第四百話 演者勇者と導かれし仲間達1
ハインハウルス城、深夜。夜間の警備兵など、一部の人間以外は寝静まる時間。国王ヨゼルドの私室もそれは例外ではない。
大き過ぎる程のダブルベッド。傍らには王妃ヴァネッサが眠り、当然横には国王ヨゼルド。
「…………」
だがヨゼルドは眠ってはいなかった。ベッドに横になってはいたが目は開いており、天井を見つめて考え事。
「――眠れないの?」
不意にそんな声。見ればヴァネッサが目を開けてこちらを見ていた。
「すまない、起こしてしまったかな」
「ううん、偶然。そんな気配がしたから」
この辺りは天騎士だからなのか夫婦だからなのか、はたまた両方だからか。
「大丈夫、直ぐに寝るさ。――まだまだ忙しい日が続くんだ、夜寝れる日はしっかりと寝ないとな」
「そう……ね」
そう笑いかけて、ヨゼルドは寝返りを打ってヴァネッサに背を向ける。その背中は、いつもと同じで……でも違って。
「ふぅ」
その背中を見て、ヴァネッサは軽く溜め息をついて、そのまま優しくヨゼルドに抱き着く。
「! もしかして、夜のお誘い――」
「お馬鹿」
ベシッ。――抱き着いたまま、ヴァネッサはヨゼルドの頭に軽くツッコミ。
「さっきの話はどうしたのよ。こんな時間からしたらそれこそ寝不足になるでしょ」
「つまり、もっと早ければいいという風に受け取っていいのだな?」
「はいはい」
まあ否定はしない。――と、本題はそこではない。
「アナタと夫婦になった時、誓ったわ。私は剣で戦いで、アナタはその政治的な手腕で、この国を守っていくって」
「うむ」
「でもそれは、自分の担当ジャンルを一人で抱え込むって意味じゃない」
「…………」
「話してくれていいじゃない。甘えてくれていいの。私達、夫婦なんだから。寧ろ隠し事とか離婚案件」
そう言って優しく笑いかけてくれるヴァネッサ。自分が愛する妻は、誰が何と言おうと世界一で。
「敵わないな、君には」
ヨゼルドは再び寝返りを打ち、ヴァネッサに向き直り、ヴァネッサの手を握る。
「私が辛い分には、全然構わんのだ」
そして、想いを打ち明け始めた。
「私はこの国の国王だ。この国を、国民を守る為に国王になった。だから、私が辛くてもそれでこの国が守れて良い国になるのなら、それは本望というもの」
「それは私だって同じよ。アナタと共に生きる、天騎士として戦うと決めた時から。――でも、それが?」
その問いに、ヨゼルドは一度ベッドから起き上がり、タンスを開けて一通の手紙を取り出す。そのままヴァネッサに読む様に促す。
「! これって……」
ヴァネッサも目を通してわかった。ヨゼルドが思い悩む理由が。
「私はどうするのが正解なのか。流石に悩んでしまってな。何とか出来ないものかと」
「…………」
「十分過ぎる程、彼はもう背負ってくれている。彼に今以上の物を背負わせたくないんだ」
「そう……ね」
事情を話せばわかってくれるだろう。でもそれがどれだけ大変な事なのか。――彼はこの国で共に戦う同志であると同時に、自分達が守らなければならないこの国の住民なのだ。
「立ち向かいましょう」
ならば、答えは決まっている。
「それが運命なら、立ち向かいましょ。私とアナタで、覆してやればいいわ。私達二人で、出来ない事なんてない」
「……ヴァネッサ」
優しく抱き締めてくれるヴァネッサを、ヨゼルドも優しく抱き締め返した。
「ありがとう、決心が固まった。――戦おう。この国の為に、この国の人々の為に、仲間達の為に」
「ええ」
こうして極秘に夫婦の決意は固まった。そして、その決意が後に――
「……そんなに宣言から時間が経ったわけじゃないのに、街の雰囲気変わっちゃったな」
午後のハインハウルス城下町。ライトはレナとローズを引き連れアルファスの店へ稽古の為に移動中。
城下町には以前に比べて確実に巡回の兵士の数が増えている。現在城下町では一時的に宗教の布教活動を禁止。勿論城下町として機能はしているが何処か張りつめた空気を感じるのは気のせいではないだろう。
「ま、仕方ないでしょ。逆に何もしないでゆるゆるにしてたらもっと酷い事になるかもしれないし」
「まあな……」
デモが起きてその度に負傷者が出ていたらキリがない。何とか解決したい所だが、現在ハインハウルス国とタカクシン教の情勢は膠着状態。紙一重で何が起きるかわからない。――不安は消えない。
「私に出来る事があるなら、何でもしたいです。勇者としても……ですけど、一人の人として、師匠の弟子として、騎士団の一員として、何とかしたいです」
ローズは複雑な感情を抱いたままだった。自分は勇者だが、こんな物の為に勇者になったのか、それでも戦わないと平和が守れない。なら自分はどうしたらいいのか?――ギュッ。
「師匠?」
ライトがローズの手を握った。
「ローズ、俺がいるからな」
「え?」
「ローズは勇者だけど、俺の弟子で仲間だ。焦らなくていい。大丈夫、俺達に出来る事、俺達じゃないと出来ない事がきっとある。焦ってたらそれを見失うかもしれない。今は、落ち着くんだ」
そしてライトはローズの焦りを見抜いていた。――ローズはまだ大人になりきれていない。そして誰よりも仲間の中で純粋。それでいて騎士団で潜在能力を含めれば誰よりも力を持っている。そのアンバランスさは危うい。
「俺達だけじゃない。国王様も王妃様も、国の皆が一緒に戦ってるんだ。ローズは勇者だけど、勇者「だから」っていう理由で背負う必要はないからな」
そのライトの言葉に、ローズの気持ちも落ち着いていく。ふーっ、と一度大きく息を吐くと、
「ありがとうございます、師匠! やっぱり師匠は私にとって唯一の師匠です!」
そう笑顔で宣言した。全ての心の靄が消えたわけではないだろうが、それでも気持ち的に大分楽にはなった様子。――と、そんな時だった。
「きゃあーっ! 誰か助けて!」
そんな悲鳴が聞こえて来た。辺りに走る緊張。
「レナ、ローズ!」
「はいよ」「はい!」
勿論ライト達は急ぎ悲鳴の聞こえた方へ駆けだす。裏路地に入った所で、
「神への冒涜は許さん、その命を持って償うがいい」
二十代位の若い女性と、四十代位の男性の二人を、三人の男が取り囲んでいた。取り囲んだ男達の手には剣。そして何より――タカクシン教信者の服を着ていた。
「はああっ!」
一番速かったのはローズ。――ガシャン!
