第三百九十五話 演者勇者と神託の塔17
幻でもない。夢でもない。――かつて自分が穏やかに暮らしていた町の跡地に、自分を見捨てた組織が陣取っている。
「っ……!」
ガクッ。――クレーネル、ついに膝をついてしまう。
「師匠、クレーネルさんが!」
「わかってる。――クレーネル、決めてくれ」
「決め……る……?」
「君がこの状況でどうしたいか。これだけは、自分で判断しないと駄目だと思う。目を背けてもいい。タカクシン教の真意を確かめるでもいい。俺達から離れるでもいい。どんな答えだとしても、自分で決めて欲しい」
「私……は……っ!」
「そして、その答えの結果、望んでくれるなら――俺達は、一緒に行くよ」
「!」
「誰の指示でもない。命令でもない。俺達が一緒に行きたい、行くべきだと思うから、一緒に行くんだ。だから――自分の意思を、しっかり持ってくれ」
自分の意思。――いつから、全てを神のお告げに委ねる様にしていたのだろう。いつから全てを、神のお告げのせいにしていたのだろう。
「……一緒に……来て、貰えますか。この土地の現状を……生き残った立場として、見なければ」
もう無くなったと思っていたその意思を、クレーネルは絞り出した。覚悟を決める。
「わかった。一緒に行こう」
「ありがとう……ございます」
「最後まで付き添う約束だしな。それに、俺は今、君のご主人様だ。一緒に行って当然だろ?」
そう言って笑いかけてくれるライトを見れば、少しだけ呼吸が安定する。――今自分は、一人じゃない。そう思える。
「立てますか? 掴まって下さい」
「私の肩も御貸しします」
「ありがとう……ございます」
左右をローズ、リバールに支えられ、クレーネルは立ち上がる。
改めて光景を見る。――簡単な砦、野営地の様になっていた。昔から点在している様には見えない。つまり、
「クレーネルを見捨てた辺りで用意し始めたんだろうね。敵ながらイヤらしい事するじゃん」
というレナの仮説は、大よそ全員同意見であった。クレーネルが敵――ハインハウルスの手に落ちた後、この地を訪れる事も視野に入れていたという事である。
この光景をそのクレーネルが見て何を思うかなど、予測がつかないわけではないだろう。現にクレーネルは精神的ショックを受けた。でももしかしたらクレーネルは再びタカクシン教に戻りたいと言い出すかもしれない。そんな駄目元の踏みにじる様な想いで、この地を作り上げたのなら、
「許すわけにはいかねえな。――団長、いつでもいけるぜ」
既にソフィは狂人化していた。敵意を感じているのではなく、純粋な怒りから。他のメンバーもそれぞれ武器を持ち直す。――クレーネルの件が無かったとしても、笑顔で手ぶらで乗り込める相手ではない。
「私達はハインハウルス軍、ライト騎士団よ! そして私は王国第一王女、エカテリス! 代表の者を出しなさい!」
入口で威圧感を織り交ぜながらエカテリスが声をあげる。勿論注目は集まる。遠巻きに信者達がこちらを見る中、
「あ、あの、すみません、代表は私です!」
少し小柄な女性が小走りでこちらへやって来る。
「ここの管理を任されてるマーコといいます。って……クレーネルちゃん! 無事だったんだね、良かった!」
一歩退いた所でローズとリバールに支えられているクレーネルを見て、マーコは笑顔を見せてそう言った。
「…………」
一方のクレーネルは何も発しない。ただ無言で、マーコを、周囲の施設を見ている。
「クレーネルちゃん、一緒に戻ろう? 私も一緒に行ってあげるから。教祖様も、謝ったら許してくれるよ。神様は見ててくれてる」
「……は……?」
次いで出たのはそんな言葉だった。――謝ったら許してくれる? 神様は見ててくれる? まるで私が悪いみたいじゃないか。まるで私が神を裏切ったみたいじゃないか。裏切ったのは……私の信仰を踏み台にしたのは……!
