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第三百七十九話 演者勇者と神託の塔1

 私が信じていたもの。

 優しい家族。明るい友達。穏やかな村の人達。――愛する人達。

 でも、皆消えた。私を残して。私だけを置いて、皆行ってしまった。だから私は、信じるのを止めた。

 私が信じているもの。

 独りぼっちになった私に、手を差し伸べてくれ方。

 私を残して去った人達の事を話したら、自分達は私を絶対に見捨てない、一生傍にいてくれると言ってくれた方。

 その日から、また私は独りでは無くなった。目を閉じれば、心の中にいつでもその存在が寄り添ってくれる様になった。

 もう二度と見捨てられる事はない。だから私は、その方を絶対に信じ、その恩を返し、尽くすのだ。

 私が信じているもの。

 私が信じていくべきもの。

 私が信じなくてはいけないもの。

 私が。

 私は――



「……一体どういう事なんだろうな」

 魔王を撃破し、魔王軍は解散。長年の世界の大きな脅威を取り除き、非常に喜ばしいニュースとして各国に発表、しばらくは明るい日々が始まると思った矢先、予想外のニュースが飛び込んできた。

 タカクシン教の建国宣言。あのタカクシン教が、である。タイミングもあまりにもピンポイントであり、ハインハウルス側としては何か裏を疑わざるを得ない。結果、ヴァネッサ率いる軍勢は無事ハインハウルス城に帰還したものの魔王に関しての代々的な発表は一旦延期とし、ライト騎士団も待機状態。

「さあねー。国さえ作っちゃえばその中ではルールとかやりたい放題だから、自分達だけの世界を作りたかったんじゃない」

 ライトの問いに対するレナの答えはそれだった。

「それはそうなんだけどさ」

「んー、ライト君の考えてる事はわかるよ。どっちにしろ私達は潰しにいかなきゃいけなくなるだろうね」

「!」

 あのタカクシン教だぞ、大丈夫かな、という問いの前に、最初の意見とは違う、一気に過激な結論をレナは出す。

「ライト君の考えてる通り、私達ハインハウルス国はあの宗教に結構ちょっかい出されてる。私達の知らない所も含めたら多分想像以上の件数だと思うよ。そんな集団に対してはいいいですよ、で通すわけにはいかないし、そうでなくてもわざわざ国を作る? そんな思想の持主がその小さな自分達のテリトリーだけで満足なんてするわけないね。いずれこっちに手を出してきてゴタゴタになる。――どっちにしろやり合わないといけなくなるよ」

「…………」

 レナの意見は少々強引だとは思うが、それでもライトの中でも確実に同意出来る部分があった。

「別に宗教作るな、神様信じるなとは私も言わないよ。そんなの個人の自由じゃん? 問題はそれの「押し付け」だよねー。何でその辺りの匙加減が出来ないんだか」

「……そうだな」

 相手側からしたらある意味こちらも似たような物なのだろう。分かり合えないなら、関わらなければいいだけなのに。

「まあ何にしろ、今日明日いきなりドカン! は流石にないでしょ。ちょっとゆっくりしようよ」

 そう言いながら、レナはベッドの上でうーん、と体を伸ばして――

「で、今更なんだけどさ、それ俺のベッドでそもそもここ俺の部屋なんだけど」

「いや知ってるけど」

 そう、ここはハインハウルス城ライトの私室。朝食後少し寛いでいた所、レナが部屋を訪ねて来てその話になったのだ。

「アルファスさんの所行くまで待機だと思ったから、先に来ちゃった。てへっ」

「てへっ、じゃない。無防備にベッドに転がるんじゃない」

 転がるたびに色々見えそうなんだよ。……とは言えない。

「あ、そか、ライト君もゴロゴロしたかったか。はいどーぞ」

「そういうのはもっと止めなさい、襲われても文句言えないですよ!」

「うーんと」

 チラッ。

「ああうん、大丈夫なの着てるから最悪それでも。シャワーとか後で私いいし」

「リアルな確認止めろぉぉぉ!」

 一歩間違えたら本当に進んでしまいそうなライトと本当に進まれても構わないレナである。――うーん、本当にギリギリで来てくれないんだよね。そこがライト君らしいんだけど。

