第三百七十一話 演者勇者と復讐の魔導士と魔王14
「とは申しましたが、私も間借りしている身、私がようこそ、と言える立場ではありませんが」
ヨルマンは何処までも落ち着いたまま、穏やかにそう告げる。ライト達とヨルマンの視線がぶつかる。
「さて。――ライトさんと、そのお仲間の皆さんですね? わざわざその少数で私の所に来るとは、ライトさんは余程私のやり方に納得がいっていないという事ですか。あの場に居た「大切な方」まで共に連れてきてまで」
「!」
ヨルマンの視線がフリージアで一旦止まる。直ぐにライトはフリージアを庇う様に彼女の前に。
「ライト、あたしなら大丈夫だから。大丈夫だから、一緒に来てる」
そのライトを諫めたのは他ならぬフリージアだった。ライトに庇われて後ろにいたのが、移動してライトの横に立つ。――ヨルマンの挑発だった事に気付き、ライトも直ぐに冷静さを取り戻した。
「貴方の言う通り、俺は貴方のやり方にまったく納得いっていない」
そして、ヨルマンに言葉を投げかける。
「だからここに来た。貴方が認められない俺達の手で、決着を付ける為に」
その言葉で、周囲の仲間達が全員、戦闘態勢に入る。
「成程、確かに屈辱だ。もしもここで私が貴方達の心に傷一つつけられないのなら、報われない人間は何処までも報われない。そういう結論になる。――ならばハッキリさせましょう。報われし正義の力が強いのか、報われない復讐の負の力が強いのか」
ボワッ、とヨルマンに魔力が集まり始める。――決戦の火蓋が、今切って落とされようとしていた。
玉座の間へ小走りで移動中のヴァネッサ、ローズ、イルラナス小隊。こちらも敵らしい敵に遭遇せず、不気味な程順調に魔王へと近付いて来ていた。
「少し空気は重いかもですが……でも見た目は普通の立派なお城なんですね」
移動しながらも辺りを見ていたローズが、正直な感想を述べる。
「へえ、勇者のお嬢ちゃんはどんなのを想像してたんだい?」
ニューゼである。気さくな性格の様で、打ち解けるのは早かった。
「もっとこう、明かりも骸骨のランプだったりとか、おどろおどろしい感じかと」
「でもこのお城、お化けの噂もあるッスよ! 夜中の中庭で、スケルトン兵士が素振りしてたっていう目撃情報があるッス」
「ドゥルペ、それそのまんま魔王軍の兵士の訓練だからね……お化けじゃないから」
「そうなんスか!? じゃあ夜中に広間でゴーストが動いてるとか鎧が門番してるとかレインフォル様が食べ物を探してたとか全部噂じゃなくて本当なんスか!?」
「そうだよ……抜けたとはいえ君も僕も在籍期間はそれなりにあったんだからその位把握しておいてくれって……」
「おいちょっと待て、私のは本当にただの噂だぞ」
「あらそうかしら?」「いやそれも噂じゃねぇだろ」「レインフォル様のは噂じゃない気がしますよ……」
「ぐ……」
イルラナス、ニューゼ、ロガンに同時に否定され、レインフォルは反論の機会を失う。その様子を見てついヴァネッサとローズも笑ってしまう。――決戦前の会話とは思えないが、変に緊張するよりも断然マシだ。
「レインフォルちゃん。今度ウチの人と一緒に、食べ放題のバイキング形式でご飯食べましょう。勿論イルラナスちゃん達も一緒よ」
「食べ放題の……バイキング……!?」
「沢山の種類の料理が並んでいて、自分でお皿を持って好きなのを選んで食べれるのよ」
レインフォルの食いしん坊キャラは城内ではかなり認知され始めていた。確実に人よりも食べてる量が多い。勿論運動をしているのもあるが、それにしてもあれだけ食べて太らないのは……という女性陣の嫉妬は大きい。
「イルラナス様。――勝利して無事に帰還する理由が、一つ増えました」
「ええ。一緒に帰りましょう。一緒に沢山、美味しい物食べましょう」
負けるつもりは毛頭ないが、それでも明るい未来を夢見れるのは、大きな力となる。
(不思議な物ね……あれだけ彼女とは本気で、命を消すつもりで剣を振るっていたというのに)
元は魔王軍最強の騎士、黒騎士。天騎士として何度もぶつかり合ってきた。それが今、勝利後の食事の約束をする仲になった。平和が、近付いている。――負けるわけには、いかない。
やがて大きな廊下の先に、これまた巨大な扉。
「あの先が、玉座の間。――魔王様がおられる場所だ」
レインフォルの説明は念の為。――明らかに雰囲気が違う。明らかに扉の先に、大きな存在が待っている。それがヴァネッサとローズにもひしひしと伝わってくる。
全員一度顔を見合わせ、改めて覚悟を決め、ヴァネッサが先頭に立ち、扉を開ける。
「随分簡単にここへ足を運ばれた物だ。所詮使えぬ雑魚しか残っていないか」
玉座に座ったその男は吐き捨てる様にそう呟く。――その存在感。
「貴方が魔王ね?」
「いかにも。我は魔王、魔族を述べ、この世界に君臨する者」
「でもそれも今日までよ。――ハインハウルス軍の全てを賭けて、この戦いに終止符を討ってみせる!」
シャリン、と剣を抜いてヴァネッサが身構える。ほぼ同時に他のメンバーも武器を抜く。
「ふん、ここまで来れたからと言って調子に乗っている様だな、人間風情が。雑魚をどれだけ消せても、この私は――」
「お父様!」
魔王の言葉を途中で遮ったのは娘――イルラナス。
「!? イルラナス、か……!? バンダルサ城で死んだのでは……!?」
