第三百八十七話 演者勇者と神託の塔9
「神託の塔の建造を……阻止しない……!?」
ヨゼルドの口から出た言葉は、予想外の物だった。タカクシン教の暴挙を喰い止めなければならないのに、彼らのシンボルになるであろう神託の塔の建造の阻止はしない。
「お父様、まさか既に敵の手に……!?」
「安心していいぞエカテリス。私は正常だ。エカテリスをこよなく愛するパパだぞ。そしてタカクシン教をあくまで喰い止めるつもりでいる」
「リバール、直ぐにお父様を捕縛監禁! これ以上このままにしておくのは危険ですわ!」
「待って話聞いてた!? エカテリスをこよなく愛するパパだって言ってるよね!? ついでにタカクシン教は認めないって言ったよ!?」
愛する娘の前では国の大問題もついでになってしまった。――は兎も角。
「師匠、あの、私勉強不足で……どういう事なんでしょうか?」
「いや、俺もわからない……国王様、説明して頂けるんですよね?」
「L・O・V・E・エカテリス! パパはエカテリスファンクラブ会員第一号だぞ! そんなパパを信じるんだ!」
…………。
「師匠、わかりました! 愛は世界を救うんですね!」
「その考えは間違ってないけど今は多分違う」
話が進まない事に困っていると、ハルの粛清(!?)が入り、ヨゼルドが冷静さを取り戻した。
「すまないな、君達の疑問は最もだ。――レナ君を通じて話は伝わっているとは思うが、タカクシン教の神託の塔の目的は、恐らくは各国を股にかけた大広域魔方陣だと思われる。神託の塔とは名ばかりで、魔方陣発動の媒介と考えた時、今回の作戦が浮かんだ。――ニロフ、我が国のトップの魔導士の君に問おう。神託の塔が魔方陣発動の媒介と考えた時、「何をすれば」その魔方陣は発動し、完成する?」
その質問に、ニロフは少し考えた後に、
「成程。若と……お嬢も噛んでいますかな、お二人は阻止だけでなく、その瞬間に反撃の狼煙を上げたいのですな」
ヨゼルドが考えた作戦がわかった様で、少し楽しそうにそう口を開いた。
「神託の塔を使った大広域魔方陣。一言で言えば全ての箇所に建設すれば魔方陣発動、完成なのですが、細かい話をしてしまえば、完成した瞬間にいきなり魔方陣が生まれるわけではありませぬ。装置があればその装置を起動させ、詠唱者がいれば詠唱を開始し、魔力を込める。それを全箇所の神託の塔で息を合わせてやらなければなりませぬ」
「え、っと、だからその神託の塔の建設を阻止するんじゃないの? 建造物の破壊の魔道具が必要なら、ボク直ぐに設計出来るけど」
「確かにサラフォン殿の魔道具・攻城兵器ならばそれも可能でしょう。でもその場合、ハインハウルス軍がタカクシン教の信仰の自由を力尽くで奪った、という形に見る事が出来ます。事実は違えど、相手側からしたら我々を非難する抗弁となるのです。相手側に非難されず、ハインハウルスの正義を証明するには、神託の塔が眉唾物だった、という結果が一番効果的」
「成程、今のニロフ様のお話で合点がいきました。つまり、神託の塔は作らせるが、その大広域魔方陣発動の儀式を阻止する、という事なのですね?」
「ハル君の言う通りだ」
真剣な面持ちになり、ヨゼルドがハルの意見に頷く。
「正直、私もヴァネッサも、この国を守る立場として、相手のやり方には結構な匙加減で腹を据えかねていてな。そう思い通りにはいかない事を、わからせてやりたいのだよ。――ニロフ、神託の塔を媒介にした大広域魔方陣。一つでも発動に失敗したら、それはもう全体の失敗を意味する、と考えていいな?」
「ええ。各国を跨ぐ程の規模。相手側からすれば発動に一つの失敗も許されないでしょう。ですので若が考えている様に、我々が神託の塔を破壊する、力尽くでの攻略も視野に入れているはず。それこそ非難の理由にする為に」
「つまり我々は、ハインハウルス領内に建造された神託の塔の媒介発動の阻止、及びその目的を悟られない事を作戦内容としてこれから動く事になる。――恐らく向こうはクレーネル君が指揮を執ってくるだろう。だからこそ、ライト騎士団を真正面からぶつけたい」
「まあ、感情的に少しでもなってくれたら、こっちの作戦は悟られにくくなりますもんね。いざこざあったばっかだし」
先日の偶然とは思えない遭遇。好意的とは言えないが、クレーネルなりに何か感情が込められた様子を見せていた。それが少しでも、相手のミスに繋がれば。
「勿論いくつか部隊を動かして陽動等を行うが、直接対峙するのは君達だ。――出来るかね?」
「出来ます。寧ろやらせて下さい。――クレーネルさんとの決着は、俺達でつけなきゃいけない。そんな気がするんです」
運命……とは違うかもしれないが、でもそれに近い物をライトは感じていた。わかり合う事はきっと出来ない。ならば、自分達の正義を、自分達の力で証明するしかないのだ。
