第三十九話 演者勇者と魔具工具師9
「みんな、一体何があったんだ? 大変、っていう声が聞こえたけど」
大変、という声を耳にして、会場の仲間達の元へ戻ったライト、ハル、サラフォン。
「ライトさん、大変なんです! この女がアルファスさんを私から奪おうとするんです!」
「前提として貴女の物じゃないのでしょう1? なら私が然るべき位置に収まっても何の問題もないわ!」
「姉様、落ち着いて下さい、姉様!」
「……え? 何これ」
確かに大変な事になっていた。セッテとキリアルム家長女・ユリアの睨み合い、そしてそのユリアを必死に止める次女・イセリー。
「まあまあ勇者君落ち着いて、このお肉食べな。美味しいよ」
「そうだぞライト、一旦落ち着いて肉を食え。美味いぞ」
「こっちはこっちでやたら落ち着いてる!? レナは兎も角アルファスさんまでどうしたんです!? 誰か説明プリーズ!」
そして何事もなかったように食事を満喫しているレナとアルファスがいた。――わけがわからない。
「二人を連れて戻ってきたと思ったら、一体何の騒ぎですの?」
と、そこに更にエカテリスがリバールを連れて合流。――流石に王女エカテリスの前で無様な格好は見せられないらしく、ユリアが睨み合いを止め、そのまま姉妹二人で並んでお辞儀をする。
「それからご挨拶が遅れました、勇者様。キリアルム家長女、ユリア=キリアルムです。お見知りおきをお願いします」
「次女、イセリー=キリアルムです。宜しくお願い申し上げます」
「あ、ライトです。ご丁寧にありがとうございます」
続いて他の人との会話等でライトが勇者と聞いたのだろう、ライトにも正式な挨拶をしてきた。ここでライトもしっかりと二人を認識することに。
長女ユリアは年齢は二十代前半から半ば位だろうか。やはり初対面の人間が感じる印象と同じく、勝ち気な瞳がインパクトの美人であると感じた。
一方の妹イセリー。ユリアとは少々歳が離れ、エカテリスよりも下、十代半ば位か。ユリアのイメージが強く感じ取ってしまったせいもあるかもしれないが、柔らかそう、優しそうな美少女という印象を受けた。その目も姉とは違い、包み込むようなオッドアイ――オッドアイだ珍しい。左目だけ淡い緑だ。
「産まれ付きなんです、この目」
と、ライトの視線に気付いたか、イセリーがそう説明をしてくれ始める。
「魔力の才能がある証拠らしくて、家庭教師の人に来て貰って魔法を習ってるんですが、あまり上手くならなくて」
「でも確実に上達していて、妹は必ず後世に名を残す魔法使いになります。――そうだ勇者様、今度、妹の魔法を見てあげて貰えませんか? 勇者様ならもっと妹の才能を開花出来るはず」
「え、あ、その、ごめん、俺どっちかって言うと魔法より剣の方だから、教えるのは難しいかも」
「姉様、それに勇者様はお忙しいでしょう、無理を言ったら駄目です」
ライトは嘘は言っていない。どんぐりの背比べ的な所があるのを言っていないだけで。――いかん。この話題は危険だ。俺のボロが出る。
「その、それよりイセリーさんが大変、って言ってたのが聞こえたんだけど、何があったんです?」
ライトには話題から逃げるという若干裏の魂胆こそあったものの、必要な話題の転換である。自ら率先してその話題をライトは切り出した。
「そうです姉様、こちらを。それに勇者様達にも見て頂きたいです」
イセリーが一枚の綺麗な封書を取り出し、ユリアに手渡す。ライト達も覗き込むような形で手紙を見てみることに。
「『我が求めし宝、視界に収めたり。間も無く奪いに参上する 雷鳴の翼』……これは」
「いつの間にか私の手元に置いてあったんです。お父様は警備がいるから問題ないと仰るんですが、流石に心配で」
雷鳴の翼からの新たなる予告状。しかも、既に目的の宝まで後一歩の所まで来ている、という宣言であった。