「生きながらえました。死ぬ覚悟の上であの城におりましたが、ハインハウルス軍に敗れ、瀕死の所を救われました。レインフォル達と共に」
「……そうだったのか」
確かに落ち着いて見れば、目の前の小隊に、人間は二人のみ。残りは魔族。自分の娘と、部下だった者達。
「ならば何故ここにいる? 強制的に洗脳されている気配はないぞ?」
「最後の説得に参りました。――魔王軍の全面降伏を」
「…………」
傍からすれば大きな一言。だが魔王は表情を一つも変えない。
「私は、お父様が目指す魔王軍とは、新しい道を目指す事を決めました。人間と魔族が手を取り合って生きていく世界です。私は、人間と魔族の橋渡し役になりたい」
「何だと……? 随分と寝ぼけた事を言っているな。そんな物が出来ると本気で思っているのか? 本当に夢でも見てるのではないか? それとも夢を見てるのは私の方か?」
「確かに厳しい道です。長年魔族と人間は争い続けてきました。それを何を今更と思う者は両方に大勢いるでしょう。でもその中で、争わずとも生きていける、お互いを分かり合えば共に生きていける。それに私は気付けたのです! 現にこうして、私の仲間達と、ハインハウルス軍の方々には共感を得られました! 皆が分かりあえれば、これ以上争う必要はなくなるのです! お父様、何故我々は争わなければならなかったのですか!? 争う以外の道は、本当に無かったのですか!?」
「争う以外の道、だと?」
その言葉に、魔王はゆっくりと目を閉じた。何かを思い出す。過去を思い出す。戦う理由を、思い出す。
「フッ、何処までも夢物語だな。兄妹の中で一番弱かったお前に、争いで直接手を汚さず、何も出来なかったお前によく似合う軽い言葉だ。――しかもそれを私に提案するとはな。随分と偉くなったものだ!」
ビリビリッ。――魔王の覇気が、部屋を覆う。
「……確かに、お父様の仰る事には一理あります。私は、ほとんど戦いを経験していない」
それでも、イルラナスは怯まない。
「それでも、わかった事があるのです」
「わかった事?」
「はい。強さとは、肉体の強さだけではありません。それを私は知りました」
目を反らさないイルラナス。それは確かに、肉体とは別の「強さ」であった。
「再度申し上げます。降伏を。魔王軍が追い詰められているのはお父様が一番良くわかっているはず。これ以上部下達の無駄な命を散らさないで下さい」
そのまま真っ直ぐな目で、イルラナスは魔王を見る。その目は、魔王の知らないイルラナスの強い心の証。
「笑わせてくれる。降伏? 今更そんな事をして何になる? 入れ知恵でもされたか? 人間と共に生きる為には、魔王の降伏が条件だ、とでも」
それでも魔王の心が揺らぐことはなかった。実の娘を目の前にしても、微塵も動じる事はなかった。
「違います! これは、私の意思です。私が見つけた、私の道です」
「ならば私には関係の無い話だ。勝手にするがいい。私は降伏などせん。そもそも負けるつもりも毛頭ない」
「っ……」
吐き捨てる様な魔王の言葉。覚悟はしていたが、イルラナスの心も無傷とは言えなかった。
「貴方達は、親子じゃないんですか!?」
と、その魔王の言葉にいち早く反応したのはローズだった。
「イルラナスさんは、娘として、貴方の事を想って言っているんです! 父親の端くれなら、この状況が、イルラナスさんの気持ちがわかるでしょう!?」
「人間の小娘らしい考えだ」
「人間の小娘だから言ってるんじゃないです! 同じ分からず屋の父親を持つ娘同士として、最悪の結果を防ぎたいだけです!」
状況が全て同じとは言い難いが、「父親に自分の気持ちを理解して貰いたい」という想いは、ローズには人一倍よくわかる話だった。
「父親か。父親だから娘の想いを理解しろ、だと? 貴様等にとって父親とは随分と都合の良い生き物の様だ。ならば娘ならば、父親の気持ちを理解したらどうだ? 平和ゴッコなど甚だしい!」
「っ!」
ビリビリビリ、という威圧が再び部屋に広がる。その独特で鋭い波動は、相手が圧倒的存在である事の証。
「……まあ、そうなるわよね。イルラナスちゃんには悪いけど、私は話し合いで終わるなんて思ってはいなかったわ」
と、ヴァネッサが一歩前に出て、少し呆れる様な言い回しを見せる。
「ほう、貴様は少しは話がわかる様だな」
「わかるって? 馬鹿にしないで、とんでもない話よ。貴方の事は一ミリも理解出来ないわ。人としても、生き物としても、親としても、上に立つ存在としても!」
「!」
再びビリビリビリ、という威圧が一気に部屋に広がる。だがこれはヴァネッサの威圧。まるで先程のお返しとも言わんばかりのその波動は、少なからず魔王を驚かせるのには十分だった。
「イルラナスちゃん、約束通り、覚悟はいいわね?」
「はい。私も戦います。――レインフォル、ロガン、ドゥルペ、ニューゼ。貴方達も全力を振るって」
「承知」「はい」「ッス」「了解」
ハインハウルス側、全員が改めて身構える。
「……無意味な時間だったな。最初からその態度で来ればいいものを」
そこでようやく魔王が玉座から立ち上がる。ズズッ、と膨らんでいく魔力。身長もそもそも二メートル以上はあるだろう、その存在感は立ち上がると倍増した。
「――行くわよ!」
ヴァネッサの号令。――こうして、こちらでも決戦の火蓋が切って落とされたのだった。




