第三百八十五話 演者勇者と神託の塔7
「これは……?」
タカクシン教に入信し、救われてしばらく経った頃。いつしか熱心な信者と認められた私は、教祖様に特別にその絵を見せられた。
「神託の塔という。神からのお告げを授かり、それを力に変え、奇跡を起こす為の塔だ。――タカクシン教はまだまだ信者も少ないし財力も足りない。なのでこれの建設には今は至っていないが、いつの日かこれを世界中に建てて、神にもっと近付くべきだと思っている。そして神に認められ、我々は神に最も近い存在になるんだ」
絵は設計図と、イメージイラストかその塔で祈りを捧げる人達の様子が描かれている。――神に近付ける。奇跡が近付く。
「なら、もし……もしも将来、この塔が建てられる時が来れば」
「勿論、不運にも亡くなってしまった君の御家族や街の人達も、救われるだろう。君は熱心な信者だ。その祈りをその時まで続けていれば、きっと神もお認めになる」
「……!」
それは、全てを失った私が、全てを取り戻す為の目標を手に入れた瞬間だった。――あの時を、皆を、取り戻す。救いたい。
その為だったら、どんな事でもしてみせる。
その為だったら、私の全てを捧げてみせる。
その為だったら、私は――
「神託の塔、か……」
ハインハウルス城下町。ライトはローズとレナを引き連れ、稽古の為にアルファスの店へ向かっていた。
レナはヨゼルドから話を受けた後、ライト騎士団全員に事情を説明した。まだ具体的な日取りこそ言い渡されていないものの、近い内の出撃の可能性は非常に高い。まずは各々それに向けての準備をする事で話は一区切りついていた。
「別にさ、神様の為に建物建てるのは間違っちゃいないよ。神殿とかそうじゃん? でも、自分達がその神様の存在自体に「近付く為に」建物建てるのは全然話が別物だよね。神様だっていい迷惑でしょうよ。いきなり近付いてきて友達ですとか言われるわけでしょ?」
「その前に高ければ神様に近付けるっていうのがある意味無茶苦茶だよな」
「だねー。近付きたければまずは賄賂でしょ」
「その考えも間違ってるからな?」
「えっお供えって賄賂じゃないの?」
「違うよ!?」
どんな常識だ。しかも賄賂で心が動く神様とか世界崩壊するから。
「まーでも、根本的な問題はそれを信じちゃう人が大勢既に存在してるって話よ。どう考えても変なのにその存在を信じて疑わない。もう手遅れの人がどれだけいることやら」
「確かに騙される側にも問題がある場合があったかもしれない。でもやっぱり一番悪いのは騙す人だろ。人の心の隙間弱みに付け込んだ。許されないだろ」
「だねー。本当に神様がいるなら、とっくに天罰が下ってるよ」
そんな会話を二人でしていると、ローズは難しそうな顔をしながらついてきているのに気付く。
「ローズ? どうした?」
「あ、えーと、何て言ったらいいのかわからないんですけど」
「大丈夫、ゆっくりでいい。話していいよ」
促すと、ローズは複雑な表情のまま口を開き始める。
「私、勇者になりました」
「うん、そうだな」
「師匠達と、皆さんと一緒に、勇者として、魔王討伐に参加しました。王妃様からも褒められました、頑張ったって」
「うん、そこはお世辞抜きにローズは頑張ったよ」
後にレインフォル達からもローズの戦いの様子を聞いた。いるといないでは状況がまったく違っただろうと。いてくれて良かったと純粋な高評価を得ている。
「これで平和になった。私、勇者になって良かった。そう思います。それなのに……今度は平和の為に、人と戦わないといけない」
「…………」
失念していたつもりはなかったが、気配りは確実に薄れていた。――ローズには、今回の話は荷が重かったかもしれない。人間同士で争う為にローズは剣を取ったわけではないのだから。
「ごめんなローズ、辛い思いさせて」
「あっ、違います、師匠を責めたいつもりなんて微塵もないんです! 師匠が戦うのなら、それは正義の戦いです、私も戦います!」
「ローズちゃん、気持ち的に危なくなったらいつでも言って。迷ったまま戦ったら相手とかじゃなく、ローズちゃんが傷付くかもしれない。そんなのはライト君が許さないし、私だって許せないもん。ローズちゃんは、ローズちゃんの戦い方があるんだから」
「レナさん……ありがとうございます、それじゃ本当に辛くなったら言いますね」
「うん」
心の靄が少しは晴れたか、幾分ローズの表情は軽くなった。そのままアルファスの店まで後少し、といった所で。
「この国は、この世界は、神が御創りになったものだ!」
大きめの広場を通りかかった所で、そんな声が聞こえた。ハッとして見れば、一人の男が声を上げ、結構な人だかりが出来ていた。
「全ての幸福は神の慈悲、全ての不幸は神の試練! その事実に気付けない者は、神の怒りを買う事になる! 我々タカクシン教は、そんな人々を救う為に存在している!」
「うーわ、あんなこと普通にし出しちゃったよ」
呆れ顔のレナ。――演説をしているのはタカクシン教の信者であった。
「この国が平和なのも、決して国王の功績ではない、神の慈悲である! 国王も、王妃も、勇者も、実際は何も出来やしない! 不幸から救われる方法は一つ、我がタカクシン教の神を信じる事のみ!」
「っ! あの人何なんですか、許せません! 国王様や王妃様を――」
「ローズちゃん気持ちはわかるけどストップ。今私達が出しゃばったらわけわかんなくなる。放っておいても取り締まりが来るから」
鼻息荒く文句を言いに行きそうなローズを、レナが喰い止める。
「それにあんな風に言っていても、興味本位で聞く人はいても信じる人は中々いないよ。この国の人は国王様がスケベな事より政治的に凄い人だって知ってる人の方が残念ながら多いんだから」
「一言二言余計じゃないか?」
「事実だし?」
まあでもレナの言う通りだから、とライトもローズを宥めようとした、次の瞬間だった。――ザクッ!
