第三百九十四話 演者勇者と神託の塔16
囮であったハインハウルス領内での神託の塔での事件後、ヨゼルドは直ぐに動いていた。
当然ハインハウルス領内ではまだ全面的なタカクシン教先行での政治的行動は未許可。なので神託の塔建設に関しての抗議、更にはその事件の際のクレーネルの行動。そしてクレーネルの身柄を拘束している事。以上を持ってしての交渉。
だが直接交渉をするまでもなく、タカクシン教はハインハウルスの交渉を跳ね除けた。大広域魔方陣を完成させた事により勢いづいたタカクシン教にとって、もうハインハウルスに対しても下出に出る必要は無いと判断したのだろうか、神の思し召しのままに動いたまでの事との遠回しにそちらに従うつもりはないという文面での返答。クレーネルに関しても「独断だった」との見解を示しており、処分はそちらで自由にして構わないとのことで。
よってこの時を持って、ハインハウルス国とタカクシン教は、完全なる決裂となったのだった。
「……成程。全て終わったのですね」
客観的に見て、クレーネルはもう人質の価値は無い。クレーネル自身、話せる内容は改めて全て話した。ヨゼルドも後をライトに託す――つまり、クレーネルの願いを叶えてももう構わない、という判断を下した。
内容を隠すわけにもいかない。正直にライトは全てをクレーネルに話した結果、クレーネルのその一言だったのだ。
「クレーネルさん、その」
「お気になさらず。あの日貴方達に敗れた瞬間から、こうなる事はもうわかっていました。私の運命なんです。受け止めます」
「…………」
落ち着いた表情でそう言われると、何も言えなくなってしまう。無理をしている様にも見えない。
「それから、私の事は呼び捨てで構わないと申し上げたはずですよ、ご主人様?」
「う……いやまあそうなんだけど」
「慣れて下さい。後少しの時位」
くすくす、と楽しそうに笑う。でもその言葉に引っかかる。「後少し」。意味はわかる。ライト自身が提案した内容なのだから。でも――楽しそうに笑ってる。笑えるじゃないか。
「なら……クレーネル」
「はい、何でしょう?」
「俺達と一緒に、タカクシン教と戦う気は無いか?」
終わりにしたくない。色々ある。ライトの知らないクレーネルが、もっと沢山あるはず。だから簡単に決めつけられないけれど、でも今のクレーネルならば。
「クレーネルの身柄は俺達が保証する。だからクレーネルを利用したタカクシン教に、反撃しないか? もう一度、生きてみないか?」
「駄目ですよ」
だがライトのその申し出を、あっさりとクレーネルは拒否する。
「後少し。その想いは、今も同じ。だから何とかこうして立っているんです。仰りたい事はわかります。恨み辛みが無いと言えば嘘になります。でも、タカクシン教を相手に、私はどう戦えばいいのか。真っ直ぐ前を見て戦える自信がありません。戦えば戦う程、色々な想いが交錯して、結局混乱するだけ。自分で言うのもあれですけど、本当に今度こそ壊れますよ。それこそ、無理矢理どうにかしたいと仰るのなら、貴方を道連れにしてもいい」
「――っ」
最後の一言に、重みを感じた。覆す事の出来ない重みを。
「ごめん。自分からあの約束をしておいて、浅はかだった」
「謝らないで下さい。気を使って下さっているのはこれでもわかっているつもりですから」
今度は、少し寂しそうに笑う。――何処かに生きてみたいという想いももしかしたらあるのかもしれない。でもそんなほんの少しの想いなど押し潰してしまう程の不の想いがある。それが自分自身でもわかっている。そんな気がした。
「――それじゃ、約束を果たす時が来たかな」
「ありがとうございます。――具体的には」
「うん。色々考えたんだけどさ。――行ってみない? フレムへ」
フレム。それはクレーネルの生まれ故郷。そして、一度クレーネルが全てを失い、新しいクレーネルが始まった場所。ライト騎士団とクレーネルを乗せた馬車は、今そこに――そこの跡地に向かっている。
「…………」
クレーネルは落ち着いた表情で、ただ無言で外の景色を眺めていた。
「もうずっと、故郷には帰っていなかったのかしら?」
不意にエカテリスが横に座り、尋ねる。
「はい。帰るという選択肢はありませんでした。帰っても……もう、何もないですし。だから今、不思議な気持ちです。そこで私の物語が終われるのかと思うと」
「要は、貴女は生まれた時からハインハウルス国民であり、国民の平和と安らぎを守るのが王家の使命の一つですわ。勿論貴女の様な才能溢れる人物を手放すのは惜しいけれど、でもそれが貴女の為になるのであれば、私は王女として最後まで見送りますわ」
「ありがとうございます」
少しだけ申し訳なさそうに、でも笑顔でクレーネルはお礼を言う。そんなクレーネルの様子を、ライトは少し離れた所から見守っていた。
「ぐるるるる……」
「…………」
――見守るライトの横で、敵意剥き出しのネレイザが陣取っていた。
「マスター、私はハルさんに全面同意よ。もし事務官として傍にいるとか言い出したら絶対に許さない所だった」
「説明は皆にもしたよな……? 止むを得ない事情だったよな……?」
「それはわかるけど納得出来ないの」
そんな事言われても。俺の事務官という立場に誇りを持ってくれるのは嬉しいが。
「ライト様、次は左手の方を」
「え、あ、うん」
