第四百九話 演者勇者と導かれし仲間達10
「急げよー、一分一秒が境目になるぞ」
「はい!」
ハインハウルス城下町を囲む様に建てられている検問所、防御壁。バルジは小隊の隊長としてこの防御の地最前線に立ち、指示を出していた。まだ距離はあるが、徐々に近付いてくる軍勢。
ハインハウルスに残された部隊は実際本当に少なく、更に表だって戦えるのはバルジの部隊のみ。――正念場を迎えていた。
「隊長」
「どした」
タッ、と素早く参上したのは副官のパンファ。
「全方位からの襲撃という報告はありましたが、軍勢の内容に関してです。どうも人間だけではない様子」
「マジか。本気で潰しにきてるんだなここを。やる気満々にも程があるだろ……」
ふーっ、と軽く溜め息。油断していたわけではないが、危険な思想の持主達が相手だと再確認せざるを得ない。
「まあいい、作戦は変えない。街の中に入れない、被害を出さない。それだけだ。――「特別援軍」も来てくれるみたいだしな」
「はい」
そのままパンファも急ぎ持ち場に――
「バルジ」
――付く前に、その名を呼ぶ。バルジ、再び軽く溜め息。
「任務中は「隊長」。そうやってメリハリつけようって言ったのはお前じゃねえか」
それに対しついバルジも昔の、二人の時だけの口調に戻ってしまう。
「確認したかったの。――私達が、この国を守る」
「ああ。俺達を救ってくれたあの人の宝物のこの国を、今度は俺達が救う。それだけの話だ。当然だろ」
「やっとちゃんとした恩返しが出来るのかな、って思って」
「あの人はそんな事は気にしちゃいねえだろうけどな。寧ろあれだぜ、俺達がこれで死んだりしてみろ、一生後悔させる事になる。そんな想い、絶対にさせねえ」
「そうね、この国を守って、私達も五体満足で報告」
「ああ。――やるぞ」
コツン、と拳をぶつけ合う二人。絶対なる信頼と、大切な想いを確かめて、二人は戦いに挑むのであった。
「…………」
ハインハウルス城、見晴らしのいいテラスから空を見つめる一人の姿。
「怖気ついたか?」
「怖くないって言ったら嘘になるわ。実戦なんて初めてだし、今は決別したとはいえ、一時は私も向こう側だったわけだし。一歩間違えたら私も進撃する側だったのかな、って思ったら」
相棒であるスーリュノに尋ねられ、空を見つめていたシンディは正直な想いを零す。
「もしもの話など今はいらぬわ。お主がどうしたいか。今はただそれだけであろう?」
笑顔のスーリュノの励まし。シンディの覚悟が、強固な物になる。
「うん。この街を守らなきゃ。皆が戻ってきた時に、笑顔で迎えられる様に」
「ドライブもお主が活躍したと聞けばさぞ喜ぶだろうの」
「なっ――い、今はドライブさん関係ないでしょ!?」
顔を赤くするシンディ。――ああじれったい。こやつらいつまでこの初心な関係でいるつもりなのかの。本当に妾が奪ってしまいたくなる位じゃ。
「兎に角、行くよ! 貴女の実力、私達の絆、見せつけてあげましょ!」
「うむ」
カッ、と一瞬光り、スーリュノはドラゴンの姿に変身。そのスーリュノに手をかざし、自分の魔力を流し、「繋がる」。シンディの魔力はニロフやネレイザの様に決して膨大で強力な物ではないが、
(人間など所詮全て似た様な存在で、ましてやテイムされるなどひと昔前なら考えにも及ばなかったが……)
その透き通った魔力が体を駆け巡ると、スーリュノ一人では発揮出来ない力がみなぎってくるのがわかった。シンディのテイマーとしての才能と、自分を純粋に信じる想い。それを同時に感じ取る。
「くくっ」
「? 何が可笑しいの?」
「大したことではない。ひと昔前の妾を嘲笑っただけじゃ」
「?」
シンディに出会わなかったら今頃どうしていたか。それこそ今のタカクシン教の様にこの国に攻撃を仕掛け、何の満足も出来ないまま散っていったかもしれない。
「おっと、自分でもしもの話はいらないと思ったばかりじゃった」
「だから一体何を――」
「さあ乗れシンディ! 下郎共に目の物を見せてくれようぞ!」
スーリュノが何を思っているかわからないままだったが、今それを問い詰める時間も無い。シンディはスーリュノに背中に飛び乗る。直後スーリュノが翼を羽ばたかせ、空へ飛び立つ。
「この国を守る!」
「妾達が最強である事を証明してみせようぞ!」
後に伝説とまで言われる様になるドラゴンテイマーの初陣の火蓋が切って落とされた瞬間であった。
「姉御……やっぱり本当に行くのか?」
城下町、フラワーガーデン前。住民達に避難勧告が出される中、サクラは一人、戦闘用の装備をして、街の外に出ようと――戦おうとしていた。