「が……はっ」
「!?」
先程まで意気揚々と演説をしていた男が、突然倒れた。直ぐにレナがライトの前に出てそれ以上近付けさせない様にする。
「お……のれ……ハインハウルス……ここで自分を……消しても……神が、見ている……!」
「おい、喋るな、無理をするな!」
「誰か、誰かお医者さんを呼んで!」
先程とは違った意味で、辺りがざわつく。勿論突然人が倒れれば騒ぎになって当たり前だが、
「おい……今の何だ? 魔法による攻撃か?」
「ピンポイントでこの人だけ? まるで暗殺……」
「まさか……本当に国が余計な事を喋らない様に……?」
一部からは不穏な会話も聞こえてくる。――ハインハウルス国という絶対的なシンボルが、揺らぎ始める。
「まさか……それも含めてタカクシン教の布教の策略なのか……?」
その揺らいだ隙間から、ライトの中でその仮説が生まれた。どれだけ堅牢な城でも、ほんの僅かな歪みから、全てが崩れる事がある。――だが、
「そんな……! その為に、あんな風に命がけで……!?」
ローズのその感想がまずはしっくり来る。正に命がけ。治療が間に合わなかったら本当にそのまま終わってしまうかもしれない。でも、
「やるかもね。それが神様の指示ですって言われたら、やる人達なのかもしれない」
レナのその感想も、しっくり来た。それで「救われる」と信じていたのなら、死すら恐れないのなら。
「ライト君、今は余計に私達が手を直ぐに出せなくなったよ。この場の身バレは危険過ぎる」
「ああ。直ぐにでも国王様に事情を説明して、対策を練って貰おう。手遅れになる前に」
もしかしたらもう「手遅れ」かもしれないが、それでも。
「……とりあえず、アルファスさんのお店、行こう。稽古するにしろしないにしろ、ここまで来たら報告した方が早いし」
そう言ってレナとローズを促し、人だかりを若干避けて移動を再開した、その時だった。――どん。
「わっ! 師匠どうしたんですか急に止まって」
ライトが急に足を止めたので、ローズがそのままライトに後ろからぶつかってしまった。
「んもー、ライト君ラッキースケベが欲しいならこのレナさんがいつでも後ろからぶつかってあげるのに」
「そんな理由じゃねえ!?」
思春期の男子じゃあるまいし。
「となると……師匠としてローズちゃんの成長を確認……? 師匠という立場だとギリギリセーフ……?」
「ギリギリどころかその理由も普通にアウトだよ!」
どんな師匠でどんな確認方法だ。――というか、そんなんじゃなくて。
「レナ、ローズ」
ライトはもう一度名前を呼んで、視線を動かし、二人の視線も促す。――視線の先はオープンテラスのカフェだった。でも何も、飲み物が飲みたくなったわけではなくて。
「あー」
レナが何とも言えない一言を漏らす。今はそれ以上の言葉が上手く出て来なかった。
「ちょっと行ってくる。――いざって時は、頼むな」
「はいよ。まあこの状況下でこっちにはローズちゃんもいるから君をやらせたりはしない」
その言葉を胸に、ライトはオープンテラスのカフェの一つのテーブルに向かう。
「ここ相席、いいですか?」
「勿論。拒む理由は私にはありません」
「ありがとうございます」
許可を得て、その人物の正面に座る。
「随分と緊張なされているご様子。私とティータイムを楽しみに来てくれたわけではなさそうですね、残念です」
「そんな事ありませんよ。美味しいお茶と、お茶菓子を楽しみながら……貴女と話をしに来たんですよ、クレーネルさん」
ライトの目の前で、優雅な仕草でティーカップを口に運ぶのは、クレーネルその人であった。




