第三百九十三話 演者勇者と神託の塔15
ライトの部屋に入った瞬間、ハルは自分の目を疑った。部屋でライトがティータイムを楽しんでいる。別にそれは可笑しな話ではない。ここはライトの自室、ライトがティータイムを楽しむ事に違和感はない。
ただそのティータイムの用意をしている人物。ハインハウルス城仕様のメイド服で、クレーネルがお茶とお茶菓子を用意していた。――クレーネル。先日神託の塔で戦い、精神的に壊れ捕虜となった存在。その彼女がライトの世話をしている。
「……(ごしごし)」
少し目をこすったが幻ではなかった。
「……痛っ」
少し頬をつねってみたが夢でもなかった。つまりこれは現実、今実際に繰り広げられている光景。
「……ふーっ」
大きく深呼吸。この瞬間、ハルの覚悟は決まった。
「ライト様。私はレナ様に、ライト様から大事な要件があると伺って今この部屋にお伺いしました」
「え、俺そんな事一言も言って無くて、レナが勝手に――ぬおぅ!?」
ガシッ。――その言葉の途中で力強い足取りでハルは近付き、ライトの両肩を両手で掴み、ライトの顔面目前で気迫の表情でライトを見ていた。
「このハル、今初めてライト様に少々幻滅しております。何故事前に相談して下さらなかったのですか?」
「え、あ、いや、クレーネルさんの処遇が決まったのついさっきで、落ち着いたら騎士団にも説明――」
「そこまで専属の使用人が必要でしたら、仰って下さったら良かったのに!」
…………。
「えええええ!?」
そしてハルは思いっきり勘違いをしていた。無理もないかもしれないが。――客観的に見れば、心が弱っているクレーネルを立場を利用して専属の使用人に強引に任命したと思われても仕方ない。
「そこまで私は信用なりませんでしたか!? 私はいつでもライト様のお世話を兼任する覚悟も準備もしていました、それを……それを、この様な形で! しかも私に見せつける形で!」
「違う、違うハル、誤解だ!」
「確かにポートランスでの様子を見る限り、クレーネル氏にスキルはあるかもしれません。魔法の才能は圧倒的ですし、何より清楚な空気を纏い、お綺麗な方です! ですが、ですが! 私とてライト様の事を常日頃から本当はお傍でお世話したいと……!」
「ちょっ……待っ……ハル……落ち着いて……!」
ぐわんぐわん。――掴んだライトの両肩を勢いのまま揺らし始めるハル。その目に薄っすら涙すら見えるが、ライトの視界は上下左右に揺らされそんな物が視界に入る余裕は無い。
「わかりました。私に覚悟が足りなかった。そういう事ですね?――今から私の覚悟をお見せします。少々お待ち頂けますか」
やっと落ち着いてくれたかと思ったらそう早口で告げると、急ぎハルはライトの部屋を後にする。――って、
「レナ、何をハルに言ったんだよ!?」
当の連れてきたレナは、少し離れた所で笑いを堪えるのに必死だった。
「いやハルが言ってた通りだけど。ライト君が大事な用があるから来て欲しいって言ってるって。いやーこれは想像以上だわー」
「いや笑ってる場合じゃないだろ!? ハル滅茶苦茶怒ってるじゃん!」
「でもクレーネルがこの格好している以上、遅かれ早かれこうなったでしょ。つまり今これ、避けられないイベントなわけで――」
ガチャッ。――レナのその言葉の途中でハルが戻って来た。
「ハル君、何だ何だどうしたんだ!? 今日はまだ私ハル君に怒られる様な事何もしてないぞ!?」
「いいからこちらへ」
そして何故かヨゼルドを強引に連れて来ていた。え、何、と更に困惑していると、
「ライト様。こちらの用紙にサインをお願いします」
テーブルの上に一枚の用紙をハルが置く。
「え、何の紙これ」
「婚姻届です。ライト様は夫の箇所ですので名前をこちらに」
「ああ成程、婚姻届か」
確かに言われてみればキッチリとした用紙だった。これを書けば無事結婚――
「ってちょっと待って何で婚姻届!?」
「ご心配無く、私は既に記入済みですし、保証人の欄もこれに書いて貰います」
「ハル君今もしかしてこれって言ったの私の事……いや何でもない」
ヨゼルドは保証人として連れて来られていた。ヨゼルドは大事な事を確認しようとしたがハルに凄まれて聞けなかった。――相変わらず大事な時以外はハルの言いなりであった。
「っていやそうじゃなくて!? 急に何で婚姻届がやって来る事になった!?」
「ライト様はお優しい方です。きっとヨゼルド様専属の使用人である私がライト様のお世話をすると申し出ても忙しくなるから、ヨゼルド様が困るからとお断りなさるのでしょう。ならば勤務外でお世話をすれば良いだけ。結婚し正式に夫婦になればその辺り後ろめたさも無くなるはずです」
「そうかもしれないけどそもそも根本的な話の流れが間違ってるから!」
「ご安心下さい、私はこれにサインした時に既に全てを捧げる覚悟を決めて参りました。勿論ライト様のお気持ちを汲んで、将来側室という立場になったとしても構いません。それでもこのハル、これで公私においてライト様をお世話する事が出来る様になるのです。必ずライト様の為に。ですのでサインを」
「ストーップ! ブレイク! クールダーウン! 話を聞いてくれー!」
…………。
「お騒がせして大変申し訳ありませんでした……」
ハル、正座。そして土下座。
