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あこがれのゆうしゃさま  作者: workret


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第三百九十二話 演者勇者と神託の塔14

「彼女には、政治的利用価値がある」

 神託の塔から帰還後、ヨゼルドと対面、報告をし、クレーネルの処遇について尋ねた結果、第一声はそれであった。

「出来る限りの情報を抜き取りたい。クレーネル君を生きて捕虜として連れてきてくれたのは不幸中の幸いといった所だな」

「でも……情報を得られるでしょうか」

 厳しい言い方をすれば、あっさりと切り捨てられてしまう存在なのだ。そんな彼女が、何処まで知っていて何を話してくれるだろうか。……そもそも、話してくれるのだろうか。

「彼女がタカクシン教の幹部であった事は間違いないだろう。現に我がハインハウルス国の外交を任されていたのだ。もしも彼女の手腕や説得の結果、ハインハウルスが従う事になったとなれば、彼女は今回の様な切り捨て方はされなかっただろうな。あくまでもしも、の話に過ぎんがな」

「俺達の知らない情報は確実に持っている、と。――でも、今の彼女は」

「ライト君。私は国王として、同情で彼女に恩情や処罰の変更を行うつもりはない。どんな手を使ってでも、現状では一つでも多くの情報が必要だ」

「……はい」

 ライトの言葉を遮っての冷静なヨゼルドの言葉。国王として最もな決断なので、ライトが口を挟む余地は無い。ライトの気持ちが沈む。

「……ふーっ」

 と、そんなライトの様子に気付いたか、ヨゼルドは王冠を傍らに置く。――国王としてでなく個人で話をする、の合図である。

「個人的には、同情の割合が私だって高いさ。――その才能に目をつけられ、利用されて捨てられる。彼女は被害者だ。出来る事ならば救ってやりたい。だがもう、これは一個人を救う救わないの話では無くなっている。それに……ライト君」

「はい」

「君はどうしたいのかな? 彼女を救ってやりたいと? いや、違うな。――今の彼女を、救えると思うのかね?」

「…………」

 クレーネルは、信じる者も希望も全て失い、壊れてしまった。その絶望は本人以外誰もわからない重たさだろう。

「救えないかもしれないです。――彼女を救えるとしたら、彼女に近しい存在だけ。俺じゃ遠過ぎるし、何より俺の言葉はきっと綺麗事のオンパレードです」

 レナにも言われるが、ライト自身にも自覚はある。そして現実はそう上手くいかない事も知っている。

「だからせめて、クレーネルさんにまだ何か願いがあるのなら、俺が出来る範囲で叶えてあげたいです」

 そしてその答えに辿り着いた。せめてもの想い。それが――



 どうしてこうなった。――ライトは今、その気持ちで一杯であった。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 淹れられたお茶を一口。

「!? 美味しい! え、これ城のお茶!?」

「城で手に入る茶葉を、ブレンドしました。銘柄は知っている物だったので、独自の割合で。お口に合った様で何よりです。――お茶菓子も用意しましょうか」

「あ、はい」

「お待ち下さい」

 そう言って、ライトの為にお茶菓子を用意し始めたのは、メイド服を着たクレーネルであった。

 何故こんな事になってしまったかと言えば――時間は少々遡り。



「私が……死ねる場所を、用意する……?」

 クレーネルとの面会時。ただただ絶望に打ちひしがされて、失意の死を追い求めるクレーネルに、ライトが提案したのはそれであった。

 自分はクレーネルの事をほとんど知らない。それでいて今の絶望の淵にいるクレーネルをもう一度前を向かせる事が出来るかと言えば今のクレーネルを見ればそんな自信は生まれて来なかった。――世の中は綺麗事だけではいかない。もしかしたら、彼女にとって死ぬ事が本当の幸せに繋がってしまうのかもしれない。残念ながら。

「はい。そんな投げやりな死ではなく、落ち着いた気持ちで少しでも未練を断ち切った形で終わりにさせてあげたい。そう思ったんです」

 ならばせめて、安らかな眠りを。もしもいるのならば本物の神に認められ、生まれ変われる位の施しを。

「勿論国からしたらクレーネルさんは人質とかそういった類に近い存在です。政治的関連から、直ぐに死なせてあげるわけにはいかない。でもそう長い間、それこそ何年もそんな扱いにはならないでしょう。少しの間の色々に付き合って貰って、それこそ前向きに協力して貰えたらそのお礼……って言い方も変ですけど、俺が責任を持ってクレーネルさんの望む死を用意します」

 この話は誰に相談していたわけじゃない。勿論隣にいるレナも。――レナは溜め息をつくが、

「こいつ何言ってるんだ、って思うでしょ。でもね、何となくわからない? そういう人なのよ彼。で、ポートランスで会った時よりもこの人立場持ってるし、そんなこの人よりも立場持ってるのが実は私だったりするのよ。更に言えば私はこの人を支える立場だったりするんだよね。まあややこしいとは思うけど要約すれば結構現実的に実現可能な話なわけよ」