「リバール、ソフィとマークに連絡を。それからそのまま警備に合流して頂戴。――雷鳴の翼の目的はキリアルム家の宝、私に危害が及ぶ可能性は低いですわ。なのでそちらを優先して」
「承知しました。姫様もお気をつけて」
エカテリスの指示を受け、スッ、と一行に会釈すると、リバールは速足でパーティ会場を後にする。
「予告状が来たってことは、既に建物内には侵入されたってことか……どうやって」
「んー、侵入方法は兎も角、つまり欲しい物何処にあるかわかったから今から行きます、ってことでしょ? ホント何処までも律儀だよねえ。見つけたなら黙って盗めば簡単だろうに」
「逆に言えば、黙って盗んでいけない品、という可能性がありますわ。例えば、この部屋にある品とか」
レナの疑問に、エカテリスがこの部屋を見渡しながら仮説を立てる。
「つまり、エカテリスの予想では、俺達と警備の人にこの予告で色々な箇所を警戒させる事によって、肝心のこの部屋の警戒を薄くして盗むチャンスを作りたい、ってことか」
「少なくとも私が盗む側ならそうしますわ。――ユリア、イセリー、この部屋で盗まれる可能性のある品は具体的にいくつあるかしら?」
「紹介します、こちらへ」
そのまま一行は姉妹の先導でパーティ会場に展示されている狙われそうな品を確認。順番に絵画、壺、馬の彫刻、甲冑と騎士剣のセット。どれも本当に高級な品の様で、値段を聞く度にライトは目を丸くしていた。
「これさあ、宝石とかならまだしも、こんだけ大きいとますます目立つよねえ。これ知らない間に無くなってたら流石に私達間抜けもいい所でしょ」
レナの正直な感想は、他の人間も同意する所であった。紹介された品はどれもサイズ的に中々の大きさで、誰にも見つからずこっそり持ち出すのはどう考えても不可能の様に思えた。
「でも、逆に言えばそれでも雷鳴の翼は目的の品を盗もうとしている。――ある意味これはチャンスですわ」
「どいうと?」
「最終的に盗むのを阻止して、犯人の身柄を確保すれば私達の「勝ち」ですもの。つまり、多少の時間位なら持っていて貰っても構わないということ」
「そうか、逆に目立つ行動や状態にして、犯人を特定し易くする罠を張るのか!」
「私達は、このパーティ会場ではなく、パーティ会場の周囲を警戒しましょう。まずはそれでおびき寄せる。――犯人の思惑に一旦乗る形になりますわ」
勝ち気な笑みで作戦をメンバーに伝えるエカテリス。要は、敷地内部の何処へ持って行けたとしても、敷地の外へ持ち出せるなら持ち出してみろ、という実に彼女らしい大胆な作戦であった。
「私は一旦リバールと合流して、ソフィ、マークの状態を確認、作戦を伝達。ライトとレナはそのまま先に作戦を開始して頂戴」
「はーい」「わかった」
そしてエカテリス、ライト、レナも部屋を後に――
「ライト、一つだけ忠告な」
――しようとした所で、ライトがアルファスに呼び止められた。
「この手のよくわからん野郎は、結構な戦闘技術を持ってる可能性が高い。迂闊に一人になるな、確実にレナを視界に入れとけ」
「わかりました。――アルファスさんは」
「俺は騎士団じゃねえからな。パーティ終わるまでここで飯食ってるよ。――ま、その間に俺の飯を邪魔するシチュエーションが起きたら正当防衛はするかもしれねえけどな」
何食わぬ顔でそう告げるが、裏を返せばいざという時は手を貸してくれるという意味合い。
「ありがとうございます、それじゃ行ってきます」
場所限定とは言え、非常に心強い存在である。ライトは素直に感謝、お礼を言い、部屋をレナと共に後にした。
「それじゃアルファスさん、キリアルム家代表として、精一杯おもてなしさせて貰いますね」
「ちょっと! キリアルム家ならもっと周りの色々な人の所へ行ったらどうですか! アルファスさんの隣は私がいればいいんです!」