「あっ、すみません、王女様! どういったご用件でしょう?」
「この土地、元々はフレムという町があった土地ですわね? 災害での被害後は、一律ハインハウルス国が管理している土地のはずですわ。誰の許可を得て、貴女達の施設を建造したのかしら?」
「えっ、駄目だったんですか!? 教祖様がもう誰も住んでない土地だから問題ないって言ってて! それに、こうした方がクレーネルちゃんも喜ぶと思ったから……」
「……喜ぶ?」
「この場所からクレーネルちゃんのタカクシン教信仰が始まったんだよね? 教祖様がその才能を噂で知って、目にかけてたって! ここの土地の人達は相応しくないから、災害に巻き込まれても仕方なかった、クレーネルちゃんだけが来てくれたらそれで良かったって前言ってた事があるんだよ! その時流石クレーネルちゃんだって思ったよ、そこまで教祖様に言わせるなんて!」
「……!?」
つまり、「教祖様」はフレムの災害時をある程度把握しており、救難する事も可能だったのだがそれはしなかった。理由は災害の結果、クレーネルが一人になる様に。孤独に耐え切れず、タカクシン教に染まる様に。――クレーネルの「才能」を「駒」として手に入れる為に。
「マーコさん、いつまで話してるんですか?」
「あ、ホンスくん」
と、マーコの話に割って入ってきたのは、大柄な若い男。
「クレーネルさんはもう無理でしょ。さっさと処理しないと、俺達が教祖様に怒られますよ」
「でも、もしかしたら」
「絶対に無理ですって。マーコさん同じ立場だったら耐えられます?」
「うーん、それは……無理、かも」
「でしょ? ならここで話してても仕方ないですって」
呆れ顔のホンス。そのホンスに説き伏せられて、
「ごめんねクレーネルちゃん。私じゃ無理みたい」
マーコは次の瞬間、何の迷いも無くクレーネルに攻撃魔法を放っていた。魔方陣が生まれると同時に、激しい炎の竜巻が茫然自失のクレーネルを包み込む。あっと言う間にクレーネルは消し炭に――
「まあさせるわけにもいかないわな流石に」
「!」
――なるかと思われたが、レナの炎の翼がそれを防いだ。何せ、
「ご……主人、様……?」
「…………」
いつの間にかクレーネルの隣はライトに入れ替わっていた。クレーネルの手を優しく握り、前を見ている。――自分がいればレナが守ってくれる。ライトの計算通り、と言いたい所だが、
「ふざけるなお前等っ!」
ライトはそんな事まで今は考えていない。ただクレーネルを救う為に、ただ目の前の理不尽を消し去る為に、そこに居た。
「クレーネルはお前達の都合の良い人形じゃない! クレーネルはお前達タカクシン教の為に全てを捧げて来た、その結果がこれだと!? そんな神様、こっちから願い下げだ! そんなの神様でもなんでもない!」
「な……俺達タカクシン教の神を冒涜したな……?」
「いくらだって冒涜してやるさ! そんな存在価値の無い宗教を、俺達は天地がひっくり返ったって認めない! それどころか、クレーネルの故郷にまで!」
「あの、貴方、誰で……その、クレーネルちゃんの、何なんですか?」
「ご主人様だよ! 文句あるか!」
マーコの問い掛けに、ライトは胸を張ってそう宣言した。呆気に取られるタカクシン陣営。
「よくわからないけど……クレーネルさん、落ちぶれたんですね。ちょっと教祖様に上手く使われたからって、直ぐにそんなヒーロー気取りの人に鞍替えですか。所詮――」
「ヒーロー気取りじゃねえ、ヒーローなんだよ、アタシ達のな」
瞬間、ライト騎士団全員の空気が変わった。ライトを小馬鹿にされた事で、全員のリミッターが外れる。
「ライトは、私達を導いてくれたヒーローですわ。仲間を決して見捨てない、私達の隊長。自分の私欲の為に大切な仲間を切り捨てる何処かの輩とは大違いですのよ。――シンプルに言って差し上げますわ。エカテリス=ハインハウルス、王国第一王女の名に懸けて宣言します。タカクシン教の神なんて、クソ喰らえですわ!」
あっちょっと表現が王女様なのにはしたない。――数名そう思ったのは余談。
「クレーネル。戦えない、動けないならそれでもいい。でも、今からの戦いを、ちゃんと見届けてくれ。俺達は、君の故郷を取り戻す。取り戻してみせるから。君を見捨てた、裏切った神の手から、君の過去を守ってみせる」
「……ご主人様」
その握ってくれている手から温もりが、クレーネルに最後の勇気をもたらした。ライトの想いが、何処かに残っていたかもしれない神への想いを、今完全に消し去り塗り替えた。――触れてていた手が、更に強くギュッ、と握られた。その手を放すことはしないと、自分達は見捨てる事はないと、その手が伝えてくれた。だから、
「私もやります。やらせて下さい。一緒に戦って下さい。これが、私の最後の戦いです」
「わかった」
今度はクレーネルがライトの手を一瞬強く握る。意思を確かめ合う様に温もりを感じた後、二人は手を放す。
「クレーネル殿」
と、ニロフがクレーネルに、腕輪と指輪を手渡す。――見覚えがあった。神託の塔で戦った時、クレーネルが装備していた物だ。
「クレーネル殿の技術は素晴らしいですが、命の危険を伴うのを恐れないのは良くありませんな」
ニロフとの一騎討ちの様子はニロフだけが認識しているが、もしもあのまま持久戦になっていたら、違う意味でクレーネルは壊れてしまっただろう。それ程の品であった。
「あの時私を殺す気で戦っていた貴方には言われたくはありませんけれど」
「おっと痛い所を突かれる。――まあ兎に角、命を削るレベルに関しては我とサラフォン殿でリミッターをかけさせて頂きました」
ふとサラフォンと目が合う。こくり、と頷かれた。――リミッター。
「誤解をしていませんか? この戦いが本当に私にとって最後の戦いです。後先私はもう考える必要性を感じないのですが」
「違います。――余裕で勝つのです。余裕で勝って、クレーネルを甘く見てる輩を見下してやりましょうぞ。我はクレーネル殿が強くなくては困ります。あの戦いは、世界一の魔導士を決める戦いと考えても良いと思える程でしたので」
「そういう事……ですか」
クレーネルが腕輪と指輪を装備する。一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。
「マーコ、ホンス」
再び目を開けた時、その目には強い力が籠っていた。
「私は強いですよ。だから教祖様に認められ、重要な場面で利用され、捨てられた。――格の違いを、教えてあげましょう」
そしてその強い力が、魔力の波動となり、クレーネルを包み込む。
「ご主人様、皆さん。――参りましょう。宜しくお願いします」
「ああ。――行くぞ、皆!」
そしてついに、直接の決戦の火蓋が切って落とされたのだった。




