第三百九十七話 演者勇者と神託の塔19
「只今戻りました」
タカクシン教総本山。「教祖様」の部屋にいち早く報告に来たのはセツナ。
「フレムに駐屯していた教徒の皆さんは、負傷者多数ですが無事撤退。マーコさん、ホンスさん両者からも後程報告がくるかと思います」
「……撤退?」
「フレムの地はあの状況下では明け渡すしかありませんでしたねえ。クレーネルさんも完全にこちらに見切りをつけられてしまわれた様子でしたし、ひとまずの撤退が良い判断だったと思われます」
撤退はセツナの独断である。「教祖様」の中では、
「セツナ、それの何が「無事」なんだ? 全て相手の思い通りになってしまったんだろう? 何の為にお前を送ったと思ってる?」
撤退など有り得ない。その為のセツナだった。だが、
「致し方無かったのですよ。ハインハウルス軍は予想以上に強い。あの場で全面交戦を開始した所で、得られるメリットは少ないと思いまして」
セツナは悪びれずそう言い切る。その様子が、「教祖様」の苛立ちを増長させた。
「それでも全て相手の思い通りは流石にないだろう。――俺を馬鹿にしているのか?」
鋭い視線をセツナに送る。分かり易く苛立っている。
「とんでもありません。私なりにタカクシン教の事を、教祖様の事を想っての事」
だがセツナはその圧倒的存在の苛立ちを前にしても動揺する事無く、そう口にする。
「よく考えろ。今、世界の覇権を握りかけているのは我々だ」
「そうですねえ」
「ならやるべき事などその場その場で決まってる」
「そうかもしれませんねえ。ですが、その判断が出来る人間など限られています。全ての教徒が出来るとは思えません」
「出来なければおかしいんだ。タカクシン教の人間ならば。俺を教祖と認めるのならな。察しろ」
怒鳴ったり語尾を強めたりはしないが、それでも最後の「察しろ」には剥き出しの感情が込められているのをセツナは感じた。
「わかりました、以後は気をつけます。――では私は失礼します」
パタン。――静かにドアを閉め、部屋を後にする。
「やれやれ。実力があるのはわかりますが、もう少し位謙虚になっても罰は当たらないと思いますがねえ」
ふぅ、と溜め息一つ。――私でこれなら、今から報告に行くマーコさんとホンスさんはどうなってしまう事やら。
「しかし、ハインハウルス軍……あれがライト騎士団。成程成程」
初めて見て、直ぐに興味が沸いた。良くも悪くも、世界の命運を握っている。そんな気がする程。
「さて、あの程度の戦いを勝利した所で、まだまだ何も終わらないですよ。面白い物を見せてくれる事を、少し期待してみましょうかね」
少しだけ楽しそうにそう呟きながら、セツナはその場を後にするのだった。
死んだ事などないからわからないが、クレーネルは何も怖くなかった。目を閉じてその瞬間を待つ。
ライトと約束をしてから今日の今まで、当たり前の様な顔をしていたが、やはり心は疲弊していた。自分の事。タカクシン教の事。過去の事。未来の事。――もう、本当に何も考えたくない。嘘偽りない本音だった。
それがようやく終わりを告げる。ならば一瞬の痛み苦しみなど安い物だ。ついに解放されるのだから。
ライトが後ろに立つのがわかった。――きっと彼なら、タカクシン教の事も何とかしてくれる。そう信じて疑わなくなった。
(後の事を……お願いします)
心の中で今一度その願いを込めると、ライトの剣が――
「クレーネルちゃんっ!」
――振り下ろされる、正にその直前。そんな声がした。懐かしい声だった。今この場で、聞く事など絶対に有り得ない声。その衝動に負け、つい閉じていた目を開き、声のした方を見た。
「……え?」
声のした方に居たのは、先程まではこの場には居なかった十数名の人間。男女年齢バラバラの集まり。でも唯一にして最大の共通点があった。
「みん……な?」
それは、フレム出身者という事。クレーネルと同じ故郷で……クレーネルとは違い天災の被害を直接喰らい、死んだ「はず」の人達。
最初は死を迎えた自分を迎えに来てくれたのかと思った。だがそれにしてはリアルにあの頃より見た目の年月が経過していたし、何よりライト達がまだ周囲にいる。自分自身に、生きている感覚が残っている。
「間に合いましたか」
と、シュタッと降り立ったのはリバール。
「うん、ありがとうリバール」
「ライト様の御指示ですから。姫様のお世話の合間で宜しければ、このリバールもライト様のお世話をする覚悟も出来ています故」
「止めてこれ以上ややこしくしないで!?」
そんな馬鹿なやり取りも今のクレーネルの耳には曖昧にしか届かない。
「これは……一体……?」
「内緒にしていてごめん。念の為に調べてみたんだ、フレムの天災の事。本当に生き残ったのはクレーネル一人だけだったのか」
「!」
ライトは極秘にリバールに調査を依頼していた。フレムの当時の事、生存者の確認。――タカクシン教の教祖は、クレーネルという才能を手に入れる為にフレムの天災時、可能な救援を行わなかった。
だが逆に言えば、彼はクレーネルの才能さえ手に入ればそれで良かった。それはつまり、
「生存者が他にもいたとしても、クレーネルに全員亡くなったと信じさせればそれで良かった。その可能性を考えたんだ」
「じゃあ……!?」
「残念ながら、災害に多くの人が巻き込まれて亡くなってしまったのは事実だった。でも、ああして生き残れた人達も、ちゃんといたんだよ」
「っ……!?」
信じられない、夢でも見ているのか。そんな目で、クレーネルはその人達の方をただただ茫然と見ていた。ライトがこくりと頷いて促すと、フレムの生き残りの人達が、クレーネルの方に歩み寄ってくる。