「はい。私には戦う力があります。戦う事が、この街を、店を、皆を守る事に繋がるので。――バラ、ちゃんと避難して、皆の事をお願いします。貴女の行動力は、こういう時本当に頼りになります。ですので、そんな顔をしないで」
最後までサクラを見届ける為に残っていたのは人気嬢の一人であるバラ。単身戦いに行くサクラに対し、不安気な表情が隠し切れない。
「私は帰ってきます。この場所を守る為です。誰も傷付けさせない。――絶対に」
そう告げて、歩き出そうとするサクラを、
「姉御っ!」
バラが再び呼び止める。そして、
「正直、姉御が昔何をしてたかはあたし達はわからない! どうしてそんな風に戦えるのかも! でもそんなのあたし達にとってはそんなのどうでもいい事なんだ! ハッキリとわかってるのは、姉御はあたし達の大切なリーダーって事なんだ!」
「……バラ」
「あたし達、まだ姉御に何も恩を返せちゃいない! だから、絶対に戻って来てくれよ! 傷付いたり……居なくなったりしないでくれよ! 絶対に! あたし達、待ってるから!」
「……!」
サクラに昔の記憶が過ぎる。十代でまだ「オウカ」として戦っていた頃。仲間達は傷付き、信じていた物に裏切られ、生き残った仲間達の幸せを見送り、一人になり、目的も何もかも失い彷徨っていたあの頃。――自分には、帰る場所など二度と生まれないと思っていたあの頃。
(ああ……私にも、待っていてくれる人達が……帰るべき場所が、本当に、出来たんですね)
この街に辿り着き、色々な理由で困っている人達を集め、今のお店を始める様になった。彼女達を決して疑っていたわけではないが、自分と彼女達は何処かで経営者と従業員の関係。そう思われてると思っていた。
でも感じるバラの想い。自分達は、仲間なんだと。特別な間柄なんだと。それが、ちゃんと信じられた瞬間だった。
「はい、約束します。――戻って来て落ち着いたら、特別セールでもしましょう。お客様だけじゃない、私達も一緒に楽しめる様な。だから、安心して下さい。私、本当に強いんですから」
だからこそ、この戦いには負けられない。サクラは気持ちを新たに、そして何処までもあくまで「サクラ」として剣を握り、戦いに出向くのであった。
「書類の保護は終わった?」
ハインハウルス城、魔術研究所支部。所長フリージアと副所長ソーイは、避難指示を受け、もしもの為に研究中のデータや書類の保護を行っていた。
「うん、これで最後。ここまでやればお城が崩壊でもしない限りひとまず安心でしょ」
「そう。――それじゃソーイ、最後まで付き合わせてごめん、あたしは行くから。あんたは避難して」
そう告げるとフリージアはアルファス特製の剣を持ち、最後の身支度。――単身、外へ戦いに出るつもりなのだ。この城を守る為に。
「フリージア。正直最初はさ、引き留めようってちょっと思った」
「……ソーイ」
「でも駄目だよね。ライトさんの隣に立つには、こんな時何をするのがフリージアなのか。それ考えたら、応援するしかない。――頼むぜ所長、この国の未来を私は託した!」
ニッ、と笑いソーイはフリージアの手を握り、ぶんぶんと上下に振る。――応援してくれる。その事が、純粋にフリージアは嬉しかった。
「ありがと。この国を背負うつもりはないけど、でも最低限の戦いはしてみせる。ライト達を、ちゃんと出迎えられる様に」
「うん。寧ろごめんね、私手伝えなくて。いや手伝ってもいいんだけど足手纏いの可能性が少々」
「大丈夫。――それじゃ、行ってくる」
フリージアはソーイの手を離し、扉を開け、ソーイとは別方向へ――
「フリージア!」
――進みかけた所で、ソーイが再び呼ぶ。
「絶対に、絶対にちゃんと帰ってきてよ! あんたがどう思ってるか知らないけど、私にとって、フリージアは仕事仲間で、上司と部下で、でも大親友なんだから! こんな所でいなくなるなんてソーイさん絶対に許さないからね!」
「ソーイ……」
笑顔で見送るソーイの目に、涙が少し溜まっている。――不安なのだろう。実際手伝えないのが悔しいのだろう。そして、本当に自分の事を大切に想ってくれているのだろう。それがわかった。
「そんな顔しないでよ」
「だって……」
「わかった。――あたしが無事に帰ってきたらさ」
「帰って……きたら?」
フリージアは一旦ふーっ、と息を吐く。――覚悟を、決めた。
「あたしの事、「ジア」って呼んでいいから」
「!」
ソーイとて十分わかっている。それはフリージアにとって本当の信頼の証。――それ程までに、自分の事を想ってくれている。その事がわかった瞬間だった。