「それに、強い男性に守って貰いたいと思うのは、女性として当たり前の感情です。私は立場上、万が一ということがありますから」
「万が一があるから私兵を雇っているんでしょう! アルファスさんは大丈夫な人の為に動いてあげません!」
「むむむ……!」
「ぐぬぬ……!」
「あの……姉が本当に申し訳ありません。昔からこう、と決めると一直線で……」
「うん、その、あれだ。……タダより高い物はねえ、ってよく言ったもんだって思うよ。大丈夫、君が謝ることじゃねえさ」
…………。
「サラ、私も行くわ。私もライト騎士団だから、何もしないわけにはいかないから。サラは――」
「ボクは――うん、ボクも行くよ、ハル。こういう時の為に色々持ってきたんだ」
「……通りで鞄が大きいと思ったわ。普段は社交界にこんな荷物持ってこないわよ」
「あ、やっぱり変かな……手榴弾とハンドキャノン位だよね、普通は」
「普通の令嬢様は武器持ち込まないの!――兎に角、行きましょう」
「うん!」
こうして、一つの大きな作戦の元、メンバー各々の思惑で動き出すのであった。
「相変わらず姫様はこういう時の方が生き生きしてるよねえ。国王様が心配するのもわからないでもないよ私は」
さてこちら、パーティ会場を出て直ぐ、廊下を移動中のライトとレナである。
「こうして見ると別に俺、本物の勇者だったとしても騎士団長じゃなくていい気がするんだけど……」
「あはは、わかるけど姫様が勇者君を蔑ろにしてるわけじゃないんだから、今のままでいいんだって」
思い返せば直ぐに雷鳴の翼の思惑を予測し、こちらの作戦を組み立てたエカテリスは、正に上に立つ人間、リーダーシップを発揮していた。逆らったり不思議に思う人間など出てくる隙もない見事な手腕。作戦内容もしっかりしており、実力者が揃っているこちらが圧倒的に有利。
「……うーん」
そう、圧倒的有利なはずなのに、ライトは何かが引っかかっていた。
「どした?」
「あ、いや、別に」
「気になる事があるなら今の内に吐き出しちゃいなよー。大丈夫、勇者君の話なら私ちゃんと聞いてあげるからさ」
「ありがとう。そうだな、後でごちゃごちゃする位なら今話すよ。――雷鳴の翼は、どうして具体的に盗む品を指定して来ないんだろう?」
最初の予告状、先程の二通目の予告状。共に盗みに行くこと、そして高い品であることは示されていても、どれを盗む、というハッキリとしたヒントは記されていなかった。
「? そんなの予告しちゃったら、盗めないじゃん。それこそガチガチの警護すればいいんだし」
「それだったら最初から予告なんてしなければいい。レナの感想じゃないけど、例えば相手がナルシストだとして絶対的な自信があるなら、品物も指定して、その警備すら搔い潜ってくればいいんだよ。――でもそうじゃない。相手は盗みに行く為の手段をちゃんと考えてるんだ」
「ふむ、そう言われると矛盾してるね。手段を考えるなら予告状はいらない。でも予告状を送ってきた。でもナルシストでもない」
「そうなんだよ。つまり、この予告状に、何か特別な意味がある気がするんだ。それこそ俺達のこの行動さえも無意味にする、何か特別な作戦の一つに過ぎないのかもしれない」
最終的な目的な盗みを行う為。物を盗む為には、ガードを甘くする必要がある。でも予告状を送ってしまえばガードが固くなる。――ガードが固く、なる……?
「……まさか」
「何か思いついた?」
「なあレナ、あくまで俺の仮説なんだけど……」
ライトは閃いた仮説をレナに説明する。
「あー……そういう方向性か。確かに辻褄は合うね」
「俺達はその方向性で動いてみよう。二通目の予告状が来ている以上、時間がない」
「オッケー」
こうして、ライトの閃きにより、警備は意外な展開へと進んでいくのであった。