第四十話 演者勇者と魔具工具師10
「お、お、お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
すれ違い様のキリアルム家私兵に挨拶され、ソフィは笑顔で挨拶を返した。
さて、ライトがソフィに初対面した時の様に、初対面の人間、それからあまり面識のない時のソフィの女性としての美しさ、オーラは(狂人化していなければ)相変わらず抜群であり、こうして警備中の今でも、すれ違うキリアルム家の私兵、更にはあまり関わることのなかったハインハウルス軍からの警備兵からも緊張と照れの眼差しで挨拶されていた。――挨拶はいいのだけど、気は抜かないで欲しいですね、とソフィは内心で苦笑。
ソフィ自身は、他人から見ると通常時の自分は美人である、というのは認める様にしている。当初こそ否定していたが、場合によっては嫌味に聞こえる、という友人のアドバイスを受けて以来、素直に賛辞を受け取り、必要以上に飾ることなく、お礼を言う様にしていた。同時に両親にも感謝。
(そういえば、お父さんとお母さんも、追い詰められたら狂人化するのかしら……?)
狂人化ももし血筋なら、両親も出来るのかもしれない、とふと思う。試す術はないし試す気もないが。
「やっぱり、こういう時コントロール出来ると便利ね……」
いくら戦闘の気配を感じないとは言え、こういう時は狂人化している方が都合がいい。いくら気配を感じるスイッチの一つになってるとは言え、狂人化していれば十分に反応は出来るだろう。特に今回に限っては相手は戦闘が目的ではないのだから尚更であった。自分自身の未熟さに歯痒さを感じる。
「おお、貴女がハインハウルス軍の今回の責任者ですか、お疲れ様です」
と、そこに新たな挨拶者が。体格のよい、三十代後半から四十代前半の印象を受ける男だった。
「お疲れ様です。責任者――という断言は出来ませんが、今現在外部の指揮は執らせて頂いています。ソフィです」
「ああ失礼、レディに先に名乗らせてしまいました。自分はロクといいます。キリアルム家の傭兵隊の代表と思って頂ければ。――どうです? 何か気になる点や異常、ありましたか?」
「今の所は。返って不気味ですけれど」
ロクはソフィの「本能」が疼く程ではなかったが、威力はあれど重量と大きさから使い勝手が難しい大剣を背中に担ぎ、それでいてキリアルム家私兵の代表となれば、中々の腕の持ち主なのだろう。
「しかし、軍の方に直々に警護を手伝って頂けるのは実にありがたいですよ。しかも王女様直々の伺いました、皆さん相当なのでしょう? 我々も人数はいますが、やはり自分を含め練度には限界がありますから」
「でも、腕の立つ方もいらっしゃるでしょう? 彼女なんて特に」
「彼女?」
「メーラさんです。挨拶されて、情報提供をして頂きました。かなりの腕の持ち主をお見受けしましたが」
メーラと出会った時に、自分の中の「アタシ」が反応したのをソフィは思い出す。ロクでは起きなかった現象なので、彼女は目の前のロクよりも実力は上、自分やレナ等、王国最前線でもトップクラスの実力を持っていると予測出来た。
「メーラ? はて……?」
が、そんな予測とは裏腹に、目の前のロクのリアクションは予想外、明後日の方向を向いていた。まるでメーラを「知らない」様な反応。
「? 彼女は傭兵とはまた違うのですか? 私と同じ位の年齢の方で」
「いえ、この家に仕えている、契約している騎士兵士傭兵は全て自分は把握していますが、その様な名前の人間は……そもそも女性は今は誰もいないのですが」
「誰もいない、って私達は確かに――まさか!」
一つの可能性に辿り着いたソフィが身を翻し走り出そうとすると――