「な……!?」
正に疾風、エクスカリバーを抜刀し、信者達の武器を一瞬にして全て破壊した。あまりの速さに信者達は驚きを隠せない。
「いかなる理由があろうとも、そんな物で人を脅すなんて許しません! それでも退かないのなら、私にも覚悟があります!」
そしてビシッ、と宣言。信者達は動揺を隠せない。目の前のまだあどけなさの残る少女から感じる迸るオーラ。
「クソッ!」
この場はマズい、という判断を下し、信者達は直ぐに身を翻して、
「あ、ごめん、あの子が許しても私は許さないよ」
「がはぁ!」
――レナの一撃をそれぞれ喰らって綺麗に三人共気絶した。
「さ、ライト君、締めの決め台詞どーぞ」
「そんなの今までやった事一度も無かったよね!?」
まあ確かにいつも通り俺は何もしてないけど!
「助けて頂いてありがとうございました」
信者達三人を憲兵に任せ、ライト達は襲われていた二人に話を訊いてみる事に。二人は親子との事。
「実は、私の友人が、タカクシン教の熱心な信者だったんです。仲も良かったので、私も色々と誤解されて……」
「そうでしたか……」
言わば飛び火である。本当に来る所まで来てしまっているのがよくわかる事案であった。
「あのっ、今回の件でまた何かある様だったら、お城に来て私を訪ねて下さい! 向こうも私の顔を覚えていれば迂闊に手が出せなくなると思います」
いや寧ろレナの一撃の方が精神的には……とはとりあえずは言わないライト。
「ライト君。私ライト君の事ドMだって言ってたのは冗談だったんだけど本気だとは知らなかった」
「ちょっと待て俺の心の中の何を読んだ!?」
もう何もレナに隠し事が出来ない。――と、そんないつもの夫婦漫才を他所に、
「私、ローズといいます。先代の勇者様の任を引き継ぎ、勇者の称号を預かっています、ですので遠慮なく頼って下さい!」
「勇者様!? 本当ですか、こんなに可愛らしい子が……」
驚く父親。娘の方も言葉無くとも驚いていた。無理もないだろう。
「ありがとうございます、ではもし何かあったらお伺いしてもいいですか?」
「勿論です!」
こうして親子はローズにお礼を言い、ライトとレナにもお礼を言い、その場を後にした。
「ちょっと緊張しました……私、間違ってませんよね?」
と、親子の姿が見えなくなるとローズがそんな確認。微笑ましくてライトもつい笑顔が零れる。
「大丈夫、今回の件、助けた所から伝手を告げる所までちゃんとしてたよ。それでいてもし何かローズ一人で困る事があったら、相談に来ていいから」
「ありがとうございます、師匠」
「まー、それにそう遠くない未来に決戦でしょ。こんなの当たり前で街中でやられだしたらたまったもんじゃないもん」
レナの一言。いつもの緩いテンションで言っているが、その考えはライトとしても同意だった。――これ以上はもう放っておけるとも思えない。
「なあレナ、逆に言えばまだ決戦に踏み切れないのは何でなんだ?」
「大義名分が足りないのと、今勢いづいてるタカクシン教を越える勢いの切欠が足りないね。勝つ事は簡単だよ? でも、中途半端な勝利は国王様にしたら勝利じゃないね。絶対に被害が出るもん。――完全勝利をしなくちゃいけないから」
「完全勝利、か……」
誰も傷付けないで終わる戦いはないが、それでも国を仲間を守るにはそれしかない。――果たして出来るのか、そしてその戦いに自分はどう関わるべきなのか。そんな不安を胸に、ライトはレナとローズを引き連れ再びアルファスの店を目指すのであった。




