第三百八十一話 演者勇者と神託の塔3
「とりあえず団室と、騎士団の他のメンバーを紹介するよ」
ポートランスからやって来たマッチを明日の正式な会合を前に、まずは労う事にしたライト。用意した部屋でゆっくりするか確認したら色々見て回りたいと言うので、まずは城内を案内中。ライト騎士団の団室へ……向かっているのだが、
「……なあ、ライト」
「どうした?」
「何故俺はあのメイドに物凄い見られてるんだ?」
リバールが何かを見定める様な目でジッとマッチを見ている。あからさまなので誰でも気付く。
「何でしょう……あの方から違和感が……姫様に対して良い感情だと思うのですが……何かある気が……」
「…………」
ポートランスでのマッチのエカテリスに対する恋心とその結末に関しては緘口令が引かれている。マッチがフラれる結果になったとはいえリバールが知ったら何をし始めるかわかったものではない。
「リバール、マッチさんはポートランスでとても良くして下さったのよ。何も疑う物はないわ。変な目で見ては駄目ですわ」
「は、申し訳ありません」
エカテリスに注意され、リバールの見定めは終わった。――セーフ。この先も気をつけなければならない。場合によってはポートランスとの同盟関係が終わってしまう可能性すらある。
「旦那様、ヨゼルド王から招集を受けたと聞いたが例の宗教の件に関して何か進展があったのか?」
と、レインフォルとすれ違う。
「ああ、大丈夫。以前交流した他国の使者のお持て成しを頼まれただけだ」
「そうか。――事情が事情だ、何かあれば言ってくれ、直ぐに動くからな」
「ありがとう、頼りにしてる」
そう説明して――
「おいライト、旦那様ってどういう事だ? どういう関係性なんだ?」
「ああいや、その」
「言葉のままの意味だぞ。私は旦那様に身も心も忠誠を誓う立場だ」
ライトがどうマイルドに説明しようかと思う前に、レインフォルがあっさりと説明して、その場を後にした。
「あ、あんな美人騎士に身も心も捧げられて、旦那様呼ばわりされてるだと……!?」
「レインフォルは忠義の騎士だからねー。ライト君の言う事なら何でも聞くよ。例えばまああんな事やこんな事まで」
「ライトぉぉ! 羨ま……駄目だろうそんな破廉恥な事は! 主人として!」
「何もしてないしそもそも何の想像したんだよお前は!」
相変わらず誰よりもピュアなマッチであった。顔が赤い。
「ライト」
「? ジアか、どうした?」
と、続いて遭遇したのはフリージア。
「例の装置に関しての報告書、第一段階が出来たから持っていって説明しようかと思ったけど……お客様ね」
「はうっ!」
フリージアはマッチを見てお辞儀。マッチも謎の声と共にお辞儀をしたつもり。
「それはじゃあ後日になりそうね。あ、でもおじさんとおばさんへの手紙の話もしたいから夜部屋行ってもいい?」
「わかった」
フリージアは全員に会釈をすると、その場を後にした。
「マッチ君マッチ君、あれライト君の幼馴染。美人さんでしょー。それでいて何でも出来るんだよね。そんな子が夜にライト君の部屋を訪ねるって事はもうどんがらがっしゃんよ」
「ライトぉぉぉぉ! 本当に羨まし……駄目だろう幼馴染だろ! もっとこう、大切に、ゆっくりと!」
「だからお前は一体何の想像をって言うか俺の護衛マッチで遊ぶんじゃない!」
注意されて「ライト君以上に弄りがいがあるのにぃ」とぼやいていた。――俺は慣れたけど……いや慣れたくもないが。
その後は美人に遭遇する事なく(!)無事ライト騎士団団室に到着。
「ドライブという。宜しく頼む」
「成程……中々いい筋肉を持っているな」
ドライブと握手をして、それだけでドライブの筋肉を見抜き褒め、
「ニロフと申します。以後お見知りおきを」
「ん……? おい筋肉のきの字も無いぞ!? 大丈夫か!?」
「骨さえあれば生きていけます故」
ニロフと握手をしてある意味ニロフの正体を見抜きそうになり、
「ローズです! ライト師匠の弟子です! 宜しくお願いします!」
「よ……よよ、宜しくな」
まだ少女のあどけなさが何処か残るローズが相手だからか、ギリギリ冷静さをキープし、
「ハル、怖いよ、何かわからないけど!」
「サラ、失礼に当たるから挨拶はして。その内慣れるわ」
「…………」
全面筋肉に出会った事がないのかサラフォンに逃げられ、
「後はソフィ……あれ? ソフィは?」
「すみません、遅くなりました」
「わ……」
最後に現れたソフィは、私服姿であり、
「ごめんなさい、どうしても急ぎの要件があって。私服のままで」
「大丈夫だよ。寧ろ私服のソフィが綺麗過ぎて眼福だ」
「団長はお上手ですね。――初めまして、ライト騎士団所属、ソフィといいます。私服で申し訳ありません、宜しくお願いします」
「……うーん」
「え?」
ドサッ。――その相変わらずパーフェクト淑女美女なソフィを前に、ついにマッチは堪え切れなくなって気絶した。
「っておい! 流石に気絶はやり過ぎだろ! どれだけ免疫ないんだよ!」
「もうさ、こっちに来てる間に国王様とニロフに任せて免疫つけて貰おうよ。マッチ君、女を知る、みたいな」
