第三百九十一話 演者勇者と神託の塔13
国を跨いでのタカクシン教の紋章が空に生まれた。信者達はそれを神の奇跡と称し、「タカクシンの日」として、神をより一層崇める日に定めた。
そしてタカクシン教の勢いは増した。元々掌握していた国は完全に服従、態度を保留させていた国でも次々にタカクシン教の領域が増えていき、タカクシン教の物になっていく。信者の数も目に見える様に増えていった。
一方で大広域魔方陣の起点の一つとして選ばれなかった国でも、内部で動揺が走り、信者達の行動が目に見えて活発化。国に対してタカクシン教に従うべきだ、もっとタカクシン教の領域を増やすべきだとデモを起こしたり、熱心な勧誘活動が街中に増えたり、今やタカクシン教の名を知らない者はいない、一大事件と化していた。
そんな大広域魔方陣の起点として選ばれず、尚且つタカクシン教と最も対立に近い姿勢を見せていたハインハウルス国でも、少しずつ不穏な空気が流れ始めていた。
「いやー助かりました、感謝です。中々自分達だけじゃ手が回りきらなくなってて」
ハインハウルス城、ライト騎士団団室。バルジがお礼を言いに来ていた。というのも、城下町でタカクシン教のデモが勃発、未だタカクシン教を信じない一般人と衝突、暴動になり、鎮圧の援軍にイルラナス小隊を紹介したのだった。そして鎮圧に成功した結果、というわけである。
「いや、俺達はハインハウルス軍の仲間ですから、こういう時は遠慮なく頼って下さい。それに何より今回はイルラナス達に」
「そっちに関しては勿論っす、ちゃんとお礼を考えてます。――それじゃ、自分報告とかあるんで、失礼します」
ぺこり、と軽くお辞儀をすると、バルジは部屋を後にした。
「しかし、一気に酷くなってきたねえ。ある意味魔王軍と戦ってた頃より平和が崩れてるじゃん」
呆れ顔のレナは外の景色を見ていた。――心無しか、以前よりも通りを歩く人が減っている気もする。そう言った暴動に怯える人が外出を控えているのかもしれない。
「長、皆、少しいいだろうか。聞いて欲しい話がある」
「ドライブどうした?」
そう言えば今日は用事があると言って単身出掛けていた。そして帰ってくる早々真剣な面持ちでそう切り出してくる。
「ああ。他言無用で頼みたい話だ。……実は、シンディが元タカクシン信者だった事がわかった」
「!? シンディさんが……!?」
衝撃の事実だった。――テイマーとして一人前を目指すシンディ。マクラーレンの姪であり、ドライブとの関係も三歩進んで二・七歩は下がる(原因は主にドライブ)が団員皆でこっそり応援している、交流のある存在。その彼女が、タカクシン教の信者だった……!?
「どうも独り立ちして少しの頃に入信したが、俺達との騒動後、神に頼るのを止める事にし、抜けたらしい。だが今回の騒動を受け不安に感じ、隠しておく位ならとマクラーレンと俺にに打ち明けてきたんだ」
「そうか、今日はその話を聞きに行っていたのか」
「ああ、俺も驚いたがな。――重ね重ねになるが、今はもう未練も無いらしい、俺はそれを信じたいと思う。だが逆に、異端者というのは一般の人間よりも狙われ易い物だ」
「…………」
言い得て妙だ。相手側からしたら「この裏切り者!」と捉える可能性はある。そしてドライブは故郷で似たような経験を目の当たりにしている。表情には出ていないが人一倍気にしているのが良くわかった。
「なので、相談の結果しばらくの間マクラーレンの口利きで城で保護をする形をとった。念の為に今はマクラーレン付き添いの下事情説明をしている様だが、問題無いだろう」
「まあ、マクラーレンさんいるならな……」
下手な兵士や政務官からしたらあのいで立ちで王妃ヴァネッサの元相棒にて今も信頼される騎士の一人。怖くて余計な事は出来まい。
「そもそも妾がおるから襲撃など何の不安もないと説明はしたんだがのう」
「そうだな、スーリュノがいれば下手な敵なんて問題無い……スーリュノ!? いつの間に!?」
「シンディが来るなら妾もこちらに来るに決まっておろう。なので先に見物と挨拶に来た」
シンディにテイムされている伝説級のドラゴンであるスーリュノ。今は人型とはいえ気付けば空いている椅子に普通に座っていた。ハルにお茶とお菓子を要求していた。
「うむ美味い。――まあでも周囲にお主らがいた方が精神的にも安心感が増すであろうし、万が一フラワーガーデンに迷惑がかかるのも嫌がっておったからの、選択としては間違ってはおらぬだろう。フラワーガーデンもサクラがおるから心配はいらぬがな」
確かに、精神的不安は少なければ少ない程良い。そういう意味ではこの城は安全過ぎる。
「というわけで、世話になる駄賃ではないが、何かあったら遠慮なく呼んでよいぞ。その宗教など妾の炎で消し炭にしてくれるわ。というか今からでも構わん」
「気持ちは有難いけど手順を踏まないと悪手だから待ってくれな、いざって時は頼るから」
完璧な大義名分無いと、いくら今直ぐタカクシン教を抑えられたとしても逆に暴動は悪化するだろう。それは好ましくないし、ヨゼルドの思う所ではないはず。
「まったくこれだから人間の関係性は面倒じゃの。ライトの様に本能のままに女子を愛でる位が見ていて気持ちが良いわ」
「何か誤解をしていらっしゃる!?」
「誤解なのか? これだけ美女を集めておいて? 妾も美女じゃ」
「スーリュノ美女だけど今特殊な要件で来てるだけだよね!?」
「そうだよー、ライト君はちゃんと手順を踏んでハーレム作るんだから」
「俺の横が誤解を更に誇張していらっしゃる!?」
とんでもない評価だった。――これが俺の仲間が男ばかりだったら逆の想像をされたんだろうか。俺は独りが似合うのか?