「わかった。その言葉を、君達を信じるぞ。――出撃は相手の建造のペース次第になる。いつでも行ける様に準備を怠らないでおいてくれ」
こうして、ライト騎士団とクレーネルの決戦の場所が決まったのであった。
「あれが神託の塔か……」
作戦決定から一か月が過ぎようとしていた頃。入念な準備とタイミングを見計らい、ついに決行の日が訪れていた。馬車から身を乗り出し景色を眺めれば、遠くからでも確認出来る塔。
「今更だけどさ、もっと威圧的な感じで建設を諦めさせれば良かったんじゃない? あの塔の周り六ケ所位に全裸のライト君の巨大像を作ってさ」
「それで諦められても俺が色々諦められないんだけど!? 何で全裸なの!?」
「わかった、上半身は服を着せるから」
「変態度が増してる気がする!」
「仕方ない、ライト君の裸の姿は私の心の中に留めておきます」
「そして誤解を招く言い方をしないで!?」
相変わらず緊張感のない夫婦漫才(?)が繰り広げられる。……一部の女性陣がレナの最後の発言にピクリと反応したのは余談。
「では、作戦の再確認をします」
ツッコミを入れたかったが時間がもう無いので、我慢したネレイザ(!)の説明が始まる。
「神託の塔と呼ばれるあの建造物、勿論国の方でで正式な許可は出しておりませんし、そもそも許可を得ようともしていません。なので不正な建造物、という可能性がある為、調査に入る。この名目で令状を用意してきています」
バッ、とネレイザが書類を全員に見せる。ヨゼルドのサイン入りの捜査令状だ。一般的にはこの国では圧倒的効果を持つ品。
「この令状による捜査に向こうが従うのであれば、塔の内部に入り、大広域魔方陣の証拠を押さえ発動を阻止する事が出来ますし、捜査拒否、反抗の動きを見せるのであれば、それこそ武力による鎮圧でもこちらの正義が揺るぎません。相手がどう動くかはわかりませんが、大きくわければその二パターンのどちらかです。国王様の手配した潜入班の情報によれば、大広域魔方陣の発動は、時間にして今から二、三時間後前後と予測されており、それまでにあの塔の支配権を手に入れるのが目的です」
「素直に従うとは思えねえぜ」
口を開いたのはソフィ。その口調になっているという事は、
「奴ら、やり合う覚悟が出来てんな。アタシ達が来る事もわかってるし、単純に攻め込むつもりで来るわけでもねえのもわかってる。その上で、やり合うつもりがある気配がする」
この位置で、既に狂人化済み。――その姿は、ソフィ自身の言葉を立証している。
「その場合やはり表立って来るのはクレーネル氏でしょう。私、ライト様、王女様、レナ様、ネレイザ様はポートランスで目にしていますが、魔導士として相当の使い手でした。それに……」
「あの時に全力を出していた保証も無いしねー。何考えてるかわかんないもん」
レナのその意見に、ハルも頷く。――仮に全力を出していなかったとしたら、尋常ではない実力の持ち主である。苦戦は必須かもしれない。
「で、でも、ボク達は人数の有利もあるよ! ローズちゃんもいるし、流石に連携すれば」
「ああ。俺達が全員本気を出して抑えられない存在などそうはいない。それこそタカクシンの神とやらとでも戦ってやるさ」
今度はサラフォンの意見に、ドライブが同意。――これに関してもほぼ全員が同意見であった。ローズもいる今のライト騎士団の精鋭相手に、たった一人の強者で何が出来るのか。それこそ魔王レベルとの再戦にでもならない限り。
「勿論油断は禁物ですわ。全員、気を引き締めて行きましょう」
そしてエカテリスのその言葉に、改めての決意。――何があるか、何をしてくるかわからない相手ではある。相手がクレーネル一人とも限らない。その場合の対策も、この一か月で練ってきている。
そうして話している間にも近付く塔。どうしてもライトは緊張してしまう。――ん?
「ニロフ、どうした?」
ふと見れば、ニロフは馬車から外の景色――正確には空を眺めていた。勿論仮面で(中身も骸骨なので)見た目はわからないが、何処か穏やかな表情でその景色を眺めていた。
「いい天気ですな」
「ああ、そういえば」
雲一つない晴天が広がっている。
「あの空は、我らにも、タカクシン教にも同等の眩しさを与えてくれております。本当に神がいるとしたら、優しく、時に厳しく我らを見守る天気。ああいった存在なのでしょうなあ。――勿論我が信じるのは、主の想いと、仲間達のみですが」
「ニロフ……?」
「さあ、参りましょうライト殿。若とお嬢と、皆が作り上げたこの平和の国を、乱されるわけには参りませぬぞ」
一体どうしたんだ、と尋ねる前に、ニロフは降りる支度を始めたのだった。それに合わせる様に、全員が降りる支度を始める。
「ほれ、ボーっとしてる場合じゃないよライト君。――律儀にお出迎えしてくれるみたいだし」
「……!」
促されて見た先には、クレーネルが一人、穏やかな表情で、立ってこちらを見つめているのだった。