「だから、待ってて。ちゃんと帰ってくるから」
「わかった! 待ってるからね!」
こうしてフリージアは「大親友」と約束を交わし、戦場へと走り出すのであった。
「ライト騎士団イルラナス小隊、整列!」
ザッ!――ハインハウルス城城門前。イルラナスのその号令に四名の小隊員が綺麗に整列する。
「皆、情報は頭に入ってるわね。私達のやるべき事は一つだけ。この街を、この国の平和を守る事。私達ならそれが出来る! 出撃します!」
「はっ!」「ッス!」「はい!」「おう!」
五人は力強く歩き出し、予定されている布陣場所へと向かい始める。
「しかし、何処の世界にも頭がおかしいのがいるもんだな。何で自分達の世界で満足出来ねえんだ。別に困っちゃいねえだろうに」
「優秀な人間が全て優秀な権力者になれるとは限らない、そういう事だろう。私はイルラナス様やヨゼルド王よりも断然強いが、この国をどうにかしろと言われてどうにか出来る自信は一切ない。それがわかるかわからないか、の慣れの果てだろう」
「成程な。あたしも兵士連れて戦いに出る位がよく考えたら限界だわ」
呆れ顔のニューゼに、何処までも冷静なレインフォル。
「ドゥルペ、大丈夫かい? あまり考えすぎない様に」
一方でより複雑な表情を時折見せていたのはドゥルペ。横のロガンが気遣う。
「……正直、今でもよくわからないッス。人間同士って、そりゃ喧嘩位はするだろうけど、こんなに大きく争う様な種族だと思って無かったッス。自分、甘かったッスね」
「ううん、ドゥルペは甘くなんてないわ」
「……イルラナス様」
「私、そのドゥルペの優しい心、大好きよ。だから魔王軍にいる頃から側近にスカウトしたんですもの。だから、その想い捨てないで。――確かにその想いを持ちながら戦うのは、今回辛いと思う。でも、諦める時じゃないわ」
そのイルラナスの言葉に、ドゥルペは自分の頬を軽くパン、と叩く。
「そうッスね。お城に来て、団長さん達に出会って、優しい人達素敵な人達大勢出会えたのは事実ッス。これは、その人達の為の戦いッス!」
「うん。僕らを迎え入れてくれたこの国を、僕らで守ろう」
ロガンの言葉に、ドゥルペも頷く。先程まであった迷いはもう無い。
「これは種族――人間とか魔族とか、そういう事は関係無いわ。ライト騎士団の分隊としての誇りを持って、大切な物を守る戦い! ライトさん達を笑顔で迎えられる様に、頑張りましょう!」
魔族として、それでいて仲間として友として。――イルラナス小隊は、戦いの地へと赴くのであった。
「ほれみろ、こういう事が起きる」
商店街、武器鍛冶アルファスの店の前。――店主アルファスは緊張感の無い溜め息。
「何が「何かあったら宜しく」だ……本当に何か起きてるじゃねえか」
宗教絡みの話は聞いていたが、自分が出しゃばる事は無いと思っていた。ところが現実は今目の前に広がっている。――ヴァネッサは、防衛戦力として明らかにアルファス達も計算に入れている。
「そう愚痴るな店長。寧ろ私達がこの状況下で戦力に数えられなかったらこの国はどうなってるんだって話だろう。ましてや何も聞かなかった事になんて出来るか?」
フロウが笑顔でアルファスを宥める。
「出来ねえよ今更。そのわけのわからねえ連中に好き勝手させるつもりは微塵もねえ。――思い知らせてやるさ、この国に喧嘩売った事をな」
「そうだな、私達を眼中に入れて無かった事を後悔させてやろう」
アルファスが諦めて自分の中のスイッチを入れた。フロウにもスイッチが入る。二人の目に力が籠る。――剣聖の目。死神の目。
「スティーリィ、準備出来たか?」
「うん」
アルファスに呼ばれてスティーリィも戦闘用装備をして店から出てくる。隣にはセッテ。
「セッテ、行ってくる。私達頑張れば大丈夫だと思うけどセッテは一応避難した方がいい」
相変わらず緊張感ゼロでスティーリィはセッテに避難を促す。一方のセッテは不安気な表情を隠し切れない。
「皆さん……その」
「安心しろ。スティーリィの言う通り、俺達が負けるとかまずねえよ」
ポン。――アルファスは軽く笑い、セッテの肩を叩く。
「俺個人としてはこの店にすら届かせないつもりだ。お前は避難先で今日の晩飯のメニューでも考えてろ。帰ってきて晩飯抜きとかそれこそやってられねえ」
何てことのない言葉だが、誰よりも信頼するアルファスのその言葉は、セッテの不安を消し去ってくれる。
「三人共、気をつけて下さいね! 私、待ってますから!」
「おう」「ああ」「うん」
こうして、ハインハウルス商店街最強の店員達も戦いの地へ赴くのであった。