「ソフィさん、お疲れ様です、報告が」
見知った顔が視界に入る。パーティ会場の経緯の報告の任を受けていたリバールであった。
「リバール! お願いがあります、直ぐに探して欲しい人が! このままだと後手で最悪の事態を招くかもしれない!」
その真剣な勢いに、リバールのスイッチ――「忍者」としてのスイッチが入る。
「わかりました、手短に説明をお願いします。――姫様達が警備に参加を開始しています、ソフィさんは合流と報告を」
事件は、またも予想外の所から新たなる展開を迎えようとしているのだった。
「アルファス様は、勇者様に剣術を教えていらっしゃるのですか、凄い方なのですね」
「凄くねえよ、あいつに教える事になったのは偶々。そんなみっちりしごくとか全てを伝えるとか大層なモンじゃねえ。俺の本業は武器職人だし」
さてこちら再びパーティ会場。ユリアとセッテの言い合いの最中、何となく世間話中のアルファスとイセリーであった。
「でもあの勇者様より剣術がお得意という事なのでしょう? 勇者様がご自分の実力に謙遜なさるのは、まだ教わる立場だったからなのですね」
「得意……あー、まあ、得意なのかもしれないけど」
流石にライトが弱すぎるとは言えないアルファスであった。――これあれだな、あいつだけじゃなくて周りも結構苦労すんだな。俺騎士団じゃなくて良かったわ。
「やはり凄い方です。姉様の見る目も間違ってなかったのですね。将来お義兄様、と呼べる日が来ることを期待していますね。姉様が駄目でしたら、何年かお待ち頂ければ私でも」
「これ以上ややこしくするのはやめてくれ」
悪戯っぽい笑顔でイセリーが告げてくる。アルファスは溜め息。――社交パーティって俺が知らなかっただけでこういう世界なのかなもしかして。
「アルファスさん、妹属性がお好きなら言ってくれればそうするのに! セッテは各種パターンに対応可能です!」
「イセリー、どさくさに紛れて自己アピールとは……妹ながら強敵……!」
「はいそこの地獄耳二人、いい加減落ち着こうか」
そんな緊張感のないやり取りをしていた、その時だった。――バァン!
「フーッ、ハーッ、フーッ、ハーッ」
「……? あいつは」
大きく響くドアが開く音。――鼻息荒く、顔も少々紅潮気味に部屋に入ってきたのは、パーティが本格的に開始する前にひと悶着あった、ナトラン家長男・ヤンカガであった。そのまま力強い足取り……というよりも、強引な足取りで前進。自分の正面にいる人間にぶつかり押し退けながら進んでくる。
「おい君、失礼じゃないか、落ち着いて」
ぶつけられて押し退けられた方もそれを見ている方も気分の良い物ではなかった。見かねた一人が呼び止め、ヤンカガの肩に手を置くと、
「気安く僕に触れるな、下郎が!」
「うわっ! な、な、何をする!」
その手をまるでゴミを払うかの如く叩き、そのまま剣を抜き、その男の目前に突き立てた。――パーティ会場が一気に凍り付く。
「お前達は何もわかっていない! 僕を誰だと思っているんだ! 僕は選ばれし人間だ!」
怒りを全面に醸し出し、ヤンカガは叫ぶ。最初に見た彼とは最早別人の形相であった。
「さあひれ伏せ、許しを乞え! 僕も無暗にこの剣を振るいたいわけじゃない、お前達の態度次第では神も許してくれるだろう!」
ヤンカガの怒りは、周囲からすれば理解し難いものである。彼とアルファスとのひと悶着を見ていなかった人間は勿論の事、見ていた人間からしてもここまでするような話ではない。
ただそれでも、今この現場でヤンカガを見て誰もが思う事。ヤンカガの怒りは、この場にいる彼以外の全員に向けられていた。まるで全員で彼を陥れた事に対する復讐劇かの如くであった。あまりに突然の事に、戸惑う事しか出来ない。
