第三百八十八話 演者勇者と神託の塔10
「いらっしゃると思っていました。ようこそ神託の塔へ」
馬車から全員が降りると、クレーネルは穏やかな表情で、お辞儀。
「ただ残念ですが、こちらでは間も無く神聖なる儀式が行われる事になっています。皆様が信者であるのなら構わないのですが、そうでない方々の見学はお断りさせて頂きます。どうぞお引き取り下さい」
「そういうわけには参りませんわ。――ネレイザ」
「はい。――こちら、ハインハウルス王直筆の令状です。強制捜査に入らせて頂きます。抵抗はハインハウルス国に対する反乱・反抗と見なし、相応の処置を取らせて頂きます。無論、捜査に協力して頂けるのであれば調査のみで終了しますので、ご協力を――」
ザクッ。――言葉の途中でネレイザが広げて見せていた令状が破れ、その刃がそのままネレイザの体を貫通した。
「な……ネ、ネレイザーっ!」
「ライト君駄目っ!」
突然の事に走るライト。急いで庇おうとするレナ。隙が出来た二人を、別の刃が貫き、
「貴様っ!」「テメエェェ!」
怒りのままに突貫するドライブとソフィも、その刃に敗れ、
「ハ……ハル、駄目だよ、逃げよう、ボク達じゃどうにも……!」
「サラ待って、背中を見せたら……!」
パニックになって逃げるサラフォンとそれを庇うハルも刃に敗れ、
「そ……んな」
瞬く間に、辺りは絶望の光景となって広がった――
「姫様っ!」
「!?」
――かと思った次の瞬間、そのリバールの言葉でエカテリスがハッとすると、周囲は団員がやられる前の光景だった。ネレイザは令状を広げて立っており、傷も無い。
「今……のは……!?」
「高レベルの幻術です。油断していたつもりはなかったのですが」
耐性があったリバールだけが唯一、数秒早く振り解き、エカテリスを正気に戻した。バッ、と周りを見れば、大小あれどそれぞれ幻術を見せられていた様子で、驚く者、冷や汗をかく者、
「レナ! 大丈夫か、無理するな!」
「ふーっ……大丈夫、まあ何とか。にしても、予想以上にやってくれんじゃん」
ライトを幻術から守る為に無理をした者等、精神的ダメージを負っていた。
「まあでも、こういうのって開戦の合図だよね、もう」
だが次の瞬間、そのレナの目つきが変わった。地を蹴り気付けば炎を纏わせてクレーネルにその刃を振り下ろしていた。
「私の事を褒めてくれるのはいいですが、貴女は随分捻りのない攻撃をなさるのですね。言葉を借りるならば、予想以下です」
対しクレーネルはまったく動じない。冷静に魔力を込めシールドを展開し、斬撃をガード――
「……!?」
――出来ない。力量を見切ったはずの斬撃は、呆気なくシールドを飛び越え、激しい斬撃を喰らわせる。
「今ですわ!」
合わせる様にエカテリスの合図。近接職全員が切り掛かり、全ての刃がクレーネルを貫いて、
「ふっ!」
勝負ありと思った瞬間、クレーネルは冷静に精神統一。周囲に纏われた空気を弾き飛ばし、自らの状態を確認すると、斬撃など一つも受けていない。そもそもレナもまだライトの隣にいて、切り掛かってきてもいない。――つまりこれは。
「いかがですかな? 折角ですので、それ相応の「返事」をさせて頂きました」
一番後方に控えていたニロフの一言。――クレーネルの幻術に対し、自らの幻術で返したのだ。
「成程。思っていたよりも好戦的なのですね。この程度の「お遊び」の後だったらてっきりまずは話し合いを、と言い出すのかと思っていましたが」
フフッ、と軽く挑発的な笑みをクレーネルは浮かべる。……話し合い、か。
「そうですね。出来れば、貴女とは話し合いで解決したかったです」
ライトは真っ直ぐに、その言葉をクレーネルにぶつける。
「わかり合える。わかり合えない。勿論色々あります。でも貴女は違う」
「違う? 何がですか?」
「結局貴女は自分の意思を捨て、現実を見るのを止めてしまった人だ。――それ自体をどうこう言うつもりはないです。貴女の過去は悲惨な物だった。その結果なら、同情の部分もある。でも今の貴女は、自分の意思での話し合いなんて出来ない。そんな人と話し合う理由は、もうこちらには無い。それは意見の撃ち合いで、話し合いとは呼びませんよね」
「……いつの間にか、随分と酷い評価に堕ちたものですね、私も。まあ、仕方ないのかもしれませんけど。でもそれなら、そんな女に何をされても、それはそれで仕方ありませんよね?」
ズズッ、とクレーネルの周囲の空気の流れが変わり始める。魔力を溜め始めた証拠。各々ザッ、と身構える。――が。
「皆様、ここは我に任せて頂けないでしょうか」
後方にいたニロフがザッザッ、と一番前に歩き出て、そう告げる。
「相手の一番の目的は、時間稼ぎ。我々を倒す事ではありませぬ。目的の時間まで我々をこの場に拘束出来ればそれで勝利。そしてその勝利条件ならば勝利する事が可能と踏んでいるからこそ、彼女はたった一人で我々の前に立ち塞がっているのです。先程の幻術が良い例ですな。なら同じ魔導士として、我が一人で抑えきれたら、我々が一気に有利となります」
「ニロフ、でもそれだと」
「勿論一筋縄ではいかない相手なのは重々承知しております。ただライト殿。ライト殿は、我の事をどういう存在だと認識しておりますか?」
