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第三十八話 演者勇者と魔具工具師8

「はぁ、はぁ、くそっ……何なんだ、あいつ……!」

 盛大な賑わいを見せるキリアルム家社交パーティ会場……の部屋から出て少しの廊下。ナトラン家長男・ヤンカガはそこに置いてあったソファーにだらしなく腰を下ろし、悔しさを隠しきれずにいた。

 実際ライトが予測した通り、彼の剣士としての腕は中々の物であった。才能もあるだろう。――だが相手が悪かった。

 ヤンカガに簡単に足りない物を一つ挙げるとするならば、「経験」であろう。経験の少なさは自惚れに繋がり、今回の様な不用意な結果を招いたとも言える。

 しかし今回一回限りでどうにかなるようであれば、彼はとっくの昔に違う人間になれたであろう。――というわけで、今の所はプライドがズダズダにされただけ、である。

「エカテリス様も……何故だ……!」

 ヤンカガ自身がエカテリスの内面や性格を考えているかは兎も角、立場として男性として「狙っている」のは確かであった。王国第一王女を娶れることが出来れば、即ち次期国王というのも夢ではなくなる。

 自分はエカテリスに相応しい。エカテリスもわかっていてくれている。――そう思っていたはずなのに。

「若様、こちらにいらしたのですね」

 と、ヤンカガを探していたか、一人のドレス姿の女性が姿を見せる。――名前をクレーネルといい、今回ヤンカガと共に来た彼の従者である。

「折角のパーティにあまり席を外していると旦那様に叱られてしまいますよ。戻りましょう」

「僕に再びあの場に戻れと? 貴様従者の癖に僕に恥を晒せと言うのか!」

 会話こそ届かないものの、明らかにアルファスとのやり取りは注目を集めており、ヤンカガにマイナスなイメージを出席者に与えていた。その状況下で再び姿を見せるなど、彼のプライドが許さない。

「――あの姫様に、相手にされないことが悔しいのですか?」

「五月蠅いっ! 新参の従者がどの口を!」

 クレーネルはヤンカガの従者になってまだ三ヵ月。魔法使いではあるが優秀だった為ナトラン家に士官する形で、そのまま彼の従者というポジションに抜擢されていた。

 クレーネルはヤンカガに罵声を浴びせられても表情を変えず、ゆっくりとしゃがみ、視線を合わせる。

「では質問を変えます。――若様は、自分があの姫様に相応しい人物だと、自分で思っていますか?」

「当たり前だ! 僕を誰だと思っている! 僕に抗うなんて――」

「罰が当たる」

 そしてクレーネルはヤンカガの言葉の途中で、自らのその言葉を被せた。

「素敵な考えです。――いいですか? 天罰というのは、私達人間の領域を超えた、神様が行う断罪。それを自分の為に、為だけに神様がしてくれると考えてしまう人を、探していたんです。見せて下さい、貴方が神に選ばれし者かどうか」

「クレーネル……? 貴様、何を言って……」

 ゆっくりと、笑顔でクレーネルはヤンカガの目前に手をかざす。そして――



「はっはっは、驚きましたなあ。エカテリス様、勇者様のエスコートで登場とは」

「今回は私の我が侭で参加して頂きましたの。あまり皆様も勇者様を直接目にする機会がなかったでしょう?」

「そういえばそうですなあ。でも、こうして見ると人の良さそうな普通の青年じゃないですか。驚きです」

「勇者だって人の子ですわ。私はそういう所にも安心感を感じていますもの。きっと民の事も考えてくれるような人だと」

「確かにそれは違いない。これは将来安心ですな、流石エカテリス様と勇者様だ」

「ははは」

 普通というか本当に何もない平凡な人間ですけどね!――というのを心の中で叫んでおく。

 さてこちら、エカテリスに付いてパーティ会場を回るライトである。――ちなみに今の会話でライトの言葉は最後の愛想笑いだけである。

 任務なので割り切ろう、頑張ろうと決めて来たものの、実際体験すると中々に辛かった。名前も顔も知らない人と入れ代わり立ち代わり挨拶と愛想笑い。会話の受け答えは上手くエカテリスがしてくれているのでボロこそ出ないものの気は休まらず、料理を口に運ぶ暇もない。

(早く終わらないかな……どの位続くんだろ……そういえば皆は……)

 チラリと周りを見て見ると、着かず離れずの位置にちゃんとレナはいた。ステーキを食べていた。――え、俺の護衛の緊張とか……ないよな。レナだしな。

 と、そこでレナと目が合う。何やら口パクで伝えてきている。よく見て見ると。

(ミ・ディ・ア・ム)

「その情報今いらないから!」

 食べているステーキの焼き加減を伝えてきていた。ミディアムだったら何だと言うのか。

「勇者殿? どうかなされたのです?」

「え? ああ、いえ、大丈夫です、ははは」

 つい口に出してツッコミを入れてしまったので、近くにいた人に心配されてしまう。――俺も食べようかなステーキ。

 よく見て見れば、レナの近くでアルファスも肉を食べており、セッテはアルコールを嗜んでいる。ハルとサラフォンは――

「……あれ?」

 ハルとサラフォンが見当たらない。キョロキョロと周りを見回してみると、この部屋から通じて出れる庭にサラフォンがポツンと立っており、少し離れた場所で見守るようにハルが立っていた。

(……まあ、気にはなるよな)

