第四百十五話 演者勇者と導かれし仲間達16
「もう大丈夫だよ」
その瞬間、自分は救われた。差し伸べられた手を握った。その手は暖かかった。
「あの……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。でも、これも神様のお陰かな」
「神様……?」
「ああ。神様はいる。僕達を、ちゃんと見ていてくれるんだ」
そして、その救いは、神の御加護だとその日知った。
「今日も熱心に祈っているね、――。君程熱心な信者も中々いないよ」
「当たり前です。俺は神様に救われたんです。この命は神様の物。恩返しがしたいんです」
それが生き甲斐だった。神に祈る事。神に感謝する事。そして、
「君の様な信者がいてくれてよかった。でも、無理はしないで欲しい」
「大丈夫です。もっともっと、タカクシン教の事を広めましょう」
タカクシン教を広める事。それが、全てだった。
「……また入信希望者? これでもう今月何人目だい?」
「何を言ってるんですか、少ない位です。もっともっと増やさないと」
「気持ちは有難いが、僕らはただ静かに、神に感謝をするだけだぞ? 突然人数ばかり増えても」
「なら組織化しましょう。役職を作り、上下関係を作る。今までの様な曖昧なスケジュールは廃止し、しっかりとルールを作る。ルールを破った者には罰を与え、熱心な信者は更に上に行ける。そういったシステムを作ればいいんです」
嬉しかった。タカクシン教が大きくなっていくのが。自分の手腕で、大きくなっていくのが。
「お呼びですか」
「ああ。最近はどうかね」
「世間話ならば次の機会にして貰えますか。やらなくてはいけない事が山ほど――」
「なら単刀直入に言おう。……君は最近、やり過ぎじゃないか」
「……どういう意味合いですか?」
「報告、相談を貰っている。下の者に随分と厳しくしている様だな」
「御幣がありますね。神の名に逆らう者に罰を与えているだけです」
「神の名、か。そうではなくて、ただ単純に、君の指示に従わなかっただけじゃないか?」
「客観的に見ればそうかもしれません。ですが俺は最も神に祈りを捧げた人間。神に近い人間です。下々がその俺の指示に従わないなんて有り得ないでしょう」
「…………」
「……何が仰りたいんです?」
「私は、タカクシン教をこんな風にしたかったわけではない。救いを求める人に手を差し伸べ、助け合い、穏やかに暮らしていく。その為に教えを説いていた。だから君も救った」
「その事は感謝しています」
「だが、君は変わってしまった。君が目指すタカクシン教と、私が目指すタカクシン教は、既に道が違う様だ。――、少し考え直してくれ。熱心だった君を、除名したいとは思わない」
「それは脅しですか? 神に最も近い俺を、脅すんですか?」
「そうじゃない、ただ私は、それに彼女は――」
「あの人の事は関係ない!」
…………。
「……兎に角、貴方のお考えはわかりました。――自分なりに、少し考えてみます」
バタン。
「……俺が間違ってると? 違う、俺は間違ってなどいない。なら、間違っているのは」
「教祖様の御容態はどうだ?」
「芳しくありません……このままだと、持って数日……何故急に……神は、お見捨てになられるのか……」
「……そうではないかもしれない」
「と……仰いますと」
「神は、もう教祖様に十分過ぎる程働いたから、休めと仰っているのだ」
「で、ですが、教祖様がいなくなられるとなると我々の宗教は」
「俺が継ぐ」
「!」
「教祖様が今まで積み上げてきた物を無駄にするわけにはいかない。俺が全て背負う。それが弟子としての役目だ。――神に選ばれし存在の、役目だ」
そして、俺は、その日から、教祖に――タカクシン教を、率いる者になった。
「どうです、我が宗教の誇る大聖堂は。神に祈るに相応しい場所でしょう。皆ここで祈り、心を浄化させていくのです。――皆さんもどうですか?」
まるで体験ツアーに来た観光客を持て成す様に、笑顔で語り掛けてくる教祖。
「つまらない前置きはいりませんわ。私達がそんな要件でここに足を運んでいない事等重々承知でしょう?」
「これは王女様。確かに王女様の仰る通り、我々は今対立する立場にあります。でも、戦いで殺し合いで解決するなんて誰も望んではいない。ですので、我々は――」
「レナ、クレーネル」
「はいよ」「はい」
教祖の言葉の途中で、ライトが二人の名を呼ぶ。ライトの左右にそれぞれ待機していた二人は、魔力を一気に込め、――ボワァァァッ!
