ないわ」
「だとしても私、変な事を愚痴って――」
「えー、私王妃である前に一人の女よ? しかもネレイザちゃんより大人で経験もあるわ。恋愛相談位いくらでも乗ってあげられるのだけれど?」
にこにこ。――からかう笑顔じゃなく、優しい笑顔。ネレイザは恥ずかしさは消えないが、気持ちは落ち着く。
「改めて申し訳ありません。大事な作戦前に、事務官として、こんな事で悩むなんて」
「私としては嬉しいわ。そういう年相応のネレイザちゃんの事が見れるのは。それにライト君。ガードが緩々な様で、最後の砦だけ異様に固いのよね。ウチの人だったらとっくに全員と一線以上の関係持ってるわ。何か考えたら腹が立ってきた」
何故かヨゼルドは想像の中で怒られていた。ネレイザもついその様子に笑ってしまう。
「ちょっと整理して考えてみましょ。ネレイザちゃんは、ライト君が他の皆との手を切ってでも、自分一人を見て欲しい?」
「今更そんなマスター嫌です。誰にでも優しく、大事な時にこそ皆の事を想う、マスターがいいです。だからその結果、皆さん……王女様やその……レナさんとそういう間柄になっても、私をちゃんと見てくれるなら、それで」
「あら、もう自分で答えが出てるじゃない」
「え?」
「見て貰えばいいの、そういう対象として。ネレイザちゃんを。そしてね、ネレイザちゃんは、ただうじうじ待ってるだけの女の子?」
「……あ」
言われて気付いた。大好きな人に恋愛対象として見て貰う。それをただ待ってる。その自分を客観的に見た時、自分らしさは欠けていた。
「ネレイザちゃんの魔法と一緒。真っ直ぐ、強く、叩きこまなきゃ。押して押して、強くいく。それでいいじゃない。自分から迫る事に、格好悪い要素なんて一つも無いわ」
「……王妃様」
ネレイザはパン、と軽く自分の頬を叩いた後、ふーっ、と大きく息を吐く。そして、
「私、頑張ります。今度の作戦。事務官として、一人の人間として。そして、終わった後も、頑張ってみます」
「死亡フラグ?」
「王妃様が私に言わせたんですよ!?」
そのツッコミをすると、ヴァネッサはネレイザを抱き締めた。
「またいつでも相談に来てね。上司として女として、聞いてあげるから」
その温もりは、ネレイザに更なる勇気を与えた。そして――
「ニロフさん! クレーネルさん! 私中央右を攻めます!」
「承知」「了解です」
ライト騎士団魔導士三人衆。音頭を取り、ネレイザが果敢に攻撃を仕掛ける。一人一人でも圧倒的実力者達の、見事な魔法のコンビネーション。場所が場所だったら、芸術と称されても良いレベルである。
(私は、必ずマスターに相応しい事務官に、魔導士に、女になってみせるんだから!)
