第三百八十三話 演者勇者と神託の塔5
「ほいで? クレーネル……タカクシン教と何があったん?」
こちら、洋服店で三組に分かれた内の一組、レナとフュルネ。普通に服を見ながら、普通のトーンでその質問をフュルネはレナにぶつけた。――って、
「……あんた、まさか」
「おかしい思ったんよ。偶々城下町で見かけたクレーネル。でも買い物の為に城下町にいる様には見えへん。何か調べる様な見定める様な目で街を歩いてた。んで一方で他国から使者を迎えてる元勇者。偶然で片付けられへんやろ」
要はその違和感を覚えたフュルネが、半ば強引にこのメンバーで遭遇させたのであった。
「なんや、もしかしてウチが本気で遊びたくて集めたと思てたんか?」
「違うの?」
「今ウチが説明してたの聞いとったか!? そこまで説明しといてただ遊びたくて集めたとか阿呆やろ!?」
「でも本当は?」
「ちょびっとだけ遊びたかったのもある」
「正直で宜しい」
だが口に出さずとも、レナとしては少々驚いた。フュルネがそこまで考えて動いてくれるとは。
「で? 何があったん?」
「んー」
レナは内密にする事を条件に簡潔に今の状況を説明。
「成程なー、中々思い切った事してくる相手やなぁ」
「野盗とか山賊の集団だったら力で潰せばいいけどね。もうこの国にも一定以上の信者がいる。強引なやり方は国の基盤が揺らいで、それこそ相手の思う壺。今の所は精々マッチ君のおもてなし位しか出番が無いわけよ」
「ほな、今はピンチとチャンスの背中合わせやんけ」
「何処が?」
「クレーネル。あいつ、タカクシン教でも結構な地位と能力やで。でなければハインハウルスの交渉なんて任されへんやろ」
「まあそうだろね。ポートランスで見た時からやり手なのはわかってたけど。で、何処がチャンスなの?」
「ライトで口説き落としてこっち側に引き込めばええやん」
「あんたは私か」
客観的に見たらよくわからないツッコミである。――でも本当にこいつが言って無かったら私がライト君に言いそうなんだもん。
「ポートランスの頃から思っとったのは、クレーネルの底が見えへんっちゅー所や」
「まあ、素顔は隠してるだろうね。よくやるよ」
「ウチはな、あれだけ底が広ければ、確実に脆い部分がある。そう見てる。あいつは完璧そうに見えて、完璧だと自分に言い聞かせて、完璧を演じとる。裏を返せば、ウチらと同じ人間。完璧なわけない」
「その心の弱い部分に、ライト君が寄り添えれば」
「新しい一歩が踏み出せる可能性があるって事や。――ただ相手はホンマに一癖二癖ある。そう簡単にはいかへんやろな。やり方次第では予想外の展開になるで。最高の結果から最悪の結果まで幅広く」
「最高から最悪まで……か」
最高はクレーネルがタカクシン教を見切り、こちらに味方し、結果としてタカクシン教は打つ手が無くなる事。なら最悪は何が起きる? タカクシン教がハインハウルスに勝利する事? それとも――
「…………」
「どないしたん?」
「今、「最悪」を想像してみたのよ。最悪過ぎて吐き気がするわ」
そんな結末など許さない。そんな結末に、するわけには……いかない。
「何かもう、色々すみません」
こちら、分かれた内の一組、ライトとクレーネル。まずは何となくライトの謝罪から始まった。
「本来なら、こんな事をしてる場合でもないし、こんな事をしてるってバレたらマズいんじゃないですか?」
「それはお互い様です。私の方こそ、色々とすみません」
「お互い気まずいですよね」
「ですね」
そう言って、二人で軽く笑い合った。――ああ、良かった。ポートランスで会った時のクレーネルさんのままだ。
「クレーネルさんは、いつからタカクシン教に?」
そんな世間話風な事も、気付けば自然と口から出ていた。
「十六の時からです。その頃色々あって、生きる目的も理由も無くしていたんですが、そんな私をタカクシン教の教えが導いて下さったのです」
「そうだったんですか……」
自分がどん底にいる時に寄り添って支えて、立ち直るまで一緒にいてくれた。忠義忠誠を誓うのは当然かもしれない。
「その……クレーネルさんは、今回の件に関してはどう思ってます? タカクシン教のやり方というか、何というか」
今なら。そう思い、ライトは意を決して一歩踏み込んでその質問をぶつけてみる。
「素晴らしい考えだと思っています。ついにその時が来たのです。全人類が神に救われる瞬間が」
対してのクレーネルは即答だった。表情も落ち着いたまま。――期待していたわけじゃないけど、本気でそう思ってるのか。覚悟はしていたが、少しだけゾッとする。
「勇者様……ああ、もう勇者は後任の方にお譲りしたのでしたね、そう伺いました。何とお呼びすれば」
「名前で大丈夫ですよ」
「では……ライト様は、今回の我々の動きに納得出来ていないのですね?」
「…………」
返事に困った。勿論納得などまったく出来ていないのだが、どう返事をするのがベストなのか悩んでいると、クレーネルが優しく笑う。
「隠し事はお下手ですか? 表情に出ていますよ。――お気をつけ下さい。私はライト様が素敵な殿方であるのを知ってますので何も思いませんが、何も知らない相手にそう言われたり、それから私ではなかったりした場合、ちょっとした揉め事になってしまいますから」
「……ですよね」
迂闊だった。レナ辺りが隣にいたら怒られていたかもしれない。
「……客観的に見れば、ライト様がそういったお考えに達するのも当然だと思います」
