第三百八十二話 演者勇者と神託の塔4
「いやー、偶然ってあるもんなんやね! あの筋肉騒動を打破した面子揃い踏みやん! 折角やしちょっとご飯でも食べて遊びに行こーや、な?」
偶然の再会を喜ぶフュルネ。確かに中々にない偶然だし、気持ちはわかる。わかるのだが。
「フュルネ、これはないわー。私は一応フュルネの友人としてもうちょい空気が読める子だと思ってたけど」
「は? え?」
「うん、何ていうか、うん。ごめんなフュルネ」
気まずい。事情が事情だけに非常に気まずい。
「……当事者側である私が言うのもあれなんですが、流石にこれは無いですね」
対する流石のクレーネルも気まずさ全開であった。それはそうであろう。厳しい言い方をすれば現状、ライト達やマッチにとって「敵」と看做されても致し方ない立場である。それがこんな形での遭遇。
「あのクレーネルさん、一応確認したいんですが、普通に街にいるのはセーフ……なんですか?」
「みたいです。てっきり出禁にされるかと思ったんですが、その辺りは自由だと。こちらを甘く見てるのか崩されない自信があるのか、それとも懐が大きいのか。――その質問をしてくるという事は、場合によっては」
「まあその、事情を知ってるので、最悪放っておくわけにもいかなかったもので」
そんな会話もやはり気まずい。よく考えれば凄い質問内容ではある。
「なんや、喧嘩でもしたんか? アカンアカン、そういうのは時間が経つと余計記憶が曖昧になってこじれるだけやで! 美味しいモンでも食べて、仲直りせな。よーし、フュルネちゃんが全員分奢ったるわ。皆ついて来!」
「なっ、ですから私は」
「何があったのか知らんけど、ライト達と喧嘩して徳になる事なんて一利も無いで。ここはフュルネちゃんに任せとき!」
再びクレーネルの手を掴んで、フュルネは歩き出す。
「マスター、どうするの?」
「……行くしかないだろうな。ここではいサヨナラも何か違う気がするし、流石にフュルネに悪いだろ」
「でも結構面白くない? 三分後、フュルネは振り返ると私達は一人も着いて来てなくて、マッチ君しかいない」
「レナだけだろそれやって面白いのは!」
「というか俺を犠牲にするな!」
そのまま六人はフュルネに連れていかれるままに食事処へ。クレーネルも観念したのかテーブルにつくと逃げる様子は無くなった。
「じゃ、再会を祝してかんぱーい!」
フュルネの挨拶でグラスを合わせ、食事を開始。
「マッチはハインハウルスでの食事は初めてか。って言っても特別何かポートランスと違いがあるわけじゃないだろうけど」
「いや、普通に美味い。栄養のバランスを考えればどうしても味は二の次になりがちだが、この店は良いな。例えばこの鳥料理は筋肉に凄く良い」
「フュルネちゃん御用達の店を褒めてくれるのはええけど、筋肉目線で褒められると何かイマイチやわー」
「仕方ないのではないですか。この方は、筋肉に見放されると終わってしまうのでしょう。私が神に見放されたら終わってしまうのと同じ……にはして欲しくないです。別物です」
「うっ」
マッチ、クレーネルの毒舌により再びダメージ。
「ライト君、私マッチ君はライト君と違って真のドMと見た。もう貶して欲しくてやってる様にしか見えない」
「言ってやるなわざとじゃないんだから……」
というか、
(この食事のおかげかな……気まずい空気が無くなってきてる)
不幸中の幸いといった所か、クレーネルも普通に食事。あの毒舌も気持ちに余裕があっての弄りだろう(多分)。
そのまま然程変な空気にもならず食事は進んだ。ライトとしても一応一安心。
「なあ、ポートランスの時から思っとったんやけど、クレーネルっていつでもその恰好なん?」
と、食事も後半に差し掛かった頃、フュルネからそんな質問が。
「そうですが。これが神に対してもっとも失礼にならないお清めの服装ですので」
確かにクレーネルはポートランスで見た時と同じ服。恐らくタカクシン教の信者はこの服で統一されているのだろう。
「私服は? 部屋着は?」
「神はいつでも私達を見ています。いつ何時も神に失礼の無い恰好でいなくてはならないので」
「えっじゃあ風呂もそのまま入るん?」
「流石に脱ぎますけど!」
まあつまり持ってないのか。
「嘘でしょ……信じられないんだけど」
この中では一番お洒落に敏感なネレイザが驚きを隠さない。――まあ実際クレーネルは若い。平均的な事を考えればお洒落に敏感で当然。それなのにその服しか着ないと言う。
「でも逆に想像してごらん。お風呂に入る時はあの服は脱ぐんだよ。服を脱ぐっていう事はつまり――」
「う、うーん」
ドサッ。
「……え、いや、これからって時にマッチ君が気絶したんだけど。なんかごめんライト君」
「それ俺に謝る事案か?」
まあ俺を弄ろうとしたんだろうけど。というか風呂に入るのを想像しただけで気絶とか。ピュアにも程があるぞマッチ。
「折角やし、クレーネルに似合いそうな服選ぼうやー。ついでに他のメンバーの似合う服もあったらそれはそれで」
というわけで食事後、六人は城下町でもハインハウルスでも最大手の洋服屋へ。三階建てからなる大きな店構えに、多種多様な服が揃っている。
「って言ってもこの人数でひと塊は多いね、三つに別れよ。ライト君、クレーネルと行っておいて」
と、そんな提案を最初にしたのはレナだった。
(……いいのか?)