「…………」
タカクシン教が崇拝するとされている神の像を、炎で包んだ。瞬く間に焼け落ちていく像。
「貴方達は、救いを求める人達を救ってきた。そう思ってる」
「思ってるも何も、事実だ」
「違う。正確には、救いを求めなくてはいけない状況に追い込んで思考が追い付かなくなった人間の隙間に入り込んで、救ったと救われたと思い込ませてる。そうでしょう?」
ライトが強い目で教祖を見る。教祖も冷静な目でライトを見返す。
「随分な言いがかりだ。確かにクレーネルに関しては結果としてはそうなってしまったかもしれない。だがそんなやり方を続けていれば、ボロが出て、信者など離れていくだけ。ここまで大きくなったのが、何よりの証拠」
「あんたが大きくしたのは宗教じゃない、タカクシン教っていう名前のあんたの個人組織よ」
バサッ。――ネレイザが教祖に向かって資料の束を放り投げる。
「資金面のやり取りの一部。明らかに宗教としての活動外の裏の動きの証拠。――言っておくけど、それだけじゃないからね? 今本国に、「ハインハウルスで一番優秀な事務官」が更なる証拠を押さえてる」
「…………」
教祖が資料を広い、数ページめくり、中を見る。表情は変わらない。
「個人的に興味がある。一つ訊いていいか?」
ドライブである。返事こそしないが教祖はドライブを見た。
「お前、神を信じているのか?」
「は……? 何を今更」
「俺の目には、お前が信じているのは神ではなく、神を信じるお前の姿の様に見える。神を本当に信じる人間は、行動が違う。お前が信じてるのは神じゃないだろう。実際の所、神がいようがいまいが、どちらでもいいんだろう」
「…………」
ドライブならではの指摘。教祖は表情を変えないが、返事はしない。
「私からも言いたい事があります」
畳みかける様に、ローズが口を開く。
「貴方は神様に近い存在になって、何がしたかったんですか?」
「決まっているだろう。この世界の平和の為に、全てを統一して」
「それは誰かを助ける為の統一ですか? 弱い人を救うだけの統一ですか? 違うと思います。貴方は誰かを救う為じゃない。自分の世界を作りたくて、タカクシン教と神様の名前を踏み台にしてるだけです」
「…………」
やはり教祖は表情を変えないままローズを見るが、返事はしない。
「あんまり皆でやいのやいの言ってても仕方ないじゃん。ライト君、やるならやる、連れてくなら連れてく、さっさとやろうよ」
「レナ、気持ちはわかるけど」
「だって反吐が出るんだもん。結局権力とか役職とか、根っ子はそういう話になるんでしょ? くだらないよね。――本当にくだらない」
最後の一言に、重みが走る。権力に溺れる人間が人一倍嫌いなレナらしさが漏れている。
「でしたらレナ、最後に私からいいですか?」
「ソフィ、あんたも――って、狂人化してない?」
「聖職者として、立っておく必要があると思いまして」
戦場では非常に珍しい(!)淑女状態のソフィが一歩前に出て、祈りを捧げた。その美しい姿に誰もが目を見張る。
長くてでも短いソフィの祈り。ゆっくりと目を開けて口を開く。
「私は今でこそこの姿ですが、元々は神官です。宗教ではないですが神に祈りを日々捧げていました」
静かに、誰よりも落ち着いた口調で、ソフィは続ける。
「だから、祈ってみました。もしもここに本当に神様がいるのであれば、この騒動を私達も謝罪しなくてはいけないと思い、祈りを捧げました。そして感じました。――ここは、淀んでいる。神様の様な方が降臨なさる様な場所ではない。欲望が渦巻く、薄汚い空間です。なので」
愛用の両刃斧を持ち直し、ソフィは教祖にその先を向ける。
「もうここを残しておく必要性はねえ。全部叩き壊してやる。テメエのその腐った性分と一緒にな」
そして狂人化した。狂人化して口調は荒れるが、でも秘めたる怒りは淑女状態も同じく。
全員が、鋭い目で教祖を見る。さあどうするか、と思った矢先。
「言いたい事は、それだけか?」
ふーっ、と大きな息を吐くと、何処までも落ち着いた口調のまま、そう切り込んでくる。
「まあ確かにここでああだこうだこれ以上言っていても仕方ないです。続きはハインハウルス城でやりますか?」
観念しているとも思えなかったが、ライトは一応最後の警告を出した。――だが。
「まさか。――でも少しは認めよう。俺は神よりも、自分が大事だ。昔は違った。神に救われた。そう信じていたからな。でも、神とて人間の力を借りなければその名を広げる事も出来ない。なんて情けない話なんだ。だから誓った」
教祖は右手をスッ、と伸ばし天に向けて掲げた。そして、
「だったら、俺が神になればいいと」
そう宣言した。次の瞬間、十数名の信者達が雪崩れ込んで、儀式の様に規則正しく並び祈り始めた。
「神よ、我らの悔いを改めよ!」
「神よ、我らを救いたまえ!」
祈りの先から魔力が生まれ、教祖の手に集まる。巨大な魔力は教祖の手の上に数秒間留まった後、
「今この瞬間から、俺が神だ!」
ガッ、と教祖に吸収され、教祖が光り始める。
「さあ始めようか! 神に逆らう愚かな者共! この俺に歯向かう意味を、とくと教えてやる!」
そして教祖は「神」になり、巨大になり、ライト達の前に立ち塞がり、見下してくるのであった。