 パーティ開始前、両親とのやり取りを思い出す。サラフォンからすればパーティ所じゃないだろう。

「エカテリス、少しだけここ、離れてもいい?」

 チラッ、とサラフォンの方を見ながらそう尋ねる。

「そう言い出すと思ってましたわ。――大丈夫ですわ、行ってきて」

「ありがとう。出来る限り直ぐに戻るようにするから」

 ライトの意図を汲んだか、エカテリスは笑顔で送り出してくれた。お礼を言い、速足でライトは庭へ出る。――ハルがライトの接近に気付き、無言で頭を下げる。素直な感謝であろう。

「サラフォン」

 一方のサラフォンは、呼ばれるまで気付かなかったようで、少し驚いて振り向く。

「ライトくん……パーティ、大丈夫なの?」

「エカテリスにお願いして少し休憩させて貰った。正直息が詰まるよ。食べ物沢山あっても食べ辛いし。よくみんなこんな楽しそうに参加してると思う」

「ライトくんは初めてだもんね。――ボクも窮屈だよ。小さい頃から出てるけど、いつまで経っても楽しくならない。子供なのかなあ」

「じゃ俺も子供か。随分大きな子供だな、俺もサラフォンも」

 そう言って、二人で軽く笑った。

「こういう時、いつも早く帰って魔道具弄りたいな、ってよく思うんだ。あれを弄ってる時がボクは一番落ち着くし。……それももう、出来なくなりそうだけど」

「……サラフォン」

「わかってはいたんだ、ボクも。いつまでも中途半端なままじゃ駄目だって。でも、魔道具を弄る毎日が楽しくて、困ったらハルが助けてくれる毎日が楽で、甘えてた。ツケが回ってきたんだね」

 ハハハ、と力なくサラフォンが笑う。――先程の二人での笑顔とは、打って変わって、寂しい笑顔だった。

「ライトくんとも折角友達になれたのに。ボクの作る武器が格好いいってあんなに言ってくれたの、ライトくんだけだよ。――そうだ、折角だから何か貰ってくれないかな? ライトくんが貰ってくれたら、ボクが魔具工具師だった証になる気がするから」

「待て待て、何もうお終いみたいな話にしてるんだ」

「終わり……だよ。魔具工具師としての目標も功績もボクにはない。お父様の言う通りだよ。大人しく言う事を聞くしかないから」

「まあ、そこは俺も同意だ。正直、サラフォンのお父さんお母さんが正しいと思う」

 ライトはあっさりとそう言い放つ。迷いないライトに、サラフォンは苦笑。

「矛盾してるよライトくん。お父様お母様の意見が正しいなら、ボクは軍を辞めて家に帰らないと。それって終わり、ってことでしょ? 慰めるの下手だなあ」

「慰めとかじゃないぞ。最後まで俺の話を聞いて。――俺が言いたいのは、あくまで「今は」終わり、ってことだよ」

「どういう……こと?」

「分かり易い所から話そうか。――まず、サラフォンが家に帰っても、俺とハルと友達じゃなくなるわけじゃないよな?」

「それは勿論だよ。ボクはそんなつもりで友達になったんじゃないもの」

「今みたいにいつでも会えるわけじゃないけど、定期的に会うチャンスはこの先にまだまだあるわけだ。つまり、そういうことだよ」

「え? え?」

「家に戻ったからって、またこちらに戻ってこれるチャンスが消えてしまうわけではない。――ライト様は、そう仰りたいのですね?」

 合点がいったハルが、正式に会話に参加する為に近付いてきていた。ライトは頷く。

「作ればいいじゃんか、探せばいいじゃんか、今この瞬間から、魔具工具師としての目標と功績を。諦めるなよ。お父さんお母さんが納得するような物、見せつけてやればいいんだよ。半年後だっていい一年後だっていい、何年後だっていい。認めて貰って、戻ってきなよ。その為の協力なら友達として勿論するし、戻ってくるなら待ってるからさ。俺も、ハルも」

 そう、現状直ぐに打開出来ないなら、それに落ち込むのではなく、打開を目標に頑張ればいい。それがライトの出した答えだった。苦肉の策と言われてもいい。綺麗事と言われてもいい。頑張って最後にまた笑えるのなら、それでいいじゃないか。――燻ってなんて欲しくない。燻って無駄な時間を過ごすのは……俺みたいなので十分だ。

「サラフォン、俺は信じるよ。サラフォンの魔具工具師としての才能が、軍に戻ってくるだけの功績と目標を作るって」

「勿論、サラにやる気があれば、の話だけど。私もライト様も、強制する気はないわ」

 笑顔でサラフォンを見るライトとハル。二人共、心の手を差し伸べていた。

「ハル……ライトくん……ボク、ボクは――」

 その心の手が見えないサラフォンでもなかった。目の前に広がる優しさに、涙が零れそうになる。――その時だった。

「姉様! 大変です、姉様!」

 パーティ会場から聞こえてくる焦りの声。一人の少女が会場を駆けていく。行き付く先にいたのはレナ、アルファス、セッテと――

「……誰だ?」

 知らない女性だった。ただ様子を見る限り「姉様」がその先に仲間達といた女性の模様。

「キリアルム家の姉妹ですね。長女のユリア様、次女のイセリー様です」

 ハルの補足。知らない女性の正体はお陰でわかったが……謎は深まる。何故キリアルム家の姉妹が仲間達と一緒なのか。そして、「大変」で焦る理由。

「気になるな。――行ってみよう」

「はい」「うん」

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、三人は急いでパーティ会場の仲間達の元へ戻るのだった。

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