 そんないつもの夫婦漫才(未婚)をしつつ、本当にアルファスの店にいつもの稽古に行く時間が近付いたので支度開始。二人で部屋を出て、城の門へと向かっていると。

「……!」

 一人の女性が、ハインハウルスの文官、兵士に案内される様に歩いている。すれ違い様ライトに笑顔で会釈をした。

「……クレーネルさん」

 そう。その女性は、タカクシン教幹部であり、ポートランスでの騒動の時に一緒になったクレーネルその人であった。

「? 何番目の女なの?」

「確認の内容が間違ってる! レナだって知ってるだろ!」

「冗談冗談。――でももう使者を送ってきたわけだ。まあ当然だよね、ウチの国なんて最優先でどうにかしなきゃいけないもん。今から国王様と王妃様が応対かな」

「…………」

 振り返ってその後ろ姿を見る。――不安が過ぎるライトであった。



「このような場を設けて下さり、誠にありがとうございます」

 ハインハウルス城内の応接間の一つに、クレーネルは案内された。

「私、タカクシン教所属、クレーネルと申します。――ご無沙汰しております、ヨゼルド国王様。そして初めまして、ヴァネッサ王妃様」

「うむ。クレーネル君も元気そうで何よりだ」

「ポートランスで主人を始めとしたハインハウルス勢がお世話になったと聞いてるわ。その節は」

「いえ、助けられたのはこちらも同じです。そしてこうして再度お会い出来る機会が出来たのを、本当に感謝しています」

 お互い笑顔で穏やかな挨拶。その挨拶の内容「には」三人とも嘘はない。

「それでは、まずは謝罪からさせて頂きます。突然の建国宣言、さぞ驚かれたと思います。特にハインハウルス国に至っては魔王討伐の大事な時に、新たな議題を作る形となってしまい我々は申し訳なく思っております」

 魔王討伐。そう、建国宣言が通達されたのは魔王が討伐した直後である。まるで全てを見透かしていたかの如く。

「まあ、当然驚きはしたよ。宗教の建国など前代未聞だからな。――君達は、建国して具体的に何をしたいのかね?」

「勿論、宗教の統一です」

 ヨゼルドの問い掛けに、何の迷いもなくクレーネルは答える。

「この世界には、数々の宗教が存在しています。ハインハウルス国内においても、宗教は一つや二つではない」

「うむ、それに関してこの国で縛るつもりはないからね。大きな問題が起きない限り、宗教の信仰は自由と――」

「それを廃止して、全て我がタカクシン教に統一したいのです」

 今度はヨゼルドの言葉に被せる様にしてクレーネルが少しのめり込む様に口を開いた。

「今この世の中は、争い事が絶える事はありません」

「それに関しては否定はしないわ。ハインハウルス国内でさえまだ治安が安定しない地域もあるし、他の国に至ってはもっと酷い国もある」

「だからこそ信じる存在を統一、皆が同じ物を目指せば平和に繋がる。我々の神は、平和をお望みなのです」

「言いたい事はわかるし、確かにそれは理想の一つかもしれない。でも現実はそう上手くはいかないわ。そんな簡単に人々の心を動かす事は出来ない。無理に動かそうとすれば、それこそ平和が崩れるもの。申し訳ないけど突然建国を宣言したばかりで信憑性も無いのに、簡単に皆がついて来てくれると思ってるのかしら?」

「メギドルド、イーオン、ユヴェリアンタ。――この三国は、既に我が宗教に従う事を誓いました」

「!?」

 ヨゼルドとヴァネッサも流石に驚きを隠せない。――ハインハウルスからは少し離れた所にある三国である。大きな国ではないが、でも国として大きな問題を抱えていたり弱っていたりするわけではない。その三国を、既に従えた……!?