「き、君、一体何に怒っているんだ、まずは話を」
「自分達のしたことの重大さもわからない……何処までも、何処までも何処までも僕を馬鹿にするつもりか! そうか、なら見せてやろう、僕に逆らう人間がどうなるか! 天罰を、下してやろう……!」
そしてその僅かな戸惑いの時間すら、ヤンカガには苛立ちの蓄積にしかならなかったようで、怒りを爆発させる。同時に彼の左腕にしてあった腕輪が光る。
「え、な、何」
「うわ、うわああっ!」
そしてそのヤンカガの腕輪に反応するように、箇所にして六ヶ所、部屋の床に突然魔法陣が生まれ、白い光と共に、二足歩行の獣型のモンスターが現れた。会場は一気にパニックに陥る。
「モンスターだ、モンスターを呼びやがった!」
「お、おい、警備、警備はどうしたんだ!」
「お嬢様、ここは危険です、こちらへ!」
悲鳴と共に逃げ惑う者、腰を抜かして動くこそすら出来なくなった者、非戦闘員を何とかして逃がそうとする者、
「ふふふ、ははは、ははははは!」
そして高らかに笑うヤンカガ。この僅かな時間で、会場にいる人間の精神状態から冷静さがあっと言う間に失われてしまった。――ただ一人を除いて。
「……何この面倒な状況……誰か一人残って貰えばよかった……」
自分の食事の邪魔をしたら手を出すなんて言わなければ良かった。あの時ヤンカガに水なんてぶっかけなければ良かった。そもそもパーティの参加を意地でも断っておけば良かった。考え出したら止まらない後悔が、大きな溜め息となって口から漏れた。――というか、え、俺が原因なの? 今時の子はあれで暴走しちゃうの?
しかしどれだけ逃避の考察をしても現実は目の前で着々と進行し続ける。――放っておいたら更に面倒な事になりそうだったので、アルファスは持っていた食事の取り皿をテーブルの上に置く。
「えーっと……ああ、あれでいいか」
そのままスタスタと移動、エカテリスがキリアルム姉妹に紹介されたこの部屋の高級品の一つ、甲冑――とセットになっていた剣を手に取る。
「うん、高いだけあって、まあそこそこ使えそうだ」
要は、今緊急時に振れそうな武器を探した結果、目に入ったのがその剣だったのだ。そのままその剣を利き手である左手で持ち直し、部屋の中央へ。
「おい、貴様――」
「ああちょっと待ってろ、お前の相手は最後。まず外野黙らせるから」
ヤンカガの呼びかけを冷静に回避し、ゆっくりと精神統一。
「お前の技、借りるぜ、フウラ」
そして律儀に断りを入れ、精神の集中を最高点でキープしたまま、その剣をその場で一振りする。
「グギャアアア!」
「な――っ」
その直後、ヤンカガが召喚した六体のモンスター、全てに斬撃が入り、モンスターはそのまま塵となって消えた。――ヤンカガは驚きを隠せない。各々違いはあるものの、アルファスとモンスターとの距離は近くても十数メートル、遠いのはそれ以上、しかも場所も様々。その全てに、アルファスは同時に見えない斬撃を入れ、消し去ったのである。
「……やっぱ疲れるなこれ。よくあいつはこんな技ノーモーションで連発すんな」
同時に、「コピーするアルファスさんの方が俺は怖いよ」と言っている姿が想像出来た。――元気にしてっかな、あいつ。
「さてと。――剣を収める気にはなったか?」
アルファスはそこでやっとヤンカガを見据え、そう切り出した。
「な、何だ今のは……貴様、何者なんだ!」
「さあな。――ま、でもお前が選ばれし人間なら、俺は選ばれない人間なんだろ。最も――」
アルファスはそのまま言葉の途中でスッ、と剣を持ち上げ、ヤンカガに矛先を向け、
「――そんな自分勝手な選別をする神様なんて、俺からすれば選ばれなくて万々歳だけどな」
冷静にあっさりと、そう言い放ったのであった。