 何処か予測もしていたか、そんな補足を加えた。――レナの補足を耳にして、虚ろだったクレーネルの目に、少しだけ光が灯る。

「……何故、私にそこまで? 一歩違えば、今でも私達は相容れない敵同士です」

「じゃあ、一歩違ったら、タカクシン教に出会う前に出会えて、友達になれたかもしれませんね」

「詭弁です」

「はい。人からしたら、俺は偽善者なのかもしれない。偶然視界に入ったほんの少しの人達を救いたいと思ってしまう。俺の力じゃ、大勢の人は救えない。自己満足と言われたら言い返せません。それでも……助けられるなら、助けてあげたいんです。クレーネルさんは、助けて貰う権利があると俺は思ってます」

「…………」

 改めてクレーネルはライトを視界に捉える。嘘を言っている様には見えない。――この人は、神とは違う、現実を生きる人間。ただひたすら、現実の世界で夢や希望を追いかける人間なのだ。神に全てを託してしまった、私とは違うのだ。

「……貴方の事は、ポートランスの頃からとても真っ直ぐな人間だとは思っていましたが……貴方の様な方が、本当の「勇者様」なのかもしれませんね」

「え?」

 最後の方は小声で聞き取れなかった。だがクレーネルはそれを気にする事も無く。

「わかりました。どうせ私にいくつも選択肢があるわけではないのですから、貴方に騙されてみる事にします。――少しの間政治的関連で協力する代わりに、私に安らかな死を。約束しましたよ?」

「うん、それでいい」

 こうして、ライトとクレーネルの間で、不思議な約束が交わされたのだった。



「……のはいいんだけどさ」

 ヨゼルドに事情を説明。勿論政治的関連という事でヨゼルドの案件指示が優先されるが、それでも最終的な方向としてはライトの案をヨゼルドは呑んだ。結果、クレーネルの身分は一時的にライト騎士団預かりとなった。

 だがそのままの姿で置いておくわけにもいかず、そもそも無条件での野放しというわけにもいかず、さてどうしようと思った矢先、カモフラージュとして何故かメイド服が用意された。何でも表向きライトの専属使用人として誤魔化すらしい。

「この浮気者」

「相変わらず色々ツッコミ所満載のコメントをくれますね俺の護衛さん」

「着替えを嬉しそうに見てた癖にー」

「不可抗力だったし止めたよね!?」

 その流れを説明した所、承知しました、とクレーネルはそのままライトの目の前で着替え始めてしまい、止めようとした時に(止まってくれなかった)色々見えてしまい、一緒にいたレナに白い目で見られてしまい。

「俺のハーレム化は促す癖に何でいざそういうシーンになるとそんな冷たい目で見るんだよ!?」

「私の許可するハーレムはさ、皆が君の事を想ってくれて初めて成立するんだもん。クレーネルは目的の為にいるだけでライト君の為にいるわけじゃないじゃん? そこの違いよ」

 わかる様なわからない様な。

「確かに、今の私はビジネスの間柄です。でもそれが守られるのであれば、この格好に相応しい立ち回り程度こなしてみせますが」

「あー、ライト君の考えに同意して失敗したのは久々かも。しまったなー。――とりあえず私にもお茶とお菓子頂戴」

「畏まりました」

「利用はするんじゃないか……」

 実際、ポートランスの時も感じたが、クレーネルのこの辺りの手際は実に良かった。本職と言われてもわからないだろう。

「……誰かにお茶を淹れてあげると、昔から喜んで貰えました」

 不意にクレーネルが呟き出す。ライト達に言っているはずだが、まるで自分自身に語り掛ける様に。

「何かあっても、まずはお茶でも飲んで気持ちを落ち着かせて、それから。そんな当たり前の様な日々が、ずっと続く。そう思っていました。でもそうはならなくて、私は一人だけ、救いの道を行きました。思えばタカクシン教に入信してから、誰かにお茶を淹れてあげるなんて事、一度もしなかった。――あの場所でも、お茶を淹れてあげていたら、何かが違ったのでしょうか」

「あんたがお茶淹れて、飲んでくれる人はいたの?」

「わかりません。飲んでくれたかもしれないし、飲んでくれなかったかもしれない」

「ならその分も、俺達が飲みますよ。クレーネルさんのお茶、美味しいですから。――俺達にはクレーネルさんの心の傷を癒してあげられないですけど、でもクレーネルさんのお茶を、美味しいと感じる事は出来ます。そして、淹れてくれたクレーネルさんに感謝する事も出来ますから」

 決意の日までに、少しでも心の枷が軽くなれば。――そう思って、せめてもの真摯な想いを伝える。

「ありがとうございます。――おかわり、いかがですか?」

「貰おうかな」

「私もー」

 少しだけ、クレーネルは嬉しそうに笑った。先日までの戦いが信じられない程の、穏やかな午後のティータイムになる。

「しかしライト君、一つだけ大きな問題があるよ」

「え、何?」

「この風景をハルが見たらどう思うか」

 ハルが見たら……?

「え、駄目なの?」

 …………。

「オーケーライト君、今から君に修羅場というのを体験させてあげよう。ちょっと待ってて」

 そう言うとレナは部屋を出る。何だ何だ、と思っていると、

「ただいまー」

 物の数分で戻ってきた。一体何がしたいんだ、と思っていると、

「ライト様、私にご用件と伺って参りました」

 レナは一人ではなく、一緒にハルがやって来た。――って、え? ご用件? 俺は別に何も……

「どういったご用件で――」

 だが次の瞬間、ハルはライトにおかわりのお茶を淹れるクレーネルを見て表情が固まった。そして――



 ――修羅場が幕を開ける。

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