そしてネレイザの反対側ではハルがライトの世話を全面的にしていた。といっても馬車で出来る事なんて限られており、今はマッサージ中。果たしてそれはメイドのする事なのだろうか、という疑問を口に出そうとしたら睨まれたので言えない。
「うーん、まさか仲間にライト君の隣を奪われるとは思ってなかった。ある意味私の指定席なんだけど」
というわけでその言葉通り、いつも立場上当たり前の様にライトの隣にいるレナが、直接の隣にいれない状態。
「じゃあレナさんはもしも護衛を一時的にとはいえ変えるって言われたら納得出来るの?」
「うーんと、納得するとかしないとかじゃないね。ライト君の護衛は、私なんだもん。それが揺るがない事実だから。ね、ライト君?」
「あ、うん、まあそうだな」
勝ち気ででも引き込まれる程魅力的な笑顔を一瞬見せてレナがそう言い切り、ライトも素直に頷く。――確かにレナ以外は基本考えないが、でもそう言われると何だか恥ずかしいというか。
「マスター! マスターの事務官も私以外考えられないでしょ!?」
「私もより一層精進させて頂きます」
「いや、その、あのさ」
そしてそのライトとレナの特別感がネレイザとハルに拍車をかける。事務官に関してはマークでも全然オッケーだし、ハルに至ってはそもそも国王様の専属じゃないか、というツッコミは喉まで出かかって止まった。言ったらどうなってしまうのか怖くて言えない。
「故郷に帰る、か」
一方で不意に呟いたのはドライブ。――故郷を捨てた男。
「帰れないのは……寂しいですか?」
その独り言を、隣にいたローズは拾ってしまう。ドライブはふっと優しい顔になり、
「そんな顔をするな。思う事はあるが、もう帰らないと決めている。それに今ここにいるのを、誇りに思っている。だから憂いなど無いさ」
「私は……」
「お前はいつか帰れるさ。寧ろ必ず帰るんだ。帰れる場所がある限り、必ずな」
「はい……!」
ドライブのその一言に、ローズは笑顔で返事をする。
「うーん、ドライブ君イケメンで性格もイケメン、一歩間違えたらハーレムまっしぐら」
「純粋な目を持ちなさいそこ」
「あ、ちなみに私の故郷はライト君の隣だから。というわけでお邪魔しまーす」
「ちょ、ナチュラルにとんでもない事を……って何処に座ろうとしてる!?」
「右も左も占領されてるならもう膝の上しかないじゃん。レナ、故郷に帰ります」
「落ち着けそんな事をしたら……痛いっハル、マッサージの強度を越えてきてる!」
そんなわちゃわちゃを繰り広げていると、
「ライト様、お楽しみの所申し訳ありませんが、お耳に入れたい事が」
いつも通り(!)馬車の屋根からアクロバティックにリバールが中に戻り、ライトに耳打ち。――いやその前にお楽しみの所って何だよ違うよ。
「って、それって」
「幾つか予測はしていましたが、やはり……といった所でしょうか。覚悟を決める必要がありそうです」
「わかった。リバールは他のメンバーへの情報共有を。俺はクレーネルと話をする」
「承知致しました」
真面目な空気になったので、ハルもネレイザも一旦落ち着く。そのままライトはエカテリスに交換の合図を出して、クレーネルの隣に代わりに座る。
「今、どんな気持ち?」
「一言では表しきれません。久々に帰る故郷。でもそこに誰かが待っているわけじゃない。でも間違いなくそこは私の生まれ故郷であり、私の家族や友達、優しかった近所の人達が眠っている。――そこで終わりにして頂けるというのは、ご主人様のアイデアですか?」
「うん。――駄目だったかな」
「いえ。寧ろ今の私にして頂ける、最善策だと思います。私が皆と同じ場所に行けるかどうかはわかりませんが」
「同じ場所、か。俺は死んだ後どうなるのか、実際の所はわからないけど、そういう判断を誰かがするのなら、クレーネルの全てがまだ決まったわけじゃないと思う」
「可笑しな事を仰います。私の人生は後少しなのに、後何が……」
そこでクレーネルは気付く。――少しだけ、先程までと馬車の空気が変わっている。緊張が走っている。このメンバーで緊張が走るという事は、それなりの規模の事が起きるという事である。
「……何が起きてるんですか? どういう事ですか?」
「誤解しないで欲しい。俺達、俺としては、本当に最初の提案通りにするつもりだった。でも、クレーネルが考えてる以上にクレーネルの存在は大きいみたいだ。相手も思う事があるみたいで」
「……!」
「この先の判断は、クレーネルに任せる。俺は、クレーネルの意思を尊重するよ。それが例えどんな結果になったとしても、今のクレーネルが出す答えが、本当の答えになると思うから」
やがて馬車が止まり、団員とクレーネルは降りる。視界に入るフレムの地。確かにそこにもう町は無い。
「いい気分はしないよね。考え方が全然違う癖に、地理的に辿り着く場所だけは、ライト君と一緒なんだから」
レナの軽蔑の言葉。その言葉の向こうには、いくつかの施設的な建物と、作業等で行き来する人達。
「っ……」
クレーネルが自分自身を抱き締める。体が震えていた。勿論寒いわけじゃない。
「はっ……はあっ……」
「! クレーネルさん、無理しないで下さい!」
呼吸が乱れ、吐き気がする。ローズが直ぐに気遣うが、それでも視線だけは反らさない。視線の先に見えるのは、大きな大きな旗印。
タカクシン教の、旗印であった。