「しかし油断はするでないぞ。タカクシン教の教祖とやら、人の能力を見る目だけは確かじゃな」
「どういう事だ?」
「あやつ、シンディのテイマーとしての才能を見抜いて目にかけておった様じゃ。妾と契約した時に妾が威圧したせいであれ以降接近してる様子は無いが、その見抜く力を上手く使って恐らく優秀な手駒は揃えておるぞ。駒なぞ、多ければ多い程大胆な使い方が出来るからの」
「そういう事、か。……思い当たる節はあるよ。残念ながら」
彼女もきっと駒の一つに過ぎなかったのだろう。だからタカクシン教の大きな一歩の為に捨てられたのだ。――と、
「マスター、許可が下りたわ。一時間後に特別な面会室を用意して貰えた」
「お疲れ様ネレイザ、ありがとう」
とある交渉に行っていたネレイザが戻って許可が下りた事を報告してくれた。――面会。どう会えばいいのかわからないが、それでも会わなければならない、会って話をしたい。
「レナ、一緒に来てくれるか?」
「勿論。君が感情に流されて誠意を見せる為に一人で行くとか言ったら怒る所だよ。何があるかわかんないんだから」
見張りの兵士に挨拶をして、扉を開けて中へ。中にも当然警備の兵士がいたが、
「すみません、俺とレナと彼女の三人だけにして貰えませんか?」
どうしても三人だけで話をしたかった。なのでその希望を告げる。
「しかし、それは――」
「大丈夫大丈夫、私いるし、つーか「私」からの命令って事で。外で待っててよ」
「は……はっ」
勿論兵士は独断でその決断が出来ないので渋ろうとしたが、レナは自分を強調すると、兵士はペコリ、と頭を下げて部屋を出て行った。
「うーん、我ながら称号って凄いね、ごり押し出来たわ」
一般兵士から見たら称号持ち=リンレイ、フウラ、ヴァネッサと同等という事でもある。ライトからしても改めて考えれば凄い並びにいるな、とレナを見て思う。
「ちなみにごり押し出来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「ライト君。――空が、青いねえ」
「ちょっと待って本当にどうするつもりだったんだよ!?」
どんな誤魔化し方だよ。怖過ぎる。――と、そんなやり取りは勿論前座であり。
「…………」
部屋に置いてある椅子に、目的の人物が座っていた。両手を特殊な拘束具で固定されており、魔法は封印されている。長い時間が空いたわけではないのに、全身から生気は失われ、何処かやつれている。
「体調はどうですか、クレーネルさん」
「…………」
目的の相手――クレーネルは、その問い掛けに反応する様子を見せない。
神託の塔で身柄を拘束後、クレーネルは正に「壊れて」しまった。涙を流したと思えば急に笑い出したり、突然発狂したり。そして最終的には自決をしようとする。今は拘束具の効果でそれも出来なくなっているが、不穏なオーラが隠し切れない。
「……後」
「え?」
「後、何をすれば……死なせてくれますか」
「…………」
少しか細くなった声で、クレーネルは遠くを見たままライトにそう尋ねてくる。前述通りか細い声なのに、その空気の重さに一瞬ライトはドキリとしてしまう程。
「貴方達にとって有益となりそうな話は全てしました……もう私に存在価値はありません」
「いえ、俺はそういう話がしたいんじゃないんです。一度クレーネルさんと――」
「恨み辛みを晴らしたいならどうぞ好きなだけ。貴方達にはその権利があるでしょうし、私はそれを甘んじて受けなくてはならない存在でしょうから」
「ですから、そういう話ではなくて」
「どんな仕打ちでも受けるので、早く終わらせて下さい。そして、死なせて下さい――痛っ」
ペシッ。
「死にたいのはわかったからまずはウチのリーダーの話を聞けっての」
レナ、クレーネルの頭にチョップ。――クレーネルが静かになる。一応聞く気になったらしい。
「今でも……タカクシン教の事は、信じてますか?」
「私を見放した神を崇める程、私は心が広いわけではないです。――でも、この歳になるまで私の全てだった。それを全て失ったんです。死にたいと思うのは当然でしょう? 貴方の様に、大切な物や人が沢山いたわけではないんです。私にはたった一つしか大切な物は無かった。それを失ったんです。……貴方に、わかりますか?」
「…………」
つい言葉を失ってしまう。――無表情な様で様々な表情に見えるクレーネルのその顔を見たら、死なせてあげるのが幸せなのかもしれない。そう思えた。
「……わかりました」
だから、覚悟を決めた。背負う覚悟を。クレーネルのその想いに、応える覚悟を。
「俺が、責任を持って、今のクレーネルさんがちゃんと死ねる場所を用意します」
そして、キッパリとそう告げるのであった。