「勿論それだけで終わらせるつもりはありません。既にその他の国にも随時派遣しております。我々の考えに同意する国は、確実に増えていくでしょう」

「……早過ぎるわね。どんな手を使ったのかしら? ううん、いつから手を回していたのかしら?」

「ふふっ、人聞きが悪いですね。私達は、私達の神の素晴らしさを説いただけです。それに賛同して頂けただけの事」

 ヴァネッサのピリッ、という鋭い視線、威圧をクレーネルは涼しい顔で受け流す。――本来ならば天騎士であり王妃であるというだけで尻込みしてしまう相手であるはずなのに、クレーネルはまるで怯まない。

「まあまあヴァネッサ、落ち着いて」

「アナタ、でも」

「君が実力行使に出たら誰も敵わないだろう。向こうはあくまで話し合いに来ているんだ」

 そんなヴァネッサをヨゼルドが笑顔で宥める。

「お気遣い感謝致します。ヨゼルド王は話の通じる方で安心しました」

「フフフ、こう見えて女性ウケは良いのだよ。美人なら尚更」

「えーっと、離婚届は、っと」

「ちょっと待ってそれだけで離婚は流石に酷くないかな!?」

 本当に立ち上がるヴァネッサにしがみ付くヨゼルド。何とかもう一度席に座って貰う。――威厳の欠片も無い。

「おほん。――それで、クレーネル君は具体的に、我が国にどうして欲しいのかね?」

「勿論、全ての人にタカクシン教の教えを通達し、信仰して頂きたいのです」

「具体的には?」

「国家、貴族、身分関係なく全てタカクシン教の神の御指示のままに動いて頂きます。神を一番に、神が全て」

「つまり、国家運営に関してもそちらの指示があれば従わなくてはならない、という事かね?」

「当然神の啓示があれば」

「そうかそうか。つまり、神様の言う通り、か」

 うんうん、とヨゼルドは落ち着いた表情で頷く。

「私は、この国が好きだ」

 そして、その表情のまま、ヨゼルドは語り出した。

「この国の平和を、この国の民の幸せを願い、今まで政務に尽くしてきた」

「ご安心下さい、これからは神が見守って下さいます。神のお導きのままに――」

「クレーネル君。――君は私を、この国を、甘く見過ぎてはいないかね」

「!?」

 ドォォン!――瞬間、部屋が一気に信じられない程の威圧感に包まれる。押し潰されそうな感覚。呼吸も安定しなくなる。

「悪いが、私はバッと出の神よりも、この国の事は把握している自信がある。いきなり国家権力を譲れと言ってくる様な傲慢な宗教に神に、私以上にこの国を幸せに出来るとは思えないのでね。悪いがお引き取り願おうか」

 そこまで言われてクレーネルはようやく気付く。この威圧の主がヨゼルドだと言う事に。

 例えばこの場にヴァネッサがいなければ、実力からしてクレーネルがヨゼルドを暗殺する事ははっきり言って容易だろう。戦闘能力は天と地の差がある。

 なのに今、何をしても彼に勝てる気がしない。その手で心臓を掴まれている様な、圧倒的恐怖感。先程の情けない姿は何処へやら。

(これが……ヨゼルド=ハインハウルス……)

 更に言えば、その横にはヴァネッサ――天騎士がいる。今これ以上の余計な動きは、全て悪手である事を十分感じ取れた。

「……確かに、甘く見ていたのかもしれません」

 どうする事も今は出来ない。――クレーネルは立ち上がる。

「貴重なお時間、ありがとうございました。帰ります」

「諦めてくれたかね?」

「それは私が決める事ではありません。――神のお導きのままに」

 そう言うと、クレーネルは礼儀正しくお辞儀をして、この場を後にするのであった。

「やれやれ。最悪のスタートになったわね」

「最悪で構わんさ。この国を、この国の民の平和を守れるのなら、私は何でもする。一緒に戦ってくれるだろう?」

「勿論よ」

 お互い顔を見合わせ、笑顔で意思確認。――だが実際、最悪のスタートが切って落とされたのであった。

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