普段のレナなら不確定要素を前にライトの傍から離れるなど考えられない。その視線をライトはレナに送ると、
(この状況下でクレーネルがライト君にアクションを起こすとは考え難いね。タカクシン教は宗教として国を立ち上げた。自分から戦争を勃発させる切欠を無意味には作りたがらないし、今直ぐ作ればまだ完璧じゃない国造りの途中でハインハウルスに攻め込まれる理由を作る事になる。百歩譲ってハインハウルスに勝てる自信があったとしても、今のウチの軍を相手に真正面から戦ってどれだけの被害が出るか。その事がわからないクレーネルじゃないね)
(成程な……)
(だから私は試しに一旦離れてみるからさ、ライト君が気さくに話しかけてみるのがいいよ。何か話をしてくれるかもしれない。勿論私も警戒を緩めないわけじゃいからそこは安心してて)
(わかった)
以上、アイコンタクトだけの会話である。時折見せる神がかり的な意思疎通の力。
「? なあネレイザちゃん、何でライトとレナはここで見つめあってん?」
「偶にあるのよあの二人。癖だって言ってたけど」
「ふぅん。――ま、とりあえずライトとクレーネルが一緒なら、ウチはレナと一緒に行くわ」
「じゃあ私はマッチさんと……マッチさんと一緒!? えっ、嘘、絶対やだ!」
「ネレイザ、同盟国の使者のおもてなしなんだから、本人を前に嫌とか言うの止めてくれ……俺の事務官って事は俺の責任問題にもなるし」
「だってこの人ファッションとか絶対興味ないもん! 部屋で筋肉が映えるとか言っていつでも白いタンクトップでいそう!」
「な……俺の部屋着を知ってるのか……? もしかして筋肉に興味が!」
「無いわよ馬鹿ぁぁ! 兎に角絶対に嫌! 不公平ふこうへーい!」
番犬の如く牙を向くネレイザ。気持ちはわからなくもないが……
「ライト君ライト君」
と、ごねるネレイザを前に、レナがライトに耳打ち。――ここはアイコンタクトでは通じないシーンらしい。
「え? それでいけるの?」
「いけるよ。そこは上官責任だと思って」
「よくわからないけどわかった。――ネレイザ」
ライトは手招きしてネレイザを呼ぶ。
「マッチの面倒をこのシーンで見るのは大変なのはまあ俺でも想像がつく。でも俺は一応立場ある存在だからクレーネルさんと動いておきたい」
「それはわかるけど――」
「だから今度埋め合わせで、ネレイザの買い物に誰でもいいから付き合わせる。俺権限で。俺でもいい」
…………。
「マスターでもいいわけ?」
「ああ。と言っても俺にファッションセンスはないから、一応誰でも選べるというシステムに――」
「つまり、公式にマスターと二人っきりで買い物が出来る? 本当? レナさん抜き?」
「ああ、ネレイザがそれがいいなら。二言はないぞ」
「商談成立! 絶対よ、約束だからね!」
「その代わり、この買い物はマッチをしっかりともてなしてくれ。いいな?」
「任せて! ファッションには自信あるんだから!」
瞬間、ネレイザの目に光が一気に灯った。ガッ、とマッチの方を向き、
「マッチさん、行くわよ! マッチさん、若い女の子に少しはモテたいでしょ? 服、見てあげるわ!」
「な、何、服だけで変わるのか!? し、しかしだな、俺には筋肉が――」
「わかってる、筋肉をプラスイメージにするコーディネートをしてあげるって言ってるの! ついてきなさい! 特別だからね!」
やる気に満ちたネレイザと、希望が見え始めたマッチの二人が、先に店の奥へ消えて行く。――本当に上手くいってしまった。上手くいった理由が相変わらず今一歩わからないライトと、そんなライトを見てやれやれ、と思うレナ。
「んじゃ、ウチらはウチらでクレーネルの服、探してくるで。後でな、楽しみに待っときー」
「? フュルネ、そっち下着売り場だけど」
「取り敢えず下着からに決まっとるやん」
「相変わらず見境無いなこいつ」
そう言いつつも、レナとフュルネも店の奥へ消えて行く。残されたライトとクレーネル。
「…………」
「…………」
そうなってくると、何処となく気まずさが復活する。忘れそうになるが、勿論忘れられない、お互いの立場、見方。
「えっと……クレーネルさん。……どうしても嫌なら、今の内に抜けてもいいですよ」
「え?」
気付けばライトは自然とその提案を出していた。
「色々ありますよね、立場とか。皆には、俺から上手く言っておきますから」
そしてその提案を聞いたクレーネルは、初めポカンとしていたが、
「相変わらず、優しい方なんですね」
本気で言っているのだと気付くと、そう言って笑顔を見せた。
「構いませんよ、ここまで来たらもう服位。ライトさん、コーディネート、宜しくお願いします」
「えっと、その辺りはあまり自信がないので、お手柔らかにお願いします」
そうして、ライトとクレーネルの二人も、少し遅れて店の奥へと進んで行くのであった。