「クレーネルちゃん……生きてて、良かった……!」
抱き着いてくるのは、妹の様に可愛がっていた向かいの家の子。
「クレーネルちゃんの家の親父さん達も皆犠牲になっちまって……町から離れてたクレーネルちゃんがせめて無事だったらってずっと俺達思ってた」
そう感慨深げに言うのは、よくお世話になってた酒屋の店主。
「私達、何とか生き延びて、今はトリスタリデの街にいるのよ。――皆、離れられなくてね、これ以上。生き残った人達は、皆そこに」
そう優しく伝えてくれるのは、いつでも優しかった町長の奥さん。
「ごめんな、クレーネル……話はお城の人に聞いたよ。お前だけ、辛い思いをさせてたなんて知らなかった」
そう気遣ってくれるのは、街で一番の人気者、皆のお兄ちゃんだった人。
皆、覚えてる。ここにいる、私を優しく囲んでくれる人、全員の顔を覚えてる。――忘れるわけがない。
「皆……みんな……み、んな……っ!」
視界がぼやける。泣いている事にすら気付けない程、混乱、そしてそれ以上の感動。
「会いたかった……! ずっと、会って謝りたかった……! 私だけ、生き残った気がしてて……! 私だけ……私っ……!」
言葉にならない。でもその精一杯の想いは、集まってくれたフレムの生き残りの人達に、痛い程に伝わる。全員が涙し、全員がクレーネルに寄り添った。
「ほいで? これからどうするの? クレーネルに止め刺すの?」
「いや刺すわけないだろ……これで約束守れぇぇとか言いながら俺が強引に行ったら色々崩壊だ」
その光景を見守っていたライトにそんな言葉。レナなりの冗談なのはわかっている。チラリと見れば、彼女だって優しい顔で今の情景を見つめているのだから。
「私が安心してるのは、君が直接手を下す必要性が無くなった事への安心感もあるけどね」
「……それは」
「仕方なかったのはわかる。でも、やっぱり無茶はして欲しくないなあ。どうしてもって時は、ちゃんと言って頼って。一緒に受け止めてあげるから」
「……ありがとう」
「うん。――じゃ、私達は帰る?」
「そうだな。もう大丈夫だろ」
そう言うと、レナが自然とライトの手を取った。ライトも違和感なくレナの手を握り返して――ピピーッ!
「そこー! さり気なく手を握ったりしない!」
「え? あ」
ネレイザのホイッスル。――ライトとしても凄い自然な動きだったのでつい普通に握り返してしまったが、これじゃまるで。
「えー、ネレイザちゃんだって小さい頃やったでしょ? お手手繋いで帰ろう的な」
「絶対そんなつもりじゃないでしょ今!」
そんないつもの風景の傍らで、ハインハウルス国の神託の塔、そしてクレーネルの物語が、終わりを告げたのだった。
「……ぐぅ……」
翌朝。ライトは久々にぐっすり眠りこけていた。――ここ数日は色々な緊張感が特に重かったせいかもしれない。だから、
「お早うございます、ご主人様。朝です」
「う……ん……ふぁーあ」
自動でカーテンが開き、朝日を迎えられるのは非常にありがたかった。目が覚める。
「僭越ながら着替えを用意させて頂きました。お着換え、お手伝い致します」
「いやそこまではしなくていいよ……ちゃんと自分で出来るから……」
そう、今更そこまでの手伝いは……手伝いは……?
「あるぅぇ!? 何してんの!?」
「専属メイドとして参上するのは当然だと思いますが」
「そうじゃなくて、もうその話は終わったんじゃ!?」
にこやかにそこにいたのはメイド服姿のクレーネルだった。――フレムの生き残りの人達と共に生きる希望を再び見つけ、ライトとしてはその背中を見送ったはずの彼女が何故かまだここにいる。何故だ。
「ここからは、私のターンです」
「え?」
「ここまでして下さったご主人様へのお礼。そして今の「私」として、贖罪と今回の騒動を最後まで見届ける義務があると」
そう言うとクレーネルは、ライトの前で片膝をつく。
「微力ながらこの力、お使い下さい。この国の為貴方様の為に、もう一度平和が訪れるまで尽くす所存です」
「……クレーネル」
そう。クレーネルの中ではそれで終わりにするにはタカクシン教に尽くした時間は長過ぎた。ならば全力で自分の為に動いてくれたライトの為に、全力以上の想いでタカクシン教の戦いに終止符が撃たれるまで仕える。それが彼女なりの答えだったのだ。
「わかった。クレーネルが望むなら、一緒に戦おう」
「ありがとうございます。ご期待に沿える様にこの身を尽くします」
事実、戦力としては非常に大きい。内部にも詳しいし純粋な戦闘力も非常に高い。……戦闘力?
「いや、でもそれなら普通に魔導士として一緒に来ればいいんじゃないの? 無理に俺のメイドを継続してくれなくても」
「何を仰いますか。大事なのは、ご主人様のメイドとして、共に見届ける事なので」
「ええ……」
別に嫌じゃない、寧ろ嬉しいが、その、何だろう。――コンコン。
「ライト様、ハルです」
「ハル?」
ドアがノックされたと思ったら、ドアの向こうからハルの声が。
「実は昨晩、この城にクレーネルが現れたとの情報が流れまして。何か御存知ありませんか?」
…………。
「……クレーネル、もしかして一連の流れは無許可?」
「先程ご主人様に許可は頂きました」
「いやいやいやいや!?」
何だろう。非常にマズい。何て言うか、このままだと俺がこう勝手に招き入れた感が――
「ライト様? 何かありましたか? まさか」
「あ、いや」
「もしや緊急ですね? 失礼致します」
「どわー待ってー!」
クレーネル、ライトの専属使用人に……強引に、着任。