ニロフ。ライトにとってのニロフとは。
「大切な仲間で、俺の魔法の講師で……俺が知る限りでは、世界一の魔導士だ」
「嬉しい言葉です。だからこそ、ここで我が一人で抑えるのがベストなのですよ。我は、魔法で負ける事はありませぬ」
理屈はわかる。でも危険過ぎる。どれだけニロフが強くても、今こうして全員での精神的ぶつかり合いで負けない相手なのだ。人員をわけるにしてももっとここに戦力を残していくべきだ。でもそれもクレーネルの作戦の範囲内だったら? 中途半端な判断は全て相手の思う壺。そんな気すらしてくる。
同時に思う事。先程の自分自身の言葉に嘘は無い。――世界一の魔導士。最高で最強の魔導士だ。負けるはずがない。
「っ……ニロフ、信じるぞ。無茶はしないでくれ。絶対にだ」
結果、ニロフの案を呑む事にした。実際向こうに予想外の事をすればする程、こちらの作戦の成功率は上がる。早めの成功をもぎ取ればそれでいい。それが出来るメンバーがここにいる。
「はっはっは、御安心下され。まだまだライト殿にはお教えしなくてはならない事が沢山あります故、無駄死になどしませぬよ。それに我、決めているのです。この戦争から無事に帰ったら故郷で待っている幼馴染と結婚すると」
「思いっきり死亡フラグ立ってる!? 縁起でもない!」
ニロフの幼馴染。骨なんだろうか。……は兎も角。
「……わかった。直ぐに戻る、それまでの間頼む」
「ええ、お任せあれ」
ライトは全員の顔を見て了解を得ると、移動を開始。それぞれクレーネルの横を通り過ぎて行く。
「…………」
クレーネルは何もして来なかった。ニロフを警戒しているのか、それとも勝利を確信しているのか。ライトにはわからなかったが。
「随分な自信がおありな様で」
全員が通り過ぎた後、クレーネルがようやく口を開く。
「それはお互い様ですなあ」
「ですが考え方は少々浅はかですね。私一人を抑えた所で、あの塔で――」
「キリアルム家での召喚術」
だがそのクレーネルの言葉を、ニロフは遮る。
「コリケットにおける神創結界」
「? 急に何を――」
「そして魔王城における復活装置。その三つから、貴女の魔力を感じました。今こうして幻術とはいえ魔法をぶつけ合い、確信致しました。単独で作成、もしくは作成に大きく関わっている」
「…………」
クレーネルが無言でニロフを見る。逆に言えば、無意識の内に無言になってしまったという事。
「客観的に言えば、素晴らしい才能です。我も一部を再現しようと試みてみましたがそう簡単に出来る品ではない。まあ勿論不可能とは言いませんが。――ですが、作れるからといって、実際にそれを使用し、力を得ようとするのはまるで話が違います。ハッキリ言って貴女が携わった技術、危険過ぎるのですよ」
「何が仰りたいのですか?」
「貴女からすれば神が許してくれているからなのかもしれませんが、我からすればそんな物を平気で使える人間を、これ以上自由にさせるわけには参りませぬ。それは神の力ではない。人間の力による強制支配です」
「そうやって何も知らない存在でありながら神に仕える私に説教ですか。――聞き飽きました」
次の瞬間、無数かつ強力な魔法の刃がニロフを取り囲み、一気に襲い掛かる。――ズバズバズバッ!
(避け切れなかった……? 違う、最初から避ける気が無かった……?)
攻撃の先で、ニロフは立っていた。ダメージは入ったはず。だが倒れる事なく、こちらを見ていた。
「だから我は、その危険を摘み取る事にしました」
ババババッ、と今度はニロフのカウンターの魔法攻撃。落ち着いてクレーネルは防ぐが、
(大口を叩くだけの事はある……というよりも)
その攻撃魔法は、余りにも「研ぎ澄まされていた」。まるでただただ、相手の命を刈り取る為の剣。それはつまり、
「問答無用で……私を、殺すつもりなのですね」
目的は、殺害。それ以外の目的が感じられない、あまりにも残酷が滲み出る攻撃魔法だった。一般的な魔法使いが扱える様な質の魔法ではない。
「この様な魔法をお使いになる方が、勇者パーティの一員とは。人の事など何も言えないではないですか。お宅の王様が、お姫様が、そして……団長様が、そんなやり方での収束をお望みですか?」
「どうでしょう。少なくともライト殿は違うでしょうな。貴女にどれだけ冷たい言葉を投げかけても、何処かで貴女が理解する事を求めている。無意識でしょうけど」
「でしたら」
「でも、喰い止めなければなりませぬ。これ以上放置するのは危険過ぎる。ですから……我も責任を取り、我の命を持って、全てを終わらせる事にしたのです」
ピリッ。――口調こそ変わらないが、辺りの空気が一気に変わる。
「心中ですか? 申し訳ないですが、そう都合よくは――」
「本気を出させて頂きましょう」
そしてニロフは、ゆっくりと仮面を外し、
「……!」
クレーネルに、素顔を見せた。流石のクレーネルも驚きを隠せない。
「神の名に弄ばれし哀れな小娘よ。我の友の、仲間の生き様の邪魔はさせぬ。我と共に消えて貰う。我と共に地獄に堕ちようぞ」
こうして皮肉にも、世界一の魔導士を決める最初で最後の戦いが、幕を開けてしまうのだった。