「それ外交関係にヒビ入るから駄目だろ多分!」
ついでにマッチの人格も壊れそうな気がする。
団員の紹介も無事……ではなかったが終わり、今度は城下町の観光へ。メンバーはマッチ、ライト、レナ、ネレイザの四名。
「というか、気絶までするとは思わなかったぞ……ソフィが格別なのは認めるけどさ。エカテリスで免疫をつけたと思ってたけど」
「ぐ……む……言い返す言葉もない」
「マッチ君実際将来どうすんの? ストム国王の後を継いだとしてさ、綺麗な人に会う度にそんなんじゃ国交も何もないでしょ」
「ぐぐ……むむ……言い返す言葉もない……」
「もしかして筋肉と結婚するから構わないとか思ってません? そこまでいくともう男女とか関係無しに駄目ですよ」
「ぐぐぐ……むむむ……っ!」
ぷしゅー。――三人からの指摘。瞬間、マッチから何かが抜ける様な音がした気がした。
「思考が限界を迎えたのか……全部図星だったなこれ」
「ライト君としては何か対策はないの? 君みたいにハーレムを目指せとは言わないけどさ」
「何度も言うが目指してない。――実際にニロフに弟子入りとかありかもしれないな本当に。後は……フラワーガーデンにでも今夜連れていくか?」
「ねえマスター、フラワーガーデンは私も女子視点からしてしっかりしてるお店だからいいんだけど、マッチさんからしたら当然味わった事の無い世界でしょ? ポートランスに帰らないでここに住むとか言い出したらどうする?」
「そこで有り金を使い果たすとかか?」
ちょっと想像出来るのが怖い。
結局マッチの対策(?)は見つからず、とりあえず自然に復活するのを待ち、話題を変える事に。
「ポートランスにもタカクシン教の傘下に入れっていうお達しが来たんだよな?」
「ああ。勿論そんな強引な提案を呑めるわけがない。親父殿が当然突っぱねた。だが住民達に少し不穏な空気が流れ始めてる。今回の事で発覚したが、以前からタカクシン教の信者は一定数いた様だ。公になるのも時間の問題だろう」
「何だかんだで前からハインハウルスにもいるもんね、タカクシン教は。私達なんて癒着疑惑で接触してるし」
「……もう、既に手遅れなんて事はないよな?」
「多分無いね。手遅れならもっともっと強引に出来るはずだもん。でもあっちはハインハウルスへの使者にクレーネルを用意した。向こうも、こちらへ向けての攻略を開始したばっかなんだよ」
「クレーネル……あの時の女が使者で来たのか?」
「ああ。会釈しただけだけど、普通に笑顔で返してくれたぞ」
あの時と変わらない、笑顔の会釈であった。――あの笑顔の意味が、思えば計り知れないが。
「笑顔、か……あの女、俺にはそんな態度見せた記憶がないが」
「お前筋肉の話しかしないからだろ」「マッチ君筋肉の話しかしないじゃん」「マッチさんの筋肉がウザいんじゃないんですか?」
…………。
「いやほら、別に筋肉が駄目って言ってるわけじゃないけど、どうもお前達三兄弟は筋肉の話の割合が多過ぎる気がするから」
「馬鹿にするな、筋肉以外の話だってしてるぞ。体作りに良い食事や運動の話とか」
「マッチ君、クレーネルはきっとSだから、ドMを徹底すれば気に入って貰えるよ。この筋肉を椅子と思って下さいとか。うわキモっ」
「勝手に話を進めて勝手に気持ち悪がるな! 俺の筋肉は椅子ではない、玉座並みに鍛えてある!」
「……駄目だこりゃ」
マッチの将来を諦め(!)普通に観光案内を再開しようとした、その時だった。
「おっ、凄い、久々の顔やんけ!」
聞き覚えのある明るい方言。ハッとして見れば、
「フュルネ!」
「久しぶりやん。ライト、レナ、ネレイザちゃん、それから……ムッツリやったっけ」
「マッチだ! 全然違う!」
「冗談やんもうー」
ある意味間違っちゃいないよな、と思うライト達三名がいたのは余談。――というわけで、雷鳴の翼ことフュルネであった。ライトは念の為にタカクシン教の事案は伏せて、ポートランスから使者としてやって来たマッチに城下町を案内していると説明する。
「へえ、使者として来て、ちゃんとおもてなしされとるとか、中々の立場やん。将来の国王候補やったっけ? 折角やから筋肉以外の事にもっと目を向けた方がええで」
「うっ……俺は説教を喰らう為にハインハウルスに来たのか……?」
ナチュラルなる連続指摘にまた凹むマッチ。悪い奴じゃないんだが。
「まあでも、言うてもうたら今から城下町で遊ぶんやろ? ウチも一緒にええよな、知らん顔やないし。――あ、それなら丁度ええ顔もさっき見つけたわ。ちょい待っててな」
ヒュン、と軽く風をなびかせてフュルネが一旦場を離れる。そのまま待つ事二分。
「ほら、こっちやこっち、いい面子が揃っとるで!」
「あのですね……私は別に貴女に会いに来たわけでもましてや一緒に街で遊びに来たわけでも」
「つまらん事言うたらアカンて。見たら驚くで! ほら、あの時の面子が綺麗に揃うやん!」
そう言いながら、笑顔でフュルネが手首を掴んで無理矢理連れて来たのは、
「……え」
「な」
タカクシン教幹部、クレーネル、その人であった。