覚悟と決意を持ったネレイザは、一段と強くなり、戦いに挑み続けていたのだった。
ガチャッ。――急いでいたはずだが、何処か冷静に、ライトはその部屋の扉を開けた。
「……想像していた以上に質素だな」
「だね。部屋開けたら裸の女が家具よりも多く立ってる可能性すら私は考えてた」
「俺はそんなの望んでないぞ」
「まだ何も言ってないじゃん。しかも人は一年もあれば変わる」
「後半の台詞からして絶対言おうとしてただろっていうかそんな俺でいいのか!?」
「まあ別に私は構わないけど」
「君は俺に関してある意味凄い寛容になったね!?」
そんないつもの夫婦漫才が静かな部屋に響く。――ここは「案内」された最奥部にあった、教祖の寝室である。もっとも、
「ベッドに、テーブルに、本棚に、小さなタンス……」
「世界征服目指してる癖に贅沢はしてないのは実際驚きかも。権力者ってこういう所に色々現れそうじゃん?」
当初の正直な感想通り、思っていた以上に彼の寝室は広くなく、物もなく、質素であった。置いてある家具は最小限、まったく高級な品ではない。
本棚に目をやる。こちらもそう大きな本棚でもないのに、更に本の数も少なく、隙間が多々。――その中に。
「これは……」
一冊の手記があった。ライトは手に取って、ページをめくっていく。
「……っ」
「どした? 更なる陰謀論でも書かれてた?」
「いや、今以上の事は書かれてないと思う」
「なら何でそんな苦虫噛み潰した様な顔してるわけ?」
「……今以上の事が書かれてないから、だよ」
そう言ってライトは、その手記をレナに手渡す。レナも軽く読んで気付く。
「あー、成程、そういうパターンか」
こちらは少々呆れ顔になった。
「行こう、レナ」
「どうするん? 何か気持ち変わった?」
「変わらないよ。俺達が、勝つ。俺達で、止める。それだけだ」
「はいよ。――でも、その前にちょっとだけ」
ぐい。――レナは軽くライトを抱き締める。そして、
「お願いね。君は、こんな風にならないで」
そう、優しく語り掛けてきた。言葉の意味を受け止め、ライトもレナを抱き締め返す。
「ああ。俺は絶対に間違えない。それこそ、レナが隣にいてくれるなら、絶対にだ」
「うん。ありがと」
そしてお互いの意思を確認し合うと、二人は力強い足取りで部屋を後にするのであった。
「おおおおおおっ!」
気合と共にドライブが駆け抜ける。その気迫からは信じられない程正確な速さと動きで教祖の攻撃を掻い潜り、カウンター。
「ハル、行くよ!」
「ええ!」
サラフォンの援護射撃の波に乗り、ハルも突貫。前衛組は兎に角教祖に接近、速度で翻弄する。
「もう貴方に攻撃をする事に何の躊躇いもありません。――散れ」
そして接近戦に気を配れば、後方から鋭い魔法攻撃が飛んでくる。特にクレーネルの魔法は人一倍鋭く、教祖の力を正に削り取っていく。
「この俺に……逆らうな!」
それでも教祖は退かない。――客観的に見れば恐ろしい事実である。ライトとレナを除いたライト騎士団全員に対し、他人の魔力により膨大なパワーアップを遂げているとはいえ、たった一人で応戦。戦力差は歴然であり、教祖からしたら紙一重の戦い。
(しかし……時間の問題でしょうなあ……ライト殿とレナ殿も裏で動いている様子ですし……長期戦になれば、お嬢達も合流出来るでしょう)
ニロフは冷静に、無理をせず、仲間達を守る戦いにスイッチしようとしていた。――その時だった。
「何処までも……何処までもふざけた奴らだ……! 何も知らない無知な奴らが、神を知らない馬鹿な奴らが、足掻いて……!」
「足掻いているのはどちらかしら! 私達は倒れませんわ、負けませんわ! 貴方の理不尽な世界に付き合う気は微塵もありませんの!」
何処か冷静さを失いつつある教祖の叫び。一方でしっかりと冷静さを保ち続けているライト騎士団の面々。――勝負は見えた。勝てる。誰もがその考えを抱いた。
それは油断ではない。気は誰も抜いていない。だがその生まれる空気が、教祖の最後の引き金を引かせた。
「なら教えてやる! 神の本当の力を! 神に逆らう人間の末路を味わえ!」
再びの教祖の叫び。だがその直後、ゴゴゴゴゴ、という音と共に、地面が揺れ始める。
「させっかよ!」
嫌な予感がした。――同時にソフィは動いていた。全力で斧を教祖に向かって振り下ろすが……バァン!
「っ!?」
弾き飛ばされた。受け身は取ったのでダメージこそ無いが、それ以上に相手に何のダメージも届いていない。そして、
「神装」
その一言と共に、教祖が激しく光り輝いた。一瞬誰もが目を奪われる。
「さあ始めようか、愚かな人間共。天罰の時間だ」
そして再びその先を見た時、そこにいたのは――神の姿をした教祖であった。