「いや大丈夫だから顔を上げて土下座も正座も止めて!」
「そういうわけには参りません。ヨゼルド様にもライト様にも非常に迷惑をおかけしてしまいました」
あれからしばらくハルの暴走は続いたが、何とか説明するに至り、今に至った。――ちなみにヨゼルドは既に自室へ戻っている。「記念にこれは預かっておこう」と言ってさり気なく婚姻届は持って行ってしまった。勝手に出すとは考え難いがどうするつもりなのか。
「責任を取ります。しばらくは休息返上、不眠不休の覚悟でライト様のお世話をさせて頂きます」
「大丈夫だから、いやほらハルが駄目って言ってるわけじゃないんだけど、ハルに無理をして欲しくはないから!」
というかそこでお世話したら話が永遠にループするじゃん、とレナは心の中でツッコミを入れた。
「ハルさん、でしたね」
と、この騒動の中今まで沈黙を貫いていたクレーネルがゆっくりと口を開く。
「先程の説明にもあった様に、私は生きるのに疲れた存在。そんな私に、貴方達に楯突いた私に、この方は出来るだけ穏やかな死を用意してくれると仰って下さった。生きてる間、せめてものお礼をこの形でさせて貰えませんか? そう長い期間ではないです。その間だけでも、どうか」
連行時、壊れてしまったかの様な時と比べたら、驚く程に穏やかにクレーネルはそうハルに頼み込む。――後少し。その想いが、彼女の最後の支えとなり、冷静さをもたらしていたのだ。
「……ふーっ」
その言葉を聞いて、クレーネルの想いを感じ取って、ハルもまた一層冷静さを取り戻す。大きく息を吐いて気持ちを整えると、
「わかりました。そもそもライト様ヨゼルド様がお決めになった事を私が覆すわけにはいきませんし、暴走して迷惑をかけた今の私にあれこれ言う権利はありません」
折れた。一時的にとはいえ、クレーネルの存在を認めた。
「クレーネル様。一時的にとはいえライト様のお世話をするのでしたら、覚悟の上で、完璧に。お世話をするというのは、そういう事です。そうでなければ、私は再び抗議に参りますので」
「わかりました、仰る通りに。ライト様……いえ、「ご主人様」の世話、完璧にこなしてみせます」
「ぶっ」
「…………」
思わず吹くライト。再び鋭い視線をぶつけるハル。――ご主人様って。
「クレーネルさん、流石にそれは」
「完璧にこなせと言われましたので。ならば一時的にだとしても、仕える使用人としてそうお呼びするのが当然では? ご主人様も余所余所しい呼び方はやめて、私の事は呼び捨てで結構ですので。――さあ何でも仰って下さい。身の回りの家事は勿論、マッサージ、入浴のお世話、夜のお相手、全ての命令に忠実に従います」
「ならとりあえずハルを挑発するのは止めて!?」
落ち着いた表情で当たり前の様に告げるクレーネル。ハルはそのクレーネルとライトを、冷静な表情で交互に見る。――怖い。もっと怒り心頭の表情の方がまだいい。
「では私は一旦戻ります」
どうしよう何て言おうとライトが困惑していると、ハルがそう言ってお辞儀をして、部屋を後に――
「ライト様」
――しようとした所で足を止め、再びライトを見て口を開く。
「確かに私、先ほど見境なく暴走はしました。――でも、あの時の想い、言葉、嘘偽りはございませんので」
「え、それって」
「失礼致します」
パタン。――確認する前にドアは閉じられた。
「あーあ、あそこまで言わせちゃった。どうすんのライト君」
「いや、いやいや、ええ!?」
ハル? 冷静さが戻ってないとかじゃなくて?
「んー、でもこれはもうそういう時なのかもね。私もちょっと婚姻届貰ってくるわ」
「おーい! ちょっと待って一旦皆冷静になろう!」
「客観的に見る限り、冷静でないのはご主人様だけの様ですが」
「ホントだー!」
とか言ってる場合じゃなくて!
「散々な目にあった……」
とりあえず誰の分だかわからないが数枚分婚姻届を持って来ようとするレナを宥め、ハルの事を含めてまずはタカクシン教の騒動、そしてクレーネルの事を考えるべきだと結論付け、色々一旦保留。……保留って事は、いつかは向き合わなきゃ駄目なんだけど。
そんな事を考えつつ、ライトは移動中。――目的の人物を発見。丁度一人だった。
「リバール」
「あら、ライト様、お疲れ様です。――姫様との婚姻届をお考えでしたら、このリバールを倒してからにして下さいね」
「もうそんな情報仕入れてる!?」
驚くライトを見てくすくす、とリバールは笑う。――まあ第三者からしたら見てて楽しいんだろうな。
「一応姫様を堕とす為のルートの一つに、まずはこのリバールを陥落させ高感度を上げるという方法もございますよ」
「いやそんな相談をしに来たんじゃない!」
別にリバールが嫌って言ってるわけじゃない。過度のエカテリスの愛以外は、美人でスタイルも良くて優しくて文句のつけ所が無い。――は兎も角。
「リバールに、頼みがあるんだ。調べて欲しい事があって」
「……!」
現在の状況下でライトが頼む事。大事な事に違いないと、リバールの表情が真剣になる。
「何をでしょう? このリバール、必ずやライト様の必要とされている情報を入手して参ります」
「多分そこまで難しい事じゃないと思うんだけど、一応リバールに頼みたくてさ」
ライトがリバールに依頼した内容。それは――