「え?」
意外な発言が出てきた。
「見ず知らずの存在にそんな事を言われて、はいそうですねと納得出来る事案は中々ありません。実際、私も直ぐにタカクシン教を信じたわけではありませんでしたから。――でもだからこそ、私はタカクシン教の素晴らしさを、誰よりもわかるのです。そして一人でも多くの人を同じ道に導いて、救いたいのです。その為だったら」
「今回の様な方法も止む無し……?」
「はい。――ライト様も、この国の皆様も、最後には必ず救われるのです」
本気でそう言っているのがわかる、真っ直ぐな目。――だからライトは。
「つまり、その考えに納得出来るまでは、徹底抗戦してもいい、という事ですよね?」
曖昧な言葉など意味が無い。そう思い、その言葉を告げた。
「はい。上辺だけの言葉や信仰など意味がありませんので。そちらが納得出来るまで、私達はどんな手を使ってでも」
「わかりました。覚えておきます」
お互いの宣戦布告。でもそこに、雑ないがみ合いは無かった。――わかり合える。いつかきっと。
「クレーネルさん。――服、選ばせてくれませんか? 女性物の服のセンスが俺にあるかどうかはわかりませんけど、折角だから」
「歩み寄りの第一歩というわけですね。お受けします」
こうして二人は、純粋に洋服選びを始めるのだった。かつてからの友人の様に。わかり合えた仲間の様に。――その先の結末など、今はまだ考える事など無く。
「というわけで、まあ主催者は一応ウチっちゅーわけで、ウチは全員分にプレゼント用意したでー。遠慮なく受け取ってな」
一定時間が過ぎ、全員が店の前に集合。成果の発表となった。言葉通りフュルネは全員に何かしらを購入。人に何かプレゼントする、という行為がそもそも好きな様子。
「ネレイザちゃんもお疲れ様。大丈夫だった?」
「ふっふっふ、甘く見て貰ったら困るわ。私が本気を出せば、ファッションに興味がないマッチさんでもお洒落になる服のチョイスが出来るのよ!」
レナに珍しく(!)気遣われ、そう言いながらネレイザが誇らしげに袋から取り出したのは、
「……タンクトップ?」
一枚の純白のタンクトップだった。特に何か施されているわけでもない、綺麗な一枚。
「そう! マッチさんの話を聞いて、マッチさんの希望に一番応えられるお洒落はこれよ! 裸にはならずともマッチさん自慢の全身の筋肉をいつでもアピール出来る! この世は筋肉で出来てるの! 筋肉パワーでわっしょい!」
…………。
「どうするんだレナ、レナが弄り過ぎるからネレイザが筋肉を崇拝し始めちゃったぞ。何だよタンクトップってただの肌着だぞファッションでも何でもないぞ。タカクシン教じゃなくてこっちも問題になる」
「いや流石に私のせいじゃないでしょ。――ネレイザちゃん、君は頑張った。頑張り過ぎたのよ。ライト神の前に正直になりなさい」
「筋肉が映える服って何よ!? 服と筋肉は別物でしょ!? お洒落でどれだけ筋肉アピールが出来るかなんて出来るわけないじゃないばーか!」
「良かった、いつものネレイザだ」
しかし他国の使者に信じられない暴言を吐くのは事務官としてどうなのだろうか。対するマッチは……マッチは……?
「…………」
無言で遠い目で空を眺めていた。――あれ?
「ネレイザ、マッチはどうしたんだ?」
「筋肉筋肉五月蠅いから女性の下着売り場連れてったら静かになったの」
「……そうか」
マッチは放心状態だった。――ピュアにも限界があるだろ。今時の思春期でも下着売り場位でこうはなるまい。
「それで? ライト君とクレーネルは?」
「一応俺の選んだ服をプレゼントしたよ……自信ないけど」
「謙遜しないで下さい。選んで頂いて嬉しかったですよ」
そう言ってクレーネルが見せたのは、水色のワンピースだった。
「うーん、ライト君のセンスが悪くないのは一安心だけど、ライト君も案の定ピュアだなー、と」
「何でそうなる!?」
「その服の選び方がよ。――ああ、別に貶してない。寧ろ褒めてる」
「マスター、今度私と買い物行く時、服選んでね! 私はマスターのセンス好きよ」
「タンクトップの癖に」
「うっさいあれは気の迷いよ!」
そんなやり取りで、笑顔が溢れる。クレーネルも、屈託のない笑顔を見せている。
「それでは、私はこの辺りで。今日はありがとうございました。特にライト様、プレゼントありがとうございました。大切にしますね」
そのまま少しの雑談の後、クレーネルはそう挨拶し、その場を後にした。
「こうやって、何事もなく話し合いで解決出来ればいいけどな……」
「そうはいかないだろうねえ。百歩譲ってクレーネルが平気でも、その後ろにいる組織が駄目なんだから」
クレーネルの背中を見送りながら、そんな会話。――甘いのかな、俺はやっぱり。でも。
ライト達と別れてクレーネルは一人、街を歩く。その道の一角に、共用のゴミ捨て場があった。
「…………」
彼女は何の迷いも無く、先ほど嬉しそうにライトから受け取ったプレゼントの服が入った袋を、そのゴミ捨て場に――
「……燃えるゴミは毎月四の倍数の日」
――捨てようとした所で、その看板が目に入った。今日は違った。捨てられない。
「成程。神の思し召し、というわけですか。――いいでしょう、ならばこちらもとことん利用させて頂くのみ」
捨てるのを止め、再び袋を持って帰路に着く。その目は、先程までとは別人で、でも確かに「クレーネル」の目